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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第七章 八節

8  一九九九年 五月 三十日 (日)


 


 僕のたった今とった行動に、会場に集まった、青い格好の群集達が、にわかに騒めき出す。


 「何をするんだね、君は!」


 ついさっきまでマイクに向かって話していた男は、僕を非難の目で見る。


 どうしたかったのか? それが全く説明できず、自分のことながら不思議に思う。


 僕はこの演説を止めたかったのか? それとも、自分の主張を早く知ってもらいたかったからなのか?


 僕は掌中にあるマイクを意味もなく観察する。


 何をしているのだろう? …一体自分は。


 待っていさえすれば僕のしゃべれる番は確実に回ってきたというのに。


 観客の声が僕の頭の中をグワングワン掻き回す。


 …違うんだ。僕は、僕は……


 弁解しなきゃ、どうしてここに出てきてしまったのか。…えっと……


 僕があたふたしていると、藤代がしゃしゃり出てきて僕のマイクをひったくった。


 「みんな聞いてくれ。この河原道生君が君達に一刻も早くいっておきたいことがあるんだそうだ。菅原さんや他のみんなの話は後回しにして、まず彼の話を聞いてやってくれないか?」


 藤代がそういうと周囲はすぐさま静まり返った。藤代は僕に再びマイクを渡し、去り際に僕の肩をポン、ポンと叩いた。


 あ、ありがとう。


 そういえばよかったのだろうか?


 僕は全く口が動かなかった。


 菅原と呼ばれた青い装束の男も自分の席へと戻り、壇上には僕一人が立ち尽くす。


 注がれる皆の視線。


 僕は頭の中が真っ白になっていた。


 さっきまでどんなことを話そうとしていたんだろう……?


 それがこのことで一瞬にして吹っ飛んでしまった。


 吹っ飛んだ?


 そうであっただろうか? そんなのもともとなかったんじゃないのか?


 …わからない。わからないけど、僕はわからないなりに今言葉を発すべき義務がある。 そして、思考を巡らせて僕の頭に浮かんだものは、今に至るまでの経緯、strangerとの出会いから今までの、今までの二カ月と少しの期間としては短いながらも、長かった一日一日であった。


 そういえば、僕はこの場所に立つためにこんな長い日々を駆けずり回ってきたんだ。ここに着いてみればあっという間のように感じるけど、それまでに辛いことがいっぱいいっぱいあったけなあ……


 僕はどうしてここの壇上に立ちたいと願っていたんだっけ? そうだ、この世の混乱、人々の殺し合いを食い止めるためにだ。


 確か、僕は最初、岡崎先生と一緒にいる時間を守りたくって、そうしたかったんだっけなあ。


 …でも、結局、僕はフラれちゃった。フラれて、僕が世界を守る理由がなくなちゃったんだ。僕は何もかも失って、苦しんで苦しんで、やっと自分を取り戻せそうなものを見つけた。


 それはやっぱり、初めの頃に戻って、殺し合いをなくすことだったんだ。本来、他のことーー先生といつまでもいたいという理由でそう思っていたものが、一度は崩れたんだけど、なんだかんだいって、またやる決心がついた。僕にはそれしかやるべきことがなかったんだ。


 これをやれば、僕はやっと僕になれる。今まで他人に他人を押しつけてられてばかりいたこの僕が果たすべき使命、僕にしかできないことを成し遂げたことになるんだ。


 そうすれば、他人もちやほやしてくれるし、僕自身、大きな誇りになる。


 僕がいいたかったこと。


 そんなの今にしてみれば簡単だ。


 僕は過ちを犯した。


 その過ちを僕は悔いた。腹を掻っ捌き、その中を焼きゴテをジュウジュウあてられるくらい、心を痛めて後悔した。だから僕は止めようと思った。


 僕はまだ死にたくない。死にたくないんだ。


 君たちもそうじゃないのか?


 君たちは本当に殺し合いなんてしたいと思っているのか……?


 


 僕は強張る口を無理矢理にでも開かせる。


 「…ぼ……僕は……」


 観客が僕の一挙一動をただ静かに見つめる。


 この群集全てが、瞬く間に敵に変わるかもしれない。


 「僕は、僕は……」


 だけど、僕は負けない。


 この日、このときのために僕は生きていたんだ。


 「僕は藤代の計画に加担した」


 失敗したっていい。失敗しても自分に悔いのないように全てを打ち明けよう。


 だけど……


 「僕は確かに殺し合いの予告に力添えをした……」


 だけど、本当は待っているんだ。皆が僕の主張を受け入れてくれるときの、心からの拍手を……


 


 え!?


 


 目の前にいる人間全てが拍手をし始めた。


 最初、一人の人間によってパラパラと鳴っていたそれは、やがてホール全体を包み込んだ。


 人々は歓声を上げ、口々に僕の名前を連呼していた。


 あまりの予想外の反応に、僕の意識は一瞬にして吹っ飛んだ。


 どうしてどうして……


 僕は告げるべき言葉を全て失った。




 君たちは本当に殺し合いなんかしたいと思っているのか……





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