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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第四章 五節

   5 一九九九年 五月 二十五日 (火)


 


 僕の自宅謹慎も四日目となった。


 この間、僕はブラウン管の前に釘付け状態になっていた。勿論、『地球環境の完全保全を遂行する会』の所在を調べるためだ。


 一番期待していたメールの返事であるがいつまで経っても何の反応もなし。そんなの専用のプログラムさえ使えばメールを送ってきた全ての人間にすぐさま転送できるだろうに。つまりダイレクトメールは送っていないということだろう。


 もうここからの情報に期待すべきではない。


 また、ぼくはテレビのワイドショーの録画を続けていたが、それだけだと情報は少ないので僕は週刊誌なんかにも目を向けてみた。


 その記事を見ると、『新狂信仰集団、その主張、是か否か!?』などといった見出しがでかでかと飾られていて、ほとんどが『地球環境の完全保全を遂行する会』とオウム真理教とを比較をベースに文章を進めていた。


 そして、オウム真理教の教典は一般人には理解し難いものがあるが、あの会の主張には一般人、それも教養のある人間であればあるほど受け入れるべき要素が多い、などといった締め括り方が多かった。


 勿論、主張だけは受け入れるべき箇所もあるというだけで、大半の週刊誌がこの会の行動自体にはに否定的だ。だが、中には面白半分で「これは裁きなのだ。人類全ての粛正を願う」などと茶化す記事もあり、僕はそれを見つける度に反吐が出そうになった。


 他にも久し振りにNIFTY SARVEのリアルタイム会議室を覗いてみたが、そこには見るのもおぞましい光景が広がっていた。 


 >やっぱりノストラダムスの大予言は当たった!!


 >愚劣な人間どもは地球から消え去るべきなのだ!


 >地球環境の完全保全を遂行する会、万歳!! 君たちは僕らの希望の星だ!




 >ああ七月一日が楽しみだなあ…・


 などという、もはや狂気の沙汰としかいえない文章が次々と並べ立てられていたのだ。 世の中は間違いなくおかしな方向に進んでいる……


 僕の焦りは最高潮に達した。


 そんな目を背けたくなるほどの情報を省いて、純粋に奴らの会の情報だけを掻き集める。


 その情報を整理すると、『地球環境の完全保全を遂行する会』は今まで夕方に最初は環境庁前、その後は、東京、新宿、渋谷、池袋、恵比須、上野といった具合に一日ずつ山手線の駅をランダムに回って駅周辺で二時間程度デモを行なっているらしい。そして、デモを行なうの人の数は日に日に多くなっているというから恐ろしい限りである。


 しかも、その周辺の人間の誰か一人ぐらいはその集団に罵声を浴びせてもよさそうだが、皆比較的彼らに関してノータッチですますことが多いらしい。


 反論した後の行動が怖いからか、それとも彼らの言動を受け入れているからなのか…… 後者でないことを祈るしかない。


 あんな奴らが野放しになっているということ自体がそもそもおかしいのだ。これ以上奴らを自由に行動させてはいけない。


 そして、僕は今、奴らと直に接触しようと思っている。


 本拠地は確かにわからない。でもここまでわかっていればデモの最中の彼らには会うことはできそうだ。奴らは山手線沿線の駅を探せば見つけられるのだ。今後もおそらく、まだデモをしたことのないところに出現するに違いない。


 どう足掻いてでも奴らを見つけだし、僕だけが知っている真実を奴らに叩きつけるのだ!!


 現在、午後三時、僕は持っていくナップザックの中身を改めて確認する。


 情報確認のためのラジオ、それにstrangerの手紙。財布の中には都内フリーパスが買える程度の額が入っている。ビデオにニュースの録画予約もしてあるし、準備は万端だ。


 僕は家を出て、足早に駅に向かった。


 電車に乗り込む際、僕は今日、奴らがデモをやりそうな場所を考えてみた。


 ここ最近になって現れた奴らは東京、新宿、渋谷、池袋、恵比須上野という順に現れている。まず利用者の多い駅から片っ端に回っていくらしい。…となると、今日は一体どこへと行くのだろうか?


 僕の見当では秋葉原か、原宿辺りではないかと思っている。


 二つの駅の間は山手線に乗って三十分、奴らは常に二時間はデモをしているのだから、どちらか一方にまず行って、それらしき影がなければもう一方に引き返しても充分間に合うだろう。もしかすると、奴らの発する声が拡声器などで迷惑に思えるほど大きくなっていれば電車の中ででもわかるかもしれない。


 二つに絞り込んではみたが、どちらを先に行ったほうがいいだろうか?


 原宿といえば、僕の数少ない知識の中でキディランドなどの洋服店が立ち並んでいるイメージがある。そこに集まるのは学校帰りの女子高生達なんかであろう。


 一方、秋葉原は電気街である。


 パソコンやテレビゲームの購入を目的にきた人など、コアな人間達がたくさん集まる場所だ。


 インターネットでの布教活動もしているやつらにとってはどちらがより自分ら考えが浸透しそうかとくれば一目瞭然だろう。


 僕は秋葉原のほうに先に向かってみることにした。


 僕は電車を乗り換え、いよいよ敵のいるであろう山手線へと乗り込む。


 このとき午後三時四十分、僕は目的地以外でも奴らの声が聞こえるかもしれないと、周囲の音に耳を傾けた。


 すると、それとは関係ないが、どこからか『地球環境の完全保全を遂行する会』に関する内容の会話が僕の耳元に伝わって僕はそこに集中した。その声の主を探すと、彼は今時の格好をした青年で携帯電話を片手に会話をしていた。


 「え? お前、見たの? 地球なんとかの会。…………んん。そうそれ、地球環境をなんとかする会。………へええ、本当に、青い恰好してるんだ。へええーー。どこで見た? ………うん、そう………」


 会話が一方的なために肝心な部分が聞き取れない。僕は「その会話、もっと詳しく聞かせてくれー」と叫びたかったが、そんなわけにもいかない。わかる部分だけ、わかる部分だけでも注意深く聞く。


 「奴ら、どうやって移動してんのかだって? 電車とかじゃないの? ……えっ? 見たことない? …でも派手好きな奴らだぜ? 並んで乗っかっててももおかしくないんじゃねえの?」


 耳を峙てている僕の横を中年の男性が近づいてくる。いや、正確には、僕ではなくて、あの携帯電話を持った男性に、だった。僕の目の前を通り過ぎ、彼の傍に立つといきなり大声を上げ始めた。


 「お前、携帯、車内でかけてんだよ」


 あちゃー。このおじさん、説教始めちゃったよ。大事な情報源だと思ったのに、この状況じゃあもうこれ以上期待することは無理だろう。僕は心の中で舌打ちをしながら関わらないようにと彼らの前からそそくさと離れた。


 ちなみに先程の携帯電話の男性の話で彼らがどうやって移動するのかという疑問があったが、無論奴らは電車では移動しないようである。あの格好で電車に乗ったら、いくらなんでも目立ち過ぎである。少なくとも行きは普段着で紙袋かなんかに衣装を入れて移動する筈であろう。本当のところはワゴン車で移動しているようである。ワイドショーで奴らがワゴンから道具を取り出そうとしているところを見た覚えがある。そして、そのワゴンの色は……やはり青だった……


 奴らは僕らがデマを流す前から活動しているみたいだが、世の中に出て実際に活動し始めたのはわずか一週間程度である。おそらく異常性や宗教の中で統一したイメージをつくり出すために、僕の噂に合わせて青色の装束を着ることにしたのだろう。まあ、青色は地球の色ということで、僕の噂に関係なくそうしたということも考えられなくもないが。


 今や、僕の単なる嘘が現実と化しているのだ。


 考えれば考えるほど胃から酸っぱいものが込み上げてくる。


 しかし、あのデマが流れた時点で、それに乗っ取った格好をした人間が現れてもおかしくなかったのだ。いちいち奴らの衣装の色なんかに不快感を感じても意味がない。今は流したデマのメインの内容の打破にだけ意識を持っていけばいいのだ。


 僕は一つ大きく息を吹いた。


 先程の携帯電話の男性達の方を向く。そこではまだ中年の男性が説教を続けていた。彼は胸をポンポンと叩いている。中年の男性はピースメーカー云々のことを話し始めているようだ。


 ピースメーカーは携帯電話から発せられる電磁波によって影響を受け、その一定のペースを乱すことがあるといわれている。しかし、実際には、携帯ほどの弱い電磁波であれば、影響なんて受けない、現実にはJRのほうが携帯電話を利用を規制するための口実として活用しようとしている方が大きいという、見方もある。実際にはくわしい研究結果が出ていないというのがの現段階の状況らしい。


 しかし、このおじさんも自分がそれをつけているわけでもないのなら、そんなに注意することもないのに、おかげでこっちは大事な情報を逃して……


 そこまで考えて、ふと思いついたことが出てきた。


 ……まさか、いや、待てよ。………そうか。そうかもしれない。


 だとしたら、なんで…… いや、それは今考えることではないだろう。


 今、僕は重要な情報を手に入れた。その真偽を確かめるためにも、僕は早く奴らと会わなければならない。




 秋葉原に着いたのは午後三時五十分。ここではまだ奴らの声らしきものは聞こえない。ここではないのか?


 …いやまだだ。声が聞こえないのは拡声器を使っていないとか、今は巡回中でちょっと駅の離れた場所にいるだけなのかもしれない。


 僕は自分の勘を頼りに電車を降りた。ホームにでると僕はキョロキョロと辺りを見回す。


 やはりいない。


 しかし、せっかく降りたのだから街に出てみよう。


 僕は駅の案内板を見ながらとりあえず『電気街口』のほうに出てみることにした。


 学校や塾への登下校時以外、僕は滅多なことで電車には乗らない。よって、電車でどこかへ遠出するといったこともほとんどない。この秋葉原にも僕は今初めて足を踏み入れたわけだ。


 なんだか知らない街を歩くというのは緊張する。今日は目的が目的だけになおさらだ。 改札を抜け駅から出ると早速、ヨドバシカメラがあって、ああ、ここはやっぱり電気街なんだとしみじみと思う。休日がどうなのかは知らないが、平日の今でも割りかし人通りがある。とりあえず、ここで三十分間適当に歩き回り、奴らがいるかを見極めよう。大丈夫、もしいるとなれば、街の人が騒ぎ出してすぐにわかるだろう。


 僕は駅を出てから真っ直ぐに進むと大通りに突き当たった。そこには見たことのあるような大きな電気店がたくさんあり、なんだか嬉しくなる。こんなふうにビルを見上げる僕は周囲の人からはおそらく田舎者と見られているだろう。一応、都内に住んではいるのだが……


 しかし、僕は呑気に街見物をしに来たわけではない。奴ら、青い装束の奴らを探さなければ……


 「おいおい、見たか? あっちの方でさあ……」


 そんな会話がふと僕の耳に届いた。


 えっ!? まさか……


 僕は振り向いた。


 すると、一箇所、青い塊が見える。それがだんだん大きくなってそれが青い装束をきて、白い横断幕を手にした集団であることがわかってきた。


 …間違いない、奴らだ!!


 こんなにあっさり見つかるとは全く思いもせず、なんだかびびってしまった。


 僕は目的の遭遇できたのいうのにまだ何の覚悟もできていない。ただ呆然と立ち尽くすのみである。


 その間にも奴らは僕にだんだん近づいてくる。奴らの奇妙な声も次第に耳に障るようになる。


 来る。


 来る。


 来る。


 来た!!


 僕の横をあたかも何もないように通り過ぎていく奴ら。その周りには異様なオーラが発せられていて、僕はそれに威圧されて全く動けなかった。


 通り過ぎてしばらくした後、僕はふと我に返る。


 このままじゃいけない。いけないんだ!!


 「やめろーーー!!」


 僕は奴らを叫びながら追いかけた。


 僕は必死になって奴らの進行方向の前に身を乗り出した。


 「やめろっ、やめろっ! やめろっていてるんだからやめろ!!」


 僕は腕を広げたまま、その姿勢を崩さない。しかし、奴らは無視して、器用に僕の脇を通り抜けていった。


 「やめ……」


 僕はそう繰り返そうとしたとき、その中の一人の会員と目が合った。


 …その顔を僕は知っていた。彼も、僕が誰なのかがわかったみたいだった。


 僕がその手を下ろすと、奇妙な合唱は遠くのほうへ行ってしまった……


 僕は今も尚その顔が頭から離れなかった。


 …春日君、間違いない。あれは確かに春日君だった。


 風間に万引きを強行させられた日、そのきっかけになった保健室への逃避の際、その保健室で教師に紹介されたのが春日君だった。


 高校には進学せず、どこか別の公立高校にでも行ったのだろうと思っていたが、まさか彼が『地球環境の完全保全を遂行する会』の会員になっていようとは……


 彼に連絡がつくようであればあの会の所在地もわかるかもしれない……


 何だか兆しが少し見えてきたような気がした。





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