戦斧と新たな波紋
奇襲を受けリリーがリゲインに捕まりそうになった時、大成がギリギリに間に合い間一髪のところでリリーを助けた。
そして、大成は、元【セブンズ・ビースト】の蝙蝠の獣人バッドを倒し、最後の敵である同じく元【セブンズ・ビースト】のワニの獣人リゲインとの戦いが始まった。
リゲインは、イフリートの加護を受けている戦斧で必殺技ヘル・フレイム・スラッシュを放ち、巨大な炎柱で大成を飲み込んだ。
【チャルダ国・深夜】
リゲインが放ったヘル・フレイム・スラッシュによって巻き起きた巨大な炎柱は、分厚い雲を突き抜け、チャルダ国内を照らした。
「嘘……」
大成とリゲインの戦いを離れた場所から見守っていたリリーは、大成に駆けつけようとする。
しかし、背後から右腕を掴まれてリリーは振り返ると、そこにはコーリアがいた。
「リリーちゃん、危険よ」
「行かせて下さい!」
「落ち着いて、リリーちゃん。彼なら大丈夫よ。ほら、魔力感知をして。炎柱の中から力強い魔力が感じ取れるわ」
「あ…」
コーリアに言われた通り、リリーは魔力感知をすると炎柱の中から力強い魔力を感知することができた。
炎柱は次第に終息していき、辺りは焼き焦げた匂いと蒸気が充満した。
そんな中、炎柱を発生させたリゲインは戸惑っていた。
「くっ、どうなっている!?」
振り下ろしたつもりの戦斧は途中で止められており、戦斧を両手で握り締めて押しても引いてもビクともしなかった。
まるで、戦斧だけ時間が停止しているかの様だった。
充満した蒸気が薄れていき、視界がクリアになっていく。
「正直、油断していた。てっきり、ワニの獣人だから水魔法を使用するのかと思っていたが、まさか炎魔法を使用するとは予想外だった。しかも、威力も失われた魔法並みの威力があり申し分ないな。普通なら、跡形もなく燃え尽きていただろう。ただ相手が俺以外の場合の話だが」
リゲインの目の前には大成がおり、大成は右手で戦斧を受け止めていた。
「そ、そんな馬鹿なっ!な、何故、お前は生きているんだ!?」
大成の姿を見て驚愕するリゲイン。
大成は右手から右腕の部分は火傷を負い、ローブの右袖が焼けて肌が見えていたが、自身の自己再生によりみるみる火傷が癒えていき元に戻った。
「な、何が起きているのだ!?お前は本当に人間なのか?」
大成の異常な回復力を目の当たりしたリゲインは狼狽する。
「さぁな、お前の目に俺はどう映っている?」
苦笑いしながら尋ねる大成。
「くっ、何かからくりがあるはずだ!アクア・クロー」
リゲインは戦斧を手放し、水魔法アクア・クローを唱える。
リゲインの左右手に流水が覆い、鋭い水の鉤爪となった。
「ウォォォ!」
雄叫びをあげなからリゲインは、左右の鉤爪で連続攻撃するが、大成は冷静に左右の手の甲でリゲインの手首を払い除けて攻撃を次々にいなしていく。
「糞、糞、糞~!」
リゲインは、大成に攻撃が全く通じないことに焦りが混み上がり、次第に攻撃が単調になっていった。
大成は、リゲインの左拳に合わせて右拳で殴りにいく。
大成は顔を傾けてリゲインの左拳を躱し、大成の右拳はリゲインの左頬に当たりクロスカウンターが決まった。
「ぐぁ、くっ、この餓鬼が!デスロール・クラッシュ!」
「デスロールか」
よろめきながら数歩下がったリゲインだったが、すぐに大きな口を開けて体を捻り高回転しながら大成に飛びついて大成の右腕に噛みつき、腕を噛み千切ろうとする。
しかし、大成はビクともせず、高回転していたリゲインはピタっと急停止したため高回転していた分の反動が自身の身に降りかかり、身体中が捻り切れる様な激痛が全身を駆け巡る。
「ぐぁ」
あまりにもの激痛にリゲインは、耐えられずに大きな口を開けてしまい、噛んでいた大成の腕を外してしまった。
リゲインは、その場に片膝を地面について踞った。
「もう満足したか?だったら、大人しく投降して捕まれ」
「こ、こんなことがあってたまるか!この距離ならば避けることもできまい!ハイドロ・キャノン」
苦痛の表情を浮かべながらリゲインは怒鳴り、水大魔法ハイドロ・キャノンを唱えた。
リゲインは大きな口を開き、ほぼゼロ距離から開いた口から高圧の水流を放とうとする。
しかし…。
「お前ほどの実力者ならば、俺との実力差がわかる筈だ」
大成は左膝で、目の前で踞って口を開いたリゲインの顎を下から上へと打ち抜いて強制的に口を閉じさせて魔法を中断させた。
「ガッ…」
(糞、負けた。本当に、この餓鬼は何者なんだ?だが、何だか重荷から解放された様な爽快感を感じる。もしかして、俺は誰かが止めてくれるのをずっと待っていたかもな…)
リゲインは吐血して意識が朦朧となり、体は後ろに倒れながら宙を舞い、分厚い雲に覆われて何も見えない真っ黒な闇の様な夜空を見上げるが、そこに大成の右肘が接近していた。
そして、叩きつける様に降り下ろされた大成の右肘がリゲインの眉間に当たり、リゲインは勢い良く地面に叩きつけられ気を失った。
気絶したリゲインの表情は、何だか満足した笑みを浮かべていた。
大成は目を瞑り、魔力感知を広範囲に広げて敵はもういないかを確認する。
「ふぅ、これで終わりの様だな。ん?」
「待って!」
確認を終えた大成は、こちらに走ってくるリリーに気付き、面倒になりそうだったのでリリーが来る前に城壁を飛び越えてその場から離れた。
途中で大成を見失ったリリーだったが、足を止めずにそのまま城内へと向かう。
「リリーちゃん!何処へ行くの?」
慌ててリリーの後を追っているコーリアは、慌てた表情でリリーに尋ねる。
「コーリアさん、どうしても確認したいことがありますので」
リリーは、足を止めずに顔だけ振り向いて答えた。
リリーの正面には、城から駆けつけたドルシャーの姿があった。
「リリー様!お待ち下さい」
「ごめんなさい、ドルシャー。今、私は急いでいるの!」
ドルシャーも慌ててリリーを止めようと試みるが、リリーは止まらずにドルシャーの横を通り抜けて3階にある大成の部屋に向かう。
「リ、リリー様!」
大成の正体がバレてしまうと思ったドルシャーは、焦りながら声を出して後を追った。
【チャルダ城内・3階】
リリーは、大成の部屋の前に着いて立ち止まっていた。
(あの人からした香りは間違いなく、バニーシロップの花の香りと源泉の湯が混ざった大浴場の湯の香りだったわ。私の予想が正しいのなら、あの人の正体は…彗星しかいないわ。もし、そうだったとしたら、さっき国外に出て行ったのだから、今、この部屋に彗星は居ないはず)
リリーは、高まる気持ちを必死に落ち着かせてドアノブを握って回し、ガチャっと音が廊下に鳴り響き、ゆっくりとドアを開く。
ゆっくりと開いていくと共にリリーの鼓動が高まっていく。
そして、ドアが完全に開いた。
大成の部屋の割れた窓ガラスから風が入り、ひんやりとした風が優しくリリーの頬や髪を撫でるかの様に通り抜けた。
「彗星いるの?明かりをつけるわよ」
リリーは、壁に埋め込まれている魔鉱石に手を伸ばして触って魔力を流し込んだ。
魔鉱石は淡く輝き、天井に吊るされている大きなシャンデリアに埋め込まれている魔鉱石が共鳴して光を灯して部屋全体を照らした。
リリーは部屋を見渡していくと、ベッドの上にある膨らんだ毛布が動いた。
「眩しいのだよ…。ん?」
ベッドの上で寝ていた大成は、目を擦りながら上半身だけ起き上がる。
「嘘…。何で、あなたが此処にいるのよ!?」
予想外だったリリーは、驚愕した表情で大成を指差す。
「何でって、ここは僕が借りた部屋なのだから当たり前なのだよ。居てもおかしくないのだよ。どちらかと言えば、リリー様の方が何故僕の部屋にいるのだよ?」
「え、えっと、それは…」
たじろぎながら言い淀むリリー。
「それは?」
大成は、頭を傾げながら聞き直す。
「そ、そう、戦闘が起きたから心配で様子を見に来たの」
リリーは、視線を逸らしたまま答えた。
「戦闘って?な、何だよこれは…。何故、僕の部屋が荒れているのだよ!?借りたばかりと言うのに、コーリアさんにどう説明したら良いのだよ…」
両手で頭を抱える大成。
「はぁ~、心配はいらないわ。コーリアさんも事情は知っているから」
(それより、大浴場で約束したばかりなのに早速、見事に破ってくれたわね。まぁ、期待は…す、少しだけしていたけど…)
呆れたり、不機嫌になったり、頬を赤く染めたりと表情が慌ただしくコロコロ変わるリリー。
そこに、リリーの後を追っていたコーリアとドルシャーがやって来た。
「リリーちゃん、どうしたの?」
リリーの態度が気になったコーリアは尋ねた。
「な、何でもありません。ん?何?彗星。そんなに見つめて」
「いや、リリー様は、日頃は胸をサラシで押さえ込んでいるから、押さえていない状態を見るのは初めてなのだよ。実際、予想していたよりもリリー様の胸は大きく、そして、何より今の憐れもないお姿が助長して目の保養になるなと思っただけなのだよ」
「ど、何処を見ているのよっ!」
顔を真っ赤に染めながらリリーは、慌てて左腕で胸を右手で太ももを隠す。
「馬鹿!もう知らない!」
リリーは近くにあった花瓶を手に取って大成に投げつけ、コーリアとドルシャーの間を通って部屋から出ていき、ドアを勢い良く閉めて大きな音が部屋に響く。
ドルシャーは、ドアが閉まる大きな音が響くと共に片目を瞑り、気の毒そうに大成に尋ねる。
「彗星殿、大丈夫ですか?」
大成は飛んできた花瓶をわざと避けなかったため、花瓶がまともに顔面に当たり、上半身が濡れて鼻が赤くなっていた。
「大丈夫ですよ」
大成は、赤くなっている鼻を左手で鼻を押さえていた。
「まぁ、そうよね。わざと嫌われることを言って怒らして、避けれた花瓶もわざと当たったのだから、それで怪我をしたら世話ないわ」
「見抜かれてましたか」
「そんなの誰が見てもわかるわ」
「ところで、彗星殿。なぜ間に合ったのですか?」
「それは、シャドウ・ゲートのお蔭ですよ」
「リーエ様の魔法ね。本当に凄すぎて、もう、どう反応すれば良いのかわからないわ。あと、彗星君。幾つか頼みがあるのだけど。良いかしら?」
「何ですか?」
「リリーちゃんと結婚しないなら私と結婚してみない?私は歳は取っているけど、見た目は人間で例えるなら二十歳前後よ。どうかしら?」
「冗談ですよね?」
「ええ、もちろん冗談よ」
(今はね)
満面な笑みを浮かべながらウィンクをして即答するコーリア。
「本当に勘弁して下さい、コーリアさん」
「フフフ…」
「はぁ~。コーリア様、そろそろ本題に入りませんか?」
「ドルシャー、あなたってせっかちね。でも、そうね。話を進めましょうか。その頼みごとなのだけど、1つはリゲインの戦斧のことなのよ」
「戦斧ですか?」
「そう」
「確かに、あの戦斧は重いと思いますが、それでも大人なら誰でも持ち上げることはできる重さでしたけど?」
「そうかもしれないけど、あの戦斧には意志があり所持者を選ぶのよ」
「意志があるのか…。それは興味深いな。認められなかった場合は、どうなるのですか?」
「跡形もなく燃やされるわ。そこで、あの炎に耐えれた彗星君に頼んでいるの。ここにあったら、興味本位で触れる人達が出てきてしまいそうだから」
「別に構わないですけど、その後の戦斧はどうすれば良いのですか?」
「彗星君の好きなようにして良いわ。自分の武器として使うのも良いし、破壊しても構わないわ。だけど、あの戦斧はあらゆる武器も魔法も燃やし尽くすから私達では破壊は無理だったわ」
「コーリア様!あの戦斧は…」
険しい顔をして反論するドルシャー。
「ドルシャー、そんな険しい顔しないで。だって、獣人の国にあっても誰も使えないどころか、被害者が増えるだけなのよ。それなら、一層のこと同盟国、いえ、信頼できる人に渡して恩を売った方が良いと思わない?」
「そ、それはそうですけど。ですが、獣王様の許可を取ってから決めるべきです」
「まぁ、それもそうね」
コーリアが話をしていた時、外に炎柱が発生してメラメラと燃えさかり煙が立ち昇った。
「あれは何ですかね…」
「誰が触れたんだ!?言っていたそばから」
「そんなことを考えるよりも、早く行くわよ」
大成達は、炎柱が立ち昇った場所に向かう。
【過去・チャルダ城内・深夜】
大成がリゲインを倒した頃、バッドの超音波攻撃で気絶していた【セブンズ・ビースト】の副隊長達4人のうちユーグラとビームスの2人は目を覚ました。
「うっ…」
虎の獣人でルジアダの部隊の副隊長ユーグラは、上半身を起き上がりながら左手で頭を押さえて左右に振るう。
「おい、大丈夫か?」
猪の獣人でオルガノの部隊の副隊長ビームスは、ユーグラの肩に手を置いて心配した。
「ああ、少し頭痛がするが特に問題ない。ところで、何故、俺達は倒れていたんだ?」
「確か、俺達はコーリア様から敵が来ると言われ、準備をして外に向かおうとしていたら、見えない何かによって直接脳を揺さぶられて気を失ったみたいだ」
「そういえば、そうだったな。というより、いつの間にか荒れているな。ん?あれは、リリー様じゃないか?」
起き上がったユーグラは、辺りを見渡すとリリーが必死な表情で階段を上って行く姿を発見した。
「ああ、しかし、何だか慌てていた様子だったな。念のために俺達も向かうか?」
「そうだな、何かあったに違いない。まだ気絶している2人には悪いが行くぞ」
「おい、ちょっと待て。今度はコーリア様とドルシャー様だ」
ビームスは、リリーの後を追おうとしたユーグラの肩を掴んで止めた。
「あなた達、目を覚ましたのね。ちょうど良いわ。外にリゲインの戦斧が落ちてあるから、誰も触れさせない様に見張ってくれるかしら」
コーリアとドルシャーは足を止めて、コーリアはビームスとユーグラに依頼してリリーの後を追う。
「あのリゲイン殿も来ていたのですか!?いや、リゲイン殿を倒したのですか!?」
ビームスは、驚愕した表情で尋ねる。
「ああ、戦闘は既に終結した。詳しい話は後で話す。俺とコーリア様は、今、急いでいる。だから、後のことは頼んだぞ」
足を止めたドルシャーは答えて、すぐにコーリアの後を追った。
「「ハッ!」」
ビームスとユーグラは、外に出て戦斧を見張ることにした。
【過去・城外】
リゲインの戦斧の見張りをすることになったビームスとユーグラ。
ビームスは周囲を警戒し、ユーグラは間近で地面に刺さっている戦斧を見ている。
戦斧は、禍々しい濃紫色の魔力に覆われていた。
「なぁ、この戦斧があれば、俺達も【セブンズ・ビースト】になれるんじゃないのか?」
ユーグラは、戦斧から視線を離さずにビームスに話し掛ける。
「おい、馬鹿なことは考えるな。焼け死ぬぞ」
慌てて振り返るビームス。
「ハハハ…。わかっているさ、冗談だ」
ユーグラは愛想笑いをする。
「なら、良い。それよりも、お前も真面目に見張りをしろ」
ビームスは振り返り、再び見張りを再開する。
ビームスの視線が自分から逸れたのを確認したユーグラは、ゴクっと息を呑みながら戦斧に右手を伸ばして柄を握った。
その瞬間、戦斧の禍々しい深紫色の魔力が柄を握っているユーグラの右手に絡み付いて、ユーグラの全身を包み込んだ。
そして、ユーグラの体が炎柱となって、ユーグラは業火に飲み込まれた。
「ぐっ、熱っ、何だ!?」
ビームスは、驚愕しながら炎柱から距離を取る。
「ぐぁぁ…助けて…く…」
炎柱に飲まれたユーグラは、左手をビームスに伸ばして助けを求めるが、あっという間に灼熱の業火によって焼き尽くされて跡形もなく消滅した。
残ったのは、ユーグラが立っていた場所を中心に半径3mの円状に大地が赤黒く焼け焦げており、戦斧の前にユーグラが立っていたと思われる足跡が残っていただけだった。
そこに、城内にいた大成達が駆けつけるのであった。
【チャルダ国・城外】
「一体、何があったんだ!」
ドルシャーは、大声を出しながら尋ねた。
「これはコーリア様、ドルシャー様。それが、私が目を離した隙にユーグラが戦斧に手を伸ばし、それで…大変、申し訳ありません。私がついていながら、こんなことになってしまい」
「もう起きてしまったことだ、気に病むな。しかし、そうか…。ユーグラは前々からルジアダに嫉妬していたからな。同じ虎の獣人であり、女性であるルジアダに負けている自分が許せず、それが焦りとなっていたのだろう」
ドルシャーは、頭を掻きながらため息を吐いた。
「なるほどね。それで、簡単に巨大な力が手にできる可能性があるあの戦斧に手を出したのね」
顎に手を当てたまま納得するコーリア。
「ところで、この戦斧はどうするつもりですか?」
ビームスは尋ねる。
「その問題は大丈夫よ。彗星君、後はお願いね」
「わかりました」
大成は、返事をしながら恐れずに戦斧に歩み寄る。
「おい!近づいたら危険だぞ!」
ビームスが注意するが、大成は禍々しく濃紫色の魔力に覆われている戦斧に手を伸ばして柄を握った。
すると、戦斧はユーグラの時とは違い、濃紫色の魔力は霧散していき、そのまま大成は握った戦斧を持ち上げて肩に担いだ。
「あの少年は、いったい何者なんですか!?」
驚愕した表情でビームスは、コーリアとドルシャーに尋ねたが返事がなかったので振り向くと2人は唖然としていた。
「そうだ、せっかくだから軽く試してみるか。確か、ヘル・フレイム・スラッシュ」
大成は、適当に戦斧に魔力を込めてバッドでアッパースイングする様に斜め下から斜め上に振り抜く。
リゲインが使った時よりも比べ物にならないほどの巨大な炎が戦斧から迸り、チャルダ国全体を照らしながら真上に浮かんでいる分厚い雲を焼き尽くした。
焼き尽くしたことにより、月や星が顔を出して星は満遍なく夜空に広がっていた。
「し、信じられん!何て魔力なんだ…」
ビームスは、信じられないものを見た様な表情で呆然と夜空を見上げている。
「す、彗星君、最後の頼み事なのだけど、明日リゲイン達をパールシヴァ国に移送するから、その護衛を頼めるかしら?」
先に我に返ったコーリアは、大成に依頼をした。
「わかりました。その代わり、僕と数人の騎士団でパールシヴァ国に戻りますので、ドルシャーさん達は引き続きリリーの護衛をお願いしますね」
「お任せ下さい」
ドルシャーは、力強く返事をした。
「ドルシャー様、お待ち下さい。もし仮に、リゲイン殿達が脱走した場合は誰が捕らえるですか?確かに、彗星殿はとんでもない魔力を保持しており、戦斧に選ばられたのは驚きましたが、それでも、1人では…」
反論するビームス。
「そう心配するな、ビームス。今回、ブロスとバッツはコーリア様が無力化したが、それ以外のリゲイン殿達を無力化したのは彗星殿が1人でやってのけたのだ。だから、その心配は必要ない」
「なっ!?たった1人で、ですか!?しかも、あのリゲイン殿を」
「では、僕は明日の支度しますので、これで失礼します」
ビームスは驚愕して言葉を失って立ち尽くしたが、大成は気にせず何も答えずにスタスタと自分の部屋に戻って行った。
【チャルダ国・早朝】
朝早く、リリーが起きる前に大成と騎士団10人はリゲイン達を収納した檻を引いている馬車を囲み、護衛をしながらチャルダ国を出国した。
檻には、魔力が一切使えない様に魔力封じの魔法陣が描かれている。
そんな中、住宅の影からチャルダ国民の3人の男達が大成達の様子を窺っていた。
「おいおい、嘘だろ…」
「あのリゲイン様達が倒されるとは…」
「それよりも早く、キルシュ様達に報告をしなければ」
「ああ」
大成達が出国した後、すぐに反乱軍である男達は報告しにオルセー国へと向かった。
【獣人の国・パールシヴァ国・パールシヴァ城・玉座の間・昼】
日が昇る中、朝早くチャルダ国を出国した大成達は、何事もなく無事にパールシヴァ国に辿り着き、コーリアの手紙と大成の報告を受けた獣王レオラルドは、大成とリゲイン達を玉座の間に来る様にと指示を出した。
玉座の間には、奥に獣王レオラルドと妃ネイが椅子に座っており、その前方には【セブンズ・ビースト】の虎の獣人ルジアダ、猪の獣人オルガノ、蛇の獣人ツダールが立っていた。
そして、左右の壁際に騎士団が数十人が片膝をついて敬礼している。
そんな中、大成は敬礼せずに平然と立っており、リゲイン達は後ろで両腕を鉄の枷で縛られたまま両膝を地面についていた。
「彗星、此度の活躍、ご苦労であったぞ」
レオラルドは満足した表情で頷き、大成は無言で会釈した。
「皆の者、顔を上げよ」
レオラルドの声でリゲイン達は顔を上げ、リゲイン以外の者はレオラルドを睨みつけた。
「久しぶりだな、お前達」
「「……。」」
リゲイン達は、誰も答えずに無言だった。
「茶番はやめようぜ、獣王様。反乱を起こした俺様達は、どうせ処刑になるのだろう?」
先に口を開いたのはバルトだった。
「そのことなんだが、お前達が以前の様にこの国に仕えると言うのであれば、何かしらの処罰はあるが処刑はしないつもりだ。その代わり、一時の間は見張りをつけさせて貰うがな」
「「獣王様!」」
ルジアダ達は声をあげた。
「この者達は、多くの仲間を殺しています。それなのに、咎めなしというのは些か納得できません!」
「そうだぜ、獣王様。姉御の言う通りだ」
「だな」
ルジアダは大きな声で反論し、それに賛同するオルガノとツダール。
しかし、獣王が有無を言わせないほどの圧倒的な威圧感放ちルジアダ達を睨みつけた。
玉座の間にいるルジアダ達や騎士団達は、息を呑み込んで押し黙る。
「今回の件は、お前達の不満に気付けなかった私にも非がある。そのため、事前に彗星にはできる限りリゲイン達を殺さずに無力化するように頼んでいたのだ。今まで気が付けず、すまぬ」
椅子に座っていたレオラルドは立ち上がり、深く頭を下げた。
「今更、謝るな!この期に及んで、俺達が寝返るなんてみっともないことができる訳がないだろ!」
ブロスは怒りを顕にし、バッド達も激怒した表情を浮かべる。
しかし、リゲインだけは1度目を閉じてゆっくりと開きレオラルドに尋ねる。
「獣王様、顔を上げて下さい。1つお尋ねしますが、本当に宜しいのですか?こんな許されない過ちを犯した私達が、以前の様に振る舞っても」
「ああ、勿論だ。是非とも私から頼みたい」
「……わかりました。私はあなた様のもとに戻ります」
「「リゲイン!」」
バルト達は、大声を出す。
「貴様、本当に寝返るのか?貴様にプライドとかないのか?」
バルトは殺気を放ちながら、リゲインを睨みつける。
「そんな下らないプライドなんかよりも大切なものがある。お前達も心の何処かでは気付いているはずだ。本当に、このままで良いのかと悩んでいるだろ?ただ、もう後戻りはできないと悟りながら後悔したままズルズルと引きずり、今に至っているんじゃないのか?俺は、もう1度やり直せるチャンスがあるなら、やり直したいと思っている」
「「……。」」
リゲインの話を聞いたバルト達は、押し黙った。
少し間が置き静寂が訪れる中、バルトが声を発する。
「わかったぜ、獣王様。俺様も、その条件を飲む。いや、飲ませてませてくれないか」
バルトは条件を飲むことにし、他のバッド達も無言で頷いて続いた。
「ああ、勿論だ。感謝する」
レオラルドは、深く頭を下げて感謝した。
「話は終わったみたいなので、私はこれで…」
「彗星よ」
大成は退出しようとした時、レオラルドから止められた。
「何でしょう?」
「此度は誠に感謝する。いや、感謝しきれぬな。そこでだ、明日から3日間、隣国のニーベル国で収穫祭が行われるだが、リリーが帰国するまでニーベル国で羽を伸ばして来たらどうだ?」
「それは、良い案だわ」
ネイは、両手を合わせて笑顔を浮かべる。
「収穫祭ですか?」
「ええ、そうよ。ニーベル国の収穫祭は、様々な料理が食べれるわ。もちろん、資金は私達が出すから気にしないで好きなだけ楽しんで来て。私達には、これぐらいのことしかお礼できないから」
「だな。本当は愛娘のリリーと結婚させてやりたいのは山々だが、そんなことをしたら魔王は兎も角、ミリーナやウルシア達、魔人達との関係が崩れてしまう恐れがある…。ん?待てよ、彗星から結婚したいと言えば問題ないのでは?」
「それは、とても良い提案ね!あなた」
「ちょっと待って下さい。そういう大切なことは、リリー本人が自身で決めることです」
「いや、獣人の国は強い者が姫と結婚できるのだ」
「それだと、リリーが可愛そうですよ。好きな人と結婚できず、見知らぬ人と結婚して生涯を終えるのは」
「うむ、そうだな…」
「まぁ、彗星様はお優しいのね。今度、リリーに聞いてみるわ」
レオラルドは残念そうな表情を浮かべ、一方、ネイは笑顔を浮かべた。
「いや、それはちょっと…」
ネイの提案を聞いた大成は苦笑いする。
「ところで、彗星。すまぬが最後に頼みが1つだけあるのだが…」
「何でしょう?」
「ニーベル国に居らぬとは思うが、もし猫の獣人のラルドムという男と同じく猫の獣人のメリーゼという女性が居たならば助けて欲しい」
「わかりました。できる限りのことは手助けします」
「感謝する」
大成が了承するとレオラルドは感謝して軽く手を数回叩き、騎士団の1人が大成に歩み寄り、資金が入った袋とニーベル国の地図を大成に渡した。
「では、ニーベル国に行ってきます」
受け取った大成は、ニーベル国へと向かう。
【チャルダ国付近・昼】
獣人から召喚された【アルティメット・バロン】を除く異世界人4人隆司、満、武志、悠太は、騎士団数十人を連れてチャルダ国に向かっていた。
4人は20代の青年で、こっちの世界で初めて会ったが気が合い、いつも4人で行動している。
4人は、途中でチャルダ国に潜伏させていた諜報員とバッタリ出会い、チャルダ国の事情を聞いた。
「まさか、あれだけ実力を自慢していた牛共が負けるとはな。やはり、大した実力はなかったようだな」
隆司は馬鹿にする。
「言えてる。今頃、牛や鹿は焼き肉にされ、鳥類は焼き鳥とか唐揚げに、ワニは革の製品になったりしてな。これぞ、食物連鎖」
嘲笑う武志。
「アハハハ…。マジで笑える」
悠太は、腹を抱えて笑う。
「しかし、【アルティメット・バロン】が言っていた通りになったな。マジで、あのおっさんは一体何者なんだ?仙人か先導者か?」
満は、顎に手を当てて考える。
「ただのロリコンだろ?だけど、間違いなく敵に回したくないな」
「そうだな、まったく恐ろしいおっさんだ」
隆司は即答し、満は頷きながら肯定した。
「で、隆司。これからどうするんだ?このまま、おっさんの作戦通りに動くのか?それとも、チャルダ国に行ってリリーを拐うのか?」
武志は、隆司に尋ねる。
「確かに、この戦力だったら確実にリリーを拐うことはできるだろう。だが、おっさんも言っていたが、俺達はアレックスから今回は動くなと言われている。わざわざ、あいつらの尻拭いをする必要はないだろ?それなら、おっさんが考えた作戦、ニーベル国を制圧して俺達の国にした方が魅力的だと思うが?」
「そうだが…。俺は、おっさんの掌で踊らされているみたいで釈然としないな」
満は、不満を愚痴る。
「仕方ないだろ。パールシヴァには、あの獣王とネイがいる。おっさんが獣王と妃に戦いを挑み、あの3人の実力は飛び抜けていることがわかっただろ?」
武志は思い出させる。
「ああ、あれは凄かったな。引き分けに終わったが、3人が戦い終えた荒野は、見渡す限り灼熱の大地と毒沼に変貌していたからな」
思い出した悠太は、背筋がゾッとして身震いをした。
「だな。おっさん曰く、1人で獣人の国を制圧してリリーを自分のものにできると思っていたらしい。しかし、獣王と妃が予想以上の実力を隠し持っていたから誤算だったとか言って悔しがっていたな」
武志は、大人げなく、とても悔しがっている【アルティメット・バロン】の姿を思い出して笑った。
獣王と妃と戦った【アルティメット・バロン】は、引き分けに終わった後、何度も地団駄(くやしくって足を踏みならすこと)し、ベッドの上に横になって涙と鼻水を流しながら足をばたつかせて布団を何度も叩いていた。
「悔しいが、このメンバーでは獣王と妃だけならば勝てるだろう。だけど、他にもルジアダ達がいるから、正直に言うとキツイ。そこで、おっさんが言っていた様にパールシヴァではなく、その隣国のニーベル国を制圧して俺達の国にしようと思う」
「でもさ、結局は獣王達が防衛しに来て同じじゃないのか?」
未だに不満な満。
「おそらく、おっさんが言っていたがニーベルには来ないと俺も思う。なぜなら、パールシヴァにワニ達が移送されている。こっちが囮で、その間に脱獄されるかもしれないと考えられるからな。獣王達は、下手に身動きが取れないはずだ」
「それもそうだな」
「だな」
「ああ」
隆司は説明し、4人と騎士団達はニーベル国へと向かった。
次回、ニーベル国に辿り着いた大成は、ある姉妹と出会い、そして、異世界人の4人の動き、収穫祭などです。
仕事が忙しく、投稿が遅れて申し訳ありません。
もし宜しければ次回作も御覧下さい。




