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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第七章 九節

   9 一九九九年 五月 三十日 (日)


 


 世の中に望みの叶う人間は限りある。


 人の抱くほとんどの願いは、儚く散る……


 僕の思いもそんな願いの一つでしかなかったのだろうか?


 僕の試みも空しく集会は終わってしまった……


 僕が舞台袖に帰ると、岩見さん達がすぐさま僕のところまでやってきてくれた。


 岩見さんは僕を抱きかかえ、「よくやった」といいながら僕の頭をポンポンと叩いた。 …僕は無力でしかなかった。


 僕は何もできない人間だったのだ。


 あの場所に出て、改めてそれを認識した。


 …これから僕はどう生きていけばいいのだろう……


 背中から、何か一本の筋が消えてなくなったような、そんな錯覚を感じる。もはや、この場所で息をしていることさえ自分の自由ではないような気がしてきた。


 どこかから視線を感じた。振り向くとそこには藤代がいた。


 こいつが全ての元凶だった。僕を地面を這いつくばるような生活に陥らせたのも、今、精神面でどん底に立たさせられているのも、全てが全てこいつの所為なのだ。


 しかし、僕を見つめるその顔はどこか寂しげな感じもした……


 …何を考えているんだ、僕は。こいつは人の気持ちも考えない冷血漢なのだ。奴は僕の演説のときも、周囲がああなることを知っていて、その場を取り持とうとしたんだ。


 僕は全部が駄目になって、目もおかしくなってしまったのだろうか?


 「終わったら、そのまま帰っていいそうだ。


 こんな場所、長く留まりたくはないだろ?」


 岩見さんのその言葉に僕は頷いた。


 鈴木さんが先頭に立ち、もと来た道を引き返す。


 初め、あんなに静かだったろうかも、集会前の緊張がほぐれたためか、どこからともなく話し声が聞こえたりする。


 その高い声の一つ一つを、今や僕の耳は聞き取ることを拒否し出した。


 「ああ、もう、死ぬまで普通に人と会話なんてできないだろうな」


 そんなことを漠然と考える。


 あれ、僕は一カ月後には死ぬんだっけ?


 まあ、いい。どっちでもいいや……


 廊下を抜け、駐車場へと出る。


 どこからともなく吹く風が涼しい。こんな涼しい風を浴びてられるのも後ちょっとだなと思う。


 僕の突然始まったマイナス思考はしばらくは止まりそうにない。そのしばらくが一体いつまでなのかもよくわからない。


 パトカーのもとにやっと辿り着く。鈴木さんは前に、僕と岩見さんは後ろのシートに乗り込む。


 「あ、パトカーだ」


 そういえば、子どもの頃、指を差す同級生を馬鹿にしてたっけ。


 そんなもの、警察に行けばいくらだってあるのにさ。


 だけど、そんな奴らの中でパトカーに乗ったことがあるっていうのが一人いて、そいつのことをちょっとうらやましがったりして。


 今こうして堂々と乗っているのにね。…犯罪者として。ハハハ。


 変なふうに笑う僕を岩見さんはどこか哀れむような目で見ていた。


 どうしてまだ僕なんかを見てくれているのだろう。どうせ僕なんか石コロ以下なんだから視線を送るだけ無駄ですよ。目が腐りますよ。


 僕は遠い目になる。


 そう、僕はただ風化していくだけの石でしかないんだ。消えていってしまうだけ。過去も未来も何もない……


 「岩見さん、僕、死刑でいいですよ」


 そんな言葉が自然と口から出た。


 「いうな、何もいうな……」


 そういって岩見さんは僕の肩をその大きな腕で包んだ。道端の邪魔な石は拾われて、それから……


 「…行っていいんですか?」


 ハンドルを握る鈴木さんの言葉に、岩見さんが頷く。


 車はこの場所から離れる。


 もう僕の冒険は終りだ。もう悔いはない。何の意味をもたらせないのなら駆除してくれたほうがいいんだ


 僕がそんな風に心の中で呟き続ける中、突然、鈴木さんが素頓狂な声を上げた。


 「…なんだあれ!?」


 パトカーは急停止した。


 パトカーの前には青い装束達が百人ぐらい集団で固まって、僕らの行く手を遮っている。


 そして、奴らはこともあろうに、パトカーに向かって木の棒を振り下ろし襲いかかってきた。


 殺される!


 僕はここで間違いなく殺されるんだ!!


 …僕が彼らの計画を邪魔したのだから……


 やがて、僕の横のガラス窓が割れ、青い装束が車の中へと手を入れてきた。


 …駄目だ。…もう駄目だ……


 僕は岩見さんにしっかりとしがみつく。


 助けて、やっぱりまだ死にたくない……


 手はドアの鍵を開け、そのままドアノブに手をかけた。奴らが侵入してくる!!


 来るな! 来るなったら!!


 しかし、そのあと青い装束は僕が予想だにしなかった言葉を口にしたのだ。


 「…大丈夫ですか?」


 …何をいうのだ、コイツは? お前らがいきなりパトカーに攻撃を仕掛けてきたんだろうに。


 しかし、青い装束はまだ言葉を続ける。


 「もう何の心配もいりません。さあ、一緒に行きましょう」


 …え!?


 どういうことだ? どういうことなんだ!?


 混乱する思考、そんな中で一つはっきりすることが見つかって、それはやがて僕の心全てを支配した。


 僕は青い装束の差し出した手を取り、パトカーの中から出た。


 そうだ。僕はまだ石コロなんかじゃない。僕はstrangerとデマを広め、彼らの行動に貢献した。殺し合いの普及に立派に貢献したんだ!!


 僕は膨らんでいく気持ちに応えるかのように高らかに叫んだ。


 


 「僕は認められた! 僕は認められたんだ!!」


 


 ひんやりとした駐車場の中、再び、僕の周りで拍手がいつまでもいつまでも鳴り響いた……





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