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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第二章 五節

   5 一九九九年 三月 十五日 (月)


 


 <Lordさんへ。


 僕はEメールを送ったときは、送料、テープ代込みで五百円払ってくれといっけど、本当は別にいりません。


 Lordさんが、僕の友達になって、僕と一緒にある遊びに付き合ってくれたなら、それを無料であげてもいいです。


 是非やってはくれないでしょうか?>


 


 「料金はいらない?」


 僕はひとりぼっちの自室の中、広げた手紙に向かってぽつりと呟く。


 一体どういうことなのだろう?


 僕がstrangerの友達になる……




 友達……


 そこに何かが引っかかった。


 『ある遊び』ってなんだろう?


 友達になる、ならないに関わらず一番にそのことが気になった。


 僕は続きを読んだ。




 <僕はデマを流す遊びをしているんです。


 デマっていっても大した内容ではありません。


 例えば、「『サザエさん』の最終回、サザエさんはハワイ旅行の帰り、飛行機が墜落し、サザエさんはサザエ、カツオくんはカツオ、ワカメちゃんはワカメ……ってな具合に海の生きものに進化して生活を送ることになった」……とか、「『ドラえもん』の最終回、実は今までのび太君が送っていたドラえもん達との生活は、事故で植物人間と化したのび太君が見ている、永遠に冷めることのない夢だったということが明らかにされる」……といったそんなありもしない話を他人に向けてチャットで流しています。


 いえ、別にあなたにこんな文章を考えてくれとはいいません。やってほしいのはただ一つ、僕が変な文章を流した後、他の人たちは「本当かよー」と訝るでしょう。そのときあなたは、透かさず「僕、知ってるよ」なんて相槌を打って、辻褄を合わせて欲しいのです。


 簡単でしょう?


 あなたはそれだけやってくれればいいんです。


 それだけでたくさんの人たちが僕らの流したデマに騙されんです。面白いとは思いませんか?


 もし協力してくれるのなら、前に送ったメールアドレスに無記入のメールを頼みます。 いえ、一応家族共有のパソコンだから家族に見られるといけないからんで。そういうことでお願いします。


 そしたら、デマ流しを実行するとき、あなたのもとへ葉書を出して詳細を知らせますので。


 あと、これは僕らだけの秘密だから、誰にも話したり、書き込みしたり、メールを送ったり、ホームページで告発したりしたら駄目です。


 いうことはそれだけで……


 あ、まだありましたね。あなたがこの申し込みを断る場合だってありますね。そのときでもサービスで、ビデオはあげます。でもなるべく参加して下さい。


 それじゃあ、よろしくお願いします>


 


 ………


 デマ流し……


 これが一体何になるというのだろう?


 …確かに面白くなくないわけではない。


 サザエさんの最終回の云々は小学校の頃に聞いたことがあった。しかしこれが、デマによるものだとは知らなかったが。


 このデマ流しさえしてくれれば友達になってくれる……


 本当にそうなのだろうか?


 …テープのお礼もあるし、一回ぐらいならやってみてもいいんじゃないかな。


 ふとそんな気分に駆られた。


 僕はstrangerのもとへ手紙通り無記入のメールを送る。初心者の僕でもこれぐらいならすぐにできる。そのあと僕は机で頬杖を突き、少しポケーッと考え事をした。再び送られてきた小包を眺める。


 …忘れるところだった。もともとはこのためのことだったのに。


 僕は送られてきた『彼氏彼女の事情』のビデオをデッキに入れる。


 ………


 最近のこのアニメは、やたらと粗筋が長くて、原作がアニメのスピードについていけないのが露骨にわかって辛い。今回の放送もまた、僕を満足させずに終わってしまった。


 しかし、今の僕はstrangerからの手紙へと興味が移り変わり始めていた。


 


 もう間近に迫ったテスト勉強を頑張りつつ、一日三十分の練習でどうにかキーボードを見ずに打てるようになった僕。


 無記入メールを送り返してから二日後の三月十七日、そんな僕のもとへstrangerからの葉書がまた送られてきた。


 この葉書、裏に青い紙が糊付けしてある。なぜ青にこだわるのだろう? それにこれ、切って中を読めってことだろうか?


 僕は接着部分を鋏で切る。中にはやはり青い文字でこんなことが書いてあった。


 


 <三月 十八日 PM10:17 


 NIFTY SARVE リアルタイム会議室にて


 stranger=「英字郎」


 Lord=「トリカブト」 の名前で集合>


 (この葉書は見た後に必ず処分すること)


 


 …なんだか、物凄くそれっぽく見ただけで胸がドキドキするような感じがしないでもない。


 処分しろというのは多分雰囲気づくりだろう。別に強要することはなさそうだ。僕はとりあえずこの手紙を机の引出しの中に入れた。


 …テストは十九日、二十日の二日間である。


 テストの前日なんかにこんな遊びみたいなことをしてもいいのだろうか?


 …まあ、ビデオをただでもらってしまったのだ。その恩返しはしないといけないだろう。


 僕の中で一番の問題は……デマを流す、ということだ。


 僕は嘘、嘘をつくということが嫌いだった。


 前まで僕は両親や教師、講師など、自分のことを構ってくれている人間に対して嘘をついたことはほとんどない。いくら相手に悪くいわれ、いくらいいわけをしたくても、自分の中で押し殺して、お前の所為だ、自分にいい聞かせてきた。


 しかし、いじめを受け、僕は嘘をいうようになった。それは自分の保身の為に絶対に必要なものだった。本当はちっともいいたくなかったのに。


 だけど、風間達は僕に対し平気で嘘をついた。僕いった真実も、奴らも本心では本当のことだとわかっていながら嘘だと決めつけた。それもこれも全て自分自身の都合のためだ。僕をいじめる口実を、絶対に正しいとはいえない口実を、自分たちの中で正当化するために自分たちの嘘を集団の中で互いに一致させることで『理』を捩じ曲げ、嘘を『真』だと、勝手に決めつけていたんだ。


 僕には嘘がつけない。そしてその分、僕は自分が悪いと思い続ける羽目になった。


 でも風間達はどうなんだ?


 奴らはもはや嘘を嘘とも思わず責任もとらずに我が物顔で振舞っているじゃないか!


 それだけじゃない。


 政治家も、警察も、大企業のおエライさんだって自分たちで嘘をついて、それを互いで正当化してるんだ。


 …嘘はつかなきゃ、損をする。


 嘘はつかなきゃ損をするんだ!!


 僕らがつこうとする嘘は奴らほど悪質じゃない。ただみんなに話の種を一つ増やす楽しいものじゃないか。別に誰も悪いように思いやしない。


 ………


 僕は椅子の上、体を伸ばしつつ天井を見上げた。


 いまさらだが、strangerの誘いを断れないものだろうか?


 やはり、僕には嘘がつけないような気がする。僕には人を騙せない。騙そうとも思えない……


 それに今は勉強だけが大事なんだ。そんなことをしている暇はない。strangerの最初の手紙には断ってもいいと書いてあった。一度了承してからではやはり筋違いだろうか?


 いいや、やるといっていて、当日になって、何もしないほうが失礼ってやつだ。どうせメールでのやりとりしかできないから相手に不都合なことをいってもその怒っている顔を見なくてすむのだし。


 僕はパソコンを立上げ、唯一アドレスに登録してあるstrangerのもとへ次のようなメールを送った。


 


 <strangerさんへ。


 早速ハガキを受け取りました。


 実はそのハガキについてですが、受け取ったのはいいんですが、すみません。いろいろ考えた末、申し訳がないのですがその件に関しては今回は断りたいのです。一度OKを出しといて勝手だとは思うのですがその日はテストの前日ですし、いろいろと時間が足りないのです。身勝手ですが、どうかお許し願いたいのです。


 本当に申し訳ありませんでした。


   Lordより>




 strangerの家族にはわからないように書いたつもりだが、そうは思われないかもしれない。


 本当にビデオまでもらって悪いなと思う。しかし、できないのだからしょうがない。


 …友達になって……


 …関係ない。もう関係ないんだ。


 感情を振り切るように僕は数学の証明問題を解く。


 ……関係ない。


 ………関係ない……


 時計の針の音がやけに耳についてどうしても集中できない。どうしても気になるのはあのことだけだ。


 strangerはやはり怒っているだろうか?


 見たくない。怒っている人を見るのはもうたくさんだ。


 でも、彼は初めてこの僕に友達になろうといってくれた。そんな彼の申し出を僕は断ってしまった。この先、もう彼のような人間は僕の前に現れないかもしれない。


 僕はいつになったら、一体どうなったら他人を受け入れるというんだ。自分に正直になれるというんだ……


 パソコンをちらっと覗く。


 strangerからの返事が返ってきているかもしれない。


 …何考えているんだ自分。どんなものが返ってきているというんだよ。


 …でも、彼がどう思っているか確かめてみたい。


 僕はグッと目を瞑りながらパソコンのスイッチを入れた。


 恐る恐るメールボックスを見ると、やはりstrangerからのメールが届いている。僕は生唾を飲み込むと、一気にエイッ、とそのアイコンにクリックした。


 


 <Lordさんへ。


 


 やっぱりそうですよね。


 僕も馬鹿なことを頼んだしまったとは思っていました。


 僕の勝手なお願いでLordさんの気持ちを深く傷つけたなら謝ります。ごめんなさい。


 しかし、Lordさん、あなたには一度断られはしましたが、明日、僕は一人でもあのことを実行するつもりです。無理にとはいいません。でも万が一、Lordさんの気持ちがもう一度やってもいいのいう気持ちに傾いたなら約束の時間、チャットに参加しては頂けませんでしょうか?


 もう一度いいます。無理にとはいいません。


 しかし、僕はLordさんの参加を心よりお待ちしています。


 


  strangerより>


 


 strangerは怒っていなかった。それどころか、まだ僕のことを待ってくれているという。


 …やっぱり関係ない。僕は勉強して、勉強して、勉強して、風間達を見返してやるんだ。それだけが僕の重要事項だ。


 僕は体をぐるりと回し、姿勢を正して机に向かい続けた。


 


 しかし、次の日の学校でもstrangerの約束のことが頭を離れなかった。


 人を騙すということ対して抵抗する気持ちと、一度僕を断られつつもその後も僕を受け入れてくれようとしてくれた彼を信頼する気持ち。その二つは僕の中で激しく揺れて、目の前の目標にも身が入らなくなってきた。


 僕はどうしたらいいんだろう?


 その気持ちはもはや一方に固まっていた。


 


 十時丁度、僕は既にモニターの前に座っていた。


 もちろんこのときNIFTY SERVEのリアルタイム会議室にも接続済みである。 別に、どちらにしろstrangerがチャットで話す内容を見てはいけないということはなかろう。


 画面上では、『次世代プレイステーションがどんな名称、仕様になるかなどといった僕にはよくわからない内容が話題に上っていた。 中には、俺の知り合いがSCEーーこれは僕にもわかる。プレイステーションを販売製造している会社だーーに勤めていて、そこの会議で『プレステターボ』に決定した……などともっともらしく書いている奴もいた。


 このチャットにもう少しでstrangerの文字が入ってくる……


 僕は何だか胸がドキドキしていた。


 十時を二十分くらいすぎた頃であろうか、おそらく皆が帰宅してから始まったのであろう次世代プレイステーションの話題は語るべき内容が尽きてきたからか、だんだん下火になってきた。


 そんなところに突然strangerーー今日の名前は<英字郎>がこんな内容でチャットに入ってきた。


 


 >どうも、俺英字郎ていいます。今から入りましたんでヨロシク☆


 >早速だけど、皆ネタが尽きてきたみたいなので次の話題にいっていいかな?


 >サザエさんの中でタマって声優が『?』じゃないっスか。


 >この『?』なんだけどどうも気になんない?(俺だけ?)


 >この話でさあ、俺、面白い話を聞いたんだけど、どう思う。


 >実はさ、最初の方の放送では、タマの声の主の名前もエンディングにちゃんと書いて  あったんだって。


 >人じゃないよ。本当の猫の名前。製作会社の社長の息子が飼ってたんだって。


 >だけど、その猫、息子と一緒に交通事故で死んじゃったんだって。


 >その猫は一回しか声を録音しなかったから、微妙な言い回しを取れなかったアニメ制  作現場の人たちは困って、次の代役を立てエンディングのテロップに入れたんだ。


 >だけど、そいつも飼い主とともに死んじゃって、また代わりを呼ぼうと思ったんだけ  ど、これはもしかするともしかするとが続くんじゃないかって死んだ猫の声をテロッ  プの上では『?』として使い回すようになったんだって。


 


 僕は嘘だと知って読んでいるから、あ、ここは明らかに作り話っぽいなと思って読んでしまう。


 そして、その部分が露見しているからか、他の人間にも「そうなの? 作り話じゃないの? 怪しいなあ」……だの、「ただ単にSEとしてどっかの野良猫の声録ってきただけじゃねえの」だのと既に疑われ始めている。


 僕は手の汗を拭く。


 …そんなに考えている時間もない。


 僕はあらかじめ打っておいた文字に文章を繋げてそこに発信した。


 >初めまして、トリカブトです。


 >さきほどの英字郎さんの話ですが。僕も聞いたことがあります。


 >僕は小学校の頃友達から全く同じようなことを聞いたことがあります。


 >その時猫の最初の名前は、『ジョニー』、次の猫の名前は『ミケ』だと聞きました。  皆さんももし同じようなことを聞いたことがあれば返事を下さい。


 


 すると、急に送られる反論は少なくなり、やがて俺は『太郎』と『ミミ』だとかいう奴や、逆にその話について全く別の見解を示す奴まで現れた。


 こうして僕とstrangerのデマ流しはあっさりと成功した。


 僕はあまりの簡単さに却って拍子抜けしてしまった。


 こんな単純な仕掛けで何人もの人間をあっさりと騙し通すことができる……


 ふわふわと浮かんでいる、何だか気持ちの良いものが僕の心の中に入ってくるようなそんな感覚を覚えた。


 その後、チャットから降りた僕だが、勉強の最中でもそんな不思議な思いがいつまで経っても頭の中から消えなかった……





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