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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第四章 八節

   8 一九九九年 五月 二十七日 (木)


 


 とうとう奴らの居場所を突き止めた!!


 あとは奴らを説き伏せて、殺し合いを中止させればいいだけだ。


 これで、世の中を支配し始めた変な考え方も、面白半分で青い装束を来て街中を歩くような連中も全てがすべて消え去る。


 そして、元の通りの世の中に戻るんだ。


 昨日の夜、僕は春日君からそのアジトとやらのある場所を聞き出した。


 奴らはどうやら、高田馬場の裏通りにある建物の中を拠点に構えているらしい。そこに入るにはさらに条件が必要で、入り口にいる監視人に目の前で合図を送る必要があるという。


 それは聞いてしまえば大したことのない簡単なもので、入り口で何でもいいから青い物を差し出せばいいのだそうだ。しかし、差し出さなければ意味はなく、たとえ青い服を着ていたところで入れてはもらえないという。


 今日、僕が奴らのアジトに行くにあたって用意した合図の品は他でもない。


 stranger、もう少しで僕らの犯した罪がいわれなきものへと変えることができるよ…… 僕は大切に保管していたそれをナップザックの中に入れた。


 誰があんな奴らを連想させる色を身に付けてやるもんか。


 僕は黒いジーンズと白いTシャツの姿に着替えると家から出た。


 現在九時丁度、春日君の話によるとそこは従事ぐらいから着々と人が集まってくるという。今からそこに行けば十時ぐらいにそこに到着できるだろう。


 僕は自分の住むマンションを一瞥してから敵地へと向かう。


 


 行きの電車の中、僕は漠然と考えていた。


 もしも僕が知っている事実、みなが殺し合いを開始するという日が、本当は僕が流したデマだった、ということが人々の間で浸透することで、本当に殺し合いが起こらなくなくということが有り得るとする。


 いや、これは自分の中の一番の切り札だ。有り得るなどと曖昧な表現でなく、そうだと断定したいところなのだが、春日君のいった通り、「だからどうした、そんなの関係ない」という考え方もある。


 …とにかく、僕が全てを話すことで世の中の混乱が治まるかもしれないとする。


 もしそんな可能性を持つ僕を奴らは生かして帰したりするだろうか?


 僕は殺されるかもしれない……


 そんなことが頭を過る。


 しかし、もう後には下がれない。やっと奴らに詰め寄れるチャンスに恵まれたんだ。たとえ死んでも悔いは……


 ………


 先生、僕はもう何日先生と会っていないだろう?


 停学からもう六日だ。独りぼっちで先生は大丈夫だろうか?


 彼氏とはうまくいっているのだろうか?


 先生からの電話は勿論、昨日もかかってきた。


 そのとき先生は春日君に住所を教えてもらった件で、どうなったのかを訊いてきた。


 僕は無事に本人に会うことができたとお礼を述べた。


 先生はそれに対して「よかったね」といってくれた。


 理由も訪ねもせずに僕のことを気遣ってくれる。ああ、先生はなんて優しい人なんだろうと改めて思った。


 また、この時点で僕はすでに今日、『地球環境の完全保全を遂行する会』に乗り込むことを決めていたので、もう最後かもしれない挨拶をいっておいた。


 「あの、今まで本当にありがとうございました」


 「えっ、どうしたの、急に?」


 「いえ、もう少しで終わりそうなんです。僕がやらなきゃいけないことが……」


 「…そう、それは今やらなきゃいけないことなんだね」


 「………はい。


 それで、僕にもしものことがあったら、先生、その春日君の家に連絡してもらえませんか?」


 「待って、河原君、何を……」


 僕はそのまま受話器を置いた。


 先生にきちんと説明ができなかった。


 先生はそのまま幸せな生活を願って生きていてくれればいい。


 死ぬのは僕一人で充分だ。僕一人で……


 電車はトンネルの中を通過する。窓には僕の身仕度もままならない陰気な姿がうっすらと写る。


 まだ着いてもいないのに体の上に何か重たいものが覆い被さってくるような、そんな重圧を感じていた。


 


 高田馬場につき、僕は地図通りの道なりを黙々と歩いていく。


 僕はもはや覚悟を決めていた。


 ここからは人生で一度あるかないかの大勝負なのだ。たとえ、負けるにしても自分の考えられるなりの言葉をすべて振り絞って、それで負けなければならない。


 僕は左手の拳をグッと強く握った。


 ビルが立ち並ぶ駅の周辺からだんだん遠ざかると、大きい建物もだんだんまばらになってくる。そこでとあるマンションの脇道に入り、僕は昼間でも薄暗い路地を恐る恐る進んでいく。まるで迷路みたいな道を歩くこと数分、袋小路にて病院のような建物の裏に着く。


 ガラスの扉があり、その前を青いTシャツに紺のハーフパンツの男が足をぶらぶら動かしながら地べたに座っている。


 この監視人とは思えない風貌の男、この男の格好から察するにここが目的地らしい。


 「何だ、貴様ぁ!」


 僕が横を通ろうとすると男は掴みかかってくる。


 そこで僕は青い封筒を手にした。これは勿論、strangerからの最後の手紙である。


 「ちょっとここでお待ち下さい」


 男は急に丁寧な口調になってそういうと、ドアの向こうへと入っていった。


 おそらくこの手紙を僕が見せるということがこの男にはどういう意味なのかわかっているのだろう。


 しばらくするとさっきの男が青い装束を身に付けてドアから出てきた。


 「お待ちしておりました。あの方がお待ちしております」


 そう、僕はこいつに会うためにこれまで奔走を続けてきたのだ。ここに来て、突然会えなくなったなどといったら僕はどんな手を使ってでも奴の所在を探すことだろう。しかし、ここでは問題なく会える。会えるのだ……


 僕は用心深く青い装束の男の後をついていく。


 建物の中はこの会の本拠地らしくなく、一面、白いペンキで塗られていて、天井は何故か普通の建物よりも低い設計になっている。


 さっき僕は外観から病院のような建物かなと思ったが、昔ここは本当に病院だったのかもしれない。


 どこからか時折吹いてくる風がひんやりと冷たい。


 そんなに歩くこともなく、青い装束の男はある部屋で止まった。


 「どうぞ、この中です」


 青い装束の男はドアを開く。


 僕がその中に入るところをを確認すると男は外からドアを閉めた。


 そこには一人の男が背凭れのついたソファーに座っていた。


 青いYシャツに紺のベストとズボン、頭はオールバックという出立ちの若い男。その姿を見るだけで、どことなく異質な雰囲気が感じられる。


 そうではないかと思ったが、やはりこいつがこの会の元締めなのだ。僕は男に聞こえないように生唾を飲み込んだ。


 男は落ち着いた物腰でこういった。


 「やあ、こんにちは、河原道生君」


 男は僕のフルネームを告げた。勿論、僕も彼のフルネームを知っている。僕は返答するもなく、じっと男の姿を見つめ続けた。


 男は眉を顰める。


 「あれぇ、返事がないなあ。もしかして君はLordと呼ばれたほうがしっくり来るのかな? それとも『トリカブト』かな? 『最速マシン』かな? そういえば『ニュートラル』なんてのもあったっけなあ……」


 そう、こいつは知っているのだ。僕がstrangerとやってきた行動の全てを。


 僕はゆっくりとこの男の名前を告げた。


 「会いたかったよ。藤代」


 男はフフフと不適な笑みを浮かべた後こういった。


 「ああ、道生君、僕もだよ。


 そう、そうさ。君がわかっている通り、僕はstrangerーー藤代真咲の兄、藤代大樹さ」





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