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破滅への始動と混乱

瀕死だった大成を救うため、リーエは闇魔法禁術【ブラッド・ヒール】を使用するかジャンヌ達は尋ねた。


だが、【ブラッド・ヒール】は吸血鬼専用の回復魔法だった。

他の者に使用した場合、殆どの者は肉体が弾けてしまい、極稀に人外な者、物の怪になる。


このままだと大成は助からないとジャンヌ達は思い、大成ならきっと大丈夫だと信じて【ブラッド・ヒール】を使用することにした。


しかし、大成は暴走して吸血鬼の能力を得た物の怪になり、流星達を襲い掛かる。


大成は、聖剣の鷹虎兄弟を倒して、流星を戦い、流星の【シルバー・ブレッド】により下半身を失った大成だったが、流星に多大なダメージを与え、退却させることに成功した。

【パルシアの荒野・南側・人間側】


人間の騎士団は、流星の指示で慌ただしく撤退を始めていた。


「撤退だ!急げ!」

イカルダは、大きな声を出しながら手を振り、自分の隊を急がせる。



そんな時、砂埃が舞っている大きなクレーターから大成の雄叫びがパルシアの荒野に響く。

「グォォ!」


「まさか…。おい…今の雄叫びが聞こえたか?」

「ああ…」

大成の雄叫びを聞いた人間達は、ビクッと反応し、足を止めて恐る恐るクレーターに視線を向けた。


人間達が息を呑む中、風によってクレーターの砂埃が薄まっていき、俯せに倒れて両手で起き上がろうとしている赤黒い魔力を纏った大成の姿が見えた。


大成は完治はしておらず、両足の膝の辺りぐらいまでしか治っていなかった。


「下半身を失っても、死なないのか…」

聖剣候補だったゴンザレスは、驚愕した表情で隣にいるアーインに尋ねた。


「ああ、そうみたいだな…。だが、あの化け物は、まだ動けないみたいだ。今のうちに撤退を…」

アーインは、得体の知れない大成を見て身体を震わせていた。


「待てアーイン!俺達がここで、あの化け物を倒せば、空席になった聖剣の座につけるじゃないのか?」


「いや、しかし、あの化け物をどうやって倒すんだ?」

アーインは、一番の問題を指摘した。


「今、弱っているということは、必ず倒せるはずだ。それに、【時の勇者】との戦いで、残りの魔力も僅かしか残っていないだろう。その証拠に、今まで一瞬で傷が癒えていたが、今は、まだ完治していない。だから、今、動けないうちに攻撃をすれば倒せるはすだ」


「おいおい、身動きが取れないからといって、あの化け物に接近するのか?危険ではないのか?」


「いや、遠くから攻撃する。そうすれば、反撃されずに簡単に討ち取れるはずだ。それに、あの化け物の驚異的な光線は、膨大な魔力とその魔力を圧縮する必要があり、必ず溜めがある。そのため、発動するまで時間が掛かる。距離をとってさえいれば、躱すのは容易だ。アーイン、俺と一緒にあの化け物を倒さないか?」

ゴンザレスは説明をし、アーインの助力を求めた。


「良いだろう!」

勝算があると判断したアーインは承諾し、ゴンザレスの腕と自身の腕を交差させてガシッと合わせた。


「残っている残党部隊は、俺達と一緒に、あの化け物を討伐するぞ!」

アーインは、撤退をしていた騎士団を止めて、逆に戦闘するよう指示を出した。


「ですが、しかし…」

人間の騎士団は、大成の強さを肌身で感じて無理だと思い戸惑う。


「相手は、まだ身動きができない。無闇に接近はせずに、遠距離から攻撃すれば良い。この絶好な好機を逃すな!」

ゴンザレスは、大木の様な太い腕を掲げた。


「それなら、勝てるのか…?」

「そ、そうだな…」

「ああ!勝てるとも!俺達は必ず勝てる!」

「「オオ!」」

人間の騎士団は僅かな勝利を見出だし、アーインの力強い肯定で指揮が一気に高まった。


「攻撃開始!」

「「ハッ!」」

ゴンザレスの指示で、騎士団はそれぞれ得意な攻撃魔法を唱える。



「まだまだ撃て!撃ちまくれ!攻撃の手を緩めるな!余力を全て使い果たせ!」

ゴンザレスは、大きな声で指示をした。


身動きができない大成に、次々と攻撃魔法が襲い掛かる。


再び砂埃が舞い、大成の姿が見えなくなっても、ゴンザレス達は攻撃の手を緩めずに魔法を放ち続けた。



撤退中のイカルダとその隊は、戦闘音が聞こえたので、音がする方角へ振り返った。


イカルダ達は、ゴンザレスとアーイン隊の戦闘が見えて、自然と足が止まった。


「おい、ゴンザレス隊とアーイン隊が、戦闘を続行しているぞ」

「アイツら、一体、何を考えているんだ?」

イカルダ隊はざわつく。


「イカルダ様、我々も参戦した方が良いのでは?」

イカルダ隊の副長ドルンガは、見た目は大男で野獣っぽさがある感じだが、その容姿に似合わないほど丁寧にイカルダに敬礼して尋ねた。


ドルンガは、ゴンザレスの弟であった。

しかし、聖剣候補会談で聖剣候補同士のいざこざが起き、今まで尊敬していた兄・ゴンザレスをイカルダは軽くあしらったのをドルンガは見ていた。


それをきっかけに、ドルンガの尊敬は兄・ゴンザレスよりイカルダの方が強まり、その日にドルンガは、イカルダにしつこいほど頼み込んでイカルダの隊に入隊し、その実力を認められ副長になったのだった。



「いや、俺達はこのまま撤退するぞ」

イカルダは、迷わずに判断した。


「何故です?あの化け物は重傷を負っています。もし、倒せることができれば、聖剣になれるかもしれません。今がチャンスなのでは?」


「ドルンガ。お前も、あの化け物と勇者の戦いを目の前で見ただろう。あの程度の攻撃では、あの化け物には全く通用せん。そう思わないか?」


「そう言われたら、そうですね。では、兄・ゴンザレスとアーインを止めますか?」


「いや、欲に目が眩んでいる奴らに何を言っても無駄だ。ドルンガ、兄が心配なら止めに行くなり、死を覚悟して助力をしに行っても構わないぞ。その代わり、お前1人でだ。わかっているとは思うが、大切な部下を無駄死にをさせることはできない」

イカルダは頭を左右に振るい、最後にドルンガに選択を与えた。


「いや、俺は、いえ、私はイカルダ様に忠誠を誓った身なので、イカルダ様の指示に従います」

イカルダの言っていることは正論で間違っていないので、兄・ゴンザレスを止めに行きたかったドルンガだったが、結局ドルンガは兄・ゴンザレスの所へは行かなかった。


こうして、イカルダ達は撤退して、パルシアの荒野に残った人間はゴンザレス隊とアーイン隊だけになった。




【パルシアの荒野・南側・魔人側】


人間達が撤退を始めたので、ジャンヌ達は大成を正気に戻そうと思い、大成に向かっていた。


だが、ゴンザレス達が再び攻撃を始めたので、少し離れた場所で足が止めて様子を窺うことにした。


「時間がないというのに。あの馬鹿共が!あんな貧弱な攻撃では、坊やに通用しないぞ」

リーエは、大成が身動きができない間に、魔王達の助力を得て強固な結界を張る予定だったが、ゴンザレス達が攻撃を始めたので近寄ることが困難になり、苛立っていた。


「リーエ様、どうされますか?」

魔王は、リーエに尋ねた。


「仕方ない、今は成り行きを見守るしかない。その間に我々は回復に専念する。だが、いつでも動けるように準備はしとくようにな」

(しかし、何だ?この胸騒ぎは…。とても嫌な予感がする。思い過ごしだったら良いが…)

上手く事が運ばなかったリーエは焦り、右手の親指の爪を噛んだ。


「「ハッ!」」

魔王は、敬礼して了承した。


だが、この後、リーエの嫌な予感が的中することになる。




【パルシアの荒野・南側・人間側】


「これだけ攻撃すれば、流石に倒せただろう。撃ち方やめ!」

ゴンザレスの指示で次第に魔法攻撃が止み、大成がいた巨大なクレーターの場所が見えないほどの砂埃が舞っていた。


「倒したか?」

「当たり前だろ」

「だな」

「「ウォォ」」

大成を倒したと思った人間の騎士団は、武器を掲げて喜び会う。


そんな中、アーインはゴンザレスの近くまで歩み寄り尋ねる。

「殺ったと思うか?」

「いや、わからないがおそらく」

ゴンザレスは、不敵な笑みを浮かべて答えた。


その時だった。


ゴンザレスとアーインの足元の地面から赤黒い巨大な左手が地面を突き破り出てきた。


「「なっ!?」」

ゴンザレスとアーインは驚愕した。


ゴンザレスは反応できずに掴まり、隣にいたアーインはギリギリ反応してバックステップして回避する。


しかし、バックステップ中のアーインの背後の地面から赤黒い巨大な右手が現れた。


「糞っ!」

アーインは振り向きながら大剣で迎撃したが、巨大な右手は傷を負うことなく、大剣を溶かしてアーインを鷲掴みした。


「「ぐあぁぁ」」

鷲掴みされたゴンザレスとアーインは、鎧を溶かされ、握り潰されて血を飛び散らせた。


巨大な両手は、ゴンザレスとアーインを手放して、地中へと戻って行った。



大成の場所に舞い上がっている砂埃の中から、大成と思われる人影が見えた。


その人影は、屈んだ状態からゆっくりと立ち上がる。


そして……。


「ガァァ!」

大成の雄叫びと共に衝撃波が放たれ、砂埃が霧散して変貌した大成の姿が顕になった。


「「~っ!?」」

変貌した大成を見た誰もが息を呑んだ。


大成の傷は完治していたが、今までの全身が赤黒い魔力に覆われていた大成とは違い、風貌は元の人間の姿に戻っていた。


しかし、本来、真っ黒だった大成の髪は銀色に染まり腰の辺りまで伸びており、同じく真っ黒だった瞳は金色で猛獣の様に鋭く、上半身は裸で肌に魔法陣が描かれ、下半身は格闘技の長ズボンの様な形の自身の黒い魔力ので作られたいた。


誰もが一番驚愕したのは、今まで世界中の全ての負の魔力を集めた様な禍々しい魔力を纏っていた大成だったが、今は魔力どころか気配すら感じなかったことだった。



隊長のゴンザレスとイカルダを失なった騎士団は、時が止まったかの様に言葉を失い、体も硬直していた。


「た、隊長が殺られた!」

1人の騎士団が呟いたことにより、唖然としていた他の騎士団も我に返っていく。


「に、逃げるぞ!」

「「うぁぁ」」

蜘蛛の子を散らす様に、我先に逃げ出す騎士団。




【パルシアの荒野・南側・魔人側】


リーエ達は大成の変貌した姿を見ていた。


「なぁ、弱くなったんじゃないのか?」

「そうだよな…」

魔人の騎士団は、顔を引きずりながら話していた。


「馬鹿者が!油断はするな。確かに、先ほどと比べたら魔力は全く感じれず弱く感じるが、あの修羅様だぞ。弱いわけがなかろう。それで、これからどうしますか?リーエ様」

ローケンスは、騎士団を叱りながらリーエに指示を仰ぐ。


「はぁ、やはり、最悪な状況になったな。とりあえず、これ以上、坊やが人を殺す感覚を覚える前に止めるぞ。行くぞ」

リーエは、溜め息をして指示を出した。


「「ハッ!」」

魔王達は、リーエを筆頭にそれぞれ動き出した。




【パルシアの荒野・南側・人間側】


「助けてくれ~」

「こっちに来るな」

隊長を倒されて戦意を失った騎士団は、あちらこちらに逃げ回る。


「グォォ」

大成は、雄叫びをあげながら逃げ回る騎士団を追いかけて、次々と鋭い爪で切り裂いたり、飛び掛かり潰したりしていく。



「くっ、追いつけない」

リーエ達は大成を追いかけるが、大成の動きは素早く、しかも、本能で動いているため、次の動きや行く手が予想できず、追いつけずにいた。



大成を追いかけている魔王達は、今のままでは追いつくのは無理だと感じていた。

「リーエ様、このままだと…」

魔王は、指示を仰ぐ。


「わかっている!仕方ない。今の状態では、どのくらい時間を稼ぐことができるかわからないが、やるしかない。お前達は、直ちに配置につけ」


「「了解!」」

覚悟を決めたリーエは魔王達に指示をし、魔王達は了承しながら行動する。


リーエの作戦は、負傷している大成を皆で囲み、複合魔法結界を貼る予定だったが、ゴンザレス達の行動で大成は完全に完治してしまい、大成が暴れ回っているので、このままだと囲むどころか追いつくことすらできないと判断した。


そのため、ジャンヌ達の陣形が整えるまで、リーエが大成と相対して時間を作ることにしたのだ。


リーエは、膨大な魔力を解き放った。

「これで、坊やは私の膨大な魔力を感じて向かって来るはず…」


暴走した大成が、一目散に流星に向かって行ったのを見て、魔力が高い者を標的にすると思っていた。


しかし、大成は後方にいるリーエに振り向きもせずに、未だに逃げ回る騎士団を襲い掛かる。


「な、何故だ?どうしてだ?ま、まさか、獣の本能か?」

予想外なことに混乱するリーエだったが、すぐに気付く。


流星の時は、誰も背中を見せずに逃げ回っていなかったが、今は騎士団は必死に生き残るために、大成に背中を見せて逃げ回っている。


そのため、大成は獣の本能が刺激されて騎士団を追いかけて襲っていたのだ。



「くっ、だったら、アイツらを見えなくすれば良い。ブラインド」

リーエは、右手を挙げて闇魔法ブラインドを唱えた。


挙げた右手の掌にバスケットボールぐらいの大きさの闇の玉が出現して、闇の玉が弾けてリーエを中心に闇が発生し、発生した闇はリーエだけでなく、魔王達や大成、人間の騎士団を飲み込んだ。


「うぉ!?」

「な、何だ!?」

闇に飲み込まれた騎士団は、更に混乱して慌てる。



大成は、闇の中で騎士団の姿が見えなくても、魔力感知で騎士団の位置を割り出して笑みを浮かべながら襲う。


「「ぐはっ」」

闇の中から騎士団の悲鳴が響いた。


「馬鹿ども、魔力と気配を消せ!闇を利用しろ!一から教えないといけないのか!」

(情けも容赦もないと畏れられ、【漆黒の魔女】と言われる様になった私が、敵を助けようとするとは、私も随分と丸くなったものだな)

リーエは人間の騎士団に呆れ、最後に苦笑いを浮かべた。



「だ、誰だ?」

「だが、言われてみれば…」

「ああ、そうだな…」

リーエの助言で、騎士団は魔力と気配を消していく。


だが、すぐに大成は膨大な魔力を広範囲に解き放ち、感知の性能を上げるだけでなく範囲も広げる。


「チィ、これでは意味がない」

リーエは、大成の判断の速さに舌を巻いた。



人間の騎士団は、大成に居場所がばれて倒されていく。

「「ぎゃ」」

「な、何故、俺達の場所がわかるんだ!?ぐぁ…」

「た、助けてくれ!がはっ」


効果かがないと判断したリーエは、すぐに指を鳴らしてブラインドを解除し、闇は、あっという間に霧散する。


しかし、闇が霧散して周囲が視認できる様になり、ウルミラは目の前の光景を見て両手で口元を押さえる。


「そ、そんな…」

ウルミラ達の目の前に広がる光景は、騎士団が血塗れで倒れており全滅していた。


その一番奥に、返り血を浴びて血塗れになった大成が立ったまま、頭だけ右に向いてリーエ達に視線を向ける。



「来るぞ!油断するな!」

大成と視線が合ったリーエは背筋がゾッとし、一瞬でも気を抜けば殺られると本能が訴え掛けており、額に冷や汗を浮かべながら魔王達に警告を促した。


「ガァァ」

リーエの警告と共に大成がリーエに飛び掛かり、大成は右手を上から左斜め下に振り下ろして、鋭い爪でリーエを切り裂こうとする。


「くっ」

身体を傾けたリーエはかろうじて避け、大地に深々と巨大な爪の跡が切り刻まれた。


「グォォ」

大成は、すぐに空中で回し蹴りをしたが、リーエは屈んで避ける。


大成は、そのまま空中で体を捻り、尻尾でリーエを叩きつけようと振り下ろす。


「くっ」

飛び込む様にリーエは、左に跳んで避ける。


大成の尻尾は大地を叩きつけ、まるで地割れが発生したかの様に大地が深く割れた。


リーエは、魔力枯渇から少し回復しているが、疲労で体がうまく動かせないでいた。

そのため、大成の攻撃を避けるのが背一杯だった。



リーエと大成から離れていた魔王達は、2人の戦いを一目見て、リーエに余裕がないことが見て取れた。


このままだと、陣形が整う前にリーエが倒され、結界を張ることができず、自分達も全滅するだろうとジャンヌ達は思った。



「ジャンヌ達には悪いが、神崎大成を討伐する。ローケンス、マリーナ、ウルシア、ニールの4名は接近戦を。私とミリーナは遠距離から援護する。そして、シリーダは中距離で遊撃を頼む」

魔王は作戦を変更した方が良いと判断して、ローケンス達に指示を出す。


「「……。了解!」」

ローケンス達は少し戸惑ったが、やむを得まいと思い、了承して行動に移る。


「オール・エレメント・シェア」

ミリーナは、複合魔法オール・エレメント・シェアを唱えて、リーエの動体視力を魔王達に共有化した。



「お父様!」

「「魔王様!」」

ジャンヌ達は、不満な表情で声を荒げる。


「見てわかるとは思うが、リーエ様が圧されている。ここで、神崎大成を止めなければ、私達だけでなく、魔人の国の民も全滅して国が滅び兼ねない。それだけは、何としても回避せねばならん。わかってくれ」

魔王は視線を大成に向けたまま、理由を説明した。


「……。わ、わかりました」

ジャンヌは自分の無力さを知り、歯を食い縛って身体を震わせながら剣を握っている手に力が入る。


「姫様…」

ウルミラは悲しい表情を浮かべながら、ジャンヌの震えている手に優しく手を重ねた。


「……わかっているわ。ウルミラ…」

周りに聞こえないぐらいの声音で呟くジャンヌ。




「ミリーナ!まず、神崎大成をリーエ様から離すぞ!ライトニング・ボルト」

魔王は右手を前に出して稲妻を放った。


稲妻はリーエの真横を通り抜け、魔王は手を振り稲妻の軌道が変化させて大成の死角から襲い掛かる。


大成は、咄嗟に上半身を反り、ギリギリで躱しながらバク転をする。


「ええ、あなた。サイクロン」

ミリーナは、大成が地面に両手をついてバク転中にサイクロンを唱え、大成の真下から竜巻を巻き起こす。


大成は、両手を力強く地面を押して大きく距離を取ることで竜巻から逃れることに成功した。



「ギィ…」

魔王達を睨み付けた大成は、標的をリーエから魔王達に変更して襲い掛かる。



「アイス・ミサイル」

「アース・ニードル・ウェーブ」

魔王、ミリーナは、アイス・ミサイルとアース・ニードル・ウェーブを唱える。


上空から氷の矢、地面からは土の針が大成を襲う。



大成は、左右、上下に動きながら器用に避けていき魔王達に迫る。


「修羅様、申し訳ありませんわ。手荒になりますけど、ご了承下さいね」

シリーダは、稲妻を纏った鞭で大成に攻撃をする。


大成は、高くジャンプをして鞭を回避し、右足を振り上げて降下しながらシリーダに踵落としをしようとした。


「させません!」

ニールは、地面に落ちている小石を右手で複数拾い、大成に向けて投擲する。


地上から物凄いスピードで複数の小さな小石が飛んできたことに大成が気付いた。

しかし、気付いた瞬間、突如、その小石が一瞬で直径3mの岩に変わり、驚愕して目を大きく見開く。


大成は空中で体を捻り、踵落としから回し蹴りに変えて岩を迎撃した。



大成が地面に着地した瞬間、ローケンス、マリーナ、ウルシアの3人は、大成の正面と左右から襲い掛かる。


「はぁぁ!」

「セブンズ・スピア」

「ニブルヘイム」

正面からローケンスが大剣を振り下ろしたので、大成は横に移動して避けながらカウンターで右拳でローケンスを殴ろうとしたが、左側にいるマリーナが姿勢を低くしたままの体勢でレイピアで7段突きで攻撃をし、それと同時に右側にいるウルシアが冷気を纏わせた氷の矛を凪ぎ払う。


大成は攻撃を中断して、大きくバック・ステップをし、距離を取ってローケンス達の連携攻撃を回避した。


ウルシアのニブルヘイムによって、辺りは湯気の様に冷気が満ち溢れ、一瞬で凍りついていた。


だが、ウルシアはニブルヘイムを完全にコントロールしていたので、近くにいたローケンスとマリーナには影響がなかった。



「よくやった、お前達」

「「ハッ!」」

魔王達の猛攻により、その間リーエは息を整える時間が取れて、再び魔王達と合流した。


「しかし、リーエ様の動体視力を得た私達の連携でも倒すことができませんでした」

魔王は、頭を下げる。



「気にするな。坊やは、私以上の実力を持っている」

リーエは苦笑した。


「「……。」」

魔王達は、否定せずに深刻な表情のままだった。


「だが、私も加えれば、どうにかなる」

「「ハッ!」」

リーエに賛同する魔王達は、己の武器を握り締めて構える。



「ギィ…」

大成はリーエ達を一瞥しながら、その鋭い視線がリーエに定まり、大成は右手をリーエに向けて前に出した瞬間、細く伸びた黒い村雨がリーエの胸を貫く。


「「なっ!?」」

一瞬の出来事で魔王達はおろか、攻撃されたリーエすらも大成の村雨の発動の瞬間や兆候が見えなかった。


「ぐふっ…」

リーエは、吐血しながら両手で村雨を握り締めて引き抜こうとする。


大成は薄ら笑みを浮かべながら、村雨を発動している右腕を斜めに挙げてリーエを持ち上げ、右腕を横に振りリーエを投げ飛ばした。


「うっ」

リーエは地面を転がり、意識はあるものの立ち上がれず、右手で刺された傷を押さえた。


受けた傷の大きさは大したことはなく、普通の攻撃であれば、リーエなら直ぐに完治できるぐらいの傷だった。


しかし、受けた傷口には禍々しく、そして、おぞましい負の黒い魔力がまとわりつき、治癒を妨害していた。

そのため、治るのに時間が掛かっていた。



「り、リーエ様~!」

魔王の雄叫びの様な声で、唖然としていたローケンス達は我に返り、ローケンスが中央で、左右にウルシア、マリーナの陣形で大成に向かい、後方のミリーナが杖を構えて、いつでも援護できる準備をする。



大成も、獰猛な笑みを浮かべながら姿勢を低くしてローケンス達に正面から突っ込む。



ローケンスが大剣を振り上げようとした時、大成は更にスピードを上げて、一瞬でローケンスの懐に入った。


「なっ!?」

大成は右拳で、驚愕しているローケンスの左頬を殴り飛ばした。


「ぐぁ」

ローケンスが吹っ飛ばされる中、ウルシアとマリーナは集中して攻撃に専念していた。


ウルシアとマリーナは、左右に別れて、大成の左右から挟み撃ちする。

しかし、2人は先ほど攻撃をした時、体力と魔力を使い果たしていた。



「援護するわ。アース・アロー」

ミリーナは、土の矢で援護射撃をする。


「ヤッ!」

「ハッ!」

大成の右側からウルシアが矛で大成の首を狙い、左側ではマリーナが屈んでレイピアで大成の足首を狙い、更に正面にいるミリーナが土の矢を30本放つ。



大成は、左足でマリーナのレイピアを踏みつけて防ぎ、そして、屈むことでウルシアの矛を避けながらウルシアの鳩尾に右肘を入れ、大成は右手を内側から外側に向けて振り魔力波を放つことでミリーナの土の矢を掻き消し、右足でマリーナの横腹を蹴り飛ばした。


「「うっ」」

ウルシアは吐血しながら左手で鳩尾を押さえてその場で倒れ、魔力波を受けたミリーナと蹴り飛ばされたマリーナは地面を転がる。


蹴り飛ばされたマリーナは気絶した。



大成は、姿勢を低くしてミリーナに迫る。


「通しません」

「行かせないわ」

ニールとシリーダは、ミリーナの前に出た。



「ヤァァ!」

シリーダは、稲妻を纏った鞭を振って牽制するが、大成のスピードが劣れるどころか加速していき迫ってくる。


「くっ」

残りの魔力が僅かなシリーダは、【雷歩】を使う魔力もなかった。


「お任せください。シリーダ様」

シリーダの前に、ニールが現れて大成に接近する。


「シッ、シッ、ハッ、トッ!」

主導権を大成に握らせないため、ニールはリーチを生かして蹴りや拳を放つ。


大成はニールの拳を躱しながら手首を掴と胸ぐらを掴み、一本背負いをしてニールをシリーダに向けて投げた。


「避けて下さい!シリーダ様」

「くっ」

シリーダは、横に移動して飛んで来るニールを避けようする。


しかし、避けるためシリーダの視線が大成からニールに逸らした時、その一瞬の隙に大成はスピードを上げてシリーダに接近し、シリーダの鞭を持っている右手首を掴み、シリーダを振り回して飛んで来るニールに叩きつけた。


「「がはっ」」

シリーダとニールは意識が朦朧となった。


大成はニールとシリーダに背中を見せて、魔王達に視線を向け、シリーダを掴んでいる手を離そうとした時…。



「うっ…。効かないとは思いますけど、私の意地ですわ。ライトニング」

シリーダは、右手の鞭を手放して大成の手首を掴み、残りの僅かな魔力を全て使い、ライトニングを唱えて、直に大成の体に稲妻を流して気絶した。


「グギィ…」

倒したと思っていた大成は不意を突かれ、ダメージはなかったが、電撃により筋肉が固まり硬直する。


「わ、私も、まだ戦えます…」

大成の背後に俯せに倒れているニールは、右手を巨大化をして硬直している大成を掴み、更に負傷している左手で自身の右手を覆い、残り全ての魔力を両手に集中させて自身の赤い魔力で両手を覆う。


捕まれた大成は、身体中から真っ黒な魔力を解き放ち、ニールの両手を覆っている赤い魔力を蝕むように大成の真っ黒な魔力がニールの両手を覆っていく。


大成の黒い魔力によって、ニールの両手は徐々に火傷をしたかの様に爛れていく。


「ぐっ…今のうちに…」

歯を食い縛り、激痛に堪えるニール。


「「良くやったニール!」」

「良くやったわニール」

ニールの背後から傷が癒えたリーエと魔王とミリーナの3人が飛び出した。


「出し惜しみするなよ、お前達。デス・メテオ・ヘル」


「「はい!リーエ様。ブラック・シャドウ・ドラゴン」」

魔王はこの一撃のために魔力の回復に全力を注ぎ、ミリーナはオール・エレメント・シェアを解除してこの一撃に全力を注いだ。


リーエは闇魔法禁術デス・メテオ・ヘルを唱え、魔王とミリーナは闇魔法禁術ブラック・シャドウ・ドラゴンを唱えた。


魔王とミリーナが放った巨大な漆黒の龍2匹は、リーエが発動した巨大な闇の球体と交わり、2匹の龍は1匹龍となり、大きさが2回り大きくなる。


「「ブラック・シャドウ・ヘル・ドラゴン!」」

リーエ達3人の闇魔法が合成魔法、ブラック・シャドウ・ヘル・ドラゴンと進化し強力になった。


「ぐっ、ぐぁ」

ニールの手の中に捕まっている大成が暴れだして、ニールの両手から指や掌の骨がボキボキと折れる音が聞こえだす。


「も、申し訳ありません、もう限界です。ですが…」

ニールは、激痛によって表情が歪んでいたが、最後に笑みを浮かべながら両手を上へと振り上げ、リーエ達が放った巨大な漆黒の龍に向けて大成を放り投げた。


ニールが放り投げたことにより、大成は空中で身動きが制限され、リーエ達が放った漆黒の龍に背中を見せており、その距離も近く、避けることはできない状態だった。


「「いっけぇ~!」」

魔人の騎士団、全員が声を荒上げる。



「ギィ…」

放り投げられた大成は、反転して巨大な漆黒の龍に振り向き、右手を人差し指と親指を立てて銃の構えをし、左手で右手首を押さえて黒い魔力を右手の人差し指に集中させていく。


そして、巨大な漆黒の龍は、その大きな口を開いて大成を飲み込もうとする瞬間、大成の指先から圧縮された真っ黒な魔力が、小さな弾丸として放たれた。



「おい!ま、まさか…」

リーエは、驚愕して呟く。


なぜなら、その弾丸を見た誰もが流星のシルバー・ブレッドだと頭を過るほど酷似していたのだ。


そのため、誰もが大きく目を開き、声を荒上げていた騎士団も言葉を失っていた。



巨大な漆黒の龍は、大きな口を開いて大成を飲み込もうとしたが、大成の放った黒い弾丸が口の中に入った瞬間、巨大な漆黒の龍は頭部から弾けていき、最後の尾部も弾けて巨大な漆黒の龍は消滅した。



「う、嘘だろ…」

魔王は目の前の光景が信じられず呟き、リーエとミリーナと共に魔力を使い果たしていた。


そして、最後の希望が絶望に変わり、一気に疲労が3人を襲い、そのまま地面に叩きつけられる様に音を立てながら落下した。



その音は、ここにいる全ての人達の心が折れた音のようにだった。



「うっ」

リーエは、立ち上がろうとするが、もう限界が訪れていて立ち上がれない。


その時、上空から大成が音を立てずに、リーエから少し離れた場所に着地した。



大成は、ゆっくりと倒れているリーエに歩み寄る。


リーエの近くにいる魔人の騎士団は自失しており、誰もが絶望した表情で立ち尽くしていた。



「お願い!もう、やめて大成!」

ジャンヌは走り、両腕を開いて大成の前に出た。


大成は、無言で右腕を振り上げる。



「姫様!」

「「ジャンヌ!」」

呆然としていたウルミラ達は、ジャンヌの姿を見て我に返り、慌ててジャンヌの名前を呼びながらを追う。



しかし、大成は右腕を振り上げたまま、動かないでいた。


ウルミラ達は、ホッと安堵する。


「お願いだから、目を覚まして!大成」

ジャンヌは、両手で大成の頬に触れようとした。


その時、大成の右腕が振り下ろされる。


「大成さん!ダメです」

「ダーリン!」

「大成君!」

再び、ウルミラ達は叫ぶ。


「大成…」

ジャンヌは涙目で大成の名を呟き、砂埃が舞う。


「姫様!」

「「ジャンヌ!」」

悲鳴の様な声だすウルミラ達は、大成が放った衝撃波の余波が襲い掛かってきて、片手を目の前に出し、もう片方の手でスカートを押さえて耐える。


大成は、すぐにその場を離れて姿をくらませ、ウルミラ達は急いでジャンヌに駆けつける。


「姫様!大丈夫ですか?」

「……。」

ウルミラは、必死に走りながら砂埃の外からジャンヌに声を掛けたが、ジャンヌ返事はなかった。


「イシリア!」

「わかっているわ、マキネ。ウィンド」

マキネはイシリアに声を掛け、イシリアは急いで風魔法ウィンドを唱えて周囲の砂埃を吹き飛ばした。


ウルミラ達は、ジャンヌの姿を見て安堵した。

ジャンヌの周囲の大地は大成の衝撃波により、抉られていたが、ジャンヌは無傷で手を伸ばした状態で立っていた。


「大成…」

ジャンヌは、顔を伏せて伸ばした手を下げて拳を強く握る。


「良かったです…」

「良かった、無事で」

「心配したんだから」

ウルミラ達は、涙を浮かべてジャンヌに抱きついた。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい。心配させて…」

ジャンヌは目を瞑り、ウルミラ達の包容に身を任せた。


暫くの間、ジャンヌ達4人はそのままだった。




その後、リーエが立ち上がれるようになり、リーエの指示でラーバス国に帰国することになった。


動けなくなっている魔王達や騎士団を、まだ動けるジャンヌ達や他の騎士団が背負いラーバス国に連れて帰った。


「リーエ様、お父様達の容態はどうですか?」

「安心しろ。命に別状はない。しかし、魔力と共に体力、精神も限界まで酷使したからな。目を覚ますまで日にちは掛かるだろう。それに、目を覚ましたとしても、まともに動けるようになるまで、更に時間がかかるだろうな」

ジャンヌの問いに説明をするリーエ。


ジャンヌ達はホッとしたが、その表情は暗かった。

「そんな表情するな。先ほども言ったが、安心しろ。命に別状はないし、後遺症も残らない。それに、坊やの件が片付くまで、私が手を貸してやる」


「え!?ほ、本当ですか?」

「ああ、もちろんだウルミラ。坊やを野放ししたら魔人の国は滅び兼ねないし、それに、お前達は坊やのためなら無理をするだろう?」

「「ありがとうございます」」

「ありがとう」

ジャンヌ達は、リーエにお辞儀をしてお礼を言った。


次第にジャンヌ達は、体を震わせながら瞳から涙が溢れる。


リーエは、優しくジャンヌ達を抱き締めた。




その後、リーエが言った通りに限界まで酷使した魔王達は3日間目を覚まさず、目を覚ましても普段道理に動ける様になるまで更に3日間掛かった。




【魔人の国・ノミリア山】


魔人の国とエルフの国の間にあるノミリア山は、強い魔物が多く、近くあるノミリアの国の民が山菜や木の実など生活するために立ち寄る以外、誰も訪れることは滅多にいない山だった。


そのノミリア山に夫婦が山菜や木の実を収穫していた。



妻・エマは、地面に両膝をついて地面に生えている山菜を採り、加護に入れた。

「あなた、こっちの籠はもう一杯になったわ」


「ああ、俺の方も一杯になった」

夫・チークは、木に登って木の実を集めており、ゆっくりと木の幹にしがみつきながら降りた。


「ふぅ~。そろそろ暗くなってきたし、帰るか。エマ」

「ええ、あなた。私達の娘のソフィアも待っているわ」

「そうだな」

夫婦は、山を降り始めた。



「グォォ」

夫婦は、いつも通りに来た道を通っていた時、木々が生い茂る奥から魔物の雄叫びが聞こえた。


「あ、あなた」

エマは不安な表情で夫のチークの腕にしがみつく。


「急ぐぞ」

「ええ…」

チークは妻のエマの手を取り、走りだす。


その時、木々を押し倒して大きな音を立てながら夫婦の後ろに現れたのは、巨体で筋肉質で一つ目のサイクロプスだった。



「サイクロプスだと!?糞、こんな場所で指定ランク4の魔物と遭遇するとはっ」

「あ、あなた…」

「大丈夫だ。ああいう巨体な魔物から逃れるには、木々の中を走れば良い。木々が邪魔になりスピードが落ちて俺達を見失うはずだ」

チークはエマの手を引っ張り、整地された道から木々が生い茂る場所に移動する。


「グォォ!」

サイクロプスは、右手に持っている大きな棍棒を振り回して、木々を押し倒しながらチーク達を追いかける。



「糞!あんなのありかよ!」

追いかけてくるサイクロプスの速度は、そんなに落ちておらず、チークは舌打ちする。


「あなた、も、もう私…。は、走れないわ。あなただけでも逃げて…」

エマは息が上がり、速度が落ちていく。


「諦めるなエマ。頑張れ、このピンチを抜ければ、俺達の愛する娘ソフィアが待っているんだ」


「だ、だけど、もう無理。あっ…」

エマは、木の根っこに左足が引っかかり転んだ。


「エマ!糞ぉ!」

チークは、腰に掛けてある剣を抜刀してエマの前に立つ。


「お願いだから逃げて、あなた」

「お前を見捨てることはできるわけないだろ!まぁ、安心して見てろ。俺がサイクロプスを倒してやるから」

チークは、冷や汗を流しながらサイクロプスを迎え撃つ。


チークの実力は複匹のゴブリンぐらいなら退けれるぐらいの力量しかなかった。


そのことは、妻のエマも知っていたのでチークに逃げるように懇願する。

「あなた、お願いだからソフィアのために逃げて…」


「ウォォ!」

チークは、一度エマに振り返り笑みを浮かべた。

そして、サイクロプスに振り返ったチークは、剣を両手で持ち、サイクロプスに斬りかかりにいく。


「グォォ」

サイクロプスは棍棒を横に振り、チークの剣と衝突した。


「がはっ」

しかし、チークは簡単に弾き飛ばされて木の幹に背中を強く打ち、起き上がれない。



サイクロプスは、大きな左手の人差し指と親指を使い、チークの右腕を摘まんだ。


「ぎゃぁぁ」

チークの右腕は簡単に骨が折れて、悲鳴をあげるチーク。


「あなたっ」

夫のチークを助けようと立ち上がろうとするエマだったが、足を挫いていたため、立ち上がれなかった。


サイクロプスは、チークの右腕を摘まんだまま、口元に移動して、大きな口を開ける。


「糞ぉ!」

チークは、必死に足をばたつかせてサイクロプスの顔を何度も蹴るが、サイクロプスはビクともしなかった。


「誰か助けてお願い!いやぁぁ!」

エマは、目を閉じて叫ぶことしかできなかった。



夫婦が絶望した時、サイクロプスの腹に突如、誰かの手が貫いていた。


「グォォ!」

サイクロプスは、チークを持ったまま、後ろを振り返りながら棍棒を振り回す。


サイクロプスの背後にいた人影は、後方へと一度バックステップして下がった。


「グォォ!」

サイクロプスは、棍棒を振り上げて人影に突進し、棍棒を振り下ろす。


しかし、一瞬、黒い風が吹いた様に見えた瞬間、サイクロプスは棍棒ごと無数に切り刻まれて肉塊となり生き絶えた。


「痛ぇ…」

落下したチークは、お尻を地面に打ち悲鳴をあげる。


エマは、呆然としたままサイクロプスを倒した人影を見つめていた。


「「あ、ありがとうございます」」

夫婦は我に返り、慌てて頭を下げてお礼を言う夫婦だったが、人影の姿を見て言葉を失った。


助けて貰った相手が、人ではなく物の怪だったからだ。


「あ、あ……」

妻は、物の怪の鋭い金色の瞳を見て恐怖して体が震えた。


「物の怪様!お、俺は死んでも構わないです。ですから、つ、妻だけは助けて頂きたい。どうか、どうか…このとおりです…」

先に我に返ったチークは、頭を地面に擦り付けて懇願する。


そして、月明かりが物の怪を照らし姿が顕となる。

サイクロプスを倒した物の怪の正体は、大成だった。



大成はゆっくりと夫婦に近付き、夫婦は大成の纏う圧力(プレッシャー)に耐えきれずに気を失った。



その後、夫婦が目覚めた時、いつの間にか、山を降りており、目の前にはノミリア国が見えていた。


「う、う~ん。あれ?俺達は…確か…」

「ねぇ、あなた。これを見て!」

「こ、これは!?」

夫のチークは折れた右腕に木の枝とツルによって固定され、妻のエマは、挫いた左足首に薬草が塗られていた。



「ここに居たぞ!」

「「お前達、大丈夫か?」」

「ああ…」

「ええ…」

松明を持ったノミリアの国民が、チークとエマを心配して捜索していたのだ。


「何があったんだ?」

「信じては貰えないとは思うが…」

夫婦は山での出来事を皆に話したが、信じる者は少なかった。



だが、この日から大成に助けて貰った人達が続出し、ノミリア山には【物の怪様】がいると噂される様になり、魔人の国やエルフの国に広まっていく。


しかし、その噂により、後に多くの血が流れることになるとは、誰も予想はできないでいた。

次回、マミューラが登場します。


もし、宜しければ次回もご覧下さい。

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