第七章 三節
3 一九九九年 五月 二十九日 (土)
その派出所にて、一連のことをお巡りさんに話した僕だったが、そこでは殆どまともに取り合ってもらえずに、自宅へと相関されることになった。
明け方に僕は家へと着いた。
家出すると書き置きまで残した場所に、まさか一日で帰ってくるとは思いも寄らなかった。
両親はこんな僕のことをまず間違いなく叱るだろうと思っていた。
しかし、二人は怒った様子も、再開の嬉しさから僕に近づいてくるわけでもなく、ただ不思議そうに僕の顔を眺めていた。
おそらく、僕の机の抽出しからstrangerの手紙を取り出して目を通してしまったのだろう。
全てが両親に知られた。
何かをいわれることを僕は待っていた。
しかし、いつまで経ってもその時は訪れなかった。
僕が家出をした理由も、僕の心情も何もかもがわかったということだろうか?
…せめて、怒って欲しかった。何もできなかったというのは、本人達のショックのほうも大きかったということだろうか?
それとも、もしかすると自分に降りかかってくるかもしれない火の粉の種は、実は自分の息子にあったということに恐怖を感じたのだろうか?
僕はもはや何の感情も他人から得られないかもしれないという不安に駆られ、一度何かの弾みで転んでしまったら二度と立ち上がれないんじゃないかと思えるほどの、脱力感、虚無感を覚えた。
自分の部屋に戻るなり、僕はベッドへと倒れ込んだ。
仰向けになり、天井を見つめる。
朝焼けが見え始め、部屋中に赤く薄暗い光が差し込む。
天井には電灯があるだけ。他には何もない。
何もない……
………
僕は涙が出てきた。
…僕は藤代の計画を食い止められなかった。
そして、全てを捨てて、大切なものを守ろうと思ったのに、僕は守れなかった。…いや、それは本当はいくら神経を尖らせて注意深くまとったところで、どうせ消えていくものだったんだ……
一体、僕は何を守ろうとしていたんだろう……
そうだ、春日君のいう通りだ。結局のところ、僕が守ろうとしていたものは自分だったんだ。他人を守る振りをして、自分自身の幸せを守ろうをしていただけだったんだ。自分の良心なんて、その守るという行為をする以前にズタボロだった。
それを自分で認めたくないから、守るなんてことで誤魔化そうとしていた。他人を自分の意識下に巻き込むことで自分を誤魔化そうとしていた。
そんなのに他人が付き合ってくれるはずがない。最初から最後まで僕は一人で勝手に動いて、一人で勝手に空回りしていたんだ。
僕の踏ん張りなんか誰も必要としていないのに……
天井の模様が滲む。手でいくら拭いても涙はとめどもなく溢れてくる。嗚咽を止めようとしても、体はいうことを利かない。
…僕はこのまま誰も必要とされずに人生を終わらせなくちゃいけないんだ。誰にも必要とされないまま殺し合いなんかをしなくちゃいけないんだ……
考えてみれば僕の人生って何だったのだろう?
何故、僕はstrangerのことに加担してしまったんだ?
簡単だ。僕は認められたかったんだ。認められたくって、人のいうことをハイハイと聞いてたんだ。
だけど、なんだかんだいって、僕を心の底から認めてくれるような人間なんていなかった。みんな口車に乗せて、僕のことを利用しただけだったんだ。
strangerや藤代だけのことじゃない。
僕は母親や教師、塾の講師なんかに認められようと頑張った。だから、今まで必死に勉強もしてきた。しかし、それは僕のためではなく、彼女や彼らの実績をつくるため、体裁を守るために利用されていたんじゃないのか?
…先生だって、自分自身の正論が世の中で間違っていないかを確かめるために、ただそれだけの理由で僕を利用していたんだ。
だから、僕が突然接近しようとしたら、何の言葉添えもなく離れていってしまった…… 僕は利用されるだけ。利用されるだけなんだ。このまま終わりまで認められることなく、利用されるだけなんだ……
藤代はいっていた。
『僕が提唱した殺し合い、これは負けている人物達が勝った気になれることができる代物なんだ。
君には恐ろしいものにしか見えなかったようだけど、他の人たちには楽しいものなんだ』……
…違う!! そんなの面白がっている奴なんかいない!!
皆ただ、認められたかったんだ。…だけど、認められなかった。それならば認めない奴らの優位に立つしかない。…だけど、いくら努力しても全然優位に立つことができなくって、行き詰まってしまった。どこにもいけなくなってしまった。
そして、そんな八方塞がりの状態のときに、突然開かれた道が、藤代の殺し合いの計画に加担することだったんだ。
…だから、誰一人、誰一人としてこんなことを望んでいる人間なんていない筈だ。そう、誰一人としてこんな週末を望んでいないはずなんだ。
そんなの誰も求めていないんだよ……
………
誰も認められない…… 誰もが利用されるだけ……
………
…もし、僕が、この世の混乱を食い止められたなら、僕はみんなに認められるだろうか?
こんな僕でも、誰かが認めてくれるだろうか?
………
やるしかない。
やろう!
僕がやるしかないんだ。
最初からそんなことわかっていたじゃないか。
止めるんだ。殺し合いが始まるのを。
…藤代の策略を。
止めて、僕は他人に認めてもらうんだ……
そんな決心をしたら、僕はちょっとだけ安心していつのまにかに眠りについていた。
そして、電話の呼び鈴で起こされたのが午前九時半、もはや家族の誰もが家にいない状態であった。
僕は目を擦りながら、誰だろうと思いながら受話器を握った。
「はいもしもし、河原ですけど」
「…その声は、道生君かね?」
相手の男は僕の名前を呼ぶ。僕はその声を今までも一度も聞いたことがなかった。
不審に思って僕は首を傾げた。
「あのう、どちら様でしょうか?」
次に男が語った言葉に僕は目を丸くした。
「警視庁捜査一課の岩見と申します」




