第四章 二節
2 一九九九年 五月 二十日 (木)
その日の夕方、学校から帰宅した後、ぼくは既に塾に行かないことを決めていた。学校にきちんと通う分、他の時間を潰して、作戦を練ろうと思ったのだ。
どうせ、今の勉強なんて大学受験のためだけ代物なのだ。他には大した意味もなんてない。それにまだ大学受験は二年と半年以上も先のことなのだ。たった今近づいてきている危機のことを考えないでそんな現時点で解決すべきことを成し遂げないと本当に訪れるのかもわからないものに長々と時間を割くことなんてできるわけがなかった。
しかし、そう決めて自分がやっていることといえば、こうやって学校からすぐさま帰ってきてニュースで世の中の状況がどうなっているのかをただぼんやりと眺めていることだけだった。
僕は確かに世の中の混乱を元通りにしたいという意欲はあった。
ただ、それは実際には空回りしっぱなしだったのだが。
そんな情けない有様の僕にあたかも活を入れるかのように、そいつらはブラウン管を通し、僕の目の前に現れた。
僕はここまでの時点でその存在を知りえるだけの情報を持ち合わせている筈だった。
しかし、そのとき、初めて確認したその姿に僕は愕然としてしばらく動くことができなかった。
そう、そいつらは青い装束を着ていた。
青、strangerが好きで、僕との手紙のやりとりで固執していた色。そして、僕がデマを流す際に特に深い意味もなくワゴン車の色として指定してみた色。
とにかく、そいつらはその色を身に纏って五十人前後の集団で街中を繰り出していた。その手には拡声器と大きな文字の書かれた横断幕を持って。
そして、そいつらは民衆に向かってとんでもないことを口走っていた……
「私達は」
「私達は」
「罪を犯しました」
「罪を犯しました」
「その罪の始まりは二三四年前、一つの発見からでした」
「イギリス人のワットが、一七六〇年に発明されたニューメコンの蒸気ポンプの実物のミニチュアが、どうして実寸大では動くのに縮尺すると動かなくなるのかを考察、研究し、蒸気機関を発明しました」
「その蒸気機関の発明は、やがて、蒸気船を産み、蒸気機関車へと発展していきました」
「蒸気機関車は、鉱山の発掘、採掘された資源の運搬にと活躍、その後、交通手段として一般に普及することになりました」
「その他にもこれを代表とするさまざまな発明によって、マニュファクチュアからファクトリ=システムへと転換、各地で産業革命が起こり、資本主義が確立していきました」 「しかし、それは、人間の資産のためにならば自然を破壊するのも仕方ないという歪んだ精神の芽生えでもあったのです」
「世界の国々はその後、近代的な戦争を繰り返し、やがて、二つの世界大戦へと発展するに至りました。そしてそれは、多くの死者が出て、多くの環境が破壊されることになり、地球に放射能の恐怖というものを見せつける結果となりました」
「第二次世界大戦が終わると、敗戦したドイツは東西二つの国に分かれ、日本の方はアメリカの指導の下、国の再建を命じられました。
植民地支配されていた東南アジアの各国も次々と独立しました。
そして、戦争に勝利したアメリカとソ連はどちらが世界のリーダーかと対決、冷戦へと突入、戦争は武器による直接対決から経済の発展へとその舞台を移すことになりました」 「そうして人の富への追求が始まったこの後の地球、その自然環境の変化たるや見るも無惨なものでした」
「ここ日本では一九五〇年から各地で大規模な工場が建てられ、その活動を開始、その際に工場から出される排水、排気によって、公害が各地で相次ぐようになりました」
「また、世間一般の家庭の中で、ぜひ所持しておきたい家電製品として、一九六〇年代には三種の神器と称して白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機の三点が、一九七〇年代になって、3Cとして、カラーテレビ、クーラー、自動車の三点が庶民の憧れとして認識、徐々に各家庭に普及していきました。
この家電製品の普及は地球環境に多大な変化をもたらしたことはいうまでもありません」
「冷蔵庫、クーラーなどに利用されているフロン。
このフロンは無味無臭で、燃えることもなく、しかも人体に無害というところから主に冷却剤、スプレーなどの噴霧剤、半導体や精密機械の洗浄剤として使用されることになりました」
「しかし、一九八〇年代、成層圏のオゾン層に開いた穴、オゾンホールが南極の上空で初めて観測、その後次第に拡大し、やがて、北極側の上空でも確認されるようになりました」
「オゾン層は地球を紫外線から守る大切な場所、オゾン層の破壊が激化すると日焼けしやすくなり、皮膚ガンの増加につながるとされています」
「そのオゾン層の破壊に関わってくるのがご承知の通りフロンガスです」
「フロンガスは冬季の低温下にて塩素ガスに変換されると、オゾンの酸素原子三つからなる分子構造を破壊して酸素にしてしまう性質を持つのです」
「特定のフロンガスは一九九五年末に生産が打ち切られ、代替フロンを用いた製品を開発製造されていますが、しかし、今も尚アジアなどの発展途上の地域では、この時代遅れの産物を使用せざるをない状況に陥っているのです」
「また、自動車の普及による排気ガス、工業の重工業化にともない増えていった噴煙は、多くの窒素酸化物、硫黄酸化物を大気中に撒き散らすことになりました」
「大気中に放出された窒素酸化物や硫黄酸化物は上空を昇っていき、やがて雲となり、雨として地上に降り注ぐことになります」
「この硫黄酸化物から生成された硫酸、窒素酸化物から生成された硝酸の交じった雨は酸性の度合が高まり、降り注がれることによって、世界各地で湖沼の酸性化による陸水生態系への影響、土壌の酸性化による森林の衰退などが起き、環境へ様々な変化を与える結果となりました」
「森林の伐採も人間が及ぼした地球への環境破壊行為の一つです」
「この森林伐採は日本の高度成長期、日本で住宅の建設ラッシュを迎え、その為にアジア地域を中心に安い材木が輸入され、そこにある数多くの樹木が見る影もなく切り倒されていきました」
「地球上の様々な生物の生活の礎となっている森林。また、大気中の二酸化炭素を酸素へと変える働きを持つ森林。
熱帯地方の熱帯林は毎年中南米、アジア、太平洋地区を中心に毎年一七〇〇万ヘクタール、およそ日本の国土の四五パーセントが伐採や焼き畑などで消失しているといいます」 「豊かになり、電気のある生活が当たり前になった昨今、発電によっても二酸化炭素が多大な量が放出され続けています」
「太陽光線中の十五マイクロメートル前後の波長の赤外線を吸収し、地球を温暖化させる働きを持つという二酸化炭素。森林が消失し、砂漠化がされつつある現代、その二酸化炭素をどうすればいいのでしょうか?」
「大気中の二酸化炭素の量は一九六〇年、216.8ppmだったものが、1997年頃には363.8ppmと、1.5倍以上も増加してしました。
また、地球の平均気温は一九五九年には13.84度から、一九九七年には、14.4度にまで上昇し、二一〇〇年にはそこから2.0度上昇するとの見通しが立てられています」
「そもそも地球の温暖化がなされると一体どうなるでしょうか?」
「一つは温暖化によって、北極、南極の氷が解け始め、世界の平均水位が上昇するということで2100年までに50センチメートルの海面の上昇が見込まれています。
これは今海抜50センチメートルのところが全て海に沈むことになり、生物の生きていける場所が大幅に減ることになるのです」
「それだけではありません。温暖化によって気温が高くなると水分の蒸発が早くなり雲となる量が増えます。
雲は風によってある程度の距離を運ばれ、一定の重みに達すると自然に雨となって地上に降ります。
ところが、雲が重くなることによって、本当は風によって運ばれる前の段階である一定の重さまで達し、地上に落ちてしまうことになります」
「これはいわゆるヒートアイランド現象というもので、これによって、雨の降る地帯には、更に雨が降り積もり、洪水が河川の氾濫を引き起こし、雨の降らない砂漠地帯などにはますます雨が降らなくなるという悪循環が引き起こされることになるのです」
「そこでの特有の進化をしたものでないと、住むのは困難とされる不毛の地、砂漠。
その砂漠は毎年六〇〇〇万ヘクタールもの早さで広がっていき、UNEP、国連環境計画の調査だと来年の二〇〇〇年には耕作可能な土壌の三分の一がこの砂漠化するのではないかと予測されています。
地球上に生きる全ての生物がこれだけ棲息の場を奪われてしまったことになるのです」 「また、最近では、産業廃棄物、家庭ゴミを焼却した際に出るダイオキシンが問題化、高い濃度を示した、利根川下流のとある村では尻尾が生えたままのカエルが多数発見され、環境への影響が懸念されています」
「他にも工場廃水、生活排水による、河川、湖、海洋の汚濁。川の氾濫を防ぐために作った堤防によって結果的にもたらされた珊瑚礁の死滅。漁船の乱獲による魚たちの絶滅の危機など、数えたらきりがありません」
「今現在、植物の種の約14%、淡水魚、海水魚を合わせた魚類の種の約33%、鳥類の約11%、哺乳類の約11%が絶滅の危機にあり、年間約一千種もの生物がその種を跡絶えさせているといいます」
「これも全て人間が犯した罪なのです」
「これも全て人間が犯した罪なのです」
「この有様を人間が一体どうすれば責任をとれるというのでしょうか?」
「この有様を人間が一体どうすれば責任をとれるというのでしょうか?」
「簡単な話です。一刻も早く人間が人間としての生活を断ち切ればいい」
「環境のため、全ての生き物のため、人間が人間としての生活を断ち切ればいい」
「地球を守るため、全ての人間は抹殺すべきなのです」
奴らはこんな名前を名乗っていた……




