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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第二章 四節

  第二章 その元凶


   4 一九九九年 三月 十三日 (土)


 


 僕には友達がいない。


 よくよく考えてみると幼稚園から公立の小学校の最中、今通っているK中学に至るまで、人と親しく接しようとしたことしたことすらないことに気づく。母親が僕を勉強、勉強、勉強、勉強の一つで縛りつけていたからだ。


 ただ漠然と学校生活を送っていて、ふと頭を上げてみると、そのとき僕はもう一人で、周りには僕の入り込む隙間はなくなっていた。


 いや、もしかするとあったのかもしれない。でも、僕は入り込む方法を知らなかった。


 テレビを見ない、マンガも読まない、ゲームもしない……


 こんな僕が他人といったい何を話していいかわからなかったのだ。


 寂しさを紛らわすために僕は必死になって勉強した。僕はその方法で他のクラスメイトよりも優位に立とうと思ったのだ。その結果、他人は本当に僕とコミュニケーションをとろうとしなくなり、僕はますます孤立した。


 今のK中学に入ったとき、小学生のときのクラスメイトに対し、僕は「ざまあみろ」と思った。何人かの奴が教室の隅で僕のことを「スゲェ」とかいってた。僕は少しだけ有頂天になった。


 ……でも、それだけだった。


 結局、中学への合格は僕自身にとって何も得るものはなかった。


 そればかりではない。僕の中で新たなる戦いが始まることになる。


 中学に入ると小学校では常にトップだった成績が真ん中ぐらいに落ちる。それは、勉強だけが取り柄だった僕にとって、アイディンティティーが崩壊しそうになるほどのショックだった。


 その後、自分を取り戻すために今まで以上に必死になって勉強する。しかし、この学校はそういう連中達の集まる場所なのだ。必死にやって上がる順位は十番、二十番ぐらいが限度、僕は少々自信をなくしかけた。


 だが、一つの転機となったのは風間達が僕をいじめるようになったことだ。


 奴らをどうしても見返したかった僕は「五十番ぐらいの差なら僕が三十番ぐらい上がって、いつも遊んでそうな奴らが二十番ぐらい下がったなら一気に落ちなければ勝つことのできる範囲なのではないか」と思った。母親からあんなことをいわれたが、何てことはない、僕も同じことを考えていたのだ。一学期期末、二学期中間、期末、三学期中間と進むにつれ僕と奴らの差は着実に迫っていた。次こそはと思って毎日、勉強に励んでいたのだが……


 昨日あんなことがあって全く勉強に身が入らない。見れなかった『彼氏彼女の事情』の内容が気になって気になってしょうがないのだ。


 一応原作のコミックがあるにはある。しかし、僕としてはアニメとして見たいし第一、原作は少女マンガなので一目が気になる僕には買うことが躊われる。もしこの放送をビデオに録っていた人間が傍にいればいいが、僕にはそもそも友達はいない……


 友達……


 ふとパソコンに目をやった。


 そうだ。インターネット上ではいろんな人間がホームページをつくたりしている。前に検索してみたとき、『彼氏彼女の事情』のホームページの数たるや凄かったじゃないか。その中の誰か、一人でもいいから放送を録画していて、僕にその内容をテープにダビングして送ってくれないだろうか?


 ……やってみる価値はありそうだ。


 僕はパソコンのスイッチを入れた。


 僕は、とりあえず個人のつくるホームページアクセスするのではなく、ニフティーサーブ、アニメ専門の伝言板に繋げた。そこにはいろんなアニメに関する書き込みがしてある。その中には僕の見れなかったその回の感想もいくつかあった。


 そういえばこうやってホームページを閲覧することはパソコンに触り始め、その後何度かやってはみたものの、直接参加しようとしたことはなかった。みんなが見るものの中に僕の送ったものが並び、それに対し人はどのような反応を返すのかを知るのが僕にはどうも恐く感じられた。自分が否定されるのではないかとどうも一方的に思ってしまい、積極的に関わろうとは考えられなかったのだ。


 でも、何度かホームページを見ているうちに次第にこの人達に対して仲間意識が芽生え始めてきていた。だから、僕も彼らに受け入れられるのではないだろうかとここにメッセージを入れる何かきっかけを欲していた。


 これは丁度いい機会だったのかもしれない。


 ……そう思うことにしておこう。


 そう決心したとき、僕が最初に行き詰まったのは、その書き込みをする際のいわゆるハンドルネームだった。


 書き込みをしている人たちの中には本名っぽい名前の人も中にはいる。しかし、大半の人がハンドルネームを使っているようだ。やっぱり自分の名前が出るのは恥ずかしい。僕は自分のハンドルネームを考えることにした。


 ……と何の思索もなく思考に耽ったところで、すぐに「これだ!」というものが出てくるわけがない。そこで僕は自分の名前を捩ってみることにした。


 河原道生。


 名字の『河原』。


 英語にすると、riverbank 及びriver side 。


 これだとただ本名を英語にしただけで捻りがない。この単語から連想する言葉も全然思い当たらない。名字はこの方法ではあまり捻れないようだ。ひとまず置いておいて、今度は名前の方で同じ作業を繰り返してみる。


 『道生』。


 道生の『道』は英語だとroad、カタカナで書くとロード。


 ロード。…loadだと、メモリ内の記録をディスクから呼び出すときの意味になるし、lordだと君主や領主という意味。この『l』が大文字になると、Lordでキリストの意味になる。


 …決めた。


 僕のハンドルネームはLordだ。


 普段の生活では何も持たないんだ。せめて虚空の世界の中だけでもいいから力のあるような気でいたい。


 僕は早速、送る文章を考えた。


 


 >僕はLordというものです。


 昨日放映した『彼氏彼女の事情』、僕は楽しみにしていたのですが、ちょっとしたトラブルで放送を見ることもビデオに録ることもできませんでした。


 どなたか、昨日を放送をビデオに録った方がいましたら誰かダビングして僕に送ってくれないでしょうか?


 僕のE-meilのアドレスはe-meil@……です。


 よろしくお願いします。


 


 僕はしどろもどろになりながらもキーボードを打った。


 他の人は<^_^>などの顔文字や(笑)などのマークを使っている。僕は初心者なのでそういう記号の出し方がいまいちよくわからない。他人と比べて、どうも素っ気のない文章になってしまった気がするが、仕方ないだろうか。


 僕は、少し躊いつつもカーソルを送信の所でクリックした。


 僕は伝言板へのアクセスを外し、メールが来るのを待つ。


 すると、すぐさま返事のメールが届いてきた。早速そのメールを開く。


 


 >Lordさん、こんにちは。月花深雪と申します。


 昨日放送のカレカノのことですが、私、それビデオに録りました。でも、三倍で録ったのでダビングすると相当画像が悪くなると思いますが、それでもいいというのなら、e-meil@……にアクセスして 下さい。値段の方はビデオテープ代と送料だけで構いません。


 


 …本当に来た。こんなにすぐに反応が返ってくるとは、正直驚いた。


 しかし、この条件では全ての内容を標準録画している僕の希望には沿わない。


 あの書き込みを見た人は他にもいるだろう。


 とりあえず標準で録画しているという人物を待って、いなかったらこの月花さんのところにアクセスしてみよう。


 その後も、僕のところにいくつか届いたが、結構三倍モードで録っているという人が多く、標準で録っているという人はなかなかいなかった。中には「録っているけど、お前なんかにはやらん」などとの冷やかしや、「彼氏彼女の事情なんかのどこがいいの?」といった悪口、「Lordさんはやっぱり、loadからとったの?」といった「お友達になりましょう」という前提で送られたと思われる関係のない質問もあった。しかし、いまだに標準で録ったというメールは一通も来ない。…おそらく書き込みにそういう指定をしてなかったのがいけなかったのだろう。


 こりゃあもう諦めるしかないかな、と思ったとき、そのメールは届いた。


 


 初めまして、Lordさん、僕、strangerと申します。


僕、『彼氏彼女の事情』の放送、録画しました。もちろん標準で録ってあります。


 良かったら格安で譲ります。(大体、テープ代、送料込みで五百円、品物が届いてからでいいです)


 e-meil@……


 


 これだ!と思った。テープ代と送料だけでおそらく五百円ぐらいになるだろうに、しかも料金は後払いである。


 これほど良心的なものは他にない。僕はすぐにこのstrangerという人物のメールアドレスにアクセスした。




 >Lordです。ありがとうございます。


 〒×××-××××


 東京都××区××市××-×-× ××パーク ×××号室


 河原道生までお送り下さい。よろしくお願いします。


 


 僕はそのメールを送信すると、パソコンのスイッチを切り、すぐに勉強を始めた。


 もはや心残りはない。これから必死に問題集を解いて風間達を見返してやる。僕のペンをとる手にも一層力が入った。


 


 strangerと名乗る人物から送られるであろうビデオを楽しみにしていた僕。


 しかし、これがまさか、天地を揺るがす大事件に巻き込まれるきっかけになるなんて、このときの僕は知る由もなかった。


 


 三日後、僕の家にstrangerからと思しき小包が届いた。


 青い包みの外には宛名はなく、僕は不審に思いつつもその中身を開けると、約束のビデオとともに青いペンで書かれた二枚の便箋が入っていた。


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