第二章 六節
6 一九九九年 三月 二十七日 (土)
昨日で中等部の卒業式を覚えた僕。
やっと解かれることになる風間達からの呪縛、それを初めとして僕にさまざまな幸運が巡ってきた。
あれだけ頑張ってきた勉強。その成果が報われ、僕は何と風間達三人に勝つことができた!!
破ろうとして何度も何度も立ち塞がった壁。その差は僅かだったけど、ともかく打ち砕くことができたのだ! 今まで奴らに負けっぱなしだったけど、中学の最後でどうにか勝ちを収めたのだ。僕は最後の最後で男の意地を見せることができた!! これがついているといわずして何といおう?
そして常に、クラスの隅っこに追いやられていた僕になんと、友達と呼べる人間ができたのだ!
まあ、確かにお互いの顔も本名さえも知らないけど、共通の秘密を持っていて、そして何よりお互いを信頼している。
strangerとはその後、メールのやりとりをしている。
お互いの趣味、それは『彼氏彼女の事情』のことだったり『エヴァンゲリオン』のことだったり、アニメの話ばかりだったけど、とにかくそんなことの意見交換をした。
そして、その後も一度だけ二人でデマ流しをしてみた。
相変わらず、僕らの話にコロッと騙されてくれた。
僕は嬉しかった。
今まで何も持つことができなかった自分がこうして人を動かす力を持てたということが。そして、何よりずっと一人だったこの僕に友達になってくれるという存在が現れたということが。
strangerに何故たまにしかデマ流しをやらないのかを訊いてみたことがある。
すると彼はこう答えた。
そんなに頻繁にやっていたら、周りの人間に不審がられるし、第一、僕のほうがそのネタを思いつかない。五日から一週間ぐらいに一度だけやるのがいいんだよと。
僕はそんなもんかととりあえず納得した。
strangerは「君も流すデマを考えるかい?」といってきたが僕は遠慮した。
僕には知識がないし、そういうことを考える才能はない。strangerの言葉を返すだけで手一杯なのだ。日取りなどは全てstrangerに任せておいた。
やはり、僕にはどこか他人に指図されないと動けない性分があるのかもしれない。
strangerは何だって知っていた。
デマも流せるし、僕のメールの返事もとても早い。本当に僕とは大違いだ。
僕はstrangerに対し、ある種の尊敬みたいな感情が湧いていた。
彼はどんな顔をしているんだろう?
どんな生活をしていて、どんなふうに生きているんだろう?
きっと僕のような両親の都合を叶えるために生きているような人間ではなくて、自分の思い描いた未来に突き進んでいけるような人間なのだろう。
もしかするとの名前の意味から察するに、パソコン業界かなんかの異端児的存在の人なのかもしれない。
僕はstrangerに会いたいと思った。
そうメールで切り出そうとしたことも何度だってある。
でも、strangerに自分のありのままを見せなければならないのが怖かった。性格も暗い、自分の生活も、姿形も自信のない、こんな僕を彼が拒絶をしやしないかと思うとどうしてもその一歩を踏み止まってしまうのだ。
そう、自分からはいえない。でも、彼が望むのであれば嫌な僕の姿も喜んで見せようという意識はある。しかし、彼はそんなことは一言もいわない。もしかすると彼は照れ屋なのかもしれない。
僕はこの状況が末長く続いてくれれば彼と実際に会わなくてもいい様な気がしていた。それがお互いのためなのかもしれない。
春休みに入って、僕はパソコンに噛りつくようになっていた。朝から晩までインターネットに釘付け状態。
こんな風になった僕を母親は何の関心も持たない。まあ、どんなことをやっているかの違いで、家でずっと部屋に閉じ込もっているという点では前と全く変化がないので気づくはずもないのだろうが。
とにかく僕の生活に微妙な変化が表れ始めた。それは僕にとっては好都合なものだった。
そして、その後、僕は更に、自分の心境を大きく変化させる特別な出会いを経験することになる……