エヴィンの能力と悲しい強さ
とうと、魔王を決める大会が、始まった。
【魔王決定戦・ボルダ国・ボルダ城内・リング・昼】
「では、選手の皆さん、他の選手と10mぐらいの距離を取って下さい」
ミクの指示で、選手達はバラバラに散りながら距離をとる。
エヴィンは端に移動し、大成も端に移動しようとしたが、他の選手達が端をとったので、自然と中央の位置になり溜め息をした。
もちろん、これは他の選手達の作戦でもあった。
待機室で、ただの子供と判断しても油断せず、正面と左右だけでなく、後方からも奇襲し全面攻撃で確実に倒すと小声で打合せをしていたのだ。
だが、一緒の部屋にいた大成に筒抜けだった。
【観客席・正門側】
「ねぇ、流星。義弟さん、囲まれてない?」
「そうだな。大成から微弱な魔力しか感じられない。周りの奴らの態度を見ると、大成を弱いと判断しているみたいだな。しかも、簡単に名を上げる絶好のチャンスだからな。それに、大成を意地でも魔王にしたくないという理由もある。まぁ、魔人からしてみれば、自分達の上に立つ者が、見下してきた人間になることだけは、何としても阻止したいのだろう。どちらにしろ、器の小さい奴らが考えそうなことだ」
「大丈夫なの?」
大成の勝敗なんて気にしてないメルサだったが、流星の義弟なので、その力量が気になる反面、心配もしており、首を傾げて尋ねる。
「さぁな。戦闘センスはもちろんのことだが、この世界では魔力も必要だからな。それに、今さっきので、大成は俺に気付いたはずだ。大成が、見す見す手の内を明すようなヘマはしないだろう」
「えっ!?…ということは…。まさか、魔法を使用しないで戦うってこと?」
一瞬、流星の言っている意味が理解できなかったメルサだったが、その後、すぐに理解して驚いて流星の顔を見て尋ねた。
ただでさえ、腕に自信がある強者達が出場しているだけでなく、先代の魔王と互角の戦いを演じたエヴィンも参戦しているので信じられなかった。
「おそらくな。ククク…。これは、これで面白くなってきた。それと、メルサすまないが、一悶着起こるかもしれない」
流星は、口元に手を当て笑いながら興味気に大成を見詰めたが、顔はそのまま動かさずに気配で自分達が囲まれていくことに気付いた。
周囲には、魔人の騎士団達が駆け足で移動して流星達を囲む様に大きな円陣をとり包囲する。
「そうね。でも、あなたが私を守ってくれるのでしょう?」
魔人の騎士団達が来ていることにメルサも気付いていた。
普通だと急いで逃げるのだが、今は流星が傍に居るので、その必要も不安もないと判断したのだ。
「ああ、もちろんさ」
(もし、騎士団達が俺やメルサに危害加えようとしたら、纏めて潰すだけだ。手こずりそうなのは、大成とヘルレウス、それにエヴィンだったか?それ以外は問題ないな)
流星は魔力感知と今までの経験で、対象者の雰囲気で大体の強さがわかる。
頷いた流星と笑顔になったメルサは、騎士団達を気にせずに再びリングに視線を向けるであった。
【リング】
「では、歴史に残る魔王決定戦、カウントを始めましょう!3!」
「「2!」」
「「1!」」
「試合開始です!」
「「ウォォ!」」
ミクと観客がカウントを始め、ミクの開始の合図とともに観客は盛大に盛り上がった。
大成とエヴィンを除く、出場者の全員が動く中、エヴィンは何もせず、その場で様子を見守る。
「先に言っておくぞ。これは卑怯ではない。戦略だ!エア・カッター」
「そうだ。アース・スピア」
「これで終わりだ。貴様が、どんなに強かろうが、この集中砲火の前には立っていられまい。アイス・ミサイル」
「「死ねぇ~っ」」
各選手達は笑みを溢しながら、大成に向けて自分達の得意な属性の魔法を放つ。
「はぁ、どいつもこいつも同じことをする」
溜め息をした大成は魔力感知を拡大して横に移動し、先に飛んできた当たりそうな土の槍2本を両手で1本ずつ掴み取った。
その瞬間、次々に雨のように飛んでくる魔法攻撃を体を傾けたり、しゃがんたり、ジャンプしたりして避けたり、手に取った槍に魔力を込めて氷の矢と土の槍は弾き、炎の矢と風の弾丸は掻き消していく。
やがて、炎魔法と氷魔法で発生する蒸気や土魔法と風魔法により砂埃が舞い上がり、大成の姿が見えなくなっていったが、それでも魔法を放ち続ける選手達。
「もう、良いだろう」
「ああ、流石にこれだけ撃てば、死んでいるはずだ」
「たわいもなかったな」
1人が攻撃を止めると周りも止めていき、魔法攻撃の雨が止んだ。
自身の強さに自信がある強者達が集まる魔王決定戦なので、堂々と戦うと思っていたミクと観客達は、予想外な出来事に言葉を失っていた。
「な、何ということでしょうか…。他の選手達が手を組んで魔王修羅様に集中砲火だ~。果たして修羅様は!」
「「修羅様~っ!」」
大きな声で実況するミクと大成を慕っている人達は、悲鳴を上げる。
会場に優しく風が吹き、砂埃が晴れていき、大成だと思える人影が見えてくる。
そして、はっきりと大成の姿が見え、大成の姿を見た誰もが驚愕した面持ちで言葉を失い会場は静寂が訪れた。
大成は無傷だった。
「「う、嘘だろ…」」
「「マジかよ…」」
「ほう…」
リングの上では、大成を狙った選手達は唖然としながら呟き。
エヴィンただ1人は、右手に杖を持ったまま腕を組んだ状態で感心した。
【観客席】
「……。」
「こ、これが、魔王修羅の実力か…。ヘルレウス・メンバーが信用しきっているのも頷けるな…」
「ああ、やはり噂や武勇伝は、本当だったんだ…」
観客達は、驚愕して会場は静まり返っていたが次第に納得していく。
そんな中、3人の女の子の声援が会場に響き渡る。
「お兄ちゃん、かっこいい!」
「ダーリン、素敵!」
「どんな攻撃も修羅様には、効かないのです!」
大きな声を出して声援しているのはエターヌ、マキネ、ユピアだった。
【観客席・プレミアム席】
ジャンヌ、イシリア、マーケンス、ヘルレウス・メンバー達は、大成ならば、これくらいは当たり前にできると確信しているので黙って成り行きを見ていた。
だが、ジャンヌ、ウルミラ、イシリアの3人の頬は、少し頬赤く染まる。
(フフフ、皆、驚いているわね。流石、私の大成)
(かっこいいです。大成さん)
(何度見ても、凄いわ)
3人は心の中で、それぞれ思っていた。
【観客席・正門側】
ジャンヌ達の反対側にいる流星とメルサは大成の戦いを見て、流星はニヤリと口元を緩め、隣にいるメルサは口を開けたまま呆然としていた。
「お、驚いたわ、義弟さん…。いえ、大成君は、まるで貴方を見ているみたいで凄いわ」
大成の戦いを見て興奮したメルサは、流星の裾を引っ張って話しかける。
「だろう。まぁ、このくらいは、出来て貰わないとな」
(さぁ、これからどうする?大成)
流星は自国を出る前は、それほど興味がなく暇潰しになるぐらいにしか思っていなかったが、大会に義弟の大成が出場していたことや、その戦いぷりを見て興味が湧いた。
【リング】
リングの上に立っている大成は、これからどうしたらできる限り流星に手の内を明かさないように終えるか考えていた。
(さぁ、これからどうしようかな。相手が呆然としている時に仕掛けるか、それとも話で解決するかだな)
大成の場合、魔法を使用する場合は必ずグリモアを出さないといけないので選択肢にはなかった。
「これで、わかっただろう。お前達じゃあ、束になっても俺に勝てない。だから潔く降参してくれないか?」
とりあえず、話で解決することに決めた大成は、呆然と立ち尽くしている選手達に話しかける。
「……あぁ!何だと!」
「俺達を嘗めるな!」
「下等な人間風情が!」
大成の言葉で我に返った選手達は激怒し、大成を睨みつけて殺気を放つ。
「はぁ、残念だ。仕方ない」
大成は、溜め息をしながら体勢を低くする。
大成は、未だに呆然と立ち尽くしている選手に狙いを定めて、一瞬で間合いを詰めた。
そして、殺さないように手加減しながら、持っている槍で相手の頬を狙って振るった。
「がはっ」
槍は選手の頬に当たり、選手は口から血を流しながら重心が右に傾く。
「もう少し強めでも、大丈夫みたいだな」
大成は、槍で攻撃した選手の頭を右足で蹴り飛ばす。
「ぐぁっ」
「な、何だ!?うぁっ」
大成に蹴り飛ばされた選手は勢いよく他の選手達に衝突し、数人が倒れた。
「糞、呆然と立ち尽くしている奴を狙うなど、何て卑怯な!」
どうにか回避した剣使いは罵倒をしながら鞘から剣を抜き、大成がいた方向を向いたが、今さっきまで、そこにいたはずの大成の姿がなく、右側から大成が持っていた槍が飛んできた。
「うぉっ」
剣使いは、かろうじて反応して下斜めから掬い上げるように剣を振って槍を弾いて防いだ。
「何が卑怯なんだ?先に試合開始そうそう集中攻撃したのはお前達だろ?それに、試合中に立ち尽くしている方が悪いだろ?」
「くっ、そこか!?何、いないだと!?」
左側から大成の声が聞こえたので、剣使いは剣を振りながら向いだが、またしても大成の姿がなかった。
「ここだ」
「ぐっ」
大成の声が後ろから聞こえたのと同時に、剣使いは首筋に手刀をくらい両膝を地面に付いて気絶した。
そして、大成は先程と同じように容赦なく気絶した剣使いを蹴り飛ばす。
こうすることにより、選手達は蹴り飛ばされた選手を避けようと思い一点に凝視するので視界が狭まり、簡単に死角を作ることができるのだ。
それから、大成の勢いが止まらず焦り出す選手達。
「くそ~、エア・ショット」
「来るなっ、アイス・ボール」
大成から離れている数人は、大成が次に自分達の方に来るかもしれないという不安が押し寄せてき、冷静を欠いたまま魔法攻撃を連射する。
「よせ!馬鹿ども!」
大成の周りには、まだ他の選手達がいたので、エヴィンは攻撃を中断するように注意を促したが間に合わなかった。
大成の周りの選手達は、大成との戦いで余裕がなく、戦いに精一杯だったので向かってきている魔法攻撃には全く気付かないでいた。
一方、大成は魔法攻撃に気付いており、前方へジャンプして選手達を飛び越えてリングの端に移動する。
大成に釣られるように選手達は、すぐに後ろに振り返り、大成の方に向く。
「馬鹿め!自ら端に移動するとは!」
「ハハハ、逃がさないぞ!」
「死ねぇ~!」
「「がはっ」」
「「うぁっ」」
再び大成に攻撃しようとしたが、後ろから数多くの魔法攻撃が飛んできて被弾していった。
「お、おい!撃つな、やめろ!俺達に当たっているぞ!うっ…」
斧使いは目の前に大成がいる状態だったが、つい魔法攻撃が飛んできているので後ろを振り向いて大きな声で注意をしてしまった。
その僅かな油断をした斧使いは、大成から脇腹を蹴られて吹き飛ばされ他の選手達とぶつかり転倒した。
「仕方ない」
大成から離れた場所で観戦していたエヴィンは、胸元から土でてきた指人形を取り出し前に放り投げて魔力を高める。
「させるかっ!」
エヴィンの魔力が、一気に膨張したことに気付いた大成は、魔法を阻止しようと思い、他の選手達を倒しながら持っている土の槍をエヴィンに向かって投擲する。
「おい、盾になれ」
エヴィンは、斜め前にいた短剣使いを杖で押し、自分の正面に立ちはだかるような位置に移動させた。
「ぐはっ、いてぇ…」
大成が放った土の槍が短剣使いの右肩に突き刺さり、短剣使いは悲鳴をあげながら傷口を押さえて蹲る。
「サモン・ソウル・ゲート」
エヴィンは、気にせずに呪文を唱えて杖を地面に突いた。
自身の足元に、瞳みたいな魔法陣が描かれ、背後に埃を被った大きな瞳の絵柄の石扉が出現した。
そして、扉の瞳の模様が光輝き、ゆっくりと軋みをたてながら開く。
扉の中は、何も見えない真っ黒な闇だった。
しかし、その中から紅い色した人魂が複数出てきてリングに転がっている土人形に憑依していく。
憑依した人形は、頭部に刻まれていた魔法陣が紅く輝き、宙に浮かんでボッコボッコと音を立てながら膨れ上がっていった。
そして、次第に大きくなっていくと共に魔物の姿や人型になっていく。
エヴィンの前に、土人形とは思えないほどの精巧な魔物や魔人、獣人、人間が並び立った。
だが、その瞳や顔色は生気が感じられず、土人形を見た誰もが不気味な感じがした。
その中で、大成と流星の2人は笑顔を浮かべていた。
((面白くなってきたな))
流星は、大成の成長を見たかった。
ちょうど出場選手達を物差しにし、見極めようと思っていたが、選手達では大成の相手にならず興醒めしていた。
しかし、エヴィンのユニーク・スキルは、期待できるほどだったので再び興味が湧いた。
一方、大成は魔王決定戦なので、強者と戦えると期待していたが、あまりにも簡単に倒せていたので拍子抜けだった。
だが、エヴィンに召喚された人形達は、選手達よりも凄みがあり、流星が視察していても戦いたいと思うほど血が騒いでいた。
「な、何ということでしょうか!?前回の魔王決定戦の優勝候補にあがっていた。死んだはずのモルアさん、それに獣人の国で、【セブンズ・ビースト】のメンバーの1人だったガブドさん。この人も戦争の時に、先代の魔王様に殺されて死んでいるはずだ!」
ミクの実況に観客席に、どよめきが巻き起こった。
【セブンズ・ビースト】とは、魔人の国でいうとヘルレウスと同じで、獣王直属護衛部隊で獣王を護る7人の戦士だ。
「あれって、ゴブリン・ロードじゃないか!?」
「ああ。それに、他の奴や魔物も有名な奴ばかりだ」
「これって、先代の魔王様の時より、強者揃いだぞ」
「こんな、出鱈目な能力の持ち主に、勝てる奴はいるのか?」
「先代の魔王様がいただろう」
「そうね。でも、あの時とは召喚されたメンバーが違うわ。それに、言いにくいのだけど…。あの時、繰り広げられた死闘は、最終的に魔力のスタミナが勝敗を分けたって感じだったわよ」
「「……」」
男達の会話にエターヌのおばさんが話に参加し、おばさんに事実を言われたので男達は静まり返った。
実際に、おばさんが言った通りだったからだ。
先代の魔王とエヴィンの戦いは激闘だった。
先代の魔王は、始めはエヴィン本人を狙っていたが、召喚された人形がエヴィンを死守したり、攻撃をしてきたりして、普通のゴーレムにスタンダードな魔法を使えるようになっただけだと、魔王は人形を甘くみていた。
そして、痛い目に合いそうになる。
そう、人形はスタンダードな魔法だけでなく、禁術まで使用できるのだった。
魔王は、意識の大半をエヴィンに傾け、エヴィンに隙ができた瞬間に攻撃して決着をつけるつもりでいた。
しかし、逆に魔王が人形をあまく見て油断したところに、人形が禁術を使用してきたので、魔王は慌てて同じ禁術で相殺することができた。
それから、魔王はジリ貧になると知りつつも、人形は油断できないと判断し、人形を最優先に破壊することにした。
数で優勢なエヴィンの方も、手をこまねいていた。
ユニーク・スキル、シャーマンには、欠点がいくつかあったのだ。
シャーマンの能力は、どんな魂も召喚できるという能力ではなかった。
扉の召喚時に光を放ち、その光を浴びた対象が実際にその目で死体を見た。
もしくは、その手で殺めた人物しか召喚できない。
召喚する条件を設定もできるが、光を浴びた対象者が少人数や主婦や子供など、決闘や戦場を知らない人などは、強者を期待できないし、少人数しか召喚できない。
そして、召喚した人形は、生前の8割の強さしか再現できない。
魔王とエヴィンの戦いは、魔力と体力の消耗戦に突入する。
魔王は、魔法で人形を破壊するために魔力を消費し、エヴィンは人形を壊されたら再び造ることで魔力を消費していった。
勝敗は、かろうじて魔王が勝利したのだった。
【観客席・プレミアム席】
会場の殆どの人が召喚された人形メンバーを見て、一方的に大成が負けると思っていた。
「相手の面子は豪勢だな…。大和は大丈夫か?」
マーケンスは、顎に手を当てて深刻な面持ちで呟く。
「確かに、そうね。でも、大成君なら勝てるわ」
イシリアは、言葉と裏腹に心配した表情で大成を見守る。
【リング】
「今回のメンバーは、素晴らしい。さぁ、どこまで持つか見物だな。いや、せっかくのこのメンバーだ。コイツらのパフォーマンスを最大限に発揮させて貰わないとな。ククク…アハハハ…」
勝利を確信したエヴィンは、大成の方を向いてニヤける。
「そうだ、そうだ!ワハハ…。これで、貴様も終わりだな。魔王修羅」
周りの選手達も、便乗して勝ち誇りながら哄笑した。
【観客席・プレミアム席】
イシリアとマーケンスは、この戦いの行く末を見るのが不安になり、父・ローケンスの所へ行きたくなり、母・マリーナに話して一緒に行くことにした。
「大成…」
「大成さん…」
「「修羅様…」」
ジャンヌ達、ウルミラ、シリーダ、ニールの4人は、大成を心配し、ただ1人ローケンスは顎に手を当てて考え込んでいた。
そこへ、イシリア達がやって来た。
「ここに居た」
「ぬぅ?イシリアにマーケンス。それにマリーナか…」
「お父様。こちらに居られたのですね」
「父さんは、修羅様を信じるとかなしで、この試合をどう見ているんだ?」
「まぁ、とりあえず隣が空いているから座れ」
「「はい…」」
ローケンスは切羽詰まった表情の自分の子供達を見て、まずは落ち着かせる。
ジャンヌ達が座っている隣や近くの席に座る度胸のある者はいなかったので空席だった。
「父さん。それで、どう見ているんだ?」
「修羅様を信じるとか関係なしでも、7・3で修羅様が勝つと父さんは思っている」
「お父様、その根拠を教えて下さい」
不安を振り払いたいため、2人は縋る思いで懇願する。
「「……。」」
他の皆も、ローケンスに注目した。
ローケンスは、過去を思い出すように遠く見るような視線で空を見上げる。
「前、村を救う任務にイシリア。お前は、強引に俺について来たことがあっただろ。マーケンスは、風呂に入っていて来れなかったが」
「はい、エターヌちゃんがいたナイディカの村を救った時ですよね」
相槌しながら、イシリアは頷いた。
「ああ、そうだ。あの時は夜で薄暗く、修羅様も俺達も互いに確認せずに知らぬまま戦っただろ?」
「はい」
驚きの真実を知ったジャンヌ達は、目を大きく見開いた。
あの時、ジャンヌとウルミラもいたが、そのことは知らなかった。
あの時、2人は大成に遅れて森を抜けた時には、既に戦いが終わっていたからだった。
だが、片方の森側の大地が、あちらこちら無数に抉れていたので、あとで大成に尋ねのだが…。
「俺が殺気を出しぱなしのままだったから、勘違いされて威嚇射撃をされただけだ。だから、俺に非がある。それより、あの殺気を受けても攻撃をしてくるとは。流石、ローケンス部隊だな。フフフ…。」
大成は、無表情のまま答えて最後に不敵に笑った。
大成が威嚇射撃と言っていたが、2人は威嚇射撃ではないことは、すぐに気付いていた。
なぜなら、抉れた大地を一目見ただけでも、わかるほど深く抉れていたからだ。
だが、2人は、それ以上追及はしなかった。
「あの時、イシリア。お前が止めてくれなかったら、父さんは一瞬で修羅様に殺されていた。それに、あの戦いを直に見ていたお前なら気付いたはずだ。父さんは全力を出し、しかも不意討ちまでしたが、それでも、修羅様は本気を出していなかったことに…。もし、修羅様が本気を出したら、この試合は勝てる可能性がある。いや、俺の予想通りなら、修羅様に勝てる者は、この世界で極一握りだ」
ローケンスとイシリアは、一瞬だったがあの殺気を思い出して身体が震えた。
ローケンスの話を聞いたジャンヌ達は緊張した面持ちで押し黙る中、マリーナが口を開く。
「あなたに、そこまで言わせるほど強いのね…。まだ幼いのに…。子供は、もっと自由に明るく無邪気に…。」
マリーナは緊張した面持ちのジャンヌ達と違い、悲しい表情を浮かべていた。
「ああ…。修羅様は、魔力だけでなく剣術や武術も達人の域だ。年端も行かぬ子供が、あの強さを得るのにいったい日常どれだけ辛く、苛酷な環境で育ったのか、想像すらできないほどだ…。強さ以上に悲しいな…。」
マリーナの意見にローケンスも肯定し、悲しい表情で大成を見つめる。
マリーナとローケンスの話で、今まで大成の強さの表面しか見ていなかったジャンヌ達も気付いて悲しい表情に変わり、大成を見守るのであった。
【リング】
試合は、会場の皆の予想通りに大成が押されていた。
出場者の殆どは、戦争を知らないルーキーだったので、団体行動の経験が少なく、協力などサポートが下手だった。
しかし、それに比べ、エヴィンが召喚した人形達は、戦争を知る者が多く連携が上手かったのだ。
大成の武術の熟練度を知ったエヴィンは、なるべく魔法を使用するなと人形に命令をしていた。
人形達が魔法を唱える際、その隙を大成に狙われて倒されるとエヴィンは判断したのだ。
エヴィンの人形である獣人の狼男ガブドが、両手に魔力を込めると両手の爪が鋭い爪へと変化した。
そして、前屈みになった瞬間、一瞬で大成に接近する。
「速っ!」
大成は警戒していたが、あまりの速さに驚いた。
ガブドは、その鋭い両爪で大成を切り裂くように手を上下、左右に動かし連続攻撃をする。
「くっ」
大成は避けたり、手を使って攻撃を弾いたり、受け流したりして、ガブドの爪に直接に触れてもいないにも関わらず風圧により服が切り裂かれていく。
獣人は、魔人より魔力が低いが、代わりに身体能力が優れている。
わかりやすく言うと、魔人は魔力が特化され魔法が得意であるのに対して、獣人は身体能力が高く接近戦が得意なのだ。
大成は、リーチの長いガブドに接近して、自分の間合いに入り反撃しようとしたが、人形の魔人モルアが大成の村雨に似た技術を使用し、魔力の剣を造り出して割り込んできた。
「マジック・ブレード」
モルアは技名を叫びながら、大成に向かって剣を振り下ろす。
「うぉっ」
大成は体を引いてギリギリ回避したが、ガブドは追い討ちで鋭い爪で攻撃しようとしていた。
ガブドだけでも苦戦している状態で、モルアも参戦してきたので、普段いつも最少限の距離で回避する大成だったが、今回は相手との距離を取るために大きく左にジャンプし距離をとった。
「グガ!」
大成が着地したと同時に、横からゴブリン・ロードが走りながらタックルをする。
「うっ」
大成は、瞬時に避けることができないと判断し、ゴブリン・ロードに振り向いて、両手をクロスに構えてガードしたが大きく後ろに吹っ飛ばされた。
「チィ」
大成は、吹っ飛ばされて足が地面から離れており、方向転換も踏ん張ることもできずに隙ができる。
そこに、他の人形達が、大成を挟む様に左右に分かれて接近しており、前にはガブドとモルアが接近してきていた。
先に左側の人間の男の人形が、右拳で攻撃してきたので、大成は両手で右腕を掴み、男の人形を上手く利用して体の方向と軌道を変えた。
そうすることで、右側の魔人の人形の左拳の攻撃を回避しながら、正面から来ていたガブドとモルアに掴んだ人形を投げつけた。
ガブドとモルアは左右に跳び、飛んできた男の人形を避けた。
投げられた男の人形は、両手を地面に付き、前宙をして着地した。
「ふー、今のは危なかった。このままじゃあ、流石に負けそうだな。流星義兄さんがいるけど仕方ない。一段上げるか…。」
仕方ないと言いながらも、大成の口元は笑っていた。
「ふん、何が一段上げるかだと?強がりを」
エヴィンは、今の大成の強さは先代の魔王ぐらいの力があると感じていたので、大成が今以上強くなるとは信じられなかった。
「まぁ、そう決めつけるなよ。試合は、始まったばかりだ。楽しもうぜ」
大成は、笑みを浮かべながらボロボロになった服の袖を破り捨てた。
次回、真の大成の強さです。
先週の日曜に国家試験がありまして、投稿遅れ、大変申し訳ありません。
22日にも国家試験がありますので、投稿が遅れそうです。
ご迷惑お掛けします。




