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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第五章 六節

   6 一九九九年 五月 二十七日 (木)


 


   *


 


 私は最近になってこんなことを思い始めていた。


 …どうして私なんか生きているんだろうと。


 いくら自分の正しいことをやっても報われない。いくら他の人の幸せを願ったって報われない。


 私がどんなに頑張っても何もかもが無駄に終わってしまう。


 まるで全身の神経が切れてしまって、いくら頑張っても動かせないことがわかっているのに、それでも手足の自由を取り戻そうと永遠の努力を続けるような、そんな徒労感。


 授業をやってもみんな聞いてくれないし、ある生徒たちなんか私に危害まで加えてくる。本当は助けて欲しいのに長年付き合っている彼氏は私に暴力を振るってくる始末。


 松野君、私たち今まであんなに仲良くやってこれたじゃない。どうして急にそんな風に変わっちゃったの?


 二人で街中を歩いたり、ドライブをしたり、遊園地に出かけたりして、あのとき私楽かった。…ううん、私、あなたとただ手を繋いだり、一緒に同じ時間を過ごしたり、そんな何気ない時間が私には幸せだった。とっても幸せだった。あなたとずっとずっと暮らしていきたいって、心の底から思っていたんだよ。


 …なのに、なのに……どうして変わっちゃったの? 一回夢を諦めたらまたもう一度夢をつくってそれを励みに頑張ればいいじゃない。それが自分一人でできないっていうんなら、せめて言葉で教えてよ。私いくらでも協力するから……私と二人でまた夢を築き上げていきましょうよ。どうしてその一言をいってくれないの? あなたには私は必要でないの? お願い、殴らないでよ。教えて。教えてよ。あなたは今はもう私に冷たくしかあたらないけど、私は今でもあなたのことが好きなんだから……


 だから、私の気持ちに気付いて……


 ………


 私は何のために生きているんだろう。


 私のことなんて誰もわかってくれない。


 ーー本当に?


 たった一人、あなたの気持ちをわかってくれる人がいるじゃない。


 あなたに心を開いてくれた子がいるでしょ?


 ……河原君?


 …河原君は私への生徒達の嫌がらせを食い止めようとしてくれた。私のために自分もいじめられていた子達に、自分を犠牲にしてまで立ち向かってくれた。


 彼がいるじゃない。


 彼は私を受け入れてくれた。


 それだけで十分じゃない。それ以上何を求めるというのよ。


 彼がいる限り私は……


 


   *


 


 目的地に着き、僕はその場所で立ち尽くしていた。


 今が何時なのかはわからない。


 どれくらいそうしていたのかもわからない。


 ただ僕は一人の人物がここを通り過ぎるのを待っていた。


 やがて制服を着た男達が続々と僕の横を通り過ぎるようになる。


 何故だか僕に声をかけてくる奴もいたが、僕は構わずそこに留まった。


 さらに時間が経つと見たことのある顔の男が僕に走って近づいて来る。


 「お前、停学中のはずだろ! どうしてここに来ている? しかもそれ私服じゃないか。お前はあんなことをして全然反省していないようだなあ……」


 男は怒鳴って僕にわけがわからないことをしゃべってくる。


 僕はここであの人を会わなきゃならないんだ。邪魔するな。


 そんなことを考えていたのも束の間、僕はその男に灰色の建物の中に強引に手を引っ張られる。


 その建物に入ると僕は男に狭い部屋へと閉じ込められてしまった。


 どうしよう? こんなところにいたら、もうあの人には会えない。会えないんだ……


 僕は隙を窺ってその部屋から飛び出した。廊下を歩き周り目的の人物を捜す。


 「おい、こら待て! 河原!!」


 僕はその声に振り向く。


 しまった! あいつに見つかった。


 僕は全速力で避けようとするも、すぐに男に捕まってしまい、またあの部屋へと連れていかれる。


 今度はもう逃げられそうもない。僕はもう駄目だ。もう二度とあの人には会えないんだ……


 そうやって僕が絶望の淵に沈んでいると、誰かがこの部屋に入ってきた。


 その人の顔を見て、僕はその目を疑った。


 「…河原君、河原君なの?」


 先生だ。先生がやってきてくれた。


 どうしてこんなところに……


 「…河原君、大丈夫? 大丈夫なの!?」


 先生が僕の肩に手を乗せる。


 僕はコクリと頷いた。


 「…よかった。停学中の河原君が何故か正門に立っていて、連れ込んでみたらどうやら様子がおかしいって聞いて……


 …本当に大丈夫なのね?」


 僕はまたも首を縦に振る。


 「…昨日の電話、『もしものことがあったら』だなんてどうしたんだろうって思って心配したけど、何事もなかったみたいね」


 先生の今度の言葉、僕は頭を下に向けてしまう。


 「どうしたの? やっぱり何かあったのね? 私でよかったら話してみせて」


 先生は僕の肩を揺すって訊いてくるが、僕は答えることができなかった。


 「…ねえ、河原君、あなただけは本当のことを話してくれると思っていたのに。私のことやっぱり信用なんかできない?」


 僕は先生の顔を見つめる。


 先生のきれいな顔が間近に見える。


 僕は深く項垂れる。しばらく黙った後、僕はゆっくりと口を動かし始めた。


 「…あのね先生、僕ね、いろいろ知っちゃったんだ。


 もしかすると七月一日に殺し合いが始まるのは必然のことなのかもしれないって」


 「…何? 何いっているの河原君?」


 先生が慌てて僕に声をかける。


 「僕もね、自分であんな嘘を世間に流しちゃったんだ。だから、必死にそれを取り消そうと努力した」


 「……!?……」


 先生が息をのむ音がはっきりと僕の耳に届いた。


 「…でも駄目なんだ。いくら話したって藤代っていう奴の前では、どんなことでも切り替えされちゃうんだ。どうやっても殺し合いは起こる方向に進んじゃいそうなんだ」


 「……河原君…」


 再び先生が僕の名前を呼ぶ。今度は僕のことを哀れむかのように。


 「今の僕には先生の存在が大きかった。…だけど、それも否定されちゃった。


 藤代がいうにはねえ、この世は全て自分の思い描くことを実現できるかのゲームなんだって。人間はそのゲームに勝つために生きているんだって。…それでね、正しいことをいう人っていうのはそのゲームに負けてる人なんだって。負け続けてるから正論をいって自分を誤魔化すんだって。それをいうことで、周りの人から嫌われちゃうんだって……」


 先生の手が僕の肩からずり落ちる。


 先生を見るとその先生のきれいな顔が涙で歪んでいた。


 「風間達は勝つために僕らをどんどん苦しめてくる。いくら正しいことをいったって奴らにとってそれは邪魔なもの、当然受け入れなんかしないんだ。


 いくら何をいったって僕らの思い通りにはならない。僕らは負け続けたまま、何も変わりはしないんだ……」


 先生が俯いている。肩を上下に揺らしてる。


 お願いだから泣かないで……


 僕は、初めからここに来た目的、先生に伝えようと思っていた言葉を口にした。


 「逃げようよ。二人で、この世界から……」


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