第四章 三節
第四章 地球環境の完全保全を遂行する会
3 一九九九年 五月 二十日 (木)
そのテレビが終わった後もなお僕はそれがどういうことか頭が状況把握を拒否していた。
何だ? 何なんだあいつらは!?
乾いた喉に無理矢理に唾を飲み込む。
七月一日午前九時、人類全てが殺し合うーー
こんなのを信じるのは、人生というものをよく考えていない死にたがりの奴らだけだと思っていた。
だから、そいつらはその七月一日の予告そのものが意味のないものとわかれば、すぐにもとの生活に戻ってくれるのではないかと、僕は頭の中で思い描いていた。しかし、今の奴らには、理由があった。人々は殺し合いを行なって然るべきという理由が……
これによって、あの殺し合いはただの自殺願望もしくは殺人衝動を持つ人物達の集まりから、一つの整合性を持つある種の思考にまで変化してきた。
『地球環境の完全保全を遂行する会』ーー
こいつらは僕やstrangerに対し、いやおそらく全国的に無作為にEメールを送って布教活動をしていたのだ……
あのメールは僕がデマを流す前に届いた。
そこから推測するに、その前に暗闇の中でその活動を密かに拡大していたのだろう。オウム真理教が、地下鉄サリン事件を引き起こすまでその本性を暗黒下で隠していたように。
そして奴らはもともと、一九九九年の七月には人を殺す計画を立てていて、事を起こすまでその身を紛れさせているつもりだったのを、僕とstrangerの流したデマが広まって、その月に殺し合いが始まるかもしれないという事態になって、いっそそれならば自分たちの存在を明らかにして、大々的に布教をしてしまおうと、その姿を白日の下に晒すことにしたのだろう。
確かに奴らは殺し合いに具体的な理由を持っている。
しかし、それだけで、結局奴らも殺人衝動に駆られた暴走族達となんら大差がないのではないか? 一体どう違うというのだ?
人間は環境を破壊した。乱獲して動物達を次々に絶滅させてしまった。そのことに何のいい逃れはできない。だけど、壊してしまった当の人間だからこそできることもある。
絶滅しそうな動物達を保護し、繁殖させることができる。環境のために木を植えたり、肥料をやったり、いろいろと尽くすことができる。
それを今の中途の現状のままで人間の抹殺だなんて、それこそ自然を冒涜しているのではないか?
あぐらを掻きながらテレビを見ていた僕は、とにかく姿勢を正して体をシャキッとさせ、頭の中にいろいろと思考を巡らす。
テレビ局に殴り込みをする。伝のない僕にとって、それは余りにも無謀すぎる試みかもしれない。しかも、万一時間を与えられたところで全ての人に見てもらえるわけではないのだ。
しかし、どうだろう?
各地で広がっている暴走族に直接申し出に行くというのは?
全国各地にどれほどの暴走族のチームがあるのかわからない。
だけど、そうすれば、確実に本人達に伝わる筈だ。
伝わる、というだけで理解してもらえるということではないのがネックではあるのだが……
とにかく、テレビ局に交渉に行くよりも、地道ではあるが暴走族に回ったほうが伝えるべき人間に真実を伝達することができるのは確かだ。
各地にいるであろう、暴走族のチーム、僕が初めに行くべきところはあそこしかない。 『地球環境の完全保全を遂行する会』……
奴らはEメールで布教活動をしていたはずなのだ。
しかし、strangerに届けられたあのメールは何も書いてなかった。
何か一定の操作をすれば中の文字が浮かび上がってくる仕掛けなのかもしれない。だけど、そんなことをして、本当にメールを送った人間達が皆、その内容を読めるのかといえば疑わしい。そんなの無作為に転送したって布教には何の効果がないだろう。今となってはあの日、僕のパソコンに届いたメールを開きもせずに消してしまったのが悔やまれるが、おそらくそこにはテレビで演説していたことが多少端折って書いてあったに違いない。少なくとも、テレビに写っていたデモ隊の数からしてみて、何人かはそうやって届いたメールをきっかけに入会した人間だろうから。
そう、だとすると、strangerに届いたメールは明らかに異質なのだ。もしかすると、手紙に書かれていなかったstrangerが自殺した本当の理由はあのメールにあるのかもしれない。
そう思うと、『地球環境の完全保全を遂行する会』の関係者に直接会って話し合いをしなければならないという意識が芽生えてくる。
目標は定まった。
が、しかし僕はまだ何の行動にも出ることができなかった。
そいつらの本拠地を知ろうにも、奴らがデモをしていた場所すらわからない有様なのだ。少なくともあのニュース、ビデオに録っておけばよかった……
こんな状況で果たして奴らと接触することができるのだろうか……




