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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第七章 七節

       第七章 拍手

       

   7 一九九九年 五月 三十日 (日)


 


 僕は青い装束が誘導する後ろをひたすらついていく。僕の傍らには岩見さんも鈴木さんもいる。まだ何もいわれていないので、二人が同伴するのもいいということだろうか?


 一人で舞台に立つものと思って気合いを入れてはいたが、二人も一緒でもいいということであれば僕は四面楚歌にならず心強い。しかし、そう甘くはないだろうということは最初から感づいていた。


 青い装束がある場所のドアを開ける。


 決まっている。この扉の無効は舞台の袖だ。ドアが放たれた瞬間に雰囲気が違うことがわかった。


 青い装束は、ここで岩見さんと鈴木さんに待っているようにいい、僕にはあそこに並んでいる人間達の列に入れと指示をした。


 青い装束が指を差したその方向には、やはり青い装束の集団がいて、普通の奴らとは違って、こいつらは胸元に円形に三本の支えがあるような感じの見慣れないマークの入ったバッジを着けている。そして、その中には藤代の姿もあった。


 案内をしてきた青い装束は、僕を見て、着替えたほうがいいのではないかと答える。


 お前の格好は、舞台上では絶対に浮くぞと、そういいたいのだ。


 僕は「人の勝手だろ」とつっけんどんな返事をして、列に入り込む。


 そこに行くと早速藤代が僕に声をかけてきた。


 「やあ、道生君、こんにちは」


 その後すぐさま僕を他の奴らへと紹介しようとする。


 名前も知らない青い装束達は「ほぉー、これはこれは」などといって僕に握手を求めてくる。いい加減迷惑だ。


 「道生君、道生君。彼が……」などと、藤代が今度は青装束達の名前を告げてきたので、僕は「いらない、いらない」とすぐさま顔をぶんぶんと横に振った。


 やっと僕に構わないようになったかと思うと、奴らは井戸端会議を行なう。


 「なあ、青井の奴はどうしたんだい?」


 「藤代さん知らないんですか? 青井さんはなんかいろいろサイドビジネスをやって資金作りをしてるとかいってましたけど」


 「ふーん、別にあいつが何やってもいいけど、でもこの集会にはちゃんと参加しなさせなきゃ駄目だろ」


 「…そういっておいたんですけどねえ、どうしちゃったのかなあ……」


 青井ーー確か、藤代と僕がこの会の本部に来るかで賭けをしていた奴だ。この会の実質ナンバー2でもあるらしい。万一藤代が捕まったときのためにどこかへと逃げているのだろうか?


 いけない、そんなことに気を使っている暇ではなかった。僕はこれから話すことに試行錯誤をしていないと……


 しばらくすると、スピーカーの大音量で司会らしき人物の声が流れた。


 「えー、これより、『地球環境の完全保全を遂行する会』第一回全支部合同集会を始めます」


 その声とともに大きな拍手が沸き上がった。その大きさからして物凄い数の観客が集結しているのだろうなと想像できた。


 「では早速、本会の幹部の人たちに登場していただきましょう」


 遂に舞台へと出ることになった。


 どうしよう?


 まだ心の準備ができていない。


 僕は辺りをキョロキョロと見渡した。


 部屋の端の方でようやく岩見さん達の姿を確認した。


 岩見さんは「行ってこい」といわんばかりにと大きく頷いた。


 それを見て僕は少し安心した。


 「ほんじゃ皆さん参りますかね」


 そういって藤代は仮面を被る。よくテレビとかで見るような白くて目の部分だけ開いているような仮面。……どうやらその格好で壇上に出るようだ。これはやはり、マスコミに顔がばれるのを危険と判断した上での用意なのだろうか? よくわからない。そもそもこの男の行動はいつも理解不能だ。


 藤代はさらにその後ろに側近らしき二人の人間を配置して、進み出した。他の青装束達もそれに続く。僕もあわてて列に加わる。


 藤代が舞台へ出たと思うと凄まじい歓声が鳴り響く。後に青装束達が続々と続いても、その声は衰えない。しかし、いざ僕が出る番になると、歓声の四分の三が立ち消え、代わりに「えっ!?」という疑問の声を投げかけてきた。僕は観客である会員達の顔を横目でチラリと眺めた。そのほとんどの人間が口をポカンと開けたままの状態であった。僕は構わず壇上の指定された席へと突き進む。


 椅子の前には来たが、まだ座れない。その間にも会員達の僕に対する冷淡な視線が、僕を非常に行き場のない心地に感じさせる。


 頼む。頼むから見ないでくれ。


 愚かにもそんなことを考える。…しかし、この場に出てくる以上、そういう反応は多少覚悟はしていた筈なのだ。それが今この時点でプレッシャーになっているとは、この先が思いやられる話だ。


 司会者は壇上にいるものの自己紹介を会員達へと向かって始める。


 「一番左手に見えますのが、本会の創始者にて最高責任者であります、藤代大樹さんです」


 また、「ワアーッ」という大声が辺りに飛び交う。先ほどは気付かなかったが、遠くのほうでやたらとピカピカ白く光るものがある。何だろうと訝ると、それがすぐにカメラのフラッシュであるということに気付く。


 この写真が明日以降、新聞や週刊誌で次々と掲載されるのだと推測すると、背筋の凍る感じがする。


 いや、これはチャンスなのだ。びびっていてはいけない。僕がこの目の前にいる人間達を説き伏せられれば、それは瞬く間に全国に知れ渡ることになるのだ。


 このまたとない機会をみすみす逃す手はない。絶対に成功を納めるのだ。


 歓声の中から「藤代さーん、あのガキはなんなのー」という言葉が発せられ、周りでドッと笑いが起きた。


 ふざけるな、後でしっかりと覚えていろよと心の中でほんの少しだけ思った。


 気にしてちゃいけない。平常心でいかなくては。


 その後、普通の青装束ではないとは何となくわかっていたものの、どんな奴らかはわからなかった人物達の役職が次々と明らかになる。 東京支部長、大阪支部長、名古屋支部長、九州支部長、仙台支部長……この会が今や日本全国に広まっているのがこの人員を見て改めて認識できた。


 …そして、いよいよ僕が紹介される番となる。


 「…本日のスペシャルゲスト、河原道生さんです。


 彼はなんと藤代さんのあの計画の手助けをしてくれた影の功労者なのです。皆さん後でじっくりとお話を伺いましょう」


 司会は明るい口調でそう説明すると、会場がどよめき、その後大きな歓声が再び起こった。


 …おい、ちょっと待て、僕はお前らのお遊びの集会ごっこに付き合うために来たんじゃない。訂正しろ、司会!!


 藤代のほうを見ると、僕に向かってわざとらしく気合いの入った拍手をしていた。


 …野郎。謀りやがったな!


 まあいい。自分の語る番になったときに即座に間違いを正し、自分の主張を押し通せばいいだけのことだ。


 紹介が終わると、僕らは席へと座り、すぐさま話が行なわれる。


 こういう場で一番最初に話をするのは校長とか一番偉い奴なのかなと思ったが、さっき舞台袖で見たプログラムによると、藤代は一番最後になるらしい。まあ、最高責任者が締めるというのも一応筋としてはあるだろうが。そして、肝心な僕の話す順番というのは、その藤代の一つ前であった。


 僕の左ーー観客席から見て右には、誰も座っていない。僕から見て右側のほうに藤代が別格としてに後ろに護衛を付けて座っていて、左側に横並びになっている人間の中で左端の僕の話す順番は一番どん尻、右端の青装束は一番初め。要するに話すのは席順であった。 初めのほうがよかったのか、あとのほうが良かったのか、それはどっちも一長一短で決めかねない。最初の方だと、前の人間が行ったことと比較がない分、人の心には響きやすいだろう。


 …ただし、後のほうの人間がごちゃごちゃと抜かしているうちに僕のいっていたことが次第に薄まって忘れられてしまう可能性が高い。


 一方、後のほうであると、いくら僕が自分の最高の主張をしたところで、前の人間がさらに印象深いものであれば内容がかすれてしまうこともありうる。


 まあ、もう決まった順番に着いて思索に耽るような時間はない。どちらにしろ、考えられる全ての知識を搾り出し、人々の心を深くえぐるような言葉を伝えられれば、自ずと成果は現れるはずだ。


 そして、それが百パーセントできるとするならば、後ろのほうが有利なのは確かだ。


 …もしかして、僕が後のほうになったのは藤代の配慮なのだろうか? よくわからないが、そうかもしれない。この場では多少はありがたいとは思うが、それぐらいでは奴が犯した行為を許したりなど絶対にしない。


 藤代、覚えていろよ。


 僕は僕の道を突き進み、お前の計画など実行させないからな!


 見てるがいいさ。お前の部下達が、全員お前へと背中を向けるんだ。そしたら、もともとその変な名前の会も解散に落ち込まれるし、その会の目的であった、殺し合いの実現も、全てが全てうまくいかなくなるんだ。それどころか、計画が崩れ、失墜したお前の姿がマスコミを通して、全国、いや、全世界に流し出されるんだ。


 お前が悪いんだ。お前が。


 お前が僕をあんな目に合わせたんだ。僕とstrangerとの仲をお前が裂いた。僕をどん底まで叩き付けた。だから、僕はお前の邪魔をしたまでだ。付き纏って付き纏って、お前の思惑を粉々に打ち砕くまでだ。


 この世が終わる?


 そんなことがあるものか!!


 この世は恒久の平和が守られるんだ。


 そんなマンガ染みたことで現実の世界で起こりうるわけがない。


どんなに今までの世の中が暗かったって、起こりえていい筈がないんだ!


 そこまでいって僕の思考は止まる。


 そして、自然と額から汗が流れ始めた。


 …だったら、僕は何故、今こんなところに座っているのだろう……


 ふっと冷静になって気がついてしまった。


 今はまだ二番目の青装束が話し始めたばかり、その男の言葉から、本日もう何度目かもわからない歓声が沸いた。


 …この声の主の一人一人が、殺し合いが起こることを信じているんだ……


 三千人。そう、藤代がいうには、この会場には三千人もの人間が入るのだ。そして、この席の全てが埋まっている。


 この中の三千人が同時に人を一人殺す。三千人の人口が減る。もう一人殺せば六千人。 暴走族の人間が急増しているとの報道がなされていた。暴走族が何人いるかわからないが、一つの市に一つの三、四人の小さな規模のものしかないとしても、およそ七百の市があって、二千五百人。そいつらが一人殺せば二千五百人が減る。もう一人殺せば五千人。 現在自殺をして死ぬ人の数、年間三万人。彼らが生活苦を理由に殺し合いに参加し、一人ずつ殺したら三万人が死亡。二人殺したら六万人。


 今の不況の世の中、完全失業率の数、約三百万人、彼らが自分達の生活を捨て、生きる価値を見失って一人殺したら、三百万人が死亡。二人殺して六百万人……


 …やめるんだ。そんな馬鹿な考えはよすんだ。


 そうだよ。この世の中は苦しいんだ。辛くてどうしようもないことだらけさ。…だからって終わっていい筈がない。そんな理由なんてないんだ!!


 今まで人は連綿と生活を続けてきたんじゃないか。何故いまさら苦しさから抜け出そうとするんだ。今まで楽しいことだってあっただろ? だから、この世で生活を続けていたんだ。


 楽しいことを想像してこれからも生きてきたらいいだけの話じゃないか!


 ………


 …楽しいことって何だろう……?


 …今まで、僕の生活で楽しいことなんてなかった。


 好きだった先生といたときはとても楽しく感じたけど、それは幻だった。僕の中でだけの思い込みだった。


 …楽しいことなんてまだない。


 …なのに僕は死ぬのか?


 …嫌だよ。死にたくないよ!


 絶対に死にたくなんかないよ!!


 そうだ、だから僕はこの場所に座っているんだ。


 これから僕が楽しいことをつくるため。


 人に認めれらて、親友もみつけて、楽しい思い出をつくるために……


 


 心神喪失気味だった僕はいつの間にか立ち上がっていた。そして、今演説をしていた男の持っていたマイクをもぎ取ってしまった。




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