第2章 第2話 新たな家族
遅れてしまい申し訳ありません(ドン勝つを食べるのに夢中になっていたなんて言えない…)
そう言えば、ブックマークしていただいていることに気がつきました。製作の励みになり、大変感謝しております。これからも細々と続けさせていただきます。アリガタヤー
アルカーレ4姉妹が救出された翌朝、食堂にはノア以外の人間が集まっていた。ノアはまだベッドの上で眠っている。
ノアが眠っていることを知っているベルライトは、あえて平静を装い普段通りに食事を取る。勿論、4姉妹が無事であったことを妻と喜び合い、森に行った感想を聞きながら場の雰囲気が明るくなるよう努めていた。
しかし当然だろう、食事が終わると同時にノーティリスがノアについてベルライトに質問する。
「その、お父さん。ノアさんのことなのですが…」
「わかっているとも。心配は要らない、昨日の疲れで眠っているだけだそうだ。ノアくんが起きたらちゃんとお礼を言うんだぞ?」
「はい、皆でお礼を言いに行こうと思います」
ベルライトからノアのことを聞いた彼女たちは、安心と不安を覚え食堂を後にする。ノアが無事であることは当然嬉しいが、迷惑をかけた彼女たちをノアがどう思っているか気が気でなかった。
もしかしたら、無謀な彼女たちに愛想を尽かして魔法を教えないと言われるかもしれない。厳しい罰を与えられるかもしれない。二度と口を利いてくれなくなるかもしれない。普段ノアと会話らしい会話をしない彼女たちは、そんなことをつい考えてしまっていた。
彼女たちはノアのことを知らない。
魔法以外の授業を終えた彼女たちは、侍女にノアのことを聞くが未だに起きてこないそうだ。彼女たちは意を決して、ノアの部屋を訪れることにした。
「もう、何で起きてこないのよ。わざわざわたしから訪ねるなんて、特別よ特別」
言葉とは裏腹に、レイナイリの表情は非常に心配そうだった。
彼の部屋の前にたどり着くと、1度深呼吸をする。そして、しばらく時間を置いた後、覚悟を決めてドアをノックした。返事はない。
再度ノックをするもやはり返事はなく、部屋の中からは物音もしない。
「ノア、入るわよ?」
そう言ってドアを開けると、彼女たちは中へ入っていった。
「失礼します」
「お邪魔しま~す」
「お邪魔します」
口々に断りを入れながら入るが、相変わらず反応はない。彼女たちが部屋の中を見渡すと、ベッドで眠るノアの姿を見つける。
彼女たちの頭の中に浮かんだものは、おとぎ話に出てくる目を覚まさない女性の姿だった。その姿からは生気を感じられないがとても美しく、1つの芸術品のように見える。わずかに上下する布団の様子から、間違いなく生きていることを確認すると、彼女たちはほっと息を吐いた。
「眠っている姿は初めて見ましたが、何といえばいいのでしょうか…綺麗ですね」
「普段はそんなまじまじと見てなかったけど、本当に綺麗だね~」
彼女たちはノアに近づき小声で話し始める。起きる気配がないためどうするのかを決めなければならない。
「…フレヤはお兄様が起きるまで待ってる」
「…お兄様?」
フレヤノーラの言葉に、レイナイリはきょとんとした表情で返した。フレヤノーラはこれまで、ノアのことを「ノアさん」と呼んでいた。今までにフレヤノーラが彼を呼んだ回数は非常に少ないが、間違いないはずだ。
「うん、お兄様。フレヤ、今までお兄様が自分にとってどんな存在かわからなかったの。お友達にしてはちょっと年が離れてて、お世話してくれる大人の人にしては年が近くて…でも、昨日フレヤたちを護ってくれて、今日お兄様の姿を見て、お兄様って言葉が頭の中に浮かんできたの。そしたら、なんだか思った以上にしっくりきちゃった」
フレヤノーラは一気に言い終えると、えへへと言いながら照れたように微笑んだ。
「お兄ちゃん…お兄ちゃんか~…うん、いいかも!」
「あらいいですね、私も兄さんと呼ばせて貰いましょうか」
アウェーヌとノーティリスも、ノアが兄のような存在であるというフレヤノーラの言葉に賛同を示した。が、ただ1人、レイナイリだけは他の3人とは違う様子だった。
「ふんっ、ノアはノアで十分よ。変える必要なんてないわ」
そうは言うが、彼女の心境も間違いなく変化している。そうでなければ、部屋に入るとき、いつものようにノーティリスに声をかけるよう頼んでいたはずだ。基本的に、ノアとの会話全般をノーティリスに任せてきたのだから。
それに、必要ないという彼女の顔はわずかに赤くなっていた。
ノアが起きるまで待つことにした彼女たちは、部屋にあった椅子に腰掛け話しながら、時折ノアのほうに視線を向ける。小一時間ほど話をして気づいたことは、眠っている間ノアが身じろぎ1つしないということだ。わかっていても、多少心配になってしまう。
彼女たちが大丈夫かなと再度近づいたとき、ようやくノアに変化が訪れた。目を開けないせいでわかりにくいが、彼が「んっ」っと小さく声を出したのだ。
「ノア?起きたの?」
レイナイリがノアに声をかける。ノアのことだ、彼女たちの存在には気がついているだろう。そう思って、自分たちがいることをわざわざ口にはしない。なぜいるかはこれから説明するつもりだが。
「4人ともどうしたんだ?長い時間寝ていたから呼びにでも来たか?」
ノアがこの家で暮らすようになってから、長時間眠りに就いたのは今回が初めてだ。彼女たちがここに来た理由は、魔法の授業にこないノアを呼びに来たのだろうと考えた。
「違うわ。今日は昨日のお礼を言いに来たの」
「お礼?なんのだ?」
ノアは不思議そうにする。別に昨日の記憶がないわけではないが、彼は本気で、お礼をされるようなことはしていないと思っている。あくまで、ベルライトの願いを日ごろの恩返しとして実行したにすぎない、そう考えているのだ。
しかし、そんな彼の考えなどわかるはずもなく、彼女たちは非常に心配そうな顔をしながらノアに質問する。
「昨日のことを憶えていないのですか?」
「昨日のことと言うのは、お前たちを森から連れ帰ったことか?」
記憶がどうかなっているわけではないとわかった彼女たちは安堵する。では、それならなぜ彼はお礼に対して疑問を持つのだろうか。
ノアのことが気になり始めた彼女たちは、ノアについて気になったことを積極的に聞くようになっていた。気になる人のことはより知っておきたい、そう思った。
「うん、だからその助けてもらったお礼に来たの~。と言うか、助けてもらったんだからお礼をするのは当たり前だよ~?」
「俺は、ベルライトが皆を助けて欲しいと願ったから、恩返しのために助けただけだ。礼を言われるようなことではない」
相手を慮ることを知らないノアは、別にお前たちのために助けたわけではない、と思ったことをそのまま伝える。
人によってはノアを冷たい人間だと思うかもしれない。だが、これは仕方のないことだ。相手を思いやる心を、人としての感情を与えられなかったノアに求めたところで、どうしようもないのだ。
けれども、彼女たちはつい昨日ノアに助けられている。ノアがなにを言おうとその事実は変わらないし、頼まれればすぐさま助けに来てくれる人、という考えになっている。彼の今の言葉も、彼女たちにとっては照れ隠しの言い訳と受け取ることができてしまう。
命を助けられたこと、彼に対する想いを4人で話し合ったこと、これらのことから彼女たちはノアに対して少なからず盲目的になっていた。
「こういうときは、素直に受け取っておけばいいんですよ」
ノーティリスは、ふふっと笑みを浮かべながら彼にお礼を言うのは当然だと告げる。
「そういうものか」
「そういうものよ」
レイナイリが優しい口調で同意する。いつもの勝気な様子とは違うこの姿を見れば、誰しもが彼女のことを4姉妹の長女だと認識するだろう。それほど優しい微笑を浮かべていた。
「ところでお兄様!」
「ん、お兄様?」
フレヤノーラが、思い切ってノアのことをお兄様と呼ぶ。本人に対してお兄様と言うのは初めてだったせいか、非常に緊張した面持ちだ。それに対して、ノアは単純にお兄様と言われたことに疑問を発した。どういう心境の変化があっただろうか、などとは考えない。
「えっとね、フレヤね、お兄様に助けてもらってね、それで…えっと、ええっと…お、お兄様って呼んでもいい!?」
もはやなにが言いたいのかわからない状態だったが、ノアにも最後の部分は理解できた。理由は全くわからなかったが。
「呼び方は好きにするといい」
ノアは自身の呼ばれ方に頓着していなかった。なので、フレヤノーラの言葉にあっさりと了承する。
「やったー!これからもよろしくねお兄様!」
許可を貰ったフレヤノーラは、思わずノアに抱きつく。以前の経験をもとに、ノアが抱き返すと彼女は嬉しそうな笑顔をノアに向けた。
その後、ノーティリスとアウェーヌも、ノアからそれぞれ兄と呼ぶことの了承を得る。そこで、珍しくノアが彼女たちに質問を行う。
「ところで、兄とは同じ親を持つ人間の年上の男に対する呼称だったと記憶している。なぜ俺が兄なのだ?」
なぜ自分のことを兄と呼ぶのか、許可はしたものの理由は知っておきたかった。彼女たちの気持ちが知りたいわけではなく、どういった場合に兄と呼ぶ状況になるのか、その知識が欲しいのだ。ノアにとって、常識を知るための一環とも言える。
「物知りだし、かっこいいし、頼りになるし、もし本当にお兄ちゃんがいたらこんな存在なんだろうな~って」
「それに、家族というのは必ずしも血が繋がっていなければいけないわけではないですからね。一番大事なのは心のあり方だと聞きました。今ならわかる気がします」
アウェーヌとノーティリスが、頬を赤く染めたままノアの質問に答える。その様子は、多くの男性を魅了するほど可愛らしいものだが、目の見えないノアに届くことはない。いや、たとえ見えていたとしても、彼は何の感情も覚えることがなかっただろう。今はまだ、彼女たちの存在はノアに何の影響も及ぼさない。
「ところでノア、お腹はすいてないかしら?それと、疲れてたり体調が悪いとかないかしら?」
1人だけ兄と呼ばないレイナイリが、話題を変えるように尋ねる。他の3人は、兄と呼ぶことに関しての話ばかりで、ノアの身体を気遣うことをすっかり忘れていたことに気づく。冷静さを失っていたことを申し訳なさそうにすると、ノアに身体は大丈夫かと聞く。
「問題ない、魔力の回復も順調だ」
ノアのその言葉に4人は安心するが、もしかしたら自分たちのことを気遣ってそんなことを言っているのかもしれないと思い、部屋を出てゆっくり休んで貰うことにした。ノアのことをよく知らない彼女たちは、ノアが本当のことしか言わないことをまだ知らない。
「それじゃ、食事の時間になったら呼びにくるわ」
「無理はしないで、しっかり休んでくださいね」
「また後でね、お兄ちゃん」
「今度いっぱいお話しようね、お兄様!」
4姉妹は、そう言葉を残してノアの部屋を後にした。
この日を境に、ノアと4姉妹の関係は大きく変わることになる。
今では、以前と比較してノアにも大きな変化が見られるようになった。
最もよくわかる部分としては、ノアがアルカーレ4姉妹と一緒にいるとき、その顔に柔らかな微笑が浮かべられていることか。その微笑みは、小さなものではあるが、誰から見てもはっきりわかる程度にはある。ノアがこのような表情を見せるのは、4姉妹以外にサクラたち3人だけだ。
4姉妹がノアを兄として慕い始めてから1年と半年、彼女たちは時間があれば常にノアと一緒にいた。レイナイリも、ノアを兄とは呼ばないが、何かと理由をつけては一緒に過ごしていた。基本的に、ノアと彼女たちが一緒にいないのは、彼女たちが他の授業を受けているときぐらいだろう。勿論例外は存在するが。
この、常に一緒にいるという行為が、ノアに対して最も影響を与える行為であることを知っている人間は誰もいない。
「お兄様ー!あーそびーましょー!」
フレヤノーラが大きな声でノアを呼ぶ。少女が出す声は、大きいとはいえ屋敷内全てに響き渡るとはいかない。ましてや、外に届くことはほとんどないだろう。
だが、そんなことはお構いなしと、ノアがすぐさまフレヤノーラのそばで答える。
「いいぞ、何をするんだ?」
4姉妹との遊びは、魔法訓練の一環になっている。以前、皆で遊んでいるとき、ノーティリスが同時に魔法の訓練ができないかとノアに聞いたことがきっかけだ。その日提案された遊びの内容から、ノアがどうしたら魔法訓練になるか考え、4姉妹が意見を出すことで調整を行い日ごろから作り上げてきた。
「今日はお絵描きがいいな!」
「わかった、部屋へ行こうか」
2人は手をつないでノアの部屋へと向かう。遊ぶときは基本的にノアの部屋だ。
「あ、来たわね」
「兄さん、お邪魔してます」
「待ってたよ、お兄ちゃ~ん」
ノアが部屋へ入ると、すでにフレヤ以外の3人がノアの部屋でくつろいでいた。暇な時間ができると、ノアの部屋でお話をしたり読書したりするのが彼女たちの日課になっていた。どうせ何かあったらノアの部屋に集まるからちょうどいいとは、レイナイリの言葉だ。
「今日はねー、お絵描きするの!」
「お~、いいね~。頑張っちゃうよ~」
今日はお絵描きで遊ぶようだ。お絵描きは、空中に絵を描くことができる羽ペン型の魔道具を使って行う。この羽ペンは、込められた魔力の密度によって色が変化し、魔力が込められている間だけ空中に線を描くことができる。描かれた線は約1時間ほどで消滅するが、他の線を繋ぐことによって再度消えるまでに1時間の猶予が生まれる。
このお絵描きの目的は、魔力を収束する際の密度の調整、魔力を込める時間の早さ、必要な魔力量を見極める力を向上させることだ。
「ほら、羽ペンだ」
ノアが皆に羽ペンを渡すことで、お絵描きが始まる。今日のお題は動物のようだ。
「ねっこさーん、ねっこさーん」
「ど、動物は苦手だわ…」
フレヤノーラはさっそく猫を描き始めているようだが、レイナイリはうんうんとうなってなかなか描き始めない。動物は苦手と言っているが、ほとんどのお題で同じような状況になっている。
「ティリお姉ちゃん、それな~に?」
「え、可愛い兎さんですけど。似てますよね?」
アウェーヌの質問に対して、当然と言わんばかりにノーティリスが答える。兎とは言うが、おそらく耳であろう部分は尖っていて、どう見ても角に見える。色が濃いピンクで描かれている点も、兎のイメージが湧かない要因だろう。
「ピンクって可愛いですよね。結構自信作なのですが」
「そ、そうだね~…」
ノーティリスは、魔力の扱いが非常にうまい代わりに、芸術に関しては全くと言っていいほど才能がなかった。本人はうまくできていると思っていることが、余計たちの悪さを示している。
「お兄様!どうどう?うまく描けてるかな?」
そう言って、フレヤノーラがノアに完成した絵を見せてくる。デフォルメされた猫だ。
「丸い猫か、特徴が出ていてわかりやすいな。よくできているぞ」
「えへへ~」
ノアがフレヤノーラを褒めると、嬉しそうに笑って頭を突き出してくる。頭をなでて欲しいときの合図だ。ノアが頭をなでると、よりいっそう嬉しそうに笑う。
フレヤノーラとアウェーヌは、大抵デフォルメされた絵を描く。フレヤノーラは生き物を、アウェーヌは風景や植物を描くのが得意だ。
レイナイリ以外の3人が他の絵を描き、何度もノアに見せて話している間もレイナイリは最初に描き始めた絵がなかなか完成しない。レイナイリはいつもこんな調子で、1つの絵を描くのに多くの時間をかける。しかし、決して下手と言うわけではなく、むしろ彼女たちの中では1番上手だろう。
ぱっと見ただけでは本物と見間違えるその絵は、空中に描かれていることもあり、ノア以外はぎょっとすることがよくある。部屋に入ってきた侍女が驚いて叫び声を上げたこともあった。部屋に入ってすぐ、目の前に口を開けた熊の頭が浮かんでいたのだから仕方がない。
こうして、ノアとアルカーレ4姉妹は今日も仲良く遊ぶ。最初の頃のような、よそよそしさはもうない。4姉妹が心を開き、ノアと積極的に付き合うことで、ノアもまた心を開いた。ノアの世界は、少しずつ大きくなっている。
成長すればするほど心の扉は閉じていく。
一度完成された心を変化させることは簡単ではない。




