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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第七章 六節

   6 一九九九年 五月 三十日 (日)


 


 その集会の当日、僕はお昼頃から岩見さん達の出迎えの車によって警視庁に来ていた。 昨日もここに来たのだが、やはり慣れない。


 こんなところには一生縁がないと思っていたのだが、こうして二度も来るとなると、自分も大層な場所までやってこれたんだなと思う。


 しかし、そんなことを考えるような余裕は端っからないのだ。僕はある意味重要事件の犯人で、ある意味その事件の被害者でもある。だから、僕のような人間がこうして警視庁の奥の方まで足を踏み入れられるのだ。そう、これは特別な処置なのだ。


 ある場所まで辿り着く、僕はそこの中へと入れられる。その中にはテーブルと座りにくそうな椅子がいくつかあるだけ。…いわゆる取調室というやつだった。


 「この建物で落ち着いて話せそうな場所はここぐらいしかないと思ってね」


 岩見さんが昨日いった言葉に、僕は今日改めて「ハハハ」と笑った。


 昨日来たのは他でもない。自分がやったことをさらに詳しく聞かれたのだ。例えば、僕の家族関係はどうだったのか、strangerから手紙が届いたときはどんな気持ちだったのか、デマを実行しようということになったときどんな感情を抱いたか、その時自分の周りにどんなことが起きたか、…そんなふうなことを、きっちりと細かく。


 どうしてこんなに詳しく調べるのかという疑問を試しに口にしてみたところ、その他の少年犯罪に役立てるのだそうだ。


 …まあ、そんなことだろうとは思ったのだが。


 ただ、岩見さんは僕を捕まえないといっていた。


 こんな状況自体が前代未聞なのだ。藤代の行為は、騒乱罪や名誉毀損罪などとして認識されてもおかしくはないが、あの会にも加入していない、デマを流すのに協力しただけという僕には、どんな犯罪に値するのかがよくわからないという。それならば、無理に逮捕するよりも、操作に協力させた方がいいとの判断したそうだ。


 しかし、この世の混乱の起きた原因の何割かは僕自信にもあるのだ。逆に罪がないというのもちょっと気が引ける。


 そんなことを告げた僕に、岩見さんはポンポンと優しく肩を叩いた。


 「君は今のところ、私達があいつらに対抗できる唯一兵力のなんだ。君が世の中がおかしくなっていくのを黙って見てられないのは、我々も一緒だったのだ。だから、お互い協力して、一刻も早く奴らを解散に追い込もう」


 僕はその時岩見さんに向かって頷いた。しかし、心ではしっくりこないものが渦巻いていた。先生にフラれて以来、どこか人を信じることができなくなってきていたのである。 昨日はそんな事情聴取がメインだったが今日は違う。


 今回ここに来たのは、そのCPPEEの集会で、話すべき内容を模索するのだ。


 話したいことは僕の胸にもやもやとあった。しかし、具体的に固まっているのかと訊かれればそうでもない。どちらかというと内容は全然スカスカである。


 これじゃ駄目じゃないかと、岩見さんや鈴木さんの他、大学教授や、心理学者などの様々なエキスパートの人がいろいろと僕にしゃべりかけてきた。


 しかし、その言葉の中のほとんどは聞いていて難解だと思ったし、たとえわかりやすくいっても、それは藤代のいうところの『正論』ではないかと思った。


 こんな話が二、三時間続いて、最終的に僕は、「皆さんの意見は参考にする。ただ、それが本当に人々の心に浸透するのかといえば、それはちょっと僕にはわからない。できる限り自分のなりの言葉を伝えたい」という旨を話し、皆が一応納得した。


 勿論、話すことを具体的に紙に書いてみたりもしたが、本番では空でいえるようでなくてはいけない。しかし、これは自分の本当の気持ちなんだ。いうことの順序立てはどうであれ、一番伝えたいことを忘れるわけがない。


 四時頃まで僕らは話し合いをすると、僕と岩見さんと鈴木さんはパトカーで目的地へと移動した。


 


 五時頃会場となる××××ホールに着く。僕は会場となるその建物の大きさに度肝を抜かれる。


 …奴らはこんなところで集会を行なうのか? いつのまにこの会合が拡大したというのだ?


 …何だか、急に寒気がしてくる。


 も薄手に会員と思われる人たちが入り口の前で青い装束やら、青いTシャツやらを着て、列に並んでいる。その光景は傍から見れば、とにかく異様な風景に見えた。


 そんな人たちに所在に着たテレビのクルーが懸命に会員達のインタビューを試みている。失敗しているのか、成功しているのか、車の中で遠くから見ているのでよくわからない。


 僕らは、関係者の駐車場入り口から、その建物に入る。


 奴らが借り切っているだけなので当たり前だが、中はコンクリート剥き出しの普通の駐車場である。


 しかし、見る車見る車、ほとんどが青いのがなんだ不気味である。


 車から降りて、駐車場から廊下へと行く。そこにはいうまでもなく青い装束を着た男がいる。


 「…河原道生君ですか?」


 僕は今日は紺のジーンズに白いTシャツ、その上に灰色のフード着きの服を羽織っている。


 奴らは僕の服を見てそう判断したのだろう。


 そう訊ねられて僕は少し警戒するが、こちらは客なのだ。そんな悪いことはされまい。「そうだ」と告げると、青装束は僕らをどこかに案内される。


 驚くほど静かな廊下をしばらく歩くと、一つの部屋に到着した。


 招かれた部屋の入り口には『河原道生』様という文字が書いてある。…どうやらこれは僕の控え室らしい。


 僕らはそこに入ってその時を待つ。


 部屋の中の丸椅子はきちんと三人分合ったが、刑事さんは一向に座る様子はない。


 部屋の中では何やらピリピリした雰囲気が漂ってくる。


 これも敵陣の中に無防備に放り込まれたからであろうか?


 「岩見さん……」


 僕が声をかけると、岩見さんは口の前に指一本立てる。


 盗聴器がしかけられているかもしれないということだろうか?


 …だが、よく考えてみる。


 「…別に聞かれて困るようなことなんてありませんよ」


 僕の言葉に岩見さんはびくっと眉を動かす。


 するとすぐさま僕に近づいて耳打ちをする。


 「…あのだねえ、そういうこちらのことは相手に駄目なんだよ。ただでさえ、こちらは向こうのことを知らないのだから。


 こっちも知っている振りをする。それが駆け引きだ」


 …そういうものなのだろうか?


 僕は首を傾げた。


 でも、奴は前に「僕は紳士だから」などといっていた。おそらくその紳士だからとかいう理由で自分側に何のメリットもないのにこんな場所を提供してくれたのだ。いや、それ以前に、最初にあのもともとのアジトに行った時点で、もう一度、警察をつれて戻ってきそうだとわかっていながら僕を解放してくれた。そんな奴がいまさら盗聴をかけるなどといった姑息な手を使うだろうか?


 多分、藤代にはそんなことすら行う必要はないのだろう。


 もはやこの僕が民衆の面前で何をいったところで、誰も相手にしない。この場を提供したのもそれに絶対に自身があるということなのかもしれない。


 それをわかっていて、大勢の目の前で僕に大恥をかけということなのだろう。…つくづくふざけた野郎だ。


 それならば、返り討ちにするしかない。僕の底力を見せるしかないのだ。


 …でも、それは……


 僕は刑事さん二人の顔を見る。二人とも黙ったまま厳しい顔をしている。


 彼らはどんな思いでこの集会に出席するのだろう?


 おそらく複雑な胸中でこの場にいるのは間違いないであろう。


 この集会に藤代が出てこないということはないだろう。


 しかし、岩見さんは藤代を逮捕しないということをいっていた。


 いや、しないというよりもできないのだ。やはり、この事件自体が前代未聞の代物らしい。


 警察でも、奴らは確実に起きることを公言しているわけではなく、しかも奴らが人間全体がどうのこうのと、一つ特定の誰彼に被害を及ぼすと具体的に表明していない以上、実際に奴らの行なっている行動が犯罪であるという立証はできないのではないか、という憶測も飛び交っていて検挙しようにも手がつけられない状態らしい。


 この場で藤代らが、明らかに犯罪である行為をしたならば逮捕もできるが、マスコミも呼んでいる以上、そんな馬鹿なことをする可能性は限りなくゼロに近い。


 怪電波を飛ばしたのがこの会合の仕業だと結びつけるには証拠がまだ弱く、罪を問うのはまだ無理のようである。


 また、それでも藤代を強引に逮捕してしまえば、会員達が藤代は聖人視して、会の結束がさらに固まってしまうことにもなりかねない。


 だから、岩見さん達は、観客として招かれたようなものなのだ。ということは、事実上、殺し合いを食い止めることは、僕の手によってのみ委ねられたことになる。


 激しいブーイングを受けるかもしれない。


 壇上から引き摺り下ろされるかもしれない。


 もしかすると殺されてしまうかもしれない。


 …でも、やるんだ。やらなきゃ駄目なんだ。


 世界の平和を守るため。


 そして、僕自身が認められるため。


 部屋のドアをノックする音がした。


 ノブを握って、青い装束の男が中へと入ってきた。


 もうすぐ出番だという出迎えらしい。


 もう後には下がれない。


 だが、ここでもし認められなかったら……


 僕の頭に一抹の不安が過る。


 そしたら、僕は……


 いや、なに気落ちしているんだ。


 たとえ認められなくっても、僕は最後まで自分のいわんとすることを叫び続けるまでだ。


 それしかないんだ。


 僕は一気に立ち上がる。


 さあ、行こう……





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