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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第四章 四節

   4 一九九九年 五月 二十一日 (金)


 


 strangerがあのデマを持ち出してから今日で丁度五週間、その間、僕の回りにはいろんなことがあり過ぎた。


 僕はstrangerがいなくなったショックで心を閉ざした後、先生の優しさに触れ、生きる希望を見出した。しかしその間にも、僕らが流したデマは世の中に徐々に浸透していき、やがて一九九九年七月一日の午前九時に皆で一斉に殺し合いを起こそうという内容にまで発展した。僕がなんとかしなくてはと慌てふためきだした頃、そこでstrangerの遺書が僕の元に届いた。その手紙に頼ってstrangerの自宅に行って、彼女の心境を知ると、僕は彼女の遺志を継いで世界の混乱を食い止めよう心に決める。だが、肝心の方法がわからず、「さてどうしよう」と頭を抱えていたところに、同じ目的を持つ教授が登場、僕の気持ちを代弁してくれるも、すぐさま暴漢に刺されて死亡。そして、昨日僕は、暗躍している『地球環境の完全保全を遂行する会』なる怪しい会合の存在を知った……


 おそらく奴らは今も尚、街頭などで布教活動を続け、人々を自らの仲間に引き込んでいるに違いない。


 しかし、奴らの所在がわからない僕がこうしていつものと同じように学校に来て、ただ手を拱いていなければならない。今は余りにも情報が少な過ぎるのだ。


 奴らのことをホームページ上で調べてみたところ、公式サイトなるものはあるにはあったが、そこには奴らの『主張』とそれを裏づける資料があるだけで、この会合がどこにあるのかなんてどこにも書いてない。書き込み板には趣味の悪い人間達の、その会に対する賞賛の声がズラズラと並んでいるだけだったし、余りにもその会がオープンではないのだ。


 まず間違いなく裏に会員制のページがあって、そこに会合を開く場所などの重要事項が書かれているのだろう。


 とりあえず、僕はこっちが何かしらの興味を示せばダイレクトメールが届くかもしれないと思って書き込みをしてみたのだが、それが反応として返ってくるのは一体いつかもわからないのだ。


 一応この情報にかけてみてはいるが、もしそれで何の音沙汰もなかったらまた別の方法を模索するしかない。その他にできることといったら、結局新聞のテレビ欄をチェックして『狂宗教』とか、『暴徒会合』などといった煽り文の書いてあるワイドショーをビデオに録画するということだけだった。


 とりあえず昨日の時点でニュースなどで得た情報を整理してみると、奴らは毎日都内のどこかしらでデモを繰り返しているということだった。


 その場所についてはいくつか特定はできたのだが、毎回違う場所で行なわれるらしいということも同時にわかったので、それが直接奴らと接触する手掛かりにはなりそうになかった。


 しかし今はそんな僅かなものでも奴らに関する情報は余りにも乏しい状況なので、得られるものならありがたい。それに、もしマスコミが奴らとの接触に成功したとなったら、それは僕にも大きな意味を持つ。


 だから、今僕が教室にいるということは決して現実から逃げようとかそういうのではない。一種の待機状態なのだ。


 そう、そうなのだ。


 突然、風間達の笑い声が聞こえた。


 風間だけではない。いつの間にか僕の前の席には羽島と山岸も集まっていた。


 僕は自分でも条件反射的に身を縮込めた。そんな僕の反応も関係なしに風間達はぺちゃくちゃ話し合う。


 「次の時間、岡崎だぜ」


 羽島がいった。奴らの口からその名前が発せられただけで僕は意識が飛びそうになる。 「なーんか、最近、あいついじめんのもつまんなくなってきたなあ」


 「そうだよなあ、なんか反応薄いもんなあ」


 「どうだ、あいつ、地味だけど、顔だけはいいし、みんなで輪姦しちまわねえか?」


 「おいおい、そんな馬鹿なことすんなよ。どうすんだよ、あいつがショックで自殺なんかしたら。俺は無益な殺生はしない主義なんだ。俺のエリート人生に傷がつくからな」


 「ヘッ、よくいうよなあ、父親の部下の、二つ上のお嬢さん、妊娠させて中絶させた男がよ」


 「いいんだよ。別に生まれてもねえ赤ん坊なんだから。人口抑制だよ。俺も社会のこと立派に考えてんなあ……」


 「それなら、別にあいつなんて死んでもいいんじゃん?」


 「…まあ、俺んとこに火の粉が飛んでこなきゃな」


 僕は怒りで体が震えた。


 こんな奴らに、先生が、先生が……


 風間達はそんな僕に気づいたのか気づかなかったのか定かでないが、久し振りに僕に話しかけてきた。


 「よお、河原、相変わらず溜まってっか?」


 「………」


 「俺達さあ、岡崎をみんなでやろうと思ってんだけどお前も仲間に入れてやるよ。お前どうせ童貞なんだろ? 今のうちに捨てとけよ。後悔すっぞ」


 「………」


 「…なんだその顔は、俺らがこうしていい話を持ちかけてやってんだぜ? ちったあ嬉しそうな顔しろよ」


 「………」


 「なんか裏でもあると思ってんのか? あるわけないだろ? たとえバレたってお前の一人の所為にしたりしねえよ。だから安心しろ」


 「………」


 「馬鹿、いうなよ。こいつやらねえっていうかもしれねえだろ。


 …まあ、お前のことだからわかってたと思うけどさ、大丈夫、絶対バレねえって、ぜってえ、ぜってえだって、な、だからやろうぜ、」


 「………」


 「どうしたんだお前、もしかして俺らを侮辱してんのか?




 またいじめられてえのか? 最近自分がいじめられてねえからっていい気になってんじゃねえぞ!」


 「………」


 「まあ、お前らいいよ。こいつインポなんだぜ、きっと。


 勃たねえんならできねえもんなあ。


 あんな美人とやれるんだぜ? お前みたいな奴、一生女にもてねえだろうに、勿体ねえなあ。


 じゃあ俺らは他の奴らを誘うから、後悔すんなよ」


 「………」


 「おい、インポ、お前にこれやるよ。


 …どうだ? 岡崎のスカートん中を撮ったんだよ。


 ヘッ、あいつやっぱり白なのな、色気ねえよな。


 じゃあ、これで何遍抜いてもいいから。わかってんだろうな、チクんじゃねえぞ。チクったら承知しないからな」


 「………」


 僕は風間に向かって渾身のパンチを繰り出した。


 風間にとって僕の行動は予想外だったらしく、僕のストレートは風間の頬に直撃した。しかし、日頃運動していない僕の拳なんかでは風間を倒すまでには至らない。風間はすぐに態勢を立て直すと僕の腹に目掛けてフックを繰り出してくる。


 ああ、当たる!! そう思って腹にグウッと力を入れたが、その直後に僕は左後頭部に強い衝撃を受けた。僕の一回りはでかい羽島が僕の頭を殴ったのだ。勿論、山岸も僕への攻撃に加担してくる。


 僕はあっという間に袋叩きになる。


 「なんだお前、岡崎に肩入れすんのか?」


 「お前、岡崎なんかに惚れてんのかよ」


 「だっせーてめえ、正義の味方ぶってんのかよ」


 そんな罵声を奴らに浴びせられて。


 教室の中の全員が僕を見ている。だけど、誰一人助けてくれる人はいない。


 痛みをだんだん感じなくなってきた。僕はこのまま死ぬのだろうか?


 …それがいい。僕はたった一発だけだったけどこうして風間達へと立ち向かうことができた。先生を守れなかったのは残念だけど、悔いはない。あんな変な噂を流した罰だ。結局僕は風間達がいったように正義の味方なんかになれないんだ。


 …stranger、今すぐ君のところへ行くよ……


 あれ? 誰かが僕のことを呼んでいる……


 


 「河原君、河原君!!」


 


 「先生!!」


 僕はハッと目が覚めた。


 今いる場所は保健室。


 僕はいつも寝慣れたベッドに横になっていた。体を動かそうとすると体の節々が痛む。 「よかった、気がついたのね」


 隣には先生がいる。


 先生と会話するときの何ら変わらない風景がそこにはあった。


 だが、自分が無意識になる前の状況を思い出し、僕は苦笑いの一つも浮かべずにはいられなくなる。


 「ははは、やられちゃいましたよ……」


 先生は何故か涙を流している。


 そして、しばらくして泣きやんだ後、先生は「ありがとう」と僕に声をかけてきた。


 僕は恥ずかしくなって顔を背けた。心臓のドキドキが鳴りやまない。


 どうすればいいのだろう? どう声をかければいいのだろう?


 「授業は行かなくても大丈夫なんですか?」


 僕が初めに切り出したことはそんな言葉だった。…もっといい言葉があるだろうに。


 「もう授業の時間は終わったわよ」


 先生はそういってクスクスッと笑う。


 時計を見ればわかることである。僕は笑って誤魔化すしかない。


 「僕、停学ですよね?」


 先生は少し躊った後、「うん」と頷いた。


 「一週間だって。…彼らも一週間停学だから……」


 こっちは一発で、向こうはたくさん殴ってきたのに同じ処分とは割に合わない気がする。…でもいい。


 「守りたかったんだ…… 失いたくないものを……」


 僕はそんなことを呟いた。


 その科白を聞いてからか、先生はまた涙を流し始めてしまった。


 「…ごめんね、本当に。私、教師なのにあなたの前でこんな姿ばっかり見せちゃって」 先生はハンカチを握り締める。


 「教師になって私、全然思うようにならなくってずっとずっと悩んでいたの。


 でも昨日、河原君が一言いってくれたじゃない。私、やっと生徒に受け入れてもらえたって、とても嬉しかった。


 だから、今日から私も頑張らなきゃって気合いを入れ直して……」


 「何でですか?」


 先生の言葉に僕は間髪を入れた。


 「えっ……!?」


 先生が僕を見て目をぱちくりさせる。


 「先生は悪くないじゃないですか。悪いのはあいつらじゃないですか?


 何で奴らのし出かしたことを先生一人が背負って頑張ろう、頑張らなきゃって思うんですか?」


 「……でも…」


 先生は反論しようとしたが口を噤む。


 僕はベッドの布団をぎゅっと握った。


 「僕も以前、風間達にいじめられてたんです。そのとき、僕はこれを運命だ、しょうがない、とか思って諦めてしまってた。


 それだけじゃない。こともあろうに先生を見下して心の中で侮辱して、いじめられてた憂さを晴らそうとかしてしまってた。


 自分よりも弱い存在を見つけて叩こうとしていた」


 「…でも、そんなの……」


 「わかっています。だから僕は変わったんだ。


 どんなに自分を侮辱されても構わない。だけど、自分の大切な人を絶対に守ろうって決めたんだ。その通りに行動したら、やっぱり負けたけど、それでも気持ちよかった。


 でも、先生は辛くないの?


 先生の主張なんて誰も受けていれてくれない。それだけで泣くこともあろうにみんなは先生を危害を加える。


 そんな状況の中でなんでみんなのために頑張ろうと思えるの?


 ねえ、どうして?」


 「………」


 先生は何も答えない。


 「そりゃ先生は凄いよ、立派だよ。


 だけど、そうやって頑張り続けて先生は平気なの?


 何かがどんどん蓄積して、大変なことが起きてからじゃ遅過ぎるんだよ。


 辛いんなら、辛いってはっきりいえばいいじゃない。悪いことなんてない。いってもいいんだよ。…なんなら僕が聞くから……」


 先生はまた肩をヒクヒク震わせた。


 「…そうだよね、たまにはいいよね」


 先生は顔を見上げて胸を張り、息を大きく吸った。


 「なんでみんな私の授業を聞いてくれないのよ! そんなに塾がいいわけ? なら学校なんて来なければいいじゃない。大学に行くだけなら、大検受けて家で勉強していればいいじゃない。そこまで学歴や体裁が大事なわけ?


 それになんなのよ! 人を性欲の塊みたいな風にいって!!


 ただ、女が男子校の教師になったってだけで、どうして平気でそんな偏見を持てるわけ? 私が誰かを誘ったところを見たっていうの!?


 性欲の塊はあなた達じゃない!! 人をそんな目でしか見れない人間の方がよっぽどいやらしいってものよ!!


 …それにそれに……


 …何で私に暴力を振るうの?


 私はあなたのことを好きなのに、本当にあなたのことを想っているのに。


 私、あなたのためにいろいろ尽くしたじゃない。


 あなたは私に何を望むの? 私はあなたの人形じゃないの。お願いだから元に戻ってよ。元に戻って! …もう何も望まないから。 お願いよ……」


 先生が叫んでいた。自分の不満を口に出していた。


 どうしてこれだけの不満を溜めて先生は平気でいられたんだろう?


 それでも正しいことを行なっていこうなんて考えることができるんだろう?


 先生がとても小さく見える。脆弱で触れてしまったら、ふっと壊れてしまうんじゃないかと思える。


 そんな先生の存在が、あまりにも切なくて、切なくて……


 息を切らしていた先生が呼吸を整える。


 「ありがとう、スッキリしちゃった」


 先生はニコリと笑った。


 でもどこかぎこちない、悲しみのこもった笑顔だった。


 「今、私のこと想ってくれるのは河原君だけよ……」


 そういったあと、先生は保健室から立ち去ろうとし始める。


 僕は痛みをこらえて必死に起き上がると、先生の背中に向かって声をかけた。


 「先生……」


 先生は振り向くと僕に手を振って、そのまますぐに行ってしまった。


 …人間はどんな辛いことがあったって、その場所に戻っていかなきゃいけないんだ…… 報われない、報われないよ……


 どうして多くの人間が幸せを求めているのに、誰かがその分の不幸を背負わなければならないのだろう?


 どうして、人間はどんなに苦しいことがあっても生きていかなければいけないんだろう……?


 そこまできて僕は目を見開いた。


 …何を考えているんだ僕は。


 だからって、この世が終わっていい理由なんてない。殺し合いを食い止めなくちゃ、いけないんだ。


 都合よく学校を行かなくてもよくなった。一刻も早く『地球環境の完全保全を遂行する会』の足取りを掴むのだ。


 そして、世の中の人々が心のそこから平和だと思える世界をつくりだしていくんだ……





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