第十章 その一
第十章 最後の戦い
1/32 新宿の若者
(七月一日 午前四時三十六分)
俺はあちこち迷った末、やっとお目当てのものを見つけた。俺はここに一緒に来たきた仲間、トモを呼ぶ。
「おい、あったぞ! 無事な自動販売機」
トモ達は俺の呼びかけにすぐさま駆け寄って来た。
「ああ、そうか。もうないかと思ったけどな」
俺達は三百円をいれ、エビアンを二つ買った。
「あーっ、生き返るなあ」
俺は腕で口を拭いた。ふとトモの方を覗くと道路のほうを不思議そうに眺めていた。
「ん? お前何見てんだ?」
俺が訊くとトモはしみじみとこういった。
「ああ、本当に車通んねえなと思って」
「そうだなあ、来るべきときが来たって感じだな」
俺はトモにそう返事をすると残っていたエビアンを一気に飲んだ。
「楽しみだなあ」
そういって笑みを浮かべるトモに何か違和感があったが、俺は
「そうだな、ハハハハハ」などとトモと話を合わせた。
俺は空になったペットボトルを軽く振る。ゴミ箱に入れようと思ったが生憎一杯だった。
「おい、このペットボトルどうするんだ?」
俺が問い掛けるとトモは当然のようにこういった。
「そこら辺にほっぽっときゃいいよ」
それもそうだ。俺はペットボトルを道路に投げ飛ばした。
「なあ、これからどうする?」
トモの言葉。俺は唸った。
「んーと、そうだなあ……」
俺達はとりあえずこのまだ夜の明け切っていない新宿の街を目的もなく歩いてみることにした。
遠くで風が吹き、ペットボトルがコロコロと転がる音が聞こえたような気がした。
2/32 岩見 敏郎
(七月一日 午前六時十五分)
ついにこの日がやってきてしまった。
東京の空は昨日からの曇天。
今にも雨が降りそうな様子さえある。
私は相棒の鈴木巡査長とともに新宿の見回りをしている。
今日の午前七時から、つまり殺し合いが開始されるという時刻の二時間前からこの地で彼らは何かをするというのである。
そのために早朝というのにここには、続々と人が集まってきているのだ。
…その各々が間違いなく人を殺す道具を持って。
だから、新宿駅周辺には今、警察官が大量に配備についている。
そんな状況を目の当りにしているにも関わらず、若者たちがヘラヘラとした笑い声を浮かべながら横を歩いていく。…まるで私たちを侮辱しているかのような態度だ。
人々は解きに道路の真ん中を堂々と歩いていく。さながら道路全体が歩行者天国になったようである。
しかし、それは大間違いである。警察が起こりうるであろう殺人を最小限に食い止めるために行った、全ての車をパンクさせるという緊急処置が原因だ。
だから、パトカーも今はない。警察も含め、全ての人間は電車で移動している。ほかには辛うじてヘリコプターが空を飛んでいるくらいなのだ。
もはや、この大異変に国会も動かずにはいられなかった。だからこそ行うことのできた窮余の策だった。
これも全てあの男の仕業なのだ。
藤代大樹。
『地球環境の完全保全を遂行する会』、通称CPPEE、会長。
殺し合いの噂の根源、方法を編み出した当事者。
奴が今日ここで何かを仕掛けようとしている。
奴はゴシップを流し、世の中に対する不信感を煽り、殺し合いをここまで人々の間に浸透させた。
奴はこれだけで満足していないというのだろうか?
まだ何か語るべき内容があるとでもいうのだろうか?
…わからない。
わからないが、今までやってきたことがことだけに無気味だ……
そんな藤代だが、その顔が世の中に広まっているわけではない。自分の主催する会の集会でも不適な仮面をつけその素顔を隠していた。同会の会員ですら奴の名前を知らない人間も多くはないだろう?
何故、私が藤代の存在を確認するに至ったのか?
それは、彼がいたおかげであった。
河原道生君、彼はK高校の一年生だといっていた。
彼は、藤代の悪質なデマ流しに自分でも詳しく知らないうちに加担してしまった。
彼は私たちと初めて対面したとき、もしできることなら自分の流したデマを取り消したいといった。
私たちはその言葉に大いに頷いた。
私たちは彼と一緒に藤代のいるアジトへと向かったが、そこはもはや藤代達は蛻の殻に等しい状態だった。
しかし、そこでなんとか交わせた藤代との会話で、私たちは『地球環境の完全保全を遂行する会』の集会に参加するきっかけを掴む。 彼についにデマを取り消す格好の機会を得たのだ。
だが、彼の行為も集会の観客によって掻き消された。そして、帰り道、パトカーの中で落ち込む彼を、同会の会員達が攫っていった……
パトカーを襲った何人かはその場で現行犯逮捕、その身柄を警察に送られた。
しかし、その大半が未成年だった上、その全てが家裁にて証言の中に反省が見え、情状酌量の余地があると判断がなされ、結果、保護観察付きの執行猶予との判決、その二週間後には何事もなく保護観察もはずれた。
河原君は勿論のこと、その執行猶予を受けた少年達ももはやどこにいるのかわからない。
彼らは一体何をしているのだろう?
藤代の下、今日この地にその姿を現すのだろうか?
殺し合いを行うために……
3/32 とある暴走族
(七月一日 午前〇時五十分)
俺は目の前の警察官に飛びかかった。たった今、こいつは俺達の愛車のタイヤに三台とも何の理由もなくナイフを突き立てたやがったのだ。俺はこのいっちょまえの体付きをしながら国家権力の中に縛られることしかできない情けない男の胸倉をしっかりと掴んだ。
「ふざけんな、ポリ公! なんで俺達のバイクをパンクさせられなきゃいけないんだよ!!」
「決まりだ」
警官は俺の行動に怯えることもなく仏頂面のままそういい放った。 「なめんなよ! ぶっ殺すぞ!!」
俺は凄む。しかし、警官はすぐさまこう切り替えしてきた。
「お前ら、抵抗しても駄目だ。決まったことなんだ。公務執行妨害で逮捕するぞ!」
俺はしばらく警官を睨み続けたが奴に屈する様子はない。
俺は奴に聞こえるように思い切り舌打ちをした。
「ちっ、わったよ。今捕まったら、殺し合いなんて出来ねえからな。まあ、そん時はてめえ覚えてろよ!!」
俺は奴の襟を離したが、奴は俺達が見えなくなるまで殺気のこもった視線を送り続けた。
あの一件があった東名高速料金所からもと来た道を引き換えす。行きも通った今や相当な距離に渡る車置場と化した道路を何分か歩いたところで発見した自動販売機前で俺達は一休みをし、これからの予定を話し合った。
もともとあの時刻になったらバイクでバンバン人をひき殺そうと思っていただけに昨日のあの警察の突然の取り決めには我が目を疑ったものだ。それができないとあれば作戦の変更を余儀なくされる。 「酷ぇ話だと思わねえか? もう少しで世界がおわるっのにバイクで走れねえんだぜ?」
俺は飲み切ったコーラの缶を握り潰す。
「いっそのこと、警察ごとやっちまうか?」
キジマが解けかかった歯を見せながらニヤリと笑った。
それを短い金髪を逆立てたヤスの奴が食い止める。
「ちょっと待て、警察はな、誰かがパンクさせて回ってんのを見てそれをマネただけなんだよ。つまり、最初にそれをやった奴が全部悪ぃんだ」
俺は眉毛を釣り上げる。そんなこと初めて知った。悪いか。俺はニュースなんか見ねえんだ。
「誰だよ、そのパンクさせた奴ってのはよ」
俺はヤスに訊ねる。
「それがだなあ、夜、そんなことしてた変な野郎を見たってタケがいってたなあ。タケはそいつらは青い奇妙な服を着てたっていってたぜ」
俺は今度は眉間に皺を寄せる。
「マジか?」
これぐらいなら俺も噂で知っていた。クピプーだか、ププッピドゥだか知らないがそんな名前の会合が最近やたらと勢力を伸ばして広がっているという話だ。タケは勿論奴らのことをシメたのだろう。 「いや、タケもちょっと便乗して何台かパンクさせてたみたいだな。面白ぇっていってたぜ」
「………」
俺は缶を目の前の車の列の一つ、窓の開いていたポルシェの中に投げ込んげこむと、ゆっくりと立ち上がった。
「まあ、とにかく、その本当なんだろ? 青い服っていたったらあいつらだろ? あいつらが集まる場所って行ったらあそこしかないよな?」
「ああ、そうだな」
ヤスもトモも薄笑いを浮かべながら腰を上げる。
決まりだ。
「じゃあ、これから行ってみようぜ、そこで善人ヅラした奴らをぶっ殺そうぜ!」
「おう」
俺達は互いに手を叩き合って、目的達成の志気を高めた。
「ところでここからどうやって新宿駅まで向かえばいいんだ?」
バイクはもうあの料金所前で走れない状態になっている。
「……知るか」
4/32 茂村 建
(七月一日 午前〇時三十分)
俺は今日、 日付が変わったので正確には昨日、昼間あったことで腸が煮え繰り替えるほどの怒りを覚え、仕事が終わった後、一人で居酒屋を回った。しかし、会社後に直行したはずなのに、何故かどこも満員。とりあえず公園でワンカップの酒でも飲もうと思ったが、生憎自販機が故障中、憂さを晴らす場所もなく、なんだかんだ自分でもよくわからない状況のまま町中を延々ぶらぶらと歩き、さっき家に辿り着いたところである。俺はアパートのドアを開けると、未だにハンダごてや集積回路なんかが散らかっている部屋の中ごろんと寝転がった。
俺は床を思い切り叩く。
くそう! 何でこんな日に限って会社が休みなんだ!!
奴らをビルごと爆破して皆殺しにしようと思ってたのに。
俺の計画が全てパーじゃねえかよ!
アパートの下の住人から、苦情が届く。うるせえ。うるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえ。
俺は一体何をしたらいいっていうんだよ!! 畜生!!
俺は立ち上がると部屋の中にある、ありとあらゆるものを壁に打ちまけ始めた。
5/32 中央線電車内の会話
(七月一日 午前六時十五分)
私は満員の車内をよく観察する。車内には私のように季節に合わせた夏服を来た人間と、季節に真っ向から反対した厚手の服を着た人間達とに二分されている。どちらかというと冬服の人のほうが多いような気配だ。私はその中の一人、上に皮ジャン、下にジーパン、お尻のポケットにトンカチを持った気の優しそうな私と同じ位の年齢の中年男性に狙いを定めて話しかけた。
「いやあ、いよいよですなあ」
男性は最初その声が誰に掛けられたものなのかわからなかったみたいで、キョロキョロと回りを見回したが、それが自分にかけられたものだとわかると、頭を掻きながら私の言葉に返してきた。
「ええ、ああ、そうですねえ」
一人できて、きっと迷っていたのであろう。私も一緒だ。一度、その会話がなされると次々と話しかけるべき言葉が浮かんできた。 「やっぱり、電車混んでますなあ」
着込んでいて厚いのだろう。彼は持っていたハンカチで汗を拭った。
「いえいえ、昨日の夜からこんな状態だったって聞いてますよ」
そうである。今朝のニュースでそのような風景が写し出されていた。
「ったく、みんな、張り切り過ぎですな」
私がそういうとすかさず彼は「そういうお宅も一緒じゃないですか」と返ってくる。私達は思わず大きな声で笑った。
私は彼のジーパンのポケットにあるものを指さした。
「それ、どうしたんですか?」
「あ、これですか?」彼はおでこを撫でる。「もうちょっとマシなものを持ちたかったんですけどね。女房と娘に家にあった包丁を全部とられてしまいまして、あわてて金物屋さんに行ったらもう既に売り切れでして。こんなものしかなかったもんですから」
私は目を丸くした。
「いや、おたくもですか。私はこれですよ」
そういって私はリュックの中に隠し持っていたノコギリを差し出した。
「ところでおたくも、やっぱり国会議事堂に行くんですかな?」
彼の問い掛け。私はちょっと声を低くしながら、「ええ、まあそんなところです」と答える。
「でも、ちょっと新宿では何があるかって気になりませんかね?」
「はい、そう思って、携帯のラジオを持ってきました」
私はポロシャツの胸ポケットからそれをそっと彼に見せた。
「…テレビではないんですな」
「…まあ、周囲の状況が気になりますからね。目は常に状況確認に使わないと」
そう、たった一つの過ちが命を落とすことになりかねないのだ。
私は彼に話しかけた一番の目的についていよいよ切り出す。
「…どうでしょう? よければ、ご一緒に行動しませんか?」
彼は少しの間を置いた後、にこりと笑った。
「いいですねえ」
こうして私にも一人の仲間ができることになった。
6/32 唯野 繁樹
(七月一日 午前五時四十五分)
私は、ぎゅうぎゅう詰めの車内で吊革をしっかりと掴む。
私の目の先はただ一点を見つめる。それは何日も前から探していた人間であった。
眞知佳。お前は一体そんな変な恰好した奴らとどこへと行こうっていうんだ。
数々の人の会話の中に紛れるかのように流れる車内アナウンス。これは会社員時代に聞き慣れたものである。一度だけ、座席で眠ってしまって二周半循環してしまったことがあった。
…もしかして、お前達の目的地は新宿なのか?
人類全てが死ねば地球は救われる、そんな馬鹿な考えを持った奴らのところへ向かおうっていう気じゃないだろうなあ。
眞知佳、お父さんはお前の傍にいるよ。
だから、父さんのほうに振り向いてくれ。
お願いだ……
7/32 岩見 俊郎
(七月一日 午前六時五十五分)
いよいよ午前七時目前となった。
しかし、奴らは以前、その姿を見せない。
一体どこからやってきて、どんなことをやろうというのだろうか?
今、私の降り立っているこの地には様々な人々の言葉がひしめき合っている。
そのほとんどの人間が二つのことしか考えていない。
これから、起こす殺し合いのこと。
そして、その元凶である、CPPEEがこれから行おうとすることが何かということ。
その声の一つ一つが狂気に満ちていて、私は耳を塞ぎたくなる。 どうして世の中がこれほど異常な状態にならなれけばいけなかったのだろう?
いや、もしかするとこれは必然だったのかもしれない。
今まで弱者達が一握りの強者を覆すことは歴史上何度でもあった。しかし、弱者達が強者を倒したところで革命は終わらない。
また何度も強者が現れ、弱者達が再び苦しむだけだ。いつまでも弱者達は報われはしない。
人々は心のどこかでそれを知り得て、その悪循環を断ち切るために立ち上がったというだけの話なのかもしれない。
もはや、この世界に救いはない。
だからこそ、弱者達はこれまでの虐げられし屈辱を、捨て身の覚悟で報復に望んだ……
本当にこの世にもはや希望がないのだろうか?
それとも、あの男の掲げた思想こそが希望だとでもいうのか?
では、今私がやろうとすることは無意味だというのだろうか?
市民を守り、平和を愛する。その思いすらも何の価値もないことだというのだろうか?
私は深く目を閉じた。
なんともいい切れないような不甲斐なさが私のからだの中を駆け巡る。
私はこのままでいいのだろうか?
私はどうしたらいいのだろう……
先ほどまであれほど大きかった群集の声がとても遠くに感じる。
もはや私は必要とはされていない。
私の果たすべき使命はないのだ。
どこからともなく声がした。
「眞知佳ぁーー、父さんが、父さんが悪かったんだ。だから、もう一度、もう一度だけでいいから、父さんにその声を……ああ……」
この若者ばかりが顔を揃えたこの街に、どこのかもわからない、私と同じくらいの年齢の男性が一人ポツンと紛れ込んでいた。
彼はおそらく自分の娘のものを思われる名前を何度も何度も叫んでいた。
男は私のすぐ目の前を息を切らしながら通り過ぎると、その人の波の中に消えていってしまった。
…私の果たすべき使命はない?
そんなわけがないではないか!
あそこにたった一人、今の状況を非と感じ、もとの状況に重きを置いた人間がいた。
それだけで私は世間を守る義務がある。
私は時計を見た。もう片方の無線を握る手も心なしか力が入る。
「みんな、七時一分前だ。周囲のありとあらゆるものに気を配れ!!」
「了解!」
私は自分自身に喝を入れた。
私は辺りを見回した。
すると、どこからともなく青いTシャツに紺のジーンズを着て奇妙な帽子とマスクをつけた人間達が四方八方に散らばって現れた。
8/32 春日 駿平
(七月一日 午前七時〇〇分)
「freeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeze!!」
藤代さんが拡声器に声を乗せてそう叫んだ。
街にいる人間どもがその言葉の意味が分からなくとも一瞬立ち止まる。一体何があったんだといった間抜けな顔を浮かべて。
そうだろう。気づいたら青い変な服を着た奴らがあちらこちらで自分たちを囲んでいるのだから。
俺はすぐそばの街中にたむろしている奴らを得意気な表情で観察する。こいつらはもう俺達がどうにかしたようなものだ。この土地は、もはや俺達が占領したのだ。今にもっと恐ろしいことがお前らに襲いかかる。待っているんだなあ。ハッハッハッハッハッ……
「これから、人類最後の記念セレモニーを行う。その司会、進行役をやるんは僕、『地球環境の完全保全を遂行する会』通称CPPEE会長、藤代大樹や!!」
9/32 岩見 俊郎
(七月一日 午前七時〇一分)
遂に奴はその姿を現した。
予告通り、新宿駅西口、バスターミナルのところ、そこに止まっていた白いワゴン車の上に三人の部下とともに。
当初、私たちは青い装束で来るものと思っていたが、やはりここは殺し合いを行う場所、動きやすさを重視した恰好であった。
部下達は青いTシャツを上に羽織りその下に固そうなプロテクターを入れて、紺のジーパンを履いた他の構成員と変わらない姿。しかし、奴は青いYシャツに紺のベストにスーツのズボンという前に映像で見たときと同じ服装である。
やはり、青という点にはこだわりがあるのには間違いないらしい。 奴は初め、奴はアメリカの俗語で止まれを意味する『freeze』を叫び、まだ訳のわからない人間に対して今度は日本語で止まれといって街の人々に自分の関心を持たせた後、大声で要件を話し始めた。 「まあ、今回司会をやるためにちょっと慣れない関西弁を使うことにした。ドスをきかせないといけないけど、それほど皆さんに嫌われてもまずいからな。まあ、よろしく頼んます」
この後、奴は大阪弁でつまらないギャグをいう。私は眉毛を顰めた。
…奴が変なことをしゃべり始めた今が逮捕のチャンスなのかもしれない。今までボロを出さなかった奴だが、今日この時間にこうして道路に意図的に人を集めたことは、車こそ走っていないが、立派な道路交通法違反になるだろうし、もう実際に騒ぎを起こしたのならば騒乱罪の罪が着せられることとなる。
護衛が手薄なこの瞬間が奴を捕まえるチャンスだろう。乗り込むべきであろうか?
いや、三人しか護衛がいないように見えて、更に護衛の会員達が待ち構えているのかもしれない。
…馬鹿違う! 藤代を守ろうとする人間は何もあの会の会員達だけではない。オウムが国からの解散宣言をなされた後も尚、その信者の数が増えたように、奴を慕う心構えがありつつもあの会に入っていない人間というのもここには多くいる筈なのだ。
それに、本当にこの場であの男を逮捕すべきなのかどうかも悩むところである。
奴を逮捕したところで殺し合いがなくなるものでもなかろう。その場合、二時間後、一体ここに逮捕すべき人間達はどれほどの数に上るのだろうか……?
そう思うと全総力を挙げて突入というわけにはいかない。しばらく様子を見る必要があるだろう。
そう思ったとき、奴は一つの要求を高らかに語り始めた。
「ここに一つのスイッチがある。爆弾のスイッチだ」
10/32 国会議事堂周辺
(七月一日 午前七時〇五分)
俺が道端でしゃがみ込みイヤフォンに耳を欹てていると、誰かわからない人間がいきなり俺に向かって蹴りを入れてきた。
「いってえなあ、てめえ、何すんだよ!」
奴は、俺のラジオを指さす。
「独り占めすんなよ。聞かせられるんだろ? 聴かせてくれよ」
奴は悪びれる様子もなく、ガムをビチャビチャ噛みながらそんなことをいってきたので俺は心底腹が立った。
「駄目だ」
俺はそういいながらイヤフォンを耳に入れ直すが奴はしつこくつきまとってくる。
「いいだろ? 減るもんじゃねえしよお」
うるさいなあ。
「だから、やだっていってんだろ! 大体なんだよ。お前は人に頼む態度がなってないんだよ。人にものを頼むのにまず始めに蹴りを入れる奴がいるか……って、ああ!!」
そんな風に熱弁を語ろうとした俺の手元を他の男が奪い去った。 「へへーーん、頂きーっ!! さっさ、早く行こうぜ」
そのラジオを持っていった男は俺が説教を垂れていた奴と一緒にどこかにいこうとしたから、俺は男達に泣きついた。
「わかったよお、俺が悪かったよお、なんかギャラリーも集まってるし、みんなに聞こえるようにボリューム上げてくれよな」
男達は俺を侮蔑しながらも周囲を見回すと俺の要求を聞き入れた。
<えーっ、今現在午後七時を周り、CPPEEホームページの予告通り、その会の会長を名乗る人物が新宿西口のバスターミナルに現れ、言葉を語り始めました。男は青いYシャツの上に紺のベストを羽織っています。若いです。二十歳前後ではないでしょうか?
男は藤代大樹と自分の名を告げました。それが本名なのか、仮名なのかわかりません。今、当ラジオ局のほうでその人物が一体どんな素性なのか身元を懸命になって調べているところです。
藤代は開口一番、自分のところから最も近くにあった電話ボックスから下がれという要求を行いました。
突然の要求で人々がたじろいでいるところを、「早くしろ! 死にたいのか!!」と一喝、周囲の人々が速やかに離れると、その後すぐに電話ボックスは爆破、炎上しました。
藤代がいうにはこれはただのデモンストレーションであり、まだもう一つの爆破スイッチがあるとのこと。そして、そのスイッチで起爆する爆弾は、自分の主催するCPPEEの会員達の手によってこの日本中ありとあらゆる場所に仕掛けられたとの発言。
そして、その爆弾を爆発させない条件として、次のようなことを挙げています……>
11/32 河原 道生
(七月一日 午前七時〇六分)
とうとうこのときがやってきてしまった。
この世の全てが、少なくとも我々が管理する日本という場所が終わりを告げる瞬間がやってきたのだ。
僕はその日をCPPEEの会員として過ごすこととなった。
今日、僕に課せられた使命はたった一つ。人々の動きを監視すること。
藤代さんが爆弾を仕掛けた理由、それは何でもない。午前九時以前に殺し合いが始まってしまうことを塞ぐことだ。
殺し合いが行われるっていっても、参加しない人間も逃げる人間もいるだろう。その人間は午前九時に殺し合いが始まるものと思って行動する筈である。それが予定よりも早く始まってしまった場合、絶対に対処できないことだろう。
戦争でも宣戦布告をするのがルールである。フライングという行為は奇襲に当たる。
この殺し合いは当初、弱者と強者を対等な立場に納めるためのものであった筈なのだ。不意討ちは余りにも平等ではない。
その理由から藤代さんは日本中の車という車を僕らにパンクさせた。肝腎なところで平等にならなかったら意味がない。
藤代さんはちゃんとそこまで考えていたのだ。全ての人間が平等になるように。
…それは、もしかするとこの場では必要のない心情なのかもしれない。しかし、その他にルールがなくなる以上は最低限、自分の掲げたルールは人々に守ってほしいというのが藤代さんの主張のようだ。
ただ、藤代さんの主張を誰もが信じるとは限らない。だから、この要求を全ての人間が受け入れるように、二人の人柱を藤代さんは用意するといっていた。それは無論、僕ら会員にではなく、集まった聴衆達の誰か二人である。勿論、選ばれた二人は九時になった時点で真っ先に死ぬことにはなる。しかし、そんな説明はせず、逆にうまい餌を用意するらしいから逆になりたい奴さえ出てくるだろうと藤代さんはいっていた。
…大丈夫だ。きっとうまくいく。
僕らが午前九時までは殺し合いを起こさせない。そして、その後は……
僕はニヤリと笑った。
僕は掌の中の銃を強く握る。
使い方は会員の中のその筋のエキスパートの習った。
しかし、これはあくまでも脅しの道具だ。
五発が空砲、効果のある弾丸はたった一発のみ。
この他の装備は、青いTシャツの下に着た防護服と藤代さんに殺人があった際に合図を送るスイッチ。これらは全ての会員達に支給されたものだ。
銃を持っている時点で人々はこちらを恐れるだろう。しかも、襲いかかられた時点でこちらはスイッチを押して全員爆死である。
この装備なら、誰もこちらを逆らうわけがないだろう。そう、逆らえる理由がないのだ。
とにかく午前九時までだ。それまでは膠着状態を続けさせる。
そう、殺し合いは絶対に成功するのだ……
12/32 唯野 繁樹
(七月一日 午前六時五十九分)
「眞知佳、待ってくれ、おい、眞知佳!!」
私はやっと眞知佳にあともう少しで腕を伸ばせば届くという位置にまで接近できた。しかし、人々の歓声が私の声を掻き消しているらしく、眞知佳は振り向いてはくれない。
何度も何度も声を掛けるが気付く様子もない。
ん? どうも様子がおかしい。やたらとキョロキョロ辺りを見回している。そして顔が心なしか虚ろな様子である。
「………に……ったの……」
……え? 眞知佳の声が聞こえたが、言葉は聞き取れない。
様子を伺っていると眞知佳はまたすぐに大声を出した。
「みんな、どこに行ったの?」
…眞知佳はどうやら仲間とはぐれてしまったようだ。
これはチャンスだ!!
私は人並みを掻き分け、眞知佳の元へ急ぐ。私の手が眞知佳の肩の上に乗った。
「あ、どこに行って……」
眞知佳は振り向くと、目を見開いた。
私は眞知佳を長らく振りに目を合わせた。私たちは親子だったのに、もう何日も顔を合わせてなかったのだ。私の胸にはなんともいえぬ感慨が湧き上がる。親子だからこそ伝わる波動。
そんな中、私たちにはもはや誰かが拡声器を使って話していたことも、その周りで人々が静まり返っていたことも耳に届かなかったし、目にも留まらなかった。
「眞知佳……」
「…おと……」
だが、眞知佳はその言葉をいいかけてやめた。
どうして、どうしてその先をいってくれないんだ。
「仲間がどこかに行ってしまったんだろ? 奴らはこういう肝腎なところで眞知佳を置いていって逃げてしまう。そういう人間なんだ。父さんはそんなことしないよ。だから、一緒に帰ろう? 帰ろう? な?」
眞知佳は俯いてしまう。どうして顔を下げてしまうんだ。嫌なのか?
「そうだ、お父さんが、お前を独りぼっちにしてしまったのが悪かった。本当に悪かったよ。もうお前を一人になんかしないよ。だから、こうして今迎えに来たんじゃないか。
お父さんな、仕事ももうきっぱりと辞めたんだ。だから、もうお前を悲しめるようなことはしないよ。約束するよ。だから、帰ろう。また二人で温かい家庭をつくっていこう。な?」
眞知佳が震えている。
やっぱり、お父さんがいいよな?
そうだろ? 頼む、そうだといってくれ……
「嘘よ、全部嘘よ!!」
眞知佳は私の手を振り解いてどこかに走り去ってしまった。
「…眞知佳!!」
私は必死に追い掛ける。しかし、これほどの人混みの中、ちっとも先に進めやしない。
「伏せろ!!」
拡声器の声とともにどこかから爆発音がした。
…まさか、と思ったが、眞知佳は違う方向に進んでいた。巻き込まれるわけがない。
私は眞知佳をどこまでも後についていく。何でこいつらは立ち尽くしているんだ。そんな恨み言を呟きながらも懸命に人並みを掻き分ける。
「このような爆弾を日本中に散蒔かせてもろうた。そして、その爆弾の起爆スイッチがここにある」
声の主がどうやら爆弾魔らしい。
自分で爆発させておきながら「伏せろ!」とはいい気なもんだ? 何? 日本中を爆発させる? させるのか? ならもう少しでまた眞知佳と話ができる。それまで、それまででいいから待ってくれ。 眞知佳はどこに行ったのだろう? こんな人混みの中、一度見失ったらもはや再び見つけだすことなど不可能に近い。
どこだ? どこに? 赤い髪をして紺のブルゾンを着た私の娘は……
…駄目だ。赤い髪の娘なんてここにはざらにいる。それだけの特徴では見つかる筈もない。
「最後に掲げさせてもらうもんがある。それは平等や。びょ・う・ど・う。
突然、後ろ奴に時間でもないのに刺されるなんて嫌やろ? それを防がせて頂くわ」
…!?
今、なんといった? 時間でもないのが、とりあえず、後ろにいる奴の背中を刺せ?
…眞知佳が、眞知佳が危ない。
どこだ? どこにいるのだろう?
眞知佳ならどこに行く? 逃げて相手に見つからないようにするためには……
…簡単だ。人気の多い場所でその中に紛れればいい。
ここも大層な人出だが、もっと人が多そうな場所といえば……
そうだ! 声のする方向に違いない!!
私は強引に人を押し退け、急いで眞知佳のほうへと向かう。
しかし、思いとは裏腹に私は誰かの足につまずき転んでしまった。手のついた位置ににペットボトルがあり、それは私の体重でグシャッと潰れた。
くそっ、こんなことで時間を喰ってしまっては眞知佳が死んでしまう。助けなきゃ、早く助けに行かなきゃ……
私は咄嗟の行動でそのペットボトルを手にとると投げる構えをとったが、そんな怒りをぶつける時間ももどかしく、それを掌に携えたまま立ち上がった。
「………の権利をやるわ。欲しい奴はこっちに来ぃや」
権利? 何の権利だ? …まさかこの最悪の儀式が行なわれる中でまず最初に死ぬことができる権利だとでもいうのか? そんなもの、誰が欲しがるものか!!
眞知佳、眞知佳……
私は眞知佳と家に帰らなくちゃいけないんだ。
「ああ、一人勇猛果敢なお嬢さんが出てきてくれよりました。皆さん、拍手を……」
眞知佳、眞知佳。
眞知佳、眞知佳……
帰るんだよ、。こんな危険な場所から一緒に。
「お嬢さん、お名前は……」
「…………」
「もう一度、お名前を……」
「……た、唯野眞知佳です……」
…………
「眞知佳ーーーっ」
私は声にならない声を叫んだ。




