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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
58/60

第十章 その二

  13/32 岩見 俊郎


   (七月一日 午前七時二十分)


 


 藤代が遂にこの場に出てきた理由を述べた。


 「平等や、平等」


 そのためだけにわざわざ、奴は日本中に爆弾をしかけ、そのスイッチの起爆を材料に我々に午前九時まで誰一人殺し合いを起こさないことを要求した。


 人々の状況を同会員達が監視し、そして、約束が破られたとならば、その爆弾を爆発させるという。


 今まで、奴は自分の仕組んださまざまな策がすべて自分の思い通りに進んでいた。しかし、この日が近づくにつれて、フライングという荒技が世の中に出回るようになり、一ヶ所自分の思考と違ってしまう可能性がある部分が出てきてしまった。


 完璧主義であった彼は、たとえ一つでも自分の考えが破綻するところがあるのが気に食わなかった。そこで行ったというのがこの爆弾騒ぎといったところであろう。


 それさえ、叶えば自分も死をも辞さない覚悟なのだろう。奴は先ほどこんなことを語っていた。


 


 「この起爆スイッチを押す、まあ、この場合正確には入れる、やな。その権利を持つ奴、そいつは二つのコードを、それぞれ片方の手にグルグル巻きにして固定する。つまり、両方の手を合わせた瞬間に日本中がドッカーーンっわけや。


 それを出来ないように僕がそのスイッチを持っとる奴の両手を押さえ込んで、その喉にナイフを突き当てる。


 まあ、スイッチの権利を渡した分、こちらはその管理をさせてもらうってだけや。だから、僕にはそいつにルール違反が起きた場合にスイッチを入れさせる権利がある。


 まあ、これじゃあ、また僕が圧倒的に君らよりは優位や。僕がそいつ殺してスイッチ入れよるかもしれんからな。


 そこで、もう一人に僕がその権利を不当に利用せえへんように、まあ手っ取り早くいうと、僕が意味なくスイッチ持ちよる奴を殺さへんように管理をする人間をもう一人つくる。


 …つまりこうや、爆弾を爆発させる権利を持つ奴がいる。そいつが不正にスイッチを入れないように僕が管理する。そして、さらに僕がルール違反して、スイッチを入れるのを防ぐために第三者が僕を監視する。


 ちなみに、爆弾のスイッチは午前九時一分までにしか効果がない。それを過ぎたら用無しや。安心して殺し合いをせい。


 だけど、もしこの三人の中で誰かが裏切った場合や。


 まあ、起爆スイッチ持つ奴は動けんし、僕は約束は守るっていうてんだから実際に何かできるんは僕を監視してる奴ぐらいなもんやな。そいつが僕を殺した場合は、すぐ後ろのうちの会の連中がそいつを殺して起爆スイッチを入れられるということになってる。


 ただ、僕が裏切って、それを僕を監視した奴が僕を殺した場合は正当防衛や。何も受けん。僕はお陀仏になって、今度はそこにいるうちの会の奴が僕の代わりをするだけや。


 そして、もしどこかでルール違反があったことをうちの会員が発信器で僕に知らせたときに僕がスイッチ係にスイッチを入れる要求をして、そいつが拒否した場合に、僕はそいつを殺してスイッチを入れてもいいということにする。


 さらにそれを僕を監視する奴が拒否して、そして僕を殺した場合は、うちの会員の奴らがそいつを殺してスイッチを爆発させる。万一、うちの会員も殺された場合は、近くにいる人間スイッチ入れたい奴が、このワゴン車に乗ってスイッチを入れい。


 まあ、いろいろ、ごちゃごちゃ抜かしたが、誰も何もせえへんかったらセーフティー、殺し合いは午前九時に始まるっていうこっちゃ。


 …おや、先ほどの話をようく聞いてた奴は覚えとるやろ?


 爆弾の効果の時間は九時一分まで、九時の一分まで有効だってな。




 殺し合いは九時に始まるやさかい、この一分は余分やなあ。


 僕は爆弾の効力がなくなるまでこの態勢を続ける。


 だから、僕を管理してる奴は僕を殺して起爆スイッチを入れることが出来るし、起爆スイッチを手にした奴はどうにかして僕の手を振り解けば爆弾は爆破できる。だが、その際後ろにうちの会員がいることを忘れんほうがええな。


 その他にここら辺にいる奴でその一分間にスイッチを押したいって思うた奴は簡単や、僕らを殺すなりスイッチ持っとる奴の手だけ切って爆発させるなり好きにしたらええ。


 ただし、一分間しかリミットがないがな。


 そうや、そういうことになるんでも、まずここら辺にいる全員が他の奴に襲いかからんことが大事や。


 だから、警察もうちらに協力せい。事件を未然に防ぐ。そういう意味では僕とあんたらは目的が同じ筈や。


 僕らの警護、それにみんなの監視、よろしく頼むでーー」


 


 その後、藤代は赤い髪の少女を起爆スイッチを押す権利を持つものとして自らの手で羽交い締めにし、三十五歳前後の眼鏡の痩せ細った男を自分の監視役に指定、後ろで手を組まし、自分の首に刃物を突きつけさせた。


 これは無論、全てが自分の計画通りに行わさせるための演出に過ぎないのだろう。しかし、癪なことに私達は奴のいう通りにしなければならない。


 勿論、私達が奴を逮捕しようとすれば奴は緊急処置として爆弾を爆発させる可能性もある。


 そんなことより何より、奴が防ごうとしている殺し合いの予定時間からのフライング行為の抑圧を警察自らが取り除き、逆に促進させることになり兼ねない。


 やはり、ここは奴のいうことを聞くしかないであろう。


 それが殺し合いを根本から防ぐことにはならない。ならないのだが……


 無線の連絡によるともう既に警察の一部では奴の要求通りのことを行い始めているらしい。


 …もっとも、もともとその行為をそのものを普段日常的に行なっていたのだから受け入れるもクソもないのだろうが。


 そして最後、奴はこういって言葉を終わらせた。


 「午前八時までセレモニーは一時休憩や、それまでに逃げたい奴ははよ逃げい、こっち来たい奴はちゃっちゃと来ることや」


 これはどういうことだろう?


 逆をそれ以降は動けない、人が込み合って移動し辛くなるぞとでもいうことなのだろうか?


 それとも、八時から一体何かを始めるのか?


 …ここはやはり、藤代と話しておく必要がありそうだ。私は無線に手を掛けた。


 「えーー、私、岩見です。これから爆弾魔の藤代に接触させてください」


 


 


  14/32 茂村 建


   (七月一日 午前七時三十分)


 


 俺は散らかり放題物が散乱した自分の部屋で、ぼんやりと目が覚めた。だらしなく緩められたネクタイなどを見ながら俺は「ああ、俺はあのあと散々暴れた挙げ句、そのまま疲れてしまったんだなあ」などと昨夜の出来事を思い出した。


 あれ、俺は何でそんなに取り乱したんだっけか……


 俺はそこまで考えて、一気に血の気が引いた。


 しまった。


 作戦をまた練らなきゃとか思ってたのに全然できてねえよ。今何時だ? ゲッ!! 七時三十分じゃねえんか。まだ何にも考えてないままあと一時間半しか残ってない。


 …どうしよう。どうすればいい?


 とりあえず、今どうなってるか知るためにもテレビでもつけるか。


 俺は瓦礫の山からリモコンを探したが、結局見つからず、直接本体に手を伸ばした。




 <新宿です。先ほど七時にCPPEEの会長を名乗る藤代という人物が日本中に爆弾を仕掛けたとの発言がありました。彼はその爆弾を爆発させない条件として今日午前九時までに殺し合いが行なわれないことを掲げている模様です。警察はその要求に応えるとともに日本各地に散らばった爆弾を探しているとのことですが、今のところまだ一つも見つかったという情報がありません。


 警察は最善の力を尽くして操作をしたいところだが、今は警察全員が総力を挙げて取り締まりをしている以上、他の事件に捜査員を出すことは極めて困難な状態であり、犯人の藤代のいう、午前九時を過ぎたらば手元の爆破スイッチが受け付けなくなるという言葉を信じるしかないとのコメントをしています……>


 俺は血の気が引いた。奴が何かしなかったら、寝坊した俺はもう既に死んでいてもおかしくなかったということか?


 しかし、奇妙な話だ。殺し合いの噂を広めた奴が、なんでそんなことをする必要がある? わざわざ爆弾なんかを使って……


 …爆弾……


 俺は一つのアイデアを思いつく。


 なんだこいつ、藤代だっけ? …本当に馬鹿だなあ。


 もはや俺は日本中を滅茶苦茶にする力を持っている。しかし、その力を行使はしない。 平等のために使うだあ?


 傑作である。自分を正義の味方かなんかだと勘違いしてんじゃねえのか? そもそも、お前が盛り上げた殺し合いに早いも遅いもあるか! どうせみんな死ぬんだ。そんなん早いにこしたことねえだろ。…まあ、早過ぎんのもなんだがな。


 なんだその、爆弾スイッチってのは。つまりこういうことなんだろ?


 お前がスイッチを押す。すると、一定の周波数の電波が出て、それが爆弾のほうへ伝わる。そして、爆弾がドカンと爆発するって仕組みだ。


 だが、しかし、お前が持つスイッチじゃなくても、それと同じ周波数を持つ電波を流せば、やっぱり爆弾は爆発するわけだ。


 …へん、面白いじゃねえか。


 計画が潰れてまともな策もなく殺し合いに参加しなくちゃならないのかと思ったら、意外なところで俺にも運が回ってきたぜ。


 確か、家ん中に無線機があった筈だ。


 これを使って、その周波数を探り出せば……


 ハハハハハ……


 もはや世界は俺の手の中にあるといっても過言ではない!!


 そうだ、確か本棚の上に置いておいたよな。俺はテレビから目を離し、本棚に首を向ける。


 …って、おい、本棚なくなってんじゃねえかよ!


 床には本とばらばらになった仕切り板が無惨に転がっている。ってことは無線機は…… 瓦礫の山からそれらしきものを発見、即座にスイッチを入れた。


 クソッ、案の定だ。壊れてやがる!!


 


 


  15/32 唯野 繁樹


   (七月一日 午前七時十五分)


 


 眞知佳が、日本中を爆発させることが出来る起爆スイッチ入れる権利を握った。


 しかし、そんなの名前だけじゃないか!!


 眞知佳はもはや両手にスイッチを固定され、羽交い締めにされて動けないという。そう、眞知佳はあの爆弾男の人質にされたのだ。


 しかも、さっき奴はこういった。


 「スイッチが欲しい奴は僕らを殺すなり、スイッチ持っとる奴の手だけ切って爆発させるなり好きにしたらええ」


 …つまり、ここにいる奴全てが初めに眞知佳を標的にする可能性が高いのだ。


 眞知佳はもう助からないのかもしれない。もはや、私と手と手を触れ合わせることもできないのかもしれない。


 いや、そんな馬鹿な考え方はよせ! 最後に眞知佳を救ってやれるのは私だけなんだ。 私はさっきまでその“声”が聞こえるワゴンの方を目指した。


 眞知佳を、眞知佳を助けるんだ。


 私のたった一人の、たった一人の娘なんだから。


 父さんはもう眞知佳を独りぼっちにするのは嫌なんだ。


 だから、守ってやらなくてはいけない。


 命を抛ってでも守らなければならないんだ!


 眞知佳、父さんはすぐに行くよ!!


 私は手にしたままのペットボトルを握り締めた。


 あ、あの紺のブルゾン……


 「眞知佳!!」


 私はやっとワゴンの前まで辿り着いた。


 眞知佳はイエス=キリストのように十字架の形に張り付けになっている。


 「眞知佳、眞知佳!」


 俯いていた我が娘に私は何度も声を投げをかける。


 すると、眞知佳はわずかに反応を示した。


 「…お父さん!!」


 眞知佳が、その名前で呼んでくれた。眞知佳は私を探しているのだろう、首を振って辺りを見回し出した。


 「眞知佳!!」


 父さんはここにいるよ。


 「お父さん、私が悪かったの。全部、私が。


 お父さんが仕事忙しいのぐらいわかっていた。私のために一生懸命働いてくれてたのに、それに寂しいとかってわがままいってごめんね、ごめんね……」


 眞知佳がやっと本当のことをいってくれた。


 これでようやく、また二人で楽しい生活を送ることができる。


 一緒に仲良く暮らすことができるんだ……


 「おい、お前! 眞知佳を離せ!!」


 私は、今まで生きてきた中で、一番大きな声で出した。


 藤代と名乗った男は自分の部下に拡声器を持たせる。


 「あ、お父さんですか。残念やけど、それはもうできない相談や。午前九時までこのままでいさせてもらうで」


 …何でだ、何でだよ!!


 その声を聞くと眞知佳がもがき出した。すると奴は眞知佳の首にナイフを突きつけ、眞知佳は抵抗をやめた。


 「…眞知佳からその手を退けろ!! 私は眞知佳と家に帰るんだ!!」


 私はもう一度叫ぶ。


 すると、藤代という男は露骨に嫌な顔をした。


 「無理なものは無理や。あんさんは子どもかいな。そんなに帰りたかったら一人で帰りや」


 そんなわけにはいかない。私は怒りに身を任せ、さっき拾ってまだ手に持ったままだったペットボトルを奴にめがけて投げてやろうと思ったが、眞知佳に当たる可能性も考えてやめた。代わりに奴に向かってひたすら声を投げ続けた。


 それを見て、どう感じたのかはわからないが、藤代はもう一人の会員に無線機を持ってこさせた。


 …誰かを呼ぶのだろうか?


 誰が来ようとも、私は眞知佳が開放されるまでこの場を動かない。断固としてこの姿勢を固持してみせる。


 そんなことを決意を固めたとき、背中の真ん中辺りに何か固いものが当たった。


 ……まさか、銃か?


 「…こっちに来て下さい。藤代さんからあなたのことを面倒見ろといわれました」


 その声は明らかにまだ大人になり切れてない人間のものであった。


 「後ろを振り向かず、こちらのいう通りの方向に歩いて!!」


 自分の命がなければ、眞知佳も救いようがない。


 私はそのまだ顔もわからない声の主の指示に従った。






  16/32 岩見 俊郎


   (七月一日 午前七時三十分)


 


 「藤代、覚えているか。私だ、岩見だ」


 私は拡声器を使って奴に話しかけた。


 「…なんや、人をボケの始まったジイさんと一緒にすな。覚えとるに決まっとるやろ。岩見警部補。集会で顔も合わせたやろが」


 奴も部下に拡声器を持たせ、応答する。私は震える声を奴に悟られないように一言一言丁寧に話す。


 「お前の目的は何なんだ? 殺し合いを実行する。それだけで満足なんじゃないのか?」


 藤代はすぐに、言葉を返す。


 「そうや、それがどないしたんや」


 私は眉をピクンと動かした。


 「…じゃあ、なぜこんな馬鹿な真似をする?


 予定時刻を守ろうが守るまいが、殺し合いが始まればそれでいいんじゃないのか?」


 藤代は拡声器に「フッ」という雑音を通す。


 「おっさん、それは違うで。


 これは聖戦や。ひじりのたたかいと書いて、聖戦なんや。


 弱者が強者を捻り潰すための戦いなんや。


 強者は全ての弱者を出し抜いて、それまで伸し上がったってだけの話や。


 その強者を潰すための戦いが、他人を出し抜くものであってたまるか、アホ!!」


 「………」


 まあ、それは奴が殺し合いを広める際に掲げていたことで、一理はある。だが、しかし……


 「その爆弾を爆発させたら自然は壊滅状態になるんじゃないのか? お前が管轄している会の名前とやろうとしていることが矛盾してるぞ!!」


 藤代はまた拡声器に「フフッ」という音を入れてからこういった。


 「また脳のネジ緩んだようなこと訊きよる。


 自然っていうもんはなあ、強いもんじゃあ。芭蕉の俳句にもあったろうが。あれ、なんやったか、忘れたわ。まあ、いい。


 自然は俺らみたいな奴がいなくなった後でも長い時間をかけてゆっくりと回復しよるもんなんや。


 だから、一度死にかけようとも、それ以上に殺そうとする相手がいなくなればそっちのほうが大きいで。


 それに爆弾は単なる脅しのためだけの道具や。核と一緒や、使うためにあるもんやない。抑止するため以外の目的には使わん。


 わかったやろ?」


 ………


 ほう。


 私はとりあえず、この場とは、無関係だが、気になったことを訊ねた。


 「…河原君は、河原君はどうしてる?


 お前がデマ流しに加担させた河原君は一体どうしてるんだ?」


 藤代はまた発言前に不適な雑音を拡声器に流す。


 いちいち、こちらの言葉に変なリアクションをするなと心の中で思ったが、口に出すことはしなかった。


 「道生君か? 道生君ならこの監視役の中にいるで。すぐ近くや。


 さっき一つお願いがあってここに来てもろうたんやけど、たった今持ち場に帰ってしまったとこや」


 「あの日、パトカーに襲った子達もそうか?」


 「…まあ、そうやな。たくさんいたから全員がここかは忘れたが、どこかを監視してることは確かやな。まあ、今どんな心境でここにいるのかそこまでは僕の知ったことではけどな。でもお前さんらがもうどうこういったって無駄やで、みんな、僕の会の会員や。あんさんらはもう入れん。そのことに関しては揺るぐことはない。残念やったな」


 …やっぱり、河原君はこいつの会に入ったのか。他の子達も戻った。


 彼はこの会に入ることで自分の行なったことが他人に認められるようなことだとわかった。傷心状態だった彼は、その隙からこんな会に入ってしまったのだろう。仕方ないことなのかもしれない。


 だが、河原君の場合はともかく、一度逮捕した彼らは何故にそのまま開放してしまったのだろう? この会に復帰してしまうことがわからなかったとでもいうのだろうか?


 それが裁判所の下した判断とはいえ、どこか悔しい思いが残る。 何故彼らはこの会に拘わったのだろう?


 ここにいる殆どの人間はこの会に入っているわけではない。


 私がこの会に拘わるほど、市民達はこの会への執着心があるわけではないだろう。


 彼らも含め、皆はたった一つのことでここまで世界を動かした。


 ただ、今の生活から抜け出せればいい、その思いを実現させるために。


 「藤代、今、お前はここまで世間がお前の思い通りに動いてさぞ満足だろうなあ」


 藤代がまた鼻で笑う。


 「そりゃあもう、満足過ぎて腹いっぱいや、ゲップも出そうやで。


 これできちんと皆が時間通りまでに殺し合いがなかったらもっといいんやがな」


 まあ、そうだろう。そう答えると思った。


 「だが、このままお前は死ぬかもしれないだろう。お前ほどの知識と技術、行動力を持ってすれば、こんなことをせずとも、お前はお前なりのやり方で成功を納めることが出来たんじゃないのか?」


 「アカン」


 即座に反応が返ってきた。


 「僕一人が成功したかてどないや? 結局弱者が弱者のまま苦しむだけや、何も変わらん」


 「だが、結局お前がいう聖戦だって弱者が強者を打ち負かすわけではないだろう。弱者が強者に殺されることだってある。


 それよりむしろ、前のままの世の中を生きて、こんな殺し合いなんかではなくて、もっと普通なことで強者を打ち負かす方法があるのではないか?


 お前にはまだ希望があった。その希望を自らの手で握り潰すほどこの殺し合いはお前にとって重要な意味を持つものなのか?」


 これ以上私は説得の材料を持ってはいない。…その説得すら端っから意味のないものであったのではあるが。


 わたしはただ、奴の本心を知りたかったのだ。


 これを返されたなら、私は場合のよっては奴の要求を本格的に飲まざるを得ない。


 どうだろうと思ったが、やはり早々に答えが戻ってきた。


 「弱者が強者に勝てない? アホいえ、そんなのは承知の上や。


 弱者はもはや強者に反撃すらできない状況にまで追い込まれとる。


 その状態から抜け出し武器をとる。それだけで充分な意味はあるんや。


 それに、希望は僕が握り潰したんやない。


 他の奴らが先に握り潰したんや。だから、僕は武器をとった。それだけの話や。まだ何か訊きよるか?」


 ……他の奴に希望を潰された。


 奴はどこか自分の中で悪魔のような存在に感じていた。


 悪魔が人の心を奪い取り、人々をここまで混乱の彼方に突き落した。


 環境保全を掲げ、平等を唱えた。


 目的のためなら手段を選ばずに実行する。


 悪魔、そうでなければ神の使者。


 人間以外のものに向き合わなければならないのかとさえ思い込んでいた。


 しかし、奴も人間なのだ。


 これは奴の単なるこの世への復讐でしかない。


 どんな奴でも地に着いた人間なのだ。


 同じなのだ。


 「どうしたんですか? 岩見警部……」


 鈴木巡査長の言葉。


 「帰ろう」


 「え?」


 「奴は敵じゃない。敵がいるとすれば、ここにいる全ての人間が敵だ。


 私達はその敵が何かしないか見張るんだ」


 「……は、はあ……」


 


 


  17/32 河原 道生


   (七月一日 午前七時三十分)


 


 僕は今、一人の人間の上に乗っかっている。


 さきほど藤代さんから無線連絡があり、この男をどうにかするように持ちかけられたのだ。


 この男、地面にうずくまったまま嗚咽を漏らしている。どうしてなのか、手には薄汚れたペットボトルを持ったままで。


 話によると、藤代さんが人質としてとったような感じにも見える、起爆スイッチ係の父親らしい。


 気の毒というか、運がなかったというか、ザマぁみろというか、そんな感じを受ける。 あの日、集会会場から帰ろうとしたときに会員のみんなが僕を迎え入れてから、僕はその後ずっと藤代さん達と一緒に過ごしていた。


 藤代さんは僕の面倒をきちんと見てくれたし、僕にいろんなことを教えてくれた。


 自分がどうしてこの計画を立てたのか。この計画は自分にとってどんな意味があるのか。


 僕はすっかり藤代さんのことを信頼するようになった。


 …その一方で、僕は家族が僕のことを迎えに来てくれるんじゃないかと期待していた。 しかし、いくら待ってもそれはやってこなかった。


 簡単に人殺しを促すような噂を流すような子どもを受け入れる親はいないということだったのだろう。


 あの赤い髪の女にはそれが来た。…だけど、僕にはもう……


 この男、何を泣いているのだろう?


 そんなに娘が死ぬのが恐いのかよ。


 娘はそもそも人殺しをするためにこの場所にやってきたんだ。


 人を殺すってことは、殺される側の人間もいるってことなのによお。


 自分の娘だけ善人だとでもいいたいのか?


 僕は銃の柄で奴の背中を一発殴った。


 男は「ウグッ」という声を漏らしたが、すぐにまた肩を揺すり始めた。


 




  18/32 某病院内にて


   (七月一日 午前七時三十分)




 「看護婦さん、看護婦さん! どうにからならないのかねえ」


 私の白衣の裾を河野のおばあちゃんが強く引っ張る。そんなおばあちゃんに対し私は黙ってみることしかできない。目の前の光景にはもはや私がなんとかできそうな範囲を超えていた。


 この入院病棟に異変が起き始めたのは、六時半を回った頃であろうか? 始めは患者さんの糖尿病で入院していた山川のおばあちゃんがすすり泣きをあたりに響かせるようになった。その声を聞いてか、隣のベッドの肝臓の機能障害で入院していた安本さんが突然怒りを露にし、山川のおばあちゃんを怒鳴り散らすようになった。その後も、点滴を引き抜いて「帰る! 帰る!!」という言葉を繰り返す人が現れ、七時を過ぎて、ラジオやテレビから、新宿の様子が中継されているのを見た患者さん達が次々におかしな行動をとるようになり始めた。


 私は河野のおばあちゃんの手を強く握る。


 「大丈夫です。大丈夫ですよ。何も起こりません。何も起こりませんから」


 私の言葉を聞いて、河野のおばあちゃんが深く目を瞑る。たくさんの苦労をしてきたのだろう、もう節くれのようになってしまったおばあちゃんの震える手からおばあちゃんの気持ちが痛いほど伝わってきた。


 と、そんな私の後ろ襟を引っ張る手が伸びてきた。


 「おいてめえ、何でこんなところにいるんだよ!!」


 横目からチラリと見えるのはその紛れもなく安本さんの顔であった。安本さんは耳がねじれるような声を叫んだ。


 「お前、いいよな。お前だけ、何の身体に不自由を持ってなくって。俺達のこと馬鹿にしてんだろ。簡単な自己管理で防げるできるような病気にかかって馬鹿じゃねえかって侮辱してんだろ。そうだよなあ。他の医者や看護婦はとっくのとうに俺達を置き去りにしたもんなあ。お前、ここにいるのも、俺達を殺そうと思ってじゃねえのか?」


 その言葉を聞いて、私は意識が一瞬吹き飛んだ。


 …なんで、なんで、そんな風に思われないといけないの……?


 今まで私はあなた達患者のために尽くしてきたじゃない。自分を犠牲にしてまであなた達をお世話してきたじゃない。確かに、疲れたときに看護がちょっと厳かになったこともあった。だけど、何よりもあなた達の元気になっていく姿を見たくて頑張ってきたのよ。それをどうして、どうして……


 …いえ。ここはそんなことをいっている自体ではないわ。私は私としての役割をするまでのこと。私は、患者さん達を守らないといけないんだ。私はぐっと唇を噛み締めた。


 「…ろしてください」


 安本さんの顔がふっと緩んだように思えた。


 「そんなに私のことが信頼できないのなら、たった今、私を殺してください」


 私は安本さんの目をじっと見る。伝わらなくてもいい。伝えようとすること自体が大事なのだ。私は言葉を続けた。


 「私はあなた達の命を守るのが義務です。だから今日まであなた達の元気になる手助けをしてきた。それはどんなときであろうと変わりません。たとえ、どんなことがあろうとも……」


 その言葉をいい切った後、安本さんは手を離した。きっと、私の気持ちが伝わったのだろう。私は、大きな声でいった。


 「この病院の平和は私が守ってみせます! だから、皆さんも協力してください!!」


 私の言葉に、みなさんはただ無言で頷いてくれた。


 


 その後、私は一人一人に「大丈夫だ」と声をかけに入った。皆が「ありがとう、ありがとう」と手を握ってくれる中、一人俯いている少年がいた。喘息の発作で入院していた古賀君だ。どうしたのかと訊ねると、彼はこんなことをいった。


 「ここがみんな殺し合いをしないといっても、回りの人間がフライングをしたら、ここも爆発してなくなっちゃうんじゃないの?」


 私は息を呑んだ。そうだ。それをどうにかしないと。


 私は残っていた看護婦の三人の仲間と一緒に即座に患者の皆をロビーに集めるとその場所でこう宣告した。


 「多分、この病院にも爆弾が仕掛けられています」


 その声に、皆がざわめき始める。「もうおしまいだ」と喚き始める人も出た。


 「落ち着いてください。これから爆弾を、処理しましょう。爆弾を……」その続きが出てこない。爆弾をどうするのだ? 他の場所に移動させるのか? そしたら、他の場所で被害が出てしまうではないか。しかし、この場の団結をとるにはそんな風に躊躇などしていられない。「…とにかく爆弾をどうにかしましょう。皆さんの中で比較的動ける人、一緒に病院の中、病院の回りを探してくれませんか?」


 その問いかけに安本さんを始めとしてかなりたくさんの患者さんが同意してくれた。中には車椅子に乗った人、点滴を打っている人達まで手を挙げてくれて、こちらのほうが嬉しくなった。そんな中から私は比較的程度の低い人から、七人を選んで探し始めた。


 同僚の看護婦一人と安本さんを含めた五人は外を、患者さん二人と私を含めんだ残りの看護婦二人の計五人は病院の中を探す。少しでも、いつもと違うところを見つけたら、必ず大声で報告するようにし、それを連絡係がすぐに知らせる、ということを決め、それをお互いに了承すると早速作業に出かけることにした。


 病院内はとても広い。一体どんなところにそんなところを隠すスペースがあるのか。それに二人の患者さん達は看護婦の私達に比べて病院内に詳しいはずがない。病院の細かい場所は私達がなんとかするしかないのだ。時間までもう一時間と少ししかない。いえ、もういつ爆発するのかなんて全くにわからないのだ。こんな状況の中で、果たして本当に爆弾は見つけられるのだろうか……?


 と思ったその時、連絡係の人が外の人が大声で叫んでいると知らせてくれた。「こっちに来てほしい」そんな内容のことだそうだ。


 私は上から彼らの姿を確認するとその場をみんなに任せ、非常階段を通って裏口から外へと出る。ドアを勢い良くパタンと閉めたそのとき植木の茂みで何か人影が動いたような気がして、一瞬意識が吹き飛びそうになったが、そこのほうを再び確認しても何もおかしな様子はなかったので、おそらく焦りによる見間違いだろうと自分にいい訊かせ安本さん達のほうへ急ぐ。


 安本さん達はたくさんのパンクした車の止まっている駐車場で、一つのワゴン車を取り囲んでいた。そのワゴン車の姿を見れば、安本さん達が怪しいと思った理由がすぐにわかった。青い色をしていて、しかも窓が黒い紙で覆われている。これは間違いなく、あの会合が仕掛けたものに違いはない。


 安本さんが、このドアを壊して中には入ろうというので、私は少しの考えてから首を縦に振った。何をしなくても爆発することがあるものなのだから、開けることによってそれが少しでも防ぐ可能性があるとならばやらない価値はないと思った。


 山本さん達は、中の見えないガラスを点滴を使う際に使用する棒で叩いた。するとガラスは以外にあっさりと割れ、その中の様子が見えるようになった。それを見て、私達は言葉を失った。


 その中の物は以外にも……






  19/32 電車内


   (七月一日 午前七時四十五分)


 


 ああ、やっぱり中央線混んでんだなあ。暑い、暑い、暑いよ。


 ……まあ、俺のすぐそばにはきれーいな女の人達が俺に体を密着せてくれてるからまだ救いようがあるがな。


 と、そんなことを思っていたとき、隣にいる今日の俺の相棒、安永が妙に肩を怒らせながら吊革を持っていることに気がついた。そう、なんだか腋毛を処理し忘れたOLみたいに。


 「おい、何やってんだよ。もっとちゃんとしろよ。変な目で見られるぞ」


 その声に安永が俺に顔を近づけてくる。そのとき鼻につんと来るものがあった。「うわ、臭ぇ」思わず心の中で叫ぶ。と、同時に何故安永がそんなことをしているのかがわかった。


 「お、俺ワキガなんだよ。知ってんだろ? ここ暑いしさあ、さっきからなんか緊張しちゃって汗かきまくりなんだよ」


 耳打ちする安永に対し、友達ながらも一瞬の拒絶感を感じた。


 ……と同時に、俺の体に無数の恐怖が忍び寄った。


 俺は安永を狭い車内の中、『回れ右』をさせ、奴のデイパックを漁り始める。


 「おい、なんだよ。有沢。有沢って!!」


 安永の言葉に耳も貸さず俺はそこから手探りでお目当てのものを見つけた。


 発汗スプレーである。


 俺はまた奴を俺と正面に向かい合わせにすると、奴の腋に無言のままそれを吹きかける。周囲の乗客が迷惑がるのも気にせず何度も何度も吹きかけた。


 「有沢一体なんなんだって。横の奴、露骨に嫌な顔してたしよお」


 相当ご立腹な様子の安永に俺は耳元で状況を説明してやった。


 「いいか? いうぞ。ようく聞けよ。これから殺し合いが始まるだろ? そのときに少しでも相手に悪い印象を与えるな。お前のその匂いも一緒だ。狙われる。狙われるぞ」


 安永は絶句した。そして、俺がそのことを告げると同時に、聞き耳を立てていたのか回りの奴らが懸命に持っていたタオルで自分の汗を拭き始めた。それは見る間に車両全体の人の動きへと変わった。


 何だこの現象は?


 俺がそんな風に思いながら周囲を見回していると突然車内がグラッと揺れ始めた。すると、誰かがが俺の靴をギュッという感じで踏んだ。


 俺は反射的に足下を見る。俺のバスケットシューズにあったスニーカーがすぐさま退いた。


 「ごめんさなぁぁぁぁい」


 近くにいた美人の人の叫びにも似た声。その後も彼女は俺に何度も頭を下げ続ける。俺がいえいえなどと首を横に振っても彼女はその姿勢を崩そうとしない。


 「もういいです、もういいですよ」


 そう何度も宥める俺を見てやっと彼女は顔を上げた。


 ふう、これで彼女の気持ちも納まってくれた。彼女の連れも「すみませんでした」といって彼女の肩に手を添えた。


 彼女はやっと自分達が喋っていた方向に向きを直す。


 そのとき、彼女の髪が俺の顔をかすめ、彼女が今朝洗ったときについたのであろうシャンプーの甘い匂いが俺の鼻に届いた。


 俺はその香りによって、また体に電撃が走った。


 「おい、どうしたどうしたんだよ」


 安永が俺に声をかける。俺にはそれが耳に届かない。


 「相手に好印象を与えても狙われる……」


 俺がぼそりと呟いたその言葉に静かだった車内が一気にざわめき始めた。


 「お前、香水持ってただろ。この中の奴らに適当にかけちまえ」


 「よせ、よせ、よせよ!! …ごめんなさい。こいつが悪いんです。全部、こいつが……」


 「俺のこの口臭、どうしよう? ガム買おうにもコンビニも、キヨスクやってないしよ……」


 「発汗スプレー、発汗スプレー口ん中に吹きつけろ。それしか方法ねえよ」


 「ああ、スキンヘッドの女がいたからオレ、ゲラゲラ笑ったけどそういう意味だったのか!!」


 「あなた、口紅持ってるでしょ? それ顔に適当に塗んなさい。変な顔にしたらさすがに相手も殺す気が起きないでしょ?」


 「いやよ! 目立つから余計に狙われるかもしれないじゃない!!」


 「…わかったわ。化粧、化粧落としなさい。あんた化粧しなかったら潰れた餡パンみたいな顔でしょ?」


 「いやよ! この顔でじゃなきゃ私は外に出られないの。眉毛ない眉毛ない眉毛ないってあの頃散々いじめられたんだから。何でミカは狙われないようにすることを考えてるの? 殺せばいいじゃない。近づいてくる男達を殺せばいいだけの話でしょ!?」


 その声のどれもが遠く遠く聞こえる。


 「…おい、有沢、有沢、有沢ってば!!」


 俺は安永の声でふと我に返った。


 ここは地獄か何かだろうか? まだ殺し合いは始まっていないというのに、この場所はたとえ切れない恐怖に満ちている。


 「なあ、帰ろうか?」


 安永はいった。おそらくそれは俺のことを心配してのことなのだろう。しかし、俺は首を振った。


 「…てみたい……」


 安永は変な顔で「は?」と聞き返す。


 「見てみたいんだ。こんな世の中をここまで恐怖のどん底に叩き付けた奴の顔を」


 安永は力なく笑った。


 「…わかった。後悔すんなよ」


 俺は大きく頷いた。


 <ええー次は次は新宿でございます。どちら様もご忘れ物のなさいませんようにご注意してお降りくださいませ……>


 しばらくして待ちに待ち望んだアナウンスが俺の耳に届いた。


 もういよいよ、奴らのそばまで近づいてきたんだ。そこは喧噪の終着駅。いや、未知の世界への始発駅か?


 窓に写る景色も心なしか他の場所と違って……


 「え?」


 俺は思わず目を疑った。


 電車は新宿駅のホームへと侵入する。その目の前に広がる光景に俺も安永もそのほか全員の乗客も呆然としているに違いない。


 車内がガタンと揺れ、電車のドアが開いた。しかし、車内で誰一人動こうとする人間はいない。


 <はい新宿、新宿ー、皆様お忘れ物のなさいませんように……>


 おなじみのアナウンスが俺達車内の人間全ての耳をそのまま通り過ぎる。


 そう、誰も動かない筈である。目の前のホームにはなんと人間がびっちりと詰まっており、もはや誰も下りられる状態ではなかったのだ。


 一人の駅員がメガフォンで叫んでいた。


 「はい乗客の皆様、本日ホームが大変混み合っております。駅構内から出口に至るまでこんな状況です。ですから、人が満杯でもはや降りられません。申し訳ございませんが、次の駅でお降り下さい」


 俺達は思わず叫んだ。


 「マジかよ! なんだそりゃあ!!」


 


 


  20/32 茂村 建


   (七月一日 午前七時五十八分)


 


 チッ、なんてことだ。こんなときに限って使いたいもんが壊れてるとはよ。…まあ、俺が壊したんだけどな。


 俺は修理のために無線機を分解してみた。


 どうしてイカレちまったんだ? 部品が一部破損したのか? それとも基盤自体が割れちまったのか? なんだよ、わけがわかんねえよ。


 クソッ、何かがなんでも直してやる!!


 


 畜生、何をしても無駄だよ。回路がわからないものを直しようがあるかよ。なんてことをしてくれたんだよ……ええーっと、この無線機は!!


 俺は怒りに身を任せ、無線機を両手でガンッと叩いた。


 するとどうだろう? 今までうんともすんともいわなかった無線機が急に生き返ったではないか。


 …お、おい何だよ。こんなことで直ったりすんのかよ。そうとわかっていりゃあガンガン叩いたのになあ。


 おい、今何時だ? …八時二分前か。ああ、修理に三十分もよけいな無駄な時間を使っちまったなあ。まあ、直んなかったことを考えれば別にいいか。


 俺は周波数を変えようと機械に手を伸ばした。


 …ん? 待てよ。これ、スイッチ入れたら、俺死んじまうんだよなあ……


 俺は、唇を噛む。視界に入ってくる散乱したいろんな物体が、やけに俺の心理を不安定にさせる。心なしかこの場所の空気も重苦しくなってきた。


 しばらくの間の後、俺はまた手を動かした。


 いや、どうせ、何をしても死ぬんだ。それなら、多くの奴らを巻き添えにしたいじゃないか。それが日本中の奴らだというのなら結構な話じゃねえか。何もかも消えてきれいさっぱりだ。ほら、もうすぐ爆破だ。あばよ。


 そのとき、突然部屋の中の電気が消えた。カーテンのまだ閉め切られたままの部屋は太陽の光がわずかに入ってくるだけになった。


 なんだこりゃ。何で突然、蛍光灯が消えんだよ。あ、ちょっと待て、無線機!! …やっぱり動かない。ビデオの時間表示が今切れた。パソコンは……っていうかこれは俺が夜にぶっ壊したんだった。まともなのは……冷蔵庫。これもドア開けても中が光らない。


 もしかして、ブレーカーが落ちたのか? 俺は玄関に急ぐ。


 いや、そんなことはない。ちゃんと上に上がっている。


 ……何でこんな時間に電気が止まるんだよ。ちゃんと俺料金払ってんだぞ。


 …あ、いや、まさか……


 


 


  21/32 春日 駿平


   (七月一日 午前午前八時)


 


 さっきから街中の奴らの視線が俺に集中しているような気がする。


俺は下を向きながら、奥歯をガタガタ鳴らす。


 見るな。見るなよ。なんで俺のことを見るんだ。他に見るべきところがあるだろう。いうこと聞けよ。俺はCPPEEの会員なんだぞ。お前らは俺達にこの場所を占領されてるんだぞ。そのことがわからないのか?


 見てみろよ。とうとう八時となったぞ。今頃我が会員の仲間達が発電所の電線を切って日本中が停電と化す筈だ。


 そして大セレモニーも再開される。ここからは我らが藤代さんの独壇場だ。少し下がったかもしれない殺し合いのためにテンションをここから一気に押し上げる。そして、九時には全ての人間が殺し合う。殺し合いを行うんだ。


 そう、お前らは死ぬんだぞ。俺のいうことを聞かないと。俺のいうことを聞かないと。 俺は震えそうになる手に触れているものをしっかりと確認する。


 そうだ。俺には銃があるし、何よりも強力なバックがある。断然お前らより有利だ。お前らなんかより有利なんだ。ハ、ハハハ。


 もう少しでこの世が終わる。この俺らの力で終わらせるのだ。


 ……ウハ……ハハ……ハハハ、ハハハハハ……


 


 


  22/32 唯野 繁樹


   (七月一日 午前七時五十九分)


 


 せっかく眞知佳とわかり合えたというのに、私はもはや眞知佳を助けられないまま殺されなければならないのか……


 後ろに拳銃をつけつけられ、私はもはや死を覚悟した。


 今、自分の真後ろにいる顔もわからない若い男に私は命を奪われるんだ。


 やがて私はある場所で寝かされ、さらに背中に伸し掛かられ、身動きの取れない状況にまで追いつめられた。


 もう駄目だ。私は助からない。


 眞知佳、父さん、眞知佳を救えない。ごめんよ……


 そう思い、私は地面に這いつくばったままぼろぼろ涙を流し続けていた。


 しかし、しかしである。


 その男はこちらがいくら待っても私を殺そうとはしないのだ。


 一発背中を殴られただけで後は奴の体の重しが背にかかるだけである。


 …奴は私を殺す気はないのか?


 いや、そんなことはないだろう。その気ならもう私からその体を退けてくれている筈だ。


 そうしないということはやはり午前九時まで待ってから殺すということか?


 …そうか、そうだよな。自分の会の会長が掲げた条件を会員自らが破るわけには行かないのだ。


 そう、そうなのだ。まだ八時ちょっと前である。今なら逃げ出せる。逃げ出して眞知佳を救い出せる。


 そう考えついた瞬間、私は起き上がることを決意した。


 …奴が気付かないうちに……


 私は恐る恐る腕の位置を変えた。


 「あんた」


 私はビクッとした。その瞬間にてからまだ持っていたペットボトルが転がり乾いた音が辺りに響く。…しまった、気付かれただろうか?


 しかし、続く言葉から決してそうではないことがわかった。


 「もうすぐ八時だ。面白いことが始まるぞ」


 …面白いこと? …なんだそれは?


 そして、その声は拡声器を通してここら中一帯に伝わった。


 「はい、八時や。時間切れや。今から全員、動くこと自体を禁止する。うちの会員と警官以外全員や。皆、三十秒数えるうちに地面に両手をつけい。


 さもなくば、爆弾のスイッチを入れさせてもらうで。


 日本中の奴全員や、全員が地面に手を当てい。ほないくで。


 イーチ」


 !?


 いきなり何の前触れもなくカウントダウンが行なわれ始めた。


 いや、前触れはあるといえばあった。


 八時にセレモニーの続きが始まる。それまでに逃げたい奴は逃げろ、こっちに来たい奴はこっちに来いと。


 …しかし、誰がこんな理由でだと予想できただろう?


 「ニーイ」


 それぞれが何が始まったのだという素頓狂な顔を浮かべている。


 そのうち何人かが手を地面につけ始め、そのうちみんながそれに続いた。


 やがて多くの人が立っていた場所は、しゃがんだ人でぎゅうぎゅう詰めになり、全く動けない状態となった。


 「ハーチ、キューウ、ジューウ……


 ほら、立っている奴が一人でも見つかればそれだけで爆発や。みんな詰めて座りい。そうしないと誰かが立ったままになんで。


 ゴミが落ちとる? そんなん我慢せえ!! 拾わんかったあんたらの連帯責任や。


 ジューイチ、ジューニ……」


 爆弾魔が中にまで数えたところで真ん中の人間達がすべて地べたに手をついていた。


 しかし、端の方、建物の近くの人間はもはや座るスペースがない。 「ほら、あんた、寝てたら邪魔だ。さっさとしゃがみな。ほら、あんたが持ってたそのペットボトルも拾わないと駄目だろ。早く!!」


 男は私から退いた。


 そのとき私は初めて男の顔を目撃した。


 …想像以上に若かった。たぶん眞知佳よりも歳はいってないだろう。


 …何故こんな少年があんな会に入っているのだろうか……?


 私は何となく寂しさを感じずにはいられなかった。


 「どうしたんだ。はやくしないと他の奴が座れないぞ!!」


 私はまた拳銃を突きつけられたのでいうことを聞かないことなどできなかった。


 ………


 私は考えていた。


 私が眞知佳を一人にしてしまったために暴走族に入ったように、彼もまた、家族との不仲が理由であんな会に参加せざるを得なかった人間なのではないだろうか?


 …ならば、説得ができるかもしれない。


 彼を味方に引き入れれば眞知佳を助け出せるかもしれない。




 私の中に一つの光が指してきた  


 


 





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