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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
59/60

第十章 その三

  23/32 テレビ中継


   (七月一日 午前八時十五分)


 


 「はい、スタジオです。七月一日を迎えた今、全国各地では異常な事態が引き起こされています。現場にクルーが向かっています。まずは国会議事堂前の川田さんどうぞ」


 


 「はい、国会議事堂前です。お見苦しい格好ですが失礼します。 ここ、国会の中では五時から国の非常事態にどう対処するかを検討する予定でしたが、その現場に××大臣の××氏、××大臣の××氏、××大臣の××氏を始めとして、半数近くの国会議員がその会議に欠席、こんな事態では会議はできないと決断。そのまま解散がなされ、非難勧告が出されましたが、ご覧の通り、この場には人がたくさんおり、どこかにあると噂されていた無数の非常の通路も誰かによって全て爆破、完全に塞がれ、残された議員達は完全に行き場を失いました。そんな中、先程まで無数のヘリコプターがこの上空を飛び回っていましたが、ご覧の通り今はいません。


 おそらく国会議員達を助けに来たと見られる緑のヘリコプターは、囲い塀に一昨日、ダンプカーが数台突っ込んだところから人々が侵入したため、どこにも着陸場所見つけることができず立ち往生しました。さらに縄梯子を下ろそうとすると回り人間達が火炎瓶をいっせいに投げ始め、梯子は焼却。引火した火はギャラリーの協力によってすぐさま消されることとなりました。このような行動に出たり、既に建物前に来ているにも関わらず中へと、人々が潜入しないのはおそらく国会議員達を午前九時になった時点で、またその時間まで精神的にいたぶってやろうとの判断がなされていると思われます。


 救出に手をこまねいていたヘリコプターでしたが、そんな中に青い車体に真赤な文字で『血』と書かれたヘリが紛れ込んできました。何をやるのかと地上にいた私達はその行動を見ていたところ、やはり議員達に向かって縄梯子を投下。再び始まるかに思えた救出劇に人々は強い反発を覚えましたが、中の人間が覆面姿で顔を出したかと思うと、ギャラリーに手拍子を要求。国会周辺に一定リズムで手の叩く音が響き始める中、一番上の議員が縄梯子を上り切って本体に届くかという一メートル前でヘリは急上昇し、縄梯子を切断。議員達は落下しました。ヘリコプターはその『冷やかし』が目的だったらしく、そのまま逃走しました。落ちた議員達は相当な重症を負っているか、もしくは死亡していることでしょう。国会議事堂は陸の孤島と化したため、確認はとることができません。


 その青いヘリが消えた後もなお救出のヘリは飛び続けましたが、何人かの人達が国会の門の前に花火の発射台を設置し、ヘリ達に一度警告をした後の午前七時五十五分にこの明るい空の下、花火を打ち上げると、ヘリは救出は不可能と判断。そのまま退却していきました。私達はその花火師の方にインタビューを試みたところ、彼らは『俺達はいっつも緻密な安全管理をしているからねえ、こんな杜撰な状況で打ち上げたのは初めてだよ。日本の伝統芸能を嘗めるなよ』というありがたいコメントをいただきまし……。


 あ、何をするんですか。まだあなたの親分が何をしたのか伝えてないんですよ。ちょっとちょっと、どうしてあ、カメラは駄目ですよ。高いんですから。壊さないで……あ~~~~!!」


 


 「もしもし、川田さん、川田さん?


 …えー、ご覧の通り、国会議事堂の中継は続行不可能になりました。何となく予想していたことですが、本当になるとなると想像を絶する怖いものがありますね。しかし私達の使命は今の現状を視聴者に教えること。気を取り直していきましょう。


 先程ヘリコプターのことが話で出てきましたが、そう彼女にはそのヘリコプターで中継してもらいます。


 新宿上空の柳原さん、どうぞ」


 


 「はい柳原です。ご覧下さい。この空の下、『地球環境の完全保全を遂行する会』、会長である藤代という人物によって人々が地面にしゃがみ込まさせられるという異常事態になっています。


 その時の再現VTRがあります。どうぞ」


 



 


 「…どうやら、なんとか皆さん座れたようやなあ。


 これからが一番フライングが起きる可能性が高いんや。


 だから、もはや、一目でわかるように移動も厳禁や。万一少しでも移動したいって奴がいたらそいつは匍匐前進せい。ちょっとでも立った場合、三秒以内にしゃがまにゃアウトや。近くのうちの会員が見つけしだい即刻ドッカーンや。


 まあ、いっとくが、電気も止めさせてもろうた。だから今電車も動かん。


 屋内にいる奴もこちらはわからんがとりあえず手を地面につけとけ。まあ、家ん中やからな、寝っ転がってでもいてくれればええ。あくまでもしゃがむんは外にいる奴だけや。中にいる奴は見られんのやから強制力はない。


 ただし殺すな。屋内でも殺人がわかった時点でハイ、それまーでーよーや。


 屋内にいる奴も屋外に出る時点で地面に手をつけとらんかったら駄目や。だから屋内と外、大差ないやろ? …そうでもないと思う奴は屋内に逃げ込んだらええ。たぶん外に出るときに狙い撃ちにされるで。それに爆弾は主に屋内に仕掛けたからな、フライングしたときに一番の被害者になるんはあんたらの方やっていうことも覚えておいたほうがええで。どっちがリスクがあるか、あんさんらがよく考えることや。


 そうそう、停電といえば、病院にいる人達のことを忘れちゃあイカンな。病院のあるところのみ、電気は使用可能や。そうやないと僕が平等平等いっているところでそこで不完全になってしまう。


 もっとも、そんな病院だけ停電にしないなんて都合のいいことはできへん。非常用の発電機があるほどの大きな病院ばっかりやったらそうでもないしな。そこでや、病院の外の駐車場を見てみい。どこの病院にも、青いワゴンが止まっている筈や。その中に危篤患者が生命維持に使用できる分ぐらいのバッテリーがある筈や。それを使って命を凌いでくれ。時間は九十分程や、殺し合いが始まるまで一時間や、充分やろ。


 ただし、病院から外に出ていいのは二人までや。それ以上出たら、うちの会員らが僕にスイッチで知らせることになる。そしたら、爆弾のスイッチはボッカーーンや。まあ、そうなりたくないなら助けんでもええで。でも、俺らは一応は便宜は図ったんや。そいつを殺したんは、お前らの所為ってことになるけどな。


 まあ、こっちの要求はこれで本当に終わりや。午前九時まで動くな。逆をいえばその呪縛から開放された瞬間が、殺し合いの始まりや。


 あと一時間や、楽しみに待てい」


 



 


 「はい、柳原続けます。おそらく、この声を訊いた後に病院ではすぐに青のワゴン捜しに奔走することになったのでありましょう。しかし、この後しゃがみ込んだ人達は一体何をすればいいのでしょう? そう誰もが疑問に持った矢先、あの藤代が突然こんなことを行ない始めました」


 



 


 「…とはいっても皆さん。この一時間、同じ態勢じゃあ苦しいし、つまらないやろうと思っていろいろ話すこと考えてきたで。まあ、そう固っ苦しく考えず、気楽に聞いてや。 まあ、その前にあるやろ、こういう国民全体が参加するようなことで、それが始まるっていうときに歌う歌が。


 そう、国歌や。国歌歌おうやないか。


 この国歌もな、何故かようわからんけどCDが売ってるんや。いったい誰にいくらの印税が払われよるんやろうなあ?


 まあ、それが、この手元にある。これ流して伴奏や。


 ほないくで……」


 



 


 「藤代の口から国歌という声が聞こえた瞬間、その観衆の前で拍手と歓声が巻き起こりました。


 殺し合いの目前にまさか国民全員で国歌を歌うような自体になるとは誰が予想しえたでしょう?


 あの男、藤代大樹は一体何を考えているのでしょうか?


 また、その狂気を受け入れる若者たち、この国はこの後どうなってしまうのでしょうか?


 そして、今、国歌八度目のアンコールが終わりました。スタジオにお返しします。」




 「ハイ、カメラがスタジオに帰ってまいりました。皆さん、こんな状況でも気を確かに持ってください。


 あ、ちょっと待ってください。緊急のニュースが入ってまいりました。


 先程の電力会社の発表によると、何者かの手によって富山や新潟、などの原子力発電所の首都圏へと流れるライン、その他火力水力、風力などの全ての電気を送るラインがほぼ全て断絶され、日本中に電気が行き渡らなくない状態になっているそうです。


 …って、それじゃあこの放送、家庭に流れてないんじゃないの!!」


 


 


  24/32 茂村 建


   (七月一日 午前八時三十分)


 


 チッ、まさか、奴らが日本中を停電させるとは思ってもみなかったな。しかし、電気は通ってなくても車のバッテリーならいくらでも使える。俺の力さえあれば、電圧の増減なんて自由自在だしな。


それを使えば、無線機も問題なく動くだろう。


 俺の車はアパートの裏手の駐車場に止めてある。早く急がないと九時になっちまうからな。


 俺は外へと出た。いつも通り、まぶしい光が俺の瞳に降り注ぐ。


 ふう、やはり、こんな日だからといって周囲の景色が変わってるわけなんてないよな。 俺はとりあえず恐る恐る外を歩いてみた。


 いねえ、いねえ、誰も見てねえって。


 ヘッヘッヘッ


 と、そのとき俺のもとにテレビでたくさん見かけた服装の男が凄い駆け足でやってきた。


 「三秒以内にしゃがめ!! 三……二……一……」


 突然の青い服のカウントに俺は条件反射的に地面に倒れ込んだ。その瞬間、寝転がった場所が悪く、落ちていた空きカンで顎を打った。


 「…よし、いいぞ」


 畜生、誰だ、こんなとこにゴミ捨てた奴は! 舌噛んじまったじゃねえか!! それ以前に、俺を伏せさせたあの青野郎が悪い!! 今に覚えてろよ。お前の親分の爆弾、この俺が、この俺の力で爆発させてやるからな!!


 俺は、その男が見えなくなるまで小さな声で呪詛に満ちた言葉を投げかけ続けた。


 




  25/32 唯野 眞知佳


   (七月一日 午前八時三十分)


 


 後ろの男が喋っている。日本中に向かって。いえ、世界中に向かって。それは何を意味しているのだろう? 一体、何を……


 


 私はおよそ一時間前、ここにお父さんがやってきた。


 お母さんを、そして私を裏切った筈のお父さんが。


 私はずっと幸せな家庭を夢見ていた。休日にはお父さんが家族でドライブに連れていってくれて、私の欲しいものを買ってくれる……うううん。そんなことじゃない。欲しいものを買ってくれなくてもいい。高いものなんて欲しくない。お金なんてそんなたくさんいらない。だから、ずっと一緒に笑って暮らせるそんな安らぎをくれる家族が欲しかった。 だけど、お母さん、いつも泣いていた。お父さんが帰ってこないねって泣いていた。そんな中、お母さん、病気になっちゃった。


 私はお母さんの看病しながら、いつもお母さんに「お父さん来るといいね、来るといいね」って毎日声をかけてた。だけど、来なかった。お父さんが来てくれないまま、お母さんは死んじゃった。


 もうお父さんは来てくれないと思ってた。私がずっと家にいてって頼んだのに聞いてもらえなかった。だから、もう、お父さんは私がどんな風になっても来てくれないって思ってた。もう私はお父さんに頼むことを私の心の中で諦めていた。もう私はお父さんをお父さんとして受け入れることができなくなっていた。


 だけど、お父さんは来てくれた。私が不良になったときにも、最後になって、もう誰もいなくなってしまったときにも、お父さんは私が何も頼んでいないのに来てくれた。だから、また私はお父さんをまた「お父さん」って呼んだ。


 私は、またお父さんと呼ぶことができた。


 できたのに……


 お父さんが青い服の少年に連れていかれた後、私はただひたすら泣き続けた。目から流れる涙を手で拭うこともできずに、延々と。


 そのときだった。後ろの男が私に話しかけたのは。


 「お前はいくつや」


 私は最初、その言葉が自分にかけられたものだとわからなかった。男がもう一度「おまえはいくつかと聞いているんや」と耳元で叫ばれて、私は「十七……」と答えると、今度は学年を訊いてきた。


 「…こ、高三……」そう口を動かすと、男はふっと鼻で笑って、「一緒やな」といった。私は驚いて後ろを振り向いたが、男の顔は見れなかった。


 「何なんやあの親父は。お前最初あの親父から逃れようとしてたやないか。何で最初は避けてたのに、さっきはあんなに奴に縋ろうとしてたんや」


 「………」


 私は何も答えることはできなかった。


 「か、家族だからじゃないのか」


 静かな声でそう答えたのは、男ではなく、男の後ろにいた眼鏡の人だった。


 男の私を羽交い締めにする手が一瞬強くなった。


 「…ほう、そうか。そうないなのか」


 私は首を縦に振った。


 「そうか、家族とは、都合のいいときに離れたり、くっついたりしてもいいものなんやな」


 私は慌てて首を振る。すると首に男のナイフが近づいてくる。


 「い、いい加減にしろ」眼鏡の人の弱々しい声。「お前は家族がいないのか」


 「…いるに決まっとるだろ。どんなクローン人間でも親はおるで」男の返答。「あんただって、家族を捨ててたからこそこの場所におる。違うのか。自分からこんなとこ出てきて僕にナイフ突き立てて、違うとはいわせへんぞ」


 しばらくの間の後、眼鏡の人は小さくな声で返ってきた。


 「…家族か? わかるだろ。女房も小さい子どもも家では私のことなんて蚊帳の外だよ。会社でだって、窓際に追いやられている。私はもう少し、自分の存在感が欲しかった。だから、最後の最後ぐらい目立とうと自らこの場に出てきたんだ。悪いのか。悪いのか!!」


 男が揺られたために羽交い締めの私は更に大きく揺れる。それに気付いたのか眼鏡の人はすぐにその手を止めた。


 男が鼻息を鳴らす。かと思うと今度は大声で笑い始める。


 眼鏡の人がまた体を揺すり始めたところを私は「やめてー」と叫んだとき、男はぽつりといった。


 「……一緒や」


 私はパッと目を見開いた。眼鏡の人も動きを止めた様子である。


 「皆一緒なんや。ここにおる全員が皆どこかしら不幸を抱えて生きておるんや」


 私は街に目をやると、視界の見える範囲を超えて多くの人がひしめきあっている。


 「僕の会の人間にな。青井っていうやつがおるんや。そいつはなあ、前にいってたで。幸せは、いかに自分が不幸であるかを誤魔化すか、やってな。ここにおる奴らは皆誤魔化し切れていないようやな。みんな自分は不幸じゃないかって思いながら暮らしている。それがもしかしたら、他人から見たらどんなに幸せなことかもわからないでな。


 人間ってどうしてそんな風に、不幸や不幸やって思うんやろう? どうしたら、そんな風に思わないですむんやろう? そう思って作ったのが僕の会、CPPEEだった……とかいったらお前さん達は、どう思うんや?」


 私達は、何もいい返せなかった。男はフフフと口にする。


 「僕はその究極の答えを手に入れたんや。少なくともこれが僕が手に入れられる究極の幸せや。これを否定するのなんてあんたらの自由や。ならあんたらはそれを手にすることができるのか? 僕の出した答え以外で。もう時間はないで。考えられるリミットは一時間半や。それまであんたらの脳味噌で精一杯考えい」


 


 それから一時間。私はまだその答えを見つけることができないでいた。


 男がいっていたこれから世界が手に入れるだろう幸せと、今まで私が得ようとした努力をしてきた幸せ。


 それはおそらく全く違うものであろう。私にとってそれは受け入れられないもの。しかし、私には否定することはできなかった。


 私にとってそれを求めた家族であった。


 でも、家族は単なる縛りつけるものでしかないのかもしれない。そもそも人の想いは脆弱なのだ。それは一番自分が知っていることだった。


 そうだ。そうなのだ。


 私は永遠に幸せなんか掴めないのかもしれない……


 


 


  26/32 河原 道生


   (七月一日 午前八時三十分)




 藤代さんが壇上で語っている。そして、その一言一言にこの国中の人間が注目している。


 「この世界に生きている以上、誰かが損益を被る。その損益を埋め合わすためにまた誰かが損をする。


 誰かが被害を受ける以上、どこかでまた同じことが繰り返される。


 それを止めるにはどうしたらいい?


 一体どうすれば被害を受けずにすむんや?


 …簡単や。この世を終わらせるしかない!


 この世を終わらせて、無益な悪循環を断ち切るんや!!


 殺し合え、殺し合うんや。


 もう苦しむことはない。


 幸せになれるんやで……」


 幸せ。


 そうだ、幸せだ。


 僕は人間社会の中に生き、そこで不平不満を感じていた。それが今日を持って抹消されるのだ。僕という存在は社会という呪縛から晴れて開放され、自由の身になれるんだ。


 これが幸せといわずして何という?


 「……違う……」


 僕の足下にいる中年の男がボソッといった。


 「…違う、こんなの幸せなんかじゃない……」


 僕は男の背中に拳銃を突きつけた。


 「…何が違うっていうんだ。


 そんなに娘のことが恋しいとでもいうのか。


 そもそも娘なんかがいるからそんな風な絶望的な気持ちになるんだろうが。


 そんなものもともといなかったって思えば気分は楽になるぞ」


 僕がそういうと男はこちらに顔をすっと向けた。そして、何をいうでもなく、僕のことをじっと見つめる。


 …なんだ、その目は。なんなんだよ、その目は!!


 「……どうしてそんなことがいえるんだ?」


 ケッ、なんだこの親父は。この期に及んで僕に説教でもすんのか?


 「そんなこと、どうでもいいだろ?」


 僕は軽くあしらった。


 「…教えてくれ。教えてくれないと私の気がおさまらない」


 ………


 わかった。わかったから、その目で僕を二度と見るな。


 「……僕の周りには誰もいなかった。僕はずっとずっと一人だった。


 結局僕を認めてくる人間なんて存在しなかった。


 …そうだよなあ。みんな自分のことでいっぱいいっぱいなんだから」


 男はまだ僕から視線を反らさない。


 もういいだろ。さっさとあっち向け!


 「君には家族がいなかったのか……」


 僕の胸から酸っぱいものが込み上げる。


 「いるからって何だ。


 親なんてのは子どもを自分の付属品としてしか見ていない。親は子を自分の夢の代弁、他人の自慢の対象、自分を飾り立てる道具としてしか見ていないんだ。


 その意味をなさなれば、そもそもその意味を必要としてさえいなければ、子どもなんていらない存在でしかないんだ。家族自体も損得の対象でしかないんだよ!!


 だから子どもは道を逸れる。あんたはどうだってんだよ。あんたの娘の髪の毛のは何色してんだよ。


 あんたは何してたんだ?


 子どもをほったらかしにして何かやってたんだろ?


 子どもはいらなかったんだろ?


 いまさら何の用があって分かち合おうなんて思ったんだよ! いってみろよ!!」


 男は顔も曲げずにそのまま涙をポロポロ流し始めた。


 …うう。こいつまた泣いてやんの。


 僕は思わず退け反りそうになったが状況が状況だけに堪える。


 こいつ自分の責任を転嫁してなに目に涙溜めてやがるんだ。


 見てるのも腹立たしい。


 「……そうかもしれない。君のいう通りなのかもしれない。


 私は娘に何もしてやれなかった。何もしてあげずに自分のことばかり考えていた。


 そしたら、私自身も独りぼっちになってだんだん恐くなってきていた。


 娘が暴走族に入ったのを見て、娘に元に戻ってほしいと思ったのも多分私のわがままだったのだろう。


 娘に何度も声をかけて、私は何度も拒否をされた。


 だけど、ここまで来て、やっと娘が私のことをまた『お父さん』って呼んでくれたんだ。


 だから、私にはわかった。こんな状況でもなくしちゃいけないものがある。


 私はそれを守るために最後まで抗い続けるんだ」


 僕はふっと笑った。


 「なんだそれは? 家族の絆だとでもいうのか?」


 男は「ああ」と頷いた。


 …ケッ、馬鹿が。


 「じゃあ、あなたに質問します。


 あなたの娘が人を殺しました。


 あなたはそのおかげで会社を辞めさせられ、近所に悪い噂が立ちました。電話は引っ切りなしになるようになり、もう生きてくことも困難な状況です。


 あなたはそれでもそのことの絆を保てますか?」


 男はその言葉を聞いた瞬間に深く項垂れた。


 ふざけんなよ。何の考えもなしにきれいごとなんていうな。


 そして、そのまま男は動かなくなった。


 …それでいい。ずっとそのままでいろ!!


 


 


  27/32 唯野 繁樹


   (七月一日 午前八時四十分)


 


 結局、私のしようとしたことは意味がなかったというのだろうか?


 眞知佳と二人で楽しく暮らすということも遠い夢でしかないのだろうか?


 人は一人で生きて、そのまま死ぬことしかできないのか?


 私は何故生きているのだろう?


 決まっている。私は眞知佳を救いたかったのだ。


 …だけど、それは単なる私の空回りでしかなかったのだろうか?


 私の独り善がりで終わっていたのだろうか?


 …でも、あの時眞知佳は確かに私を『お父さん』って呼んでくれた。


 私を必要としていてくれてたんじゃなかったのか?


 …ただそれは、自分が人質にされたからというだけの話なのか? 助けてくれさえすれば、私以外の誰でもよかったのか?


 人は誰もが自分のことしか考えない。


 そうなのかもしれない。


 きっと、ボランティアをする人だってだって、どこか自分が求められているということを確かめたかったからやっているのであろう。基金だって自分の自尊心を上げたいだけなのだ。


 私が眞知佳を更生させたかったのも、私が孤独になることを防ぐためでしかなかった。 ここにいる奴らはどうなのだろう?


 この場に居座っているのも、やっぱり自分の手でこの世を終わらせたいからなのか?


 …あの眞知佳を捕えた男がいうように、幸せになりたいために。


 私の幸せは何だろう?


 もし眞知佳と一緒に暮らせたら何がしたかったんだろう?


 アハハハハ、わからないや。


 ただ一人になりたくなかっただけなんだ。それだけでしかなかったんだ。


 皆が自分を一番だと思うからこそ得や損の感情に左右されるようになり、自分だけのことしか考えられなくなる。他人のことなんて信じられなくなってくる。


 …だけど、自分の絆を否定しようとすることがどうしてこんなに寂しいんだろう? どうしてこんなに胸が痛むんだろう?


 私はぎゅっと目を瞑る。そこに広がるのは闇。永遠の闇。


 そんな闇の中で私を想ってくれる人がいる。


 たとえそれが、どんな想いでもかまわない。それが喜びでも、悲しみでも構わない。好意でも嫌いという感情でも構わない。怒りや憎しみ、恨みでも構わない。


 想われるということが私の存在証明なんだ。


 私はやっぱり生きていたい。


 やっぱり人を守りたい。


 そして、ほんの、ほんのすこしのでいい。少しでいいから、その人ともに幸せを掴みたい。


 


 私は宣言した。


 「私は眞知佳に会いに行く!」


 少年はまた唇をぐっと噛み締めた。


 


 


  28/32 河原 道生


   (七月一日 午前八時四十二分)


 


 「そうか、それでもまだそう思うのか。でもお前はもう動けないよな」


 僕はニヤリと笑った。


 「ああ、そうだな。もう動けない。下手に動いたら眞知佳が死ぬもんな」


 この男ようやくわかってきたようだ。


 「でも、私は絶対に生きたまま眞知佳と再び会う」


 …どこからその自信がくるのだろう?


 この男、武器の「武」の字も持ってないくせに。まさかそのペットボトルが凶器だとでもいうのか? ヘッ!!


 「ああ、頑張れよ」


 僕の返事も投げやりになる。


 「…君は死ぬことが恐くないのか?」


 また男が声をかけてきた。


 ……なんだそれは。


 「……私はさ、死ぬのが怖いよ。今まであれだけ一生懸命生きてきたのに、それがすべて一瞬のうちに否定されてしまう。だから今、私は本当は恐いのを眞知佳のことを考えてどうにか打ち消そうと戦っている。


 君は、君はどうなんだい? 恐くないのかい?」


 この男はさっきから愚かなことしか訊いてこない。


 「…これは聖戦なんだ。戦争に出る奴が死を恐れてなるものか」


 その答えに男は「ハハハハ」と笑った。


 …一体何がおかしい。さっきまでは子どもみたいにビービー泣いてたくせに。


 「君は結局周りに誰もいないまま死を迎えるんだな」


 僕の中で何かがぶちんと弾けた。


 …クソ!! ふざけんな!!


 殺してやる。殺してやる。


 お前はあと十五分間の命だ。


 娘に二度と会えないまま、お前は命を終えるんだ!!


 


 


  29/32 岩見 俊郎


   (七月一日 午前八時五十五分)




 この世には正しいことと正しくないことがある。


 それは誰だって知っていることであろう。


 ただし、何が正しいか、何が間違っているのかということを捉え始めるとそれは人によって千差万別になる。ただ世の中では『誰もが平和に生きることができる』というルールを決めた上での価値観があるだけで、それが全てであるように錯覚しているだけだ。


 本来人間を含めた生物全体には正しい、間違っているの判断などない。ある意味でいえば、自分の主張することが全て正しく、他人が主張することが全て間違っている、ということなのだろう。ただ、そこにあるのは自己を正当化する戦いがあるのみ。未来などない。そのため、人々は平等を求め戦い、それを勝ち取った歴史があったはずだ。


 勝ち得た平等を守るため、人々は自分達の行動を縛り、平和な世の中を手に入れた。しかし、平等な世界の筈の世の中で、不平等を感じ生きる人々もいる。人が人である限り、それは免れないことなのだろうか? …それを解決するのには、本当に殺し合いをしなければならないのだろうか?


 この世の平等を守るためのルールがある。これは人間達が自らが損をしないために作られたものだった。しかし、戦争、暴動、虐殺、大半の人間がこれを破るとわかった時点で、守ることによって確実に損をするものへと変貌を遂げる。


 私達が目指すべき世界が平等であったはずだ。それが今、私の心の中で揺らぎ始めている。


 どうして守るべきものだったのか、一体その先には何があるというのか?


 平等な世界、神が導こうとした世界。


 神はなにゆえに人にその思いを託したのだろうか?


 たった今、殺し合いを始めようとする人間達に……




 「なんで、人は戦わなきゃならへんのや。


 幸せのため、平和のため、理想のため、希望のため、なして、人が傷つけ合わなきゃならへんのや!


 簡単や。神さんがそう決めたからや。


 女将さんやないで。天にいる神さんのことや。神さんは人は救わないで見てるだけや。しかも人間全体なんか見とらへん。


 神さんはな、ただ一人、強い奴が生き残るのを見たいんや。


 僕らが物を食うんも、他人を疎う思うんも、チンコおっ勃つんも、ホールインワンすんのも、全部神さんが決めたことや。


 神さんが弱いもんが強いもんに負けよるところを見たいからや。


 教室で一人の子どもがいじめられるとこ見て、神さんはああ楽し。


 女が男にレイプされとるとこを見て、神さんはああ楽し。


 借金まみれになって首を吊る奴を見て、神さんはああ楽し。


 善良な市民が地雷を踏んで足下ベチャベチャになんのを見て、神さんはああ楽し。


 戦争で人がボコボコ死んでいくのを見て、神さんはああ楽し。


 人を救おうと思うもんは誰もいてへんのじゃ。


 強要されるんは、戦い戦い戦いじゃ。そんな世の中で永遠に生きたいんか!


 神さんが戦わせるためにつくったチンコやオメコを死ぬまでいじくっていたいとでもいうんか!!


 平和の振りした金採り合戦を気のすむまでやりたいいうんか!!


 そんなアホな神さんの命令にしたがって、奴隷と化して生きるんか!!


 そうじゃなかったら武器をとれ!!


 殺し合え、殺し合うんや!!




 ガタイのでかい奴、銃を持っている奴から殺していけい!!


 十人、二十人、百人でかかれば敵わないわけがない。


 殺せ、殺せ、殺しまくるんや!!


 殺して殺して、この世の全てを浄化するんや!


 僕らの力で終わらすんや。僕らの力で全てを終わらすんや……」




 守るべき世界。それを託す神。そんなものは最初から存在していない。


 そうなのかもしれない。もともと世界にも生きていくことにも意味なんてない。生を望み、死を疎むのも、人間自身が自分達が意味を持たないと認めたくなかったから思う感情なのだ。




 私は笑うしかなかった。ただただ、誰の視線を気にするでもなく笑い続けた……


 


 


  30/32 春日 駿平


   (七月一日 午前八時五十八分)


 


 殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ。 :


  :


 


 


  31/32 茂村 建


   (七月一日 午前八時五十八分)


 


 俺はスイッチのちゃんと入った無線機をいじくり回す。何度も何度も。焦る度に、手の動かすスピードは早くなる。


 しかし、今も尚、起こるべき現象が発生する気配はない。


 なんで、なんでだ?


 何でいくら無線の周波数を変えて電波を飛ばしても爆弾が爆発しないのだ?


 ……まさか。


 そんなわけはないよな。


 


 


  32/32 河原 道生


   (七月一日 午前八時五十八分)


 


 遂に殺し合いまでの百秒カウントダウンが始まった。


 僕はこのカウントが終わった瞬間にこの男の頭に実弾をぶち込める。


 この世にはお前のいうような絆なんかはありえない。


 そのことを証明してやる!!


 僕は心の中で大いに笑った。


 「きゅうじゅうさん、きゅうじゅうに、きゅうじゅういち……」


 ここにいる全員がカウントを数えている。もはや何人いるかもわからない、相当な数の人間が。


 ハハハハハハハハハハハハ……


 お祭りだ。


 人類全てが殺し合う。地球最後のお祭りなんだ!!


 「………」


 ………  ………


 ………  ………


 ………  ………


 突然、全身がどうにもいい切れない悪寒に包まれた。残り少ない時間の中、僕は意識を取り戻した。


 …僕はここで一体何をしているのだ?


 …殺し合いが始まる。


 このカウントが終わってしまたら、殺し合いは始まってしまうんだ!


 全身から冷や汗が噴き出る中、僕は先ほどの男の言葉を思い出す。


 ……「君は結局、周りに誰もいないまま死を迎えるんだな」……


 …そうだ。まさにその通りだ……


 僕は周りに誰もいないまま死を迎えるんだ。


 …何で僕は破滅なんかを選んでしまったのだろう?


 …僕は何であんな奴の言葉を信じてしまったのだろう?


 そう、そうだった。僕は今までずっと、自分自身の最低な生活から救いの手を差し伸べてくれる人を求めていた。自分のことを認めてくれる存在が欲しかった。余りにも広くて、混沌としていて、実際には何もないんじゃないかと思えるこの世の中で、自分自身の存在をしっかりと掴み取れる『何か』が欲しかったんだ。


 でも、僕は間違っていた。


 本当はそんなもの、この世にはそこら中に転がっていた。


 ただ、選んでたんだ。僕は無意識に選んでいた。


 世の中には自分を救ってくれる人も、物も、考え方だって、いろいろあった。なのに、僕は「これは嫌だ」「これは駄目だ」「つまらない」だのと自分の中で勝手に決めつけて拒否していた。


 傍観者の言葉なんて関係ない。ただ悪口をいうだけだ。だけど僕はそんな人間につられて自分で判断すらせずに自分の人生を決めつけようとしていた。


 そうして、自分で勝手に自分の生きていける幅を狭めて、自分で勝手に行き詰まっていた。


 …それなのに、僕は…僕は……こともあろうに、この世は生きてはいけない。その世を終わらせようなんて思った。そして、それが正しいことなんだって自分の都合だけでにこじつけてた。


 そして、それがもはや、目の前の現実に近づくにつれて、僕は後悔している。今になって取り返しのつかないことをしたという重圧に押し潰されそうになっている。


 全部てめえが悪いんだ。


 全部てめえが悪いんだ。


 ザマはない。


 さっきまでこうして人を殺そうとまでして、それで自分だけ生きたいだなんていっても誰も赦してくれるわけがない。


 それが現実だ。


 それが世の常だ。


 それが僕の罪だ……


 


 僕はふと男の持っているペットボトルに目が止まった。この男が飲んだものだろうか? いや、おそらく、拾って手にとったものだろう。さっきちらりと見たゴミ箱は満杯で、もはや中のものがあふれて散乱していた。


 よく見ると、ここだけの話じゃない。街中のいたるところにそれは放ってある。


 このゴミは普通ならばどこかに集められ、いつしか巨大な塊となる。


 その巨大な塊は、次々と増え、やがて人の生活の場をどんどん狭めていくところだったという。


 このゴミをなくすには、一人一人がもっとゴミが少なくなるように、ゴミが出さなくするように努力すればよかった。一人一人がほんの少しの心掛けさえすれば、そんな事態に陥ることはなかったのだ。


 今、人々の心の殺意が湧いている。


 この大きな感情も最初は一つ一つが小さな不満の粒だったのではないだろうか?


 全ての市民が小さなゴミの一つ一つを減らせば、ゴミの山ができなくてすんだように、ここにいる一人一人がほんの少しだけ、ほんの少しだけ、人を憎んだり、人を恨んだり、人よりもちょっとでも得や楽をしようなんて考えなければ、人の心はずっと穏やかで、平和になって、こんな殺し合いなんて起こらずにすんだだろうに……










































































 


 


  33/32 青井


   (七月一日 午前八時五十八分三十秒)


 


 ああ、暑い、暑いねえ。確かに七時前までは人の熱気がムンムンでさらに汗がドバッと出てきたけど、皆しゃがんだ後は立っていられる私は多少風通しが良くなって涼しくなったはずなんだけど、やっぱりこの暑さの原因は、この警官の制服の厚ぼったさにあるのかなあ?


 …ん? 誰かが私のことを見ているなあ。あれは誰だあ?


 なんだ、あんたか。挨拶をしたほうがいいかな。


 やあ、こんにちは。まあ、今はおはようといったほうがいい時間帯かな? どうも、初めまして、青井です。


 いやあ、ついにここまで迫って来ましたねえ。殺し合いが始まる時間が。私も頑張った甲斐があるってもんです。


 ……クックックッ。しかし、馬鹿だねえあいつも。わざわざ民衆の目の前でいかにも狙って下さいっていってるようなもんじゃないですか。そんなの他の奴にやらせれば良かったのに。まあ、あいつは私と手を組むことを決意した時点で今日のこの日に死ぬことを覚悟してたみたいだし、その奴のお陰でここまでこの雰囲気を盛り上げることができたんだけどね。


 …ん? 何? さっきあいつがいっていたことは間違いじゃないかって?


 お前は前に神はいないといってたのに、藤代は神が人をつくったなどといったと。


 いや、いいんだよ。私がいってた神と、奴がいってた神の種類は全く別のものなのさ。 私がいっていた神というのは抽象的な信仰の対象となる神のこと。これは神様、仏様、偶像を作って崇めるものの方。完璧で、人を救ってくれたりなんかするとかいう人が勝手に決めつけたものさ。


 これに対して藤代がいっていたのはこの世の森羅万象を起こしている神のことさ。つまりだね、気体は何故温かくなると軽くなり、冷やされると重くなるのか、重力や磁場はなんで生じるのか、どうして生物は養分を得ないと生きていけないのか、もっとマクロにいうと、動物は何故眠るのか、人間は美人に魅かれるけど何故みな大体一致した顔を美人と認識するのか、ーーこれらはもはや、いくら科学的に論じたところでわかるものではない。原因はわかるかもしれないが、どうしてそういう現象の起こる世界になっているのかは永遠に謎だ。そうなってるんだから仕方ないだろ、というしかない代物なんだ。じゃあなんでそうなのかといえば、そう決めた神がいるからだ、だから神様はいるんだ、って昔の人はうまい具合にいい切ってね。まあ、詳しくはアリストテレスでも読んでくれよ。


 その神様がどうしてこの世界を作ったのは永劫に解けない謎だけど、ただ、この世界が合理的なものを秘めているのは間違いないね。影響力の高いものは上にのさばり、低いものはその底敷に押し込まれる、ってな具合にさ。


 え、違う? 確かに他の動物は単なるに弱肉強食のみで構成されているかもしれないが、人間は大昔はどうあれ今現在は殆どの地域でそれなりに仲良く平和に暮らしてきたと。 馬鹿いうなよ、今までそんな振りをしてきただけさ。ただ人間は気付いてしまっただけさ。他の動物は自分の力を見せつけた生物に対して殆ど肉として食べることぐらいしかしなかった。だけど人間は、その生物を、自分の力を磐石なのものにするために利用できるっていうことに。だから、ただで生かされているだけじゃない。得になるから息をさせてやっていただけの話さ。結局、利用する、されるの関係で成り立っているということに変わりはないんだよ。まあ、もはやこの際、どっちがどうだっていうことはもういう気はさらさらないけどね。


 …え? 何? まだ私のいっていることが理解できない? まだ自分はこの世の中を信じたいって? これはお前達がみんなを洗脳したからそうなっただけだと。…ハハハ、面白いことをいうなあ。


 


 さて、僕と、世界の先人達、一体どっちが洗脳をしていたのだろう?


 


 …その答えが今からわかるのかな……


 


 


  34/32 河原 道生


   (七月 一日 午前八時五十九分五十秒)


 


 時間がない。あと、十秒、十数えるうちにこの世は終わるだろう。


 もはや、僕は覚悟を決めた。心残りはあるけど、僕は人を信じられなかったのだから仕方がない。


 僕にもう明日は来ないだろう。だけど、僕らの日常は終わっても、地球の日常はいつまでもずっと続くのだ。日が暮れて、夜が明けたとき、きっと僕の死体に朝日が浴びせられることだろう。


 世の中が歪んでいく瞬間を僕はもう見たくないから深く深く目を閉じる。この行為は僕のこの世との別れの決意を意味した。


 みんなの唸るような歓声が僕の耳を劈く。もはや、何ものにも喩えようのない、地獄絵図が僕の閉じた目の中にさえ広がっていた。


 殺し合い。


 この行為が本当に生物に宿命づけられた戦いから抗うためのものだったのだろうか?


 いや、違う。そんなわけがない。これはただその結果を早めただけに過ぎないんだ。これで死んで土に還ることがこの世の全てから抗うことなんかではない。


 結局、僕は、決して抵抗のできない、何もかもを決めつける強大な力の前に、ただ怯え続けるちっぱけな存在でしかなかったんだ。そして、そのまま消えていくしかないんだ。たったそれだけの、それだけの……


 こんなときだからこそ、僕は最後に心の中に強く思った。


 「生きたい。何としてでも生きたい」


 しかし、それはもう、叶わない夢でしかなかった。


 僕は目から溢れそうになる何かをそのままこらえ、じっとその時が来るのを耐える。来るべきときがついにやってきてしまった。


 「じゅう……」


 「きゅう……」


 「はち……」


 「なな……」


 「ろく……」


 ………


 


 どこか遠くの方から悲鳴が聞こえた。


 僕は目を見開き、周囲を見つめた。










































































 ………


 ………


 ………


 ………




 …何も起こらなかった……


 皆が呆然とした表情で、その場に留まっていた……




 「ああ、そうか、みんな、みんな怖かったんだ……


 …だから……」


 そう、そうなのだ。


 ここにいる全員が、全員が殺し合いが起こることを確信した。だからこそ、皆がそれに恐怖し、時間になっても身を竦めてしまい、結果何も起こることはなかったのだ。


 僕は自然に膝が抜け落ち、目からは涙が止まらなかった……






   *


 


 「戦いの中にいて、戦いの中に滅び去る」


 これは生命を持つ、全ての存在の宿命である。


 戦って負けたものは全てを失い、勝ったものは得るべきものを得て、負けるか疲れ果てるまで戦い続ける。


 生命の戦いに休息はない。あるのは自分を固持し、他の存在を否定しようとする本能とそれによって生じる孤独だけだ。


 生命達はその使命によってのみ縛られ、戦い続ける。


 誰もと知らぬものに植えつけられた欲望にのみ従う不毛な戦い。


 終わらない、終わることのない、虚無の戦い……


 


 そんな無情と思える戦いの中で、唯一「戦いたくない」という意志を持つことができるのは人間だけだ。


 ある者は自らの命を絶ち、そして、またある者は互いの体を寄せ合い、それぞれの孤独を補った。


 もはや戦うことはない。もはや何も失うことはない。


 心の中の永遠の平和。


 人はそれを『愛』と呼んだ。


 もはや、戦うことはない。受け入れ合おう。



                            人類全てが殺し合う ……完……











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