義兄弟と死闘
復活した大成は、奈々子を人間の国へ送ると共に果たし状を人間の国王に渡した。
【人間の国・ルージニア荒野】
約束の決闘の日が訪れ、大成達はヘルレウスと騎士団数十人を連れてルージニア荒野に集まっていた。
人間の側は、国王、妃、メルサ、【聖剣】マールイ、ケルン、アエリカ、ユナール、カトリアと【聖剣候補】だったイカルダ、そして、流星の能力で記憶と自我を失い、その代わりに高等な武術を与えられた紅い騎士団数十人が集まった。
まるで人形の様に生気を感じない紅い騎士団の姿を見た魔人の騎士団は、過去に戦った時の死を恐れない紅い騎士団の強さを思い出し、その時の恐怖が鮮明に甦り、顔を強ばらせながら固唾を飲んだ。
ジャンヌは自分の失態で、目の前で大成の背中に剣が突き刺さる光景を思い出して唇を噛み締めた。
【聖剣】ニルバーナとヨーデルは、同じく【聖剣】であり裏切り行為をして軟禁状態の奈々子とツカサの監視および国の防衛のためバルビスタ国に残っている。
ルージニア荒野は、草や木などの緑が一切なく、見える範囲は岩と地面しかないので、魔物は全く居らず、爬虫類や昆虫しかいないほど過酷な場所だった。
時折、強風が吹き砂埃が舞う中、ルージニア荒野の中央には大成と流星が歩み寄る。
「やっと、この日が来たな。長かった様な短かった様な不思議な気分だ。なぁ、大成」
「そうだね、流星義兄さん。だけど、今回は勝たせて貰うよ」
「ほう、俺に手合わせで一度も勝ったことがないのに大した自信だな。フフフ…楽しみだ」
嬉しそうに笑みを浮かべ笑う流星。
大成と流星から離れた場所に魔人の国からローケンス、ウルシア、マリーナ、マミューラの4人と人間の国からマールイ、ケルン、カトリア、ユナールの4人、計8人が2人を囲う様に円形状に陣形を取っていた。
更に、そこから離れた場所には、魔王達や人間の国王達がおり、決闘が始まるのを待っている。
「そろそろ始めるか?大成」
流星は口元は笑みを浮かべていたが、眼光は鋭く、魔力と殺気を一気に解き放つ。
解き放たれた魔力は、流星を中心に膨大な魔力の渦が生まれ突風が発生し、やがて治まったが流星は濃密な魔力を纏っていた。
「ああ」
一方、言葉使いが変わった大成は、逆に魔力だけでなく気配も完全に消し、瞳の輝きは消え、全てを飲み込む様な闇に染まる。
2人を見た魔人達と人間達は、緊張した面持ちで固唾を飲み込み、体が小さく震えていた。
「結界を張るぞ!」
「「オクタグラム・サンクチュアリ」」
2人の激闘が始まると悟ったローケンスは指示を出し、結界班のマミューラ達8人は、互いの力を合わせて魔力防御結界オクタグラム・サンクチュアリを唱える。
それぞれの術者から赤色、青色、黄色、茶色、緑色、白色、黒色、無色の魔力を解き放ち、魔力柱が発生した。
更に魔力が地面を這う様に線状に伸びていき、地面に巨大な八芒星が浮かびあがる。
そして、大成と流星を囲う様に魔法陣の外周がシャボン玉の様にカラフルに輝き、上空へと伸びて円柱の結界が出現した。
結界が張られた瞬間、大成の姿が消えた。
大成は気配を消したまま、一瞬で流星の背後に回り込み、反転しながら右手に魔力を込めて村雨を発動し、流星の首筋を狙う。
「ほぅ、以前よりも動きが鋭く、切れが増したな。だが、見えているぞ」
流星は感心しながら、後ろを振り返らずにしゃがんで、大成の村雨を避け、その場で反転しながら左足で回し蹴りをする。
流星が大成の村雨を避けたことで、流星の背後にあった4つの岩は、大成の村雨によってバターの様に切断されて滑る様に崩れ落ちた。
「流石、流星義兄さんだ」
大成は驚くことなく、顔面に迫る流星の左足を咄嗟に両手で掴み、流星の右足を支点にして前転をしながら右足で踵落としをする。
流星は、片手で大成の右足の踵落としを掴んで地面に叩きつけようと思ったが、本能が今回は今までと違い無理だと警告を鳴らしたので、咄嗟に両腕をクロスにして大成の踵落としを防いだ。
大成の踵落としは、今までとは比較にならないほどの威力があり、防いだ流星の足元の地面にヒビが入る。
「ぐっ、ハッ!」
流星は、力任せに両腕で押しながら開いて大成を弾き飛ばした。
弾き飛ばしたと同時に、流星は左右の手で左右の腰に掛けてあるホルダーから拳銃を抜き、魔力弾を放つ。
「くっ、幻歩」
弾き飛ばされた大成は空中で体を捻り、回転して魔力弾を回避しながら地面に着地し、同時に【幻歩】で30人に分身した。
「グリモア・ブック、ファイヤー・ボール」
大成は、自身の分身の影に隠しながらグリモア・ブックを召喚し、ファイヤー・ボールを唱えて自身と分身の周囲一体が埋め尽くすほどの火球を召喚した。
そして、流星に目掛けて火球を飛ばす。
「おいおい、当たり一面を全て焼き尽くす気か?」
流星は、両腕を前に出して左右の拳銃の引き金を連続で引いて魔力弾を連射し、次々に直撃する火球だけを貫通させて掻き消していく。
流星は大成の本体を見抜いており、貫通した魔力弾は岩や地面に当たり方向を変えて大成に向かう。
集中放火された大成は、横に走りながら必死に避けるが、分身を維持できなくなり徐々に分身の数が減り消えていった。
「くっ」
追い込まれる大成だったが、ファイヤー・ボールを唱えたのは、攻撃や牽制するためだけでなく、火球を利用して【グリモア・ブック】を隠しながら流星の死角に【グリモア・ブック】を移動させることが目的だった。
大成の狙い通りに【グリモア・ブック】は、流星の背後の斜め上に移動できた。
「アイス・ソード」
大成はアイス・ソードを唱え、【グリモア・ブック】から氷の剣50本が出現し、雨の様に放つ。
流星は、魔力感知を怠っていなかったが、火球の魔力と火球の大きさによって感知が遅れた。
「チッ、エンチャント・シール」
反応が少し遅れた流星は舌打ちしながら、自身のユニーク・スキル【ゴッド・エンチャント】で左に握っている拳銃に封印効果を付与し、拳銃は紫色に染まる。
流星は横に向いて、右手の拳銃で大成に狙いを定めて足止めをし、左手の拳銃で背後から降り注ぐ氷の剣を打ち消していく。
流星が放った紫色の魔力弾は、氷の剣は衝突し、氷の剣を紫色に侵食して、霧散させて掻き消していく。
それでも、迎撃に間に合わず、流星はステップしながら氷の剣を躱し、大成を狙っていた右手の拳銃も迎撃に使う。
狙われなくなった大成は、その隙に流星に接近を試みるが、流星が発砲して接近を阻止される。
「ボルト・ライトニング・サンダー・ドラゴン」
接近を諦めた大成は、雷魔法禁術ボルト・ライトニング・サンダー・ドラゴンを唱えて、巨大な白い雷龍を召喚した。
雷龍は体から白い稲妻を放電しており、大地を焦がしながら流星に迫る。
「シール・ファルコン」
流星は、左手に握っている封印効果を付与している銃に膨大な魔力込めて増大させて引き金を引く。
拳銃から出てきたのは封印効果を宿した紫色の巨大な鷹だった。
鷹は、羽ばたきながら正面から雷龍に突撃する。
そして、雷龍と鷹が衝突して砂煙が舞い、大きなクレーターができた。
大成は、自身が放った雷龍は消滅されたが、流星の視線を自分から外すことができた。
(今だ!)
大成は右手で後ろ腰に掛けてある剣を抜き流星に一気に迫る。
「チッ」
反応が少し遅れた流星は、左右の拳銃で魔力弾を連射して接近を阻止しようとした。
しかし、大成は直撃する魔力弾だけを剣で次々に切り裂き、掠り傷を負いながら流星に接近する。
「うぉぉ!」
大成は、剣を振り下ろす。
「ぐっ、やるな!」
流星は迎撃が無理だと判断し、左手の拳銃を捨てて左腰に掛けてある剣を逆手で抜いて防いだ。
しかし、大成の斬撃は鋭く重く、流星はよろけて体勢が崩れる。
「アース・クラクッレ」
大成は、土魔法アース・クラクッレを唱えて、流星の背後にあるグリモア・ブックから地割れを起こして、流星の体勢を完全に崩した。
「はぁぁ!」
大成は、そのまま全身全力で押す。
「くっ」
流星は、倒れながら右手の拳銃で魔力弾3発を連射した。
「ぐっ…」
大成は、顔を傾けて1発の魔力弾は躱したが、残り2発の魔力弾は横腹と左太股に被弾して血が飛び散る。
「うぉぉぉ!」
だが、大成は怯まずに、そのまま剣を振り下ろした。
「ぐぁっ」
流星は倒れながら左手の剣で防いだが、地面に強く叩きつけられ、地面にヒビが入った。
「オォォォ!」
大成は、そのまま全力で押しつける。
しかし、流星は右足で無防備な大成の鳩尾に蹴りを入れて吹き飛ばした。
蹴り飛ばされた大成は、地面をバウンドしながら転がったが、途中で体勢を整えて左手と両足を地面について踏ん張って勢いを止める。
「ぐっ…。やはり、大成、お前は人間ではなくなったみたいだな。先ほどの踵落としの威力といい、異常なほどの身体能力の飛躍的向上、その上、掠り傷は完治し貫通したはずの傷が、もう治りかけているしな」
ゆっくりと立ち上がる流星は、大成を一瞥する。
「……。」
大成は無言だったが、被弾した横腹と太股は、みるみる傷が癒えていき、傷が完全に塞がり完治した。
「まぁ、良い。その方が楽しめるからな。先に忠告してやる。俺は今から全力を出す。お前も全力を出せ。出さなければ、すぐに決着が付くぞ。エンチャント・ゴッド」
流星は、魔力を増大させてエンチャント・ゴッドと唱えた瞬間、流星の体が眩しいほど銀色に輝き周囲を照らす。
そして、やがて光が収まっていき、流星の周囲には銀色の羽が無数に舞散り、姿が顕になる。
流星の姿は、まるで別人の様に黒かった髪の毛は金色に変わり、漆黒の瞳は透き通る様な藍色に変化し、背中には真っ白な天使の様な羽が生えていた。
【人間の国・ルージニア荒野・観客側】
メルサすら見たことない流星の姿に、誰もが唖然とする。
「化け物め…」
リーエは、頬を引きつらせて冷や汗を掻き、体が震わせながら呟く。
今まで流星から膨大な魔力を感じていたジャンヌ達や人間達は、変貌を遂げた流星から魔力を一切感じとれずにいた。
ただ息が詰まるほど威圧感が格段に強まったことしか感じ取れなかった。
「何で、こんなに威圧感があるのに、流星さんから全く魔力が感じられないのかな?」
マキネは、恐る恐る尋ねる様に呟く。
「本能が今の【時の勇者】の魔力を感知したら精神が崩壊すると危険を察知し、自己防衛のために無意識に感知しない様にしているのさ。だから、無理に感知しようとするな」
観戦している者の中で、唯一、流星の魔力を感知できていたリーエが答えた。
(大成…)
ジャンヌ達は胸元で両手を合わせて握り締め、大成を信じて祈る。
【人間の国・ルージニア荒野】
「~っ!?」
変貌を遂げた流星を見た大成は、一瞬だけだったが巨大な魔力を感知して驚いた表情になったが、すぐに無表情に戻り、一旦、バック・ステップをして流星から距離を取る。
そして、大成は右手に握っている剣を鞘に収め、【グリモア・ブック】を手元に戻した。
「アポロン」
大成は弓を射る構えを取り、失われた魔法アポロンを唱え、手元に炎の弓と矢が出現し、片目を瞑って流星に狙いをつけて放つ。
「大成、確かに失われた魔法は最強に分類する魔法だ。だが、しかし、今の俺の前では無意味だ」
物凄いスピードで周囲の物を全て燃やし尽くしながら溶かす炎の矢が迫る中、流星は、その場から一歩も動かずに右手を上に挙げ、舞っている自分の銀色の羽を1枚掴んだ瞬間、羽は輝いて剣の形に変化していき、銀色の剣に変わった。
「ハッ!」
流星は、剣を握り締めて上から振り下ろし、目の前まで迫った炎の矢を真っ二つに切断して掻き消し、そのまま剣から斬撃を放つ。
放たれた斬撃は銀色の光の刃となって地面を深く切り裂きながら物凄いスピードで大成を襲う。
危険を感じた大成は、回避が間に合わないと判断し、剣を抜刀して全魔力を剣に纏わせて剣を両手で握り締めて剣を横に振るい、斬撃を弾こうとする。
しかし、弾くどころか、全魔力を剣に注いだため踏ん張りが利かず、光の刃の威力に押し負けて後ろにズリ下がっていく。
大成は、背中から次々に岩に衝突し、音を立てながら岩が崩れ砂埃が舞い上がり、砂埃は周囲に広がっていく。
「ヌオォォ!」
大成は、斬撃が弱まっていき、どうにか剣を振り上げて光の刃を空中に反らすことに成功した。
そして、大成は砂埃が舞う中で左右の手を上に挙げる。
「グングニール」
大成は、失われた魔法グングニールを唱え、挙げている左右の手の上空に巨大な氷の槍が1本ずつ出現し、甲高い音を立てながら高回転する。
大成は、左右の腕を大きく振り下ろして高回転している巨大な氷の槍2本を流星に向けて投擲した。
巨大な氷の槍は、砂煙を吹き飛ばして物凄いスピードで流星に迫る。
「だから、無駄だと言ったはずだ!」
「シャドウ・ゲート」
流星は、怒気を含んだ声で剣を横に振って巨大な氷の槍2本を真っ二つにしたが、大成は闇魔法シャドウ・ゲートを使って自身の影に隠れる。
「何!?」
大成の姿どころか気配が完全に消えたことに驚く流星。
驚いている流星の後ろにある流星の影から大成が現れ、大成は剣を両手で握り締めて最速最短の突きを放つ。
しかし、剣が流星に届く前に、流星は回転しながら左足で回し蹴りをして、無防備になっている大成の右横腹を蹴り飛ばした。
「ぐぁ」
流星の動きがあまりにも速かったため、大成は微かに流星の左足が見えただけで、防いだり、受け身や受け流すこともできず、吹き飛ばされて何度も地面をバウンドして転がる。
「今のは驚いた。あんな魔法もあるのだな。いや、そういえば【漆黒の魔女】が使っていたか…」
流星は、リーエがジャンヌの影から現れたのを思い出し、ゆっくりと大成がいる方向に歩み寄り、砂煙が舞っている前で立ち止まる。
【人間の国・ルージニア荒野・観客側】
2人の異次元の戦いを目の辺りにして魔王達や人間達は言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。
「う、嘘…。あの大成が、ここまで一方的に圧倒されるなんて…」
「それに、あの失われた魔法が全く通用していません…」
ジャンヌとウルミラは、信じられないという表情で呟く。
ニールは、リーエの前に移動して敬礼する。
「リーエ様。お1つ尋ねても宜しいでしょうか?」
「珍しいな、お前から私に話し掛けてくるとは。で、何だ?ニール」
「修羅様の心の中に居りましたマーラ様が、流石に【ゴッド・エンチャント】の使い手が相手では分が悪いと仰っていましたが、リーエ様は【ゴッド・エンチャント】の使い手と相対したことが、おありなのでしょうか?」
ニールの質問を聞いたジャンヌ達は、リーエに視線を向ける。
リーエは、一度目を閉じてゆっくり開き遠くを見る様な瞳をした。
「確かに、随分と昔のことだが何度か合間みれたことがある」
「その時は、どのような対応をしたのでしょうか?」
「初めて【ゴッド・エンチャント】の使い手と相対した頃、私は既に先祖返りしていた。始めは、今の魔王ぐらいの実力の持ち主で、軽くあしらってやった。しかし、3度目に相対した時、【ゴッド・エンチャント】の使い手が真の力を解放した時、その力は私と同等まで一気に強くなった。それから、会う度に死闘を繰り広げた。だが、今の、いや、人間の時の坊やより弱かったのは確かだ。人間の時の坊やの強さは、既に世界の敵となった頃のマーラよりも強いと断言できるほどだ。だから、今回の【ゴッド・エンチャント】の使い手は人間の時の坊やと同じ強さぐらいだろうと思い、今の坊やの敵ではないと判断して、この戦いを認めたのだが、今度の使い手は私の常識を遥かに超えている」
「あ、あの、大成さんに勝機はあるのでしょうか?」
ウルミラは、恐る恐る不安を抱えながらリーエに尋ねる。
「あるにはあるが、諸刃の剣だな」
「オーバー・ロードですか?」
すぐに頭に浮かんだジャンヌ。
「いや、それもあるが、あれはまだ自分の意思で発動できないみたいだぞ」
リーエは、すぐに否定する。
「では、別の方法があるのですか?」
「そうだ。【時の勇者】が【ゴッド・エンチャント】の能力を最大限に引き出したのと同く、坊やもマーラの様に【グリモア・ブック】の能力を最大限に引き出せば、まだ勝機がある。しかし、そうなれば坊やの心の中にいるマーラが覚醒するやもしれん」
「【グリモア・ブック】には、まだ隠された力があるのですか?」
「ある」
リーエの断言に、ジャンヌ達は希望があると知ったが、複雑な気持ちになった。
「お言葉ですが、神崎大成は【グリモア・ブック】の能力を最大限に引き出すことができるのですか?」
魔王は、リーエに尋ねる。
「そこまでは聞いてはいないが、おそらく坊やなら引き出せるだろう。それだけの才能があると私は思う」
「あの、ところで、マーラ様が覚醒した場合は…」
ジャンヌは、恐る恐ると不安に思っていることを尋ねる。
「もう、お前達なら気付いているだろう?最悪の場合、坊やは自我を失い、マーラがこの世界に完全復活する。いや、前世より更に強さを増して顕現するといった方が正しいか。どのみち、この戦いに勝つにしろ負けるにしろ、坊やは無事では済まない可能性が非常に高いということだ。坊や自身もそれに気付いているはずだ」
「そ、そんな…」
ジャンヌ達は、絶望した表情を浮かべ絶句した。
【人間の国・ルージニア荒野】
流星は歩みを止めたまま、大きな声で話し掛ける。
「大成、もう終わりか?それが、お前の全力なのか?」
砂煙が舞う中、ゆっくりと人影が立ち上がるのが見えた。
「出来る限り、使いたくなかったが仕方ない」
大成の声が聞こえた瞬間、大成から膨大な魔力が吹き上がり、一瞬で砂煙を吹き飛ばす。
「ほう、まだ奥の手があるだな?なら、見せてみろ!」
楽しそうな表情を浮かべる流星。
大成は、返事をせずに空中に浮かんでいる【グリモア・ブック】を手元に移動させて、そっと右手を添える。
「グリモア・ブック解放…」
大成の言葉に反応したかの様に、右手を添えられた【グリモア・ブック】から全ての色を塗り潰すかの様な真っ黒な闇が発生し、一瞬で大成とその周囲を飲み込む。
【人間の国・ルージニア荒野・観客側】
大成が【グリモア・ブック】の闇に飲み込まれたのを見たジャンヌ達は、心配した声をあげる。
「大成!」
「大成さん!」
「ダーリン!」
「大成君!」
「やはり、グリモアの真の力を解放するか…。坊や…」
不安な表情でリーエは、呟きながら見守る。
【人間の国・ルージニア荒野】
大成を飲み込んだ闇は次第に収まっていき、手元にあった【グリモア・ブック】は消えていた。
そして、変貌した大成の姿がゆっくりと見えてくる。
大成は大人の背丈になり、髪の毛の色は黒から銀色に変わり背中まで伸び、歯は吸血鬼の様な鋭い牙が生え、瞳の眼球の部分が黒色、黒色だった角膜、瞳孔は金色で野生の動物の様に鋭くなっていたが、顔は整った美形で美しく、背中から黒い翼が生えていた。
その姿は、まるで堕天使の様に見えた。
大成を知る者達が、変貌した大成の姿を見ても大成だとは気付かないほど別人に見えるほどだった。
「それが、お前の隠していた真の力か。フ、フフフ…アッハハハ…。良い、良いぞ大成。俺に見せて見ろ!その力を!」
笑みを浮かべた流星は、笑いながら右手に握っている剣を上げ、振り下ろして銀色の魔力の斬撃を飛ばす。
銀色の魔力の斬撃は、大地を切り裂きながら大成に迫る。
大成は、ゆっくりと周囲を舞う漆黒の羽を右手で握り、握った羽が漆黒の剣と変貌した。
「ハッ!」
大成も漆黒の剣を振り下ろして、漆黒の魔力の斬撃を飛ばす。
銀色の斬撃と漆黒の斬撃が2人の間で激突し、大爆発して2人を囲っている結界が軋む。
大成と流星は翼で空を飛び、超高速で動く。
大成は漆黒の魔力を、流星は銀色の魔力を纏っており、リーエを含む観戦している者達は2人の動きが見えず、ただ漆黒と銀色の閃光が結界の中で飛び回り、何度も衝突し、衝突しする度に衝撃波が発生していることしか把握できずにいた。
「そうだ!もっと、もっと俺を楽しませろ!大成!ライトニング・タイガー」
流星は上空で剣を横に振り、稲妻を纏う巨大な虎を召喚した。
巨大な虎は、体から稲妻を放電させながら周囲の物を焦がしていく。
「ガイア・ウォール」
大成は、剣を逆手に持ち替えて地面に突き刺して土魔法ガイア・ウォールを唱える。
大成は、目の前に分厚い大地の壁を作った。
巨大な虎は大地の壁に衝突し、目で直接見ることができないぐらいに眩しく、そして、激しく放電する。
虎は、大地の壁を破壊したが自身も消滅した。
「ガイア・ショット」
大成は左手を前に出して砕かれた破片を利用して破片を流星に向かって飛ばす。
「はぁぁぁ!」
空を飛んでいた流星は、超高速で右に迂回しながら回避し、低空で大成に接近して剣を横に振り抜く。
地上にいる大成は、剣を両手で握り締めて全力で上から振り下ろした。
剣と剣がぶつかり合い、衝撃波が生まれて2人がいる場所が抉れ、衝撃波で結界が歪み軋む。
「「ぐっ」」
大成と流星は鍔迫り合いになったが、大成が先に力を緩めて、受け流しながら切り返しをした。
「ちっ、ミーティア」
流星は舌打ちしながら上空に舞い上がり、回避してミーティアを唱える。
流星の無数の白い羽が一斉に銀色に輝き出し、レーザーの様に羽を解き放つ。
大成は、低空飛行でジグザグに飛び回避していく。
しかし、流星が放っている羽の数が多く、更に追尾機能があり、次第に追い詰められていく。
「くっ、ミーティア」
大成は急上昇して動き回り、避けきれないと判断した大成はミーティアを唱えた。
大成のミーティアは流星と色は違い、闇の様に真っ黒なレーザーだった。
お互いの無数の羽同士がぶつかり合い、羽の1枚1枚の威力は大魔法と変わらないほどの威力があり、1枚1枚ぶつかり合う度に大爆発と強烈な爆風が周囲を襲い結界を大きく揺らし、結界は軋んで不安定になる。
だが、結界には自動修復機能があり、すぐに安定していく。
爆風によって砂埃が舞う中、上空には大成より高い位置に流星がおり、流星は剣を振って砂埃を消し飛ばそうと思った瞬間。
「ボルト・ライトニング・サンダー・ドラゴン!」
大成は、剣を握っている右腕を挙げて雷魔法、禁術ボルト・ライトニング・サンダー・ドラゴンを唱えた。
普段は巨大な白い雷龍が現れるのだが、今回、剣から現れたのは漆黒の稲妻を纏う巨大な雷龍だった。
そして、漆黒の龍は砂埃を蹴散らして、黒い稲妻を放電しながら大きな口を開き、流星の真下から急上昇して流星を飲み込んだ。
しかし、飲み込んだ瞬間、雷龍の体内から切り刻まれ銀色の光が輝き出し、切口から銀色の魔力が吹き出して破裂した。
漆黒の龍の体内から、剣を上に掲げた姿の流星が現れた。
再び、大成と流星は互いに空中で接近し、閃光の様な目で見えないほどの剣撃の応酬が始まる。
「「うぉぉ!」」
お互い攻撃に専念したため、最小限の回避しかせず、頬、肩、腕、胴体、太腿など傷を負って血が飛び散っていく。
それでも、お互いに怯むことなく斬撃を繰り出し、繰り出す度に鋭く速くなっていき、2人の間に火花と血が飛び散る。
残りの魔力を全て攻撃に費やさないと勝てないとと悟った大成は、魔力を温存するため意識的に無意識で発動する自己再生を抑え込む。
自己再生を使わなかったので、大成は傷が癒えず、流星と同じに傷が増えていく。
「「はぁぁ!」」
2人は、一瞬でも怯んだり、死を恐れた瞬間、死が待っていると今までの経験と本能で理解していた。
そんな、命懸けの戦いを繰り広げている2人の表情は楽しそうに笑顔が浮かべていた。
「「だぁぁ!」」
大成と流星は、魔力を剣に込めて力強く剣を振り抜いた。
剣と剣がぶつかり合った瞬間、今まで使い続けていた両者の剣は既に消耗しており、接触した部分から真っ二つ折れた。
大成の剣は闇の粒子に、流星の剣は光の粒子になって消滅していく。
その中、大成と流星は自身が握っている剣が折れたというのに少しも動揺した様子も見せず、ただ頭の中は相手を倒すことだけしか考えていなかった。
「たいせ~い!」
「流星義兄さ~ん!」
2人は、同時に左拳で殴りにいく。
「「ぐぁ」」
お互いの拳が互いの右頬にめり込み、2人は吹き飛び、上空から斜め下に急落下し、地面に叩きつけられた。
砂埃が舞う中、大成と流星は、ゆっくりと立ち上がる。
「「ハァハァ…」」
大成と流星は、身体中傷だらけで魔力の消耗も激しく、肩を大きく上下させるほど呼吸が乱れていた。
2人は右側の口元から出血しており、大成は血を左手の甲で拭い、流星は右手を親指で拭った。
「ハァハァ、やるな、大成…」
「ハァハァ、今回は、ハァハァ…。勝たせて貰う…って言っただろ…」
「そろそろ決着をつけるか…」
「ああ…」
大成の肯定と共に、大成と流星は右手の手の甲を上に向けた状態で前に出し、周囲に舞っている自身の羽を掴んで再び剣を作り出す。
「「はぁぁぁ!」」
大成と流星は呼吸を整え、互いに翼を羽ばたかせて超高速低空飛行で正面から接近して全力で剣を振り下ろした。
漆黒の剣と銀色の剣がぶつかり合い、今まで一番大きな衝撃波が発生した。
大地は2人を中心に崩壊しクレーターができ、周囲の結界が激しく歪み軋んでヒビが入った。
「「ぐぉぉぉ!」」
2人の力は互角で、共に地面に足をつけて鍔迫り合いになり、歯を食い縛りながら押し合いになる。
大成が纏う漆黒の魔力と流星が纏う銀色の魔力が衝突して逃げ場を失った2人の膨大で濃密な魔力が大爆発を巻き起こした。
「ぐっ」
「うっ」
大成と流星は、お互いに爆発によって吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた2人は地面を転がったが、すぐに左手と両足を地面について体勢を整えて踏ん張り、後ろにズリ下がるのが収まった瞬間、剣を逆手に持ち替えて同時に投擲した。
投擲された漆黒の剣と銀色の剣は、2人の中央で剣先同士がぶつかり合い互いに弾かれ、クルクルと回転しながら2人の頬を掠めて地面に突き刺さる。
しかし、2人は自分達の投擲した剣が頬を掠めたことに気付いていないほど次の攻撃に集中していた。
大成は漆黒の魔力が、流星は銀色の魔力が自身を中心に渦巻き、2人の姿が元に戻っていく。
大成は右手の人差し指と中指、親指を立て銃の形にして指先に漆黒の魔力を一点に集中させ左手は右手首を支え、流星は右手でホルダーから拳銃を抜き取り銀色の魔力を一点に集中させ左手は右手首を支える。
「「はぁぁぁ」」
2人は、全ての魔力を一点に集中した膨大な魔力を僅かでも制御を失敗したら自滅するほど極限まで圧縮し、この一撃に全てを賭ける。
「これが最後の攻撃だ、大成。覚悟は良いな?」
「それは、こちらのセリフだ」
「「これで終わりだ!」」
「ブラック・バレッド!」
「シルバー・ブレッド!」
大成は漆黒の魔力弾を、流星は銀色の魔力弾を同時に放つ。
漆黒の魔力弾と銀色の魔力弾は、衝突して押し合いになった。
2発の銃弾は、轟音を鳴り響きかせながら膨大なエネルギーが放出し、漆黒と銀色のプラズマが迸り、闇と銀色が雑に混ざり合い大爆発が巻き起こる。
暴発した2人の魔力は、放った本人達を飲み込み、そして、周囲を囲っていた結界を一瞬で吹き飛ばした。
【人間の国・ルージニア荒野・観客側】
リーエ達は、大成と流星の戦いが凄すぎてついていけず、唖然としながら観戦していた。
だが、リーエだけは、すぐに危険を察知した。
「おいおい、冗談じゃない。あれはヤバいな。魔王、ミリーナ、こちらは任せるぞ。シャドウ・ゲート」
「「ハ、ハッ!」」
リーエは慌ててシャドウ・ゲートを唱え、リーエの呼び掛けで我に返った魔王とミリーナは返事をした。
ローケンス達8人が協力して張った結界は、大成と流星の魔力に耐えきれず一瞬で崩壊し、膨大な魔力が8人に襲い掛かる。
しかし、間一髪のところ、リーエのシャドウ・ゲートがギリギリに間に合い、8人は自身の影に飲み込まれ回避することができた。
リーエの影から、結界を張っていたローケンス達が次々に現れた。
「「こ、ここは…」」
ローケンス達は、突然のことに思考が追いついていなかった。
たが、容赦なく目の前に漆黒と銀色の魔力が観戦している魔王達や人間達の目の前まで迫ってきていた。
「「ガイア・ウォール」」
魔王とミリーナは、互いの魔力を共鳴させ、魔法をユニゾン魔法に昇華させてガイア・ウォールを唱えた。
魔人族だけでなく、まだ唖然として眺めている人間達をも守る様に目の前の大地が幅広く分厚く盛り上がり巨大な砦の様な壁ができた。
そして、迫ってくる膨大な魔力と衝突した。
巨大な壁は、みるみる削られて小さくなっていったが、どうにか耐え凌ぐことができた。
「どうにか、耐えきったか…」
「ええ、そうね。ギリギリ間に合って良かったわ」
魔王とミリーナはホッと胸を撫で下ろした。
「助かったのか?俺達…」
「そうみたいだな…」
魔王達と人間達は、横や壁の端から周囲を見渡して絶句する。
当たり一面は、岩が所々のあったはずなのだが、今は自分達の背後以外は、全て何もかもが消滅して更地になっており、まるで砂漠の様だった。
「大成!」
「流星!」
ジャンヌ、ウルミラ、マキネ、イシリア、それにメルサは、不安な表情を浮かべながら、すぐに大成と流星の下へと駆け寄る。
「な、なぜだ…。なぜワシらを助けたのだ。魔王よ!」
人間の国王は驚愕した表情で、魔王に振り返りながら尋ねる。
「何を当たり前のことを尋ねてくるのだ?この勝負で神崎大成が勝てば同盟を結ぶ約束。そんな大切な恩人を見殺しにできるわけがなかろう。これから、互いに支え合っていくのだからな」
「そんな理由で、我々を助けたのか?」
「そんな理由ではない。大切なことだぞ、人間の国王よ」
魔王は力強く頷き、人間の国王は拳を強く握り締めた。
【人間の国・ルージニア荒野】
「大成~」
「大成さん~」
「ダーリン~」
「大成君~」
「流星~」
メルサとジャンヌ達は、躊躇うことなく砂煙が舞う中に入り、流星と大成を探す。
そして、ジャンヌ達とメルサは、大成と流星を見つけ駆け寄る。
しかし、大成と流星は、最後の攻撃を放った格好をしたまま、まるで時間が止まったかの様に瞬きもせずに固まっていた。
「何で…」
「う、嘘…」
マキネとイシリアは、大成の姿を見てショックを受けて足止め、口元に手を当てたまま、その場にへたり込む。
「大成!」
「大成さん!」
「流星!」
ジャンヌ、ウルミラ、メルサの3人は、慌てて大成と流星の傍に駆け寄ったが、大成と流星は反応はなく微動だにしなかった。
「そんな…」
「大成さん…」
「目を覚ましなさい。流星!」
ジャンヌ達3人は、2人を必死に何度も揺さぶるが全く反応しない。
次第に、ジャンヌ達は揺さぶる力が弱まり、体が震えて涙が溢れる。
3人は、大成と流星にしがみつく様に抱きつき、顔を埋めて呻き声を出しながら大粒の涙を溢した。
溢れた涙が頬を伝わり、こぼれ落ちる。
「「ジャンヌ様…」」
「「メルサ様…」」
後から駆けつけた魔王達や人間達は、ジャンヌ達の光景を見て悲しみ、涙が溢れる。
「大成…」
「流星…」
ジャンヌとメルサの涙がこぼれ落ち、地面に落ちる直前、空中で水中に落ちた時にできる波紋の様に広がった。
その時、皆の涙が光の粒子となり、大成と流星を包み込んでいく。
涙に包まれた大成と流星の体は輝きだし、2人は呪縛から解放された。
解放された大成と流星は、前に倒れた。
「「うっ…」」
意識を取り戻した2人は、立ち上がろうとするが足腰に力が入らず、フラついて片膝を地面についた。
「「ハァハァ…」」
大成と流星は、魔力枯渇状態になっており、凄い汗をかきボタボタと滴れ倒れそうになる。
「大成!」
「大成さん!」
「流星!」
ジャンヌとウルミラは左右から大成を支え、メルサは流星を支える。
「「ハァハァ…」」
大成と流星は呼吸が荒いまま、支えているジャンヌ達を力が入らない手で押し除ける。
「大成…」
「大成さん…」
「流星…」
ジャンヌ達3人は、今すぐに戦いを止めたかったが、2人からまだ戦うという強い意志が伝わり、止めることができなかった。
ジャンヌ達は、間近にいるのに、ただ勝利を信じて見守ることしかできなかった。
魔力枯渇状態の大成と流星は、疲労で体に力が入らず、地面に手をつき、その後、手で膝を支えて震えている足で、ゆっくりと立ち上がる。
誰が見ても、既に限界がきており、とても戦える状態ではないと思えるほどだった。
「ハァハァ…。大成…」
「ハァハァ…。流星義兄さん…」
2人は、互いに視線を逸らすことなく、荒い呼吸でフラつきながら、ゆっくりと一歩、また一歩とお互いに近付いていく。
そして、お互いの距離が間近まで接近して足を止める。
「「ハァハァ…」」
2人は、笑顔を浮かべていた。
「これが…」
流星の言葉で、お互いに右手を挙げる。
「最後…」
大成の言葉でお互いに挙げた右手で拳を握った。
そして…。
「「だぁぁぁ!」」
2人は大声を出しながら、渾身の右拳を放つ。
「うっ…」
「くっ…」
しかし、お互い、同時に足腰の力が抜けて、前屈みでうつ伏せに倒れた。
「ハァハァ…ま、まだだ…」
必死に起き上がろうとする大成だったが、もう起き上がれる力はなかった。
それでも、必死に何度も起き上がろうと試みる大成。
「フ、フフフ…。アッハハ…」
隣で倒れている流星は仰向けになり、突然、笑い出した。
「くっ…。何が可笑しいんだ?流星義兄さん」
「いや、本当に久しぶりに全力を出しきった。お蔭でスッキリした気分だ。お前はどうだ?大成」
流星は顔だけ動かして、横に倒れている大成に振り向く。
「フフフ…。確かに、気が付けば、いつの間にか皆のためじゃなく、自分のために全力を出していたよ。でも、この勝負の決着はどうなるの?」
大成も体を動かして仰向けになって笑い、尋ねた。
「そんなの決まっている、この勝負は引き分けだ」
「残念だけど、まぁ仕方ないか。僕も、もう動けないし。でも、引き分けということは前と何も変わらないってことだよね?」
「さぁな。それは、直接、国王様に聞かないとわからん。だが、俺の予想では、おそらくお前達と同盟を結ぶだろう」
「大成!」
「流星!」
ジャンヌ達とメルサは2人に駆け寄り、起き上がるのを助ける。
「ありがとう、メルサ。ところで、メルサは、どうなると思うか?」
「そうね、私も同盟を結ぶと思うわ。そうでしょう?お父様」
流星を支えているメルサは、顔だけ父・国王に振り返りながら尋ねる。
「ああ、我、マルシェ・バルビスタは、本日をもって我々、人間の国は魔人の国と同盟を結ぶことを、ここに宣言する!」
国王は、腰に掛けてある剣を抜刀し、天に捧げるかの様に剣を真上に突き出して大きな声で宣言した。
「お互いに支え合っていこうじゃないか、魔王」
「ああ、勿論だ。こちらこそ、宜しく頼む。人間の国王よ」
人間の国王・マルシェと魔王は、握手を交わした。
この宣言で、今まで、ずっと争っていた長き戦いに終止符が打たれたのだった。
「「うぉぉぉ!」」
人間達や魔人達は、盛大に盛り上がる。
「大成!」
「大成さん!」
「ああ、良かっ…た」
ジャンヌとウルミラは、嬉し泣きをしながら強く大成を抱き締め、大成の頬にキスをする。
「やったね!イシリア」
「ええ!」
マキネとイシリアは互いにハイタッチして跳び跳ねたりして喜びを分かち合い、他の【ヘルレウス】のローケンス達と【聖剣】達は目を瞑り小さく口元が緩む。
「あ、そうだ大成。こっちは、引き分けで同盟を結んでやったんだ。なら、お前達も此方の用件も呑んで貰おうか?」
流星の言葉で、盛り上がっていた雰囲気が静まり返った。
「そんな…」
ジャンヌは、悲痛な表情になる。
「そんなも、くそもないだろ?それが筋というものだ。そうだろ?大成」
流星の言葉に、魔人達は何も言い返せない。
「そうだね、流星義兄さん。それで、用件の内容は何?忠誠を誓えば良いの?」
大成は、同盟を結ぶという最大の目的は達成したので、何を頼まれても受け入れるつもりだった。
ジャンヌ達は、不安な表情で固唾を飲む。
「フッ、そう身構えるな。大したことじゃない。ただ、これから行う宴の料理は全て、大成、お前が1人で作ることだ。手を抜くなよ」
ジャンヌ達の反応を見て流星は、小さく笑った。
「あの、流星義兄さん。流石に、もうヘトヘトで無理なんだけど…」
「俺の分のエリクシールがある。半分やるから、それで大丈夫だろ?」
流星は、メルサから貰ったポーションの容器に入っているエリクシールを半分飲み込み、栓をして投げて大成に渡す。
流星は、体の傷と体力、魔力が回復していく。
「ありがとう、流星義兄さん。ジャンヌ、ウルミラも支えてくれてありがとう。もう大丈夫だから。流星義兄さん、料理の件だけど人数多いから時間が掛かるけど?」
大成はエリクシールを受け取り、エリクシールを飲んでお礼を言った。
大成は、吸血鬼の血が流れており、体の傷は既に癒えていたが倦怠感があった。
しかし、その倦怠感はエリクシールによって大分解消され、魔力も回復していく。
「大成、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、まだ少し体がだるいだけだから」
大成は、ジャンヌとウルミラの支えから離れた。
「時間のことなら問題ない。久しぶりに、お前の料理が食べられるならな。それに、身体強化すれば、結構、時間を短縮できるだろ?」
「そうだね」
流星に肯定する大成。
「ねぇ、流星。そんなに大成君が作った料理は美味しいの?」
「ああ、俺が知る限りでは一番美味しい。だから、期待して良いぞ、メルサ」
「あら!流星。あなたが、そこまで言う何て珍しいわね。それは、楽しみね。ウフフ…」
笑みを浮かべるメルサ。
こうして、魔王達は人間の国・バルビスタ国へと向かった。
【人間の国・バルビスタ国・城内・裏庭】
中庭は、噴水、花壇、通り道以外は芝が生い茂っていていたが、裏庭は騎士団の訓練する場所なので、装飾は全くなく、全面に芝だけが張り巡らせていた。
裏庭の奥には、騎士団と料理人、メイド、執事がキッチンの設置や食材、料理器具、テーブルや椅子の準備をてきぱきとこなしていた。
そんな光景を、大成を含む魔人達は呆然と眺めていた。
「流星義兄さん、まさかとは思うけど、初めから同盟を結ぶ気があった?」
「そんな訳ないだろ」
「いや、だって、戦う前から準備していないと、短時間で、こんなに用意できないから」
「ああ、そのことか。元々、俺が勝った場合でも、お前に料理をさせるつもりだったからな。だから、出国する前から準備をさせていたのさ。今、準備をしているのは、急遽、魔人達が加わることになったから調理ペース、テーブル、椅子などを追加させているところだ」
「ああ、なるほど…」
苦笑いを浮かべる大成。
「ところで、流星義兄さん。奈々子達は?」
「そのことなら心配しなくって良い。ほら、そこにいるぞ」
流星は、顔を動かして視線で奈々子のいる場所を伝えた。
大成が振り向いた直後、先に大成の姿を見つけた奈々子は大成に駆け付けて、勢いよく大成に抱きついた。
「大成!良かった、良かったよ。2人共、無事で本当に良かった…」
奈々子は、涙を流しながらホッとした。
ジャンヌ、ウルミラ、イシリアは一瞬ムッとなったが今回は仕方ないと思い我慢し、マキネは「良いな~、私も」と人差し指を唇に当てて羨ましそうに呟いた。
それから、30分後、全ての準備が完了した。
指揮を取っていた大臣は、マルシェ国王の前で敬礼して報告する。
「国王様、大変お待たせしました。準備が整いました」
「ご苦労であった」
マルシェ国王は、頷きながら労いの言葉を掛ける。
「ラプラス、いや、魔王修羅殿よ。準備は整えた。早速で申し訳ないが、調理を始めて頂きたいのだが…」
つい、大成のことをラプラスと呼んでしまったマルシェ国王は言い直した。
「はい、了解しました。ですが、私はもう魔王ではありませんので、普通にお話して頂ければ幸いです。それと、名前も大成で呼び捨てで構いません」
「そうか。了解した」
マルシェ国王は頷き、大成は料理場へと向かった。
「さて、何から作ろうかな」
大成は、沢山置かれている色んな食材を見て悩む。
「大成、新鮮な魚があるから、先に活き造り作ってくれ」
「わかったよ、流星義兄さん」
流星の要望で承諾した大成は、【幻歩】で30人に分身して、その中の10人は横一列に並んで魚を見定めて選んだ。
そして、大成は魚をまな板の上置き、横一線に包丁を入れ、一瞬で三枚おろしにする。
その鮮やか過ぎる包丁捌きに、料理人だけでなく料理の知識がない魔王達ですら驚愕の声があがる。
そんな雰囲気を気にせず、大成は手を止めることなく次々に作業する。
「ちょっと工夫するか。よし、完成!まずは、活き造りの出来上がり」
大成は、大きな魚の活き造りした皿の端の所々に、別の魚の刺身を薔薇の形に置いて完成した。
次に、大成は別の魚を皮付きの刺身にして、粗塩をふりかける。
「グリモア・ブック、フレイム」
グリモアを召喚した大成は、炎初級魔法フレイムを唱え、人差し指の指先から炎を出し、火力を調整して魚の表面を炙る。
魚の皮の表面は、縮みながら少し焦げ目が付き、脂が溢れていく。
「良い具合だな。2つ目の料理、たたきの完成っと」
満足そうに頷く大成。
他の分身20人も別の料理を次々に作っており、長い長方形のテーブルには、肉じゃが、野菜炒め、サラダ、煮込みハンバーグ、ビーフシチュー、サーロイン・ステーキ、麻婆豆腐、天津飯、ドルチェ、プリモ・ピアット、スパゲッティなど完成した料理が置かれていく。
メイドや執事達は、その出来た料理を国王や【聖剣】、魔人達に運ぶので忙しいほどだった。
「なんて、美味しいの!」
「ああ、どの料理も今まで食べたことのない味だ」
【聖剣】カトリアとユナールは声をあげ、他の人間や魔人達も余りにも美味しさに目を大きく開くほど驚愕していた。
「こんな料理が存在するなんて…」
「しかも、この麻婆豆腐とかいう料理は、特に凄いぞ。色んな種類のスパイスが入っているのに、それぞれが絶妙なバランスで成り立っている。まさに、神の料理だ」
「くっ、悔しいが完敗だ」
人間の料理人達は四つん這いになり、心から負けを認めた。
「大成、そろそろ」
「わかっているよ、流星義兄さん。今からデザートを作るよ」
大成の分身は、デザート作りに入る。
ティラミス、チーズやフルーツ、ショートなど多数のケーキにパフェ、ゼンザイ、餡蜜など次々に作っていく。
その中で、特に女性に人気だったのは、女性の帽子に見立てた可愛らしいデザートのシャルロットだった。
男女問わず、皆が幸せそうにデザートを食べている中、ミリーナ、ウルシア、マリーナの母親3人は、深い溜め息を零していた。
「これも絶品だったな。次はどれを食べようか。ん?」
ティラミスを上品に食べ終えたリーエは、次のデザートを選ぼうとした時、ミリーナ達母親3人に気付いた。
「フフフ…。ジャンヌ達は大変だな」
シャルロットを手にしたリーエは、苦笑いを浮かべながらミリーナ達に歩み寄る。
「そうですね…」
「まさか、大成君が、これほど美味しい料理やデザートが作れるとは予想外でした」
深刻な表情で肯定するマリーナとウルシア。
「まだ、ウルミラちゃんやイシリアちゃんは、美味しい料理が作れるから、まだ良いじゃない。私の愛娘のジャンヌは、美味しい料理どころか安心して安全に食べれる料理が作れないのよ」
母親3人の中で、ミリーナは一番深い溜め息を零す。
ウルシアとマリーナは、思い出したくないジャンヌの手料理を思い出して体が震えていた。
料理を作り終えた大成は、自身が作った料理を皿にとり、小さな焚き火を囲うようにジャンヌ、ウルミラ、マキネ、イシリア、奈々子、ツカサと一緒に食事をしていた。
「まずは、神崎君ありがとう。神崎君のお蔭で牢屋から出ることができたよ」
大成と対面側にいるツカサは、頭を下げた。
「いやいや、助けて貰ったのは僕の方だから、皆にお礼を言わせて貰いたい。奈々子、ツカサさん、皆、助けてくれてありがとう。こうして、ここに僕がいられるのは、皆のお蔭だ」
「な、何だか恥ずかしいよね。ツカサちゃん」
恥ずかしくなった奈々子は、顔を赤く染めて視線をツカサに向けた。
「う、うん、あと私のことはツカサで呼び捨てで良いよ」
ツカサも恥ずかしそうに顔を赤くし、声が小さくなった。
「わかったよ、ツカサ。僕のことも大成で構わないよ」
「恥ずかしいから、まだ神崎君で」
「わかったよ、改めて宜しくツカサ」
「うん、宜しくね、神崎君」
大成とツカサは、笑顔で握手をした。
魔王は、愛娘のジャンヌとウルミラのことが気になっており、少し離れた場所から様子を窺っていたが、大成と楽しそうに笑っている2人の娘を見て大成に嫉妬し、我慢ができずジャンヌ達に歩み寄る。
「ちょっと、あなた!」
「「魔王様!」」
娘達の邪魔になると思ったミリーナ、ウルシア、マリーナ、ローケンスは、魔王を止めようとしたが、間に合わなかった。
「盛り上っているところすまない。私らも混ぜて貰っても良いか?」
「いえ、構いません」
「では、神崎大成。君の場所を私に譲ってくれないか?」
顔に青筋が浮かんでいる魔王は、大成の背後から右手で大成の右肩を掴んで力を入れる。
((大成君、ごめんなさいね))
ミリーナとウルシアは、大成に向けて両手を合わせて顔の位置に挙げて、ウィンクして謝罪する。
「わかりました。どうぞ」
大成は、争わずに素直に身を引き、奈々子とツカサの間に座り、魔王はジャンヌとウルミラの間に座った。
ミリーナとウルシアは娘のジャンヌとウルミラ後ろに座り、ローケンスとマリーナはイシリアとマキネの後ろに座った。
そんな光景を目の辺りにしたジャンヌ達は、気まずい雰囲気になり、静寂が訪れる。
「なぜ、黙るのだ?私に気にすることないぞ」
空気を読めない魔王は、ジャンヌ達に尋ねたが、ジャンヌ達は苦笑いを浮かべるだけだった。
(はぁ~、仕方ないわね)
「えっと、あなたツカサちゃんだったわよね?」
ミリーナは、ツカサに尋ねた。
「はい」
「あなたに聞きたいことがあるの。だけど、無理して答えなくっていいわ」
「わかりました」
「あなたの能力って、誰でも効くの?」
「いえ、違います。魔力が高い人や私に興味がない人、薄い人には効きません」
「ツカサちゃん、教えて良いの?」
心配する奈々子。
「大丈夫、奈々子。もう同盟関係だし、それに気づくはずだよ」
「なるほどね。ということは、大成君や魔王様が操られたのは、弱っていたからなの?」
ウルシアが尋ねる。
「神崎君は瀕死だった時でも、精神が強く無理だったので、流星さんの能力で神崎君の記憶を封印して貰わないと無理でした」
魔王は、そっとその場から逃げようとしたが、ミリーナとウルシアから左右の肩を掴まれて失敗に終わった。
「あら、何処に行くの?あなた」
ミリーナは、笑顔を浮かべて尋ねた。
「いや、急用を思い出してな…。……いや、私の勘違いだった様だ…」
言い訳しようとした瞬間、魔王はミリーナの背後には般若を、無言のウルシアの背後には鬼が見えて、大人しくなる。
「ツカサちゃん、話を止めてごめんなさいね。続きをお願い」
ミリーナは、口元に手を当てて笑顔で謝罪した。
「えっと、魔王様の時は、既に魔王様は万全な状態でしたが、手を握ってウィンクしただけで、簡単に成功しました」
ミリーナの笑顔を見たツカサは、ビクっと背筋がゾッとしたが説明した。
「あなた…」
「お父様…」
「「魔王様…」」
ミリーナ達は、ゴミを見る様な目で魔王を見る。
「し、仕方あるまい!こんな可愛い女の子に手を握られたら抗える男なんていないさ。なぁ?ローケンス、お前もそう思うだろ?」
魔王は、冷や汗を流しながらローケンスの方を向いた。
「な、何故、このタイミングで、俺に話を振るのですか!?魔王様」
焦るローケンス。
「簡単な理由だぞ。神崎大成を除いて、ここには男はお前しかいないからな。で、どうなんだ?ローケンス」
(ローケンス、すまぬが道ずれになって貰おう)
「そ、その…」
言い淀むローケンスは、妻のマリーナと愛娘のイシリアを見る。
2人は笑顔を浮かべており、視線が合うと2人は頭を小さく傾げる。
「きょ、興味ありません。俺には最愛の妻マリーナと愛娘イシリアがいますので」
(魔王様、申し訳ございません。ですが、どんなことがあろうとも妻と娘の前では良い父親で居たいのです)
ローケンスは決断し、心の中で魔王に謝罪をした。
「裏切ったなローケンス!」
魔王は、ミリーナとウルシアからローブを引っ張られ引き摺られながら何処かに連れ去られて行った。
「ツカサちゃん、お願いがあるのだけど」
マリーナは、ツカサにウィンクする。
「何ですか?」
「私の夫に、あなたの能力が効くか、どうか試して貰いたいのだけど」
「な、何を言っているんだ、マリーナよ」
「気になるじゃない?ねぇ、イシリア」
「そうですね、お母様」
「お前達は、この俺、夫を信じていないのか?」
「信じているわ。だから、試しても問題ないでしょう?」
「い、いや、今日は、そ、その体調が悪いんだ。だから、日を改めてだな…」
ローケンスが言い訳した直後、マリーナは右手でローケンスの顔を掴み、アイアンクローしてローケンスを持ち上げた。
「ぐぁ、な、何をするんだ。マリーナ」
足が宙を浮いているローケンスは、両手でマリーナの手を外そうとするがビクともしなかった。
「あなた、見苦しいですよ。それに、ちょっと、あなたと2人きりで話したいことができたわ。大成君達、ごめんなさいね、私達は、これで失礼するわ」
「た、助けて下さい修羅様~」
「「はい…」」
「修羅様~」
大成達の返事を聞いたマリーナは、笑顔を浮かべたままローケンスを片手で持ち上げた状態で、誰もいない方角へと立ち去っていった。
大成達は、呆然と見送った。
それから暫く経つと、今度は流星とメルサが大成達に歩み寄り、流星が大成に声を掛ける。
「大成、ちょっと良いか?」
「構わないよ、流星義兄さん。僕も聞きたいことがあるから」
「おそらく、俺が聞きたいこと同じこととだと思うが。まず先に聞くが、お前達の国でエヴィンだったか?アイツと同じ、死者を甦らせる能力者に心当たりあるか?」
「ないよ。僕もそのことを聞きたかった」
「俺も心当たりはない」
「ジャンヌ達はある?」
「…ないわね。この世界で、死者を甦す馬鹿げた能力はエヴィンしか知らないわ」
「あ、あの、なぜ大成さん達は、エヴィンさん以外にもいる様な言い方なのですか?」
「それには、ちゃんとした理由があるんだ。僕が魔王決定戦でエヴィンと戦っただろ?」
「ええ」
「あの時、流星義兄さんも居て、エヴィンの能力は会場中に発動したはずのに、流星義兄さんが倒したはずの昔のヘルレウス・メンバーや僕と同じ時に召喚されて流星義兄さんに殺された魔王候補3人が復活していなかった。特に魔王候補3人の強さはローケンスさんと同等の実力の持ち主なのにね。おかしい話だろ?そこで、考えられるのは召喚されなかったということは、先に誰かに復活させられている可能性が高いということ。僕や流星義兄さんは問題ないけど、他の者達には危険だ」
「それだけじゃない。面倒なのは、どこかの国が大幅に武力を強化しているということだ。しかも、エヴィンみたいに有名になっていないということは、国がその者の力を隠蔽しているか、個人もしくは組織に入っており、影で動いている可能性がある。今のところ、怪しいの国は秘密だらけのエルフの国と国が内部分裂している獣人の国だな」
「えっ!?獣人の国は、今、内部分裂しているの!?」
「そっか、ダーリンは知らないんだよね。まぁ、仕方ないかな。だって、シルバー・スカイ事件が起きて、すぐに内部分裂したんだもんね。平和を望む獣王と世界征服を望む獣王の弟が東西で別れ、弟軍が魔人の国に侵攻しようとしする度、獣王軍が侵攻を阻止しているんだよ」
「なるほど。なら、このことを魔王に伝えて、獣王にお礼をしないとな」
「ええ、そうね」
頷くジャンヌ。
「そうだ、大成。獣人の国について面白いことを教えてやる。何だ?その嫌そうな顔は」
「いや、だって、流星義兄さんの面白いことは、毎回、いつも面倒事だから、今回も何か嫌な予感しかしないんだけど…」
「まぁ、そう、つれないことを言うなよ」
「それで、何?」
「確かではないが、獣人の国は、この前の召喚の日に異世界から5人を召喚したらしい。その中でも郡を抜いているのは、アルティメット・バロンだそうだ」
「はぁ!?あのロリコン伯爵も、この世界に来ているのか…」
大成のロリコン伯爵の言葉を聞いた女性陣は、ドン引きした表情になった。
「ああ、だが、能力については不明だ」
「大成、何?そのロリコン伯爵って…」
ジャンヌは、頬を引きづりながら尋ねる。
「前の世界で同じ特殊部隊にいて、全部で10部隊あるうちの1つ部隊の隊長を務めていた40代のおっさんだ。特技は毒を使った戦闘。実力は5本指に入るほど、申し分ない実力者だけど、性格というか性癖に問題がある人なんだ。その問題の性癖は10歳~16歳の少女が大好きで、ラブレターやストーカー行為、毒で痺れさせて拐おうとしたり、襲ったり、好みの少女が目の前にいたら時々、凄い妄想する人なんだよ。ジャンヌ達も気を付けた方が良い。おそらく、ロリコン伯爵の好みだと思うから」
「ええ、き、気を付けるわ…」
大成の話を聞いたジャンヌと女性陣は、アルティメット・バロンを想像して鳥肌が立った。
「でも、ダーリンが守ってくれるでしょ?」
マキネは、大成の背後から抱きついた。
「もちろんだけど、どんな能力を保有しているかが気になるな。一応、念のために、もし獣の国へ行く時や来た時は、なるべくジャンヌ達は4人以上で行動して欲しい。あと、エターヌやユピア、それにメイド達にも気を付けるようにと伝えといて欲しい」
「「わかったわ」」
「はい」
「了解だよ」
深刻な表情で頷くジャンヌ達。
こうして無事に宴会が終わり、次の日、魔王と人間の国王・マルシェは、貿易などの詳しい話し合いをして、次第に貿易の馬車が増えていき、その増加と共に、冒険者や旅行客の人口も増えていった。
魔人の国は、昔みたいに多くの人間達が滞在する様になった。
【魔人の国・ラーバス国・屋敷・屋上】
学園から帰りついた大成、ジャンヌ、ウルミラは、屋敷の屋上のベランダから町を見渡していた。
町や空は夕日により、オレンジ色に染まっており、魔人と人間達が仲良く会話したり、魔人の子供と人間の子供が手を繋いで帰っている姿を見て、大成達は笑顔を浮かべていた。
「フッ、良かった。頑張った甲斐があった」
真ん中にいる大成は、ベランダの柵の上に右肘を置いて右手の上に顎を乗せていた。
「あの大成、ありがとう」
「大成さん、ありがとうございます」
大成の左右にいるジャンヌとウルミラは、お礼を言った。
「えっ!?2人共、どうした?突然に」
「正直、また、この光景が見れるとは思えませんでした」
「これも、あなたのお蔭よ。大成」
嬉し泣きをするウルミラとジャンヌ。
「「本当に、ありがとう(ございます)」」
ジャンヌとウルミラは指で涙を吹き、改めて大成にお礼を言って、同時に大成の頬にキスをした。
突然の出来事に大成は、きょとんとした。
顔を少し伏せた大成は、口元だけ笑みを浮かべ、左右の手をジャンヌとウルミラの肩に回して抱き寄せる。
「これからも、宜しくジャンヌ、ウルミラ」
「もちろんよ!」
「はい!」
ジャンヌとウルミラは、身を大成に預けて寄り添うのであった。
【別話・過去・魔人の国・ラーバス国・屋敷・調理室】
ジャンヌは、初めて大成に弁当を作った日から、大成に秘密で、時々、深夜にウルミラと一緒に料理の特訓をしている。
しかし、ジャンヌの料理は改善するどころか酷くなっていく一方だった。
今日も隠れて料理の特訓しようとしたが、たまたま通り掛かった魔王、ミリーナ、ウルシア、ローケンス、マリーナ、メイド達に見つかった。
「愛娘の手料理が食べれるとは!」
ジャンヌとウルミラの話を聞いた魔王はハイテンションになった。
こうして、魔王達は味見役としてジャンヌの料理をテーブルで待つことにした。
「人の体は、マグネシウムも必要なのよね」
ジャンヌは、呟きながら実験室で使われているマグネシウムのビンの蓋を開け、ビンを傾けて振り、炒めているチャーハンの中にマグネシウムを投入する。
「あとは、確か料理長のデニムがドルガバスネイクを乾物して磨り潰した粉が栄養あると言っていたわね。あれ?無いわね。丁度切らしているみたい、仕方ないわ。フッ、でも、こんなこともあるかと思って、実験室にあったドルガバスネイクのアルコール漬けを持ってきて正解だったわね。備えあれば憂いなしってね。それに、乾物よりも生の方が栄養価あるはずよ!」
ジャンヌは、ビンからドルガバスネイクを取り出してぶつ切りにし、チャーハンの中に入れて炒める。
ぶつ切りにしたことで、アンモニア臭が発生し、部屋中に臭いが広がる。
テーブルで待機している魔王達は、ジャンヌの声が聞こえて言葉を失って静寂が訪れ、まるで、お通夜の様にどんよりした雰囲気が場を支配していた。
その中の新人メイドは、キッチンから聞こえるジャンヌの独り言や異臭、そして、普段は見えない闇が漂って迫ってくる幻覚が見えて、顔を青ざめ体が小刻みに震えていた。
「す、すみません!」
堪えきれなかった新人メイドは、謝罪をしながらこの場から逃げようと試みる。
しかし、席を立った瞬間、左手首を掴まれた。
新人メイドは、ゆっくりと左側を振り向き、左手首を掴んでいるメイド長と目があった。
メイド長は、無言で力のない瞳をして左右に頭を振る。
更に新人のメイドの背後には、いつの間にかに離れて座っていたはずの魔王が立っており、魔王は優しく両手で新人のメイドの両肩に手を置き、席に座らせた。
逃れることができないと悟った新人のメイドは、周りを見渡す。
ミリーナとマリーナは「あらあら」と言いながら笑顔を浮かべていたが、明らかに、その笑顔は引きつっており、ウルミラ、ウルシア、ローケンス、メイド達は顔を青く染まって体が震えていた。
落ち着こうと思ったローケンスは、目の前にある水が入っているコップを手にしたが、体の震えで中身の水が零れる。
そんな光景を見た新人のメイドは、心の中で神に祈ることしかできなかった。
そして…とうと聞きたくない言葉が部屋中に響く。
「できたわ!」
ジャンヌは、チャーハンを皿に盛り、テーブルで待っているメイド達に配っていく。
「今回のは、今までで最高のできよ!さぁ、皆、食べて。きっと美味しいから」
笑顔で勧めるジャンヌ。
つがれたチャーハンから邪悪な禍々しいオーラが出ており、そのオーラは死神の形に見えた魔王達は顔が引きつった。
「どうしたの?」
ジャンヌが不安な表情なる。
これ以上、ジャンヌを不安にさせたくない魔王達は覚悟を決める。
((神よ、我々を御守り下さい))
「「頂きます」」
心の中で神に祈った魔王達は、覚悟を決めて手を合わせた。
しかし、覚悟を決めた魔王達だったが、意識とは反して体が動かない。
そんな中、魔王の声が響く。
「フフフ…。何を恐れることがある。毒は入っていないのだぞ」
魔王は、震える手でスプーンを持ち、チャーハンを掬った。
スプーンの上には、ドルガバスネークの頭部があり顔を出していた。
ドルガバスネークと目が合った魔王は沈黙する。
「……。」
「あなた…」
「「魔王様…」」
「お父様?」
「お、お前達、な、何を、し、心配している。わ、私は魔王だぞ。この国で一番強いのだぞ。ジャンヌ、心配するな。この震えは、お前が一生懸命作ってくれたことが、嬉しくてな、その嬉しさで震えているだけだ。で、でわ、頂くとしよう」
ミリーナ達の心配な声が聞こえた魔王は、震える声で強がり、震える手で口に運んだ。
そして、一口食べた魔王。
「ゴブッ…」
一口食べた魔王は、盛大に椅子から転げ落ち倒れ、口から泡を吹いた。
「お父様!?」
「フッ、あ、あまりに…も、お前の料理が、お、美味し…すぎて、気絶し…そうな…だけ…だ…」
魔王は、ジャンヌに向けて手を前に出したが、気を失って手が床に落ちる。
そんな魔王の勇姿を見たミリーナ達は、恐怖で手が震えてスプーンが握れなかった。
そして、皆、どうにかスプーンを握ることができ、一口ずつ食べて魔王の後を追うのであった。
次回、獣国編になります。
もし宜しければ、次回作もご覧下さい。




