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人類全てが殺し合う  作者: 熊谷次郎
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第三章 三節

   3 一九九九年 四月 十九日 (月)


 


 岡崎から電話があってから週の明けた月曜日、僕はきちんと学校に出ていた。


 一日ズル休みをして、その後日曜があって僕は三日ぶりにこの校舎にやってきたわけである。そんな短期間の間に何かが変わったわけではない。そう、何も変わっていないの筈なのに、どういうことかいつもと景色が違って見えたのである。本当に何故なのだろう? 教室は相変わらずの陰気臭さだし、授業が始まると教師と生徒、全く噛み合っていない。どう考えても同じである。


 でも、僕の中では、何かが変わって見えていた……


 今日は四時限目が現代文かあ……


 そんなことを知らず知らずのうちに心の中で呟く自分にハッとした。どうして、そう考えると胸がドキドキするのだろう?


 わからない。何度思考を巡らせてもわからなかった。


 まさか、自分が恋なんかをしているわけではあるまいなあ……


 僕は固まる。


 そんなこと考えられるわけがない。


 女は敵だ!! すぐに人のことをけなすし、簡単に嘘をつく。


 あいつが僕にいってた、「私はあなたのこと、心配してるから」って科白も………多分嘘だ。




 そうだ。そうに違いない。


 でも、嘘で「何にもできない」だなんていうだろうか? 嘘であんななに泣くことができるのだろうか?


 わからない。…でもとにかく嘘なんだ。僕は女なんかを好きになっちゃいけないんだ。 僕は自分にそういい聞かせた。


 そう思い込むことで自分の浮ついた感情を押さえつけた僕。もう心臓が張り裂けそうに脈打つことはなくなった。


 しかし、何でだろう? 僕の体調はおかしなままだ。


 一つ一つの授業が終わって、四時限目が近づいてくるにつれ僕はだんだん体が震えてきたのだ。これは勿論寒さなんかの所為じゃない。


 どうして怖くなってきたのだろう? 一体、何が怖いのだろう?


 今日は本当にわからないことだらけだ。自分自身が嫌になる。


 僕は何がしたいのだ? …まさか、本当にそうなのか? いや、やっぱり駄目なのだ……


 結局、僕は四時限目の現代文の授業をいつも通り保健室で迎えた。


 心に少し罪悪感が残るがもう仕方ない。僕は授業の終わりの時間をベッドの上で座りながら待っていた。


 チャイムが鳴ると、案の定は先生は僕のことを様子を伺いに来る。


 「本当になんで授業に出てくれないの?」


 先生は悲しそうな声を出す。僕は先生の顔をまともに見ることさえできなかった。


 頭の中を何かモヤモヤしたものが駆け巡るけどそれがうまく言葉になって出てこない。 どうすればいいんだろう?


 そんなのわかるだろう。しゃべるしかない。言葉で話さないとなんだってうまく伝わる筈がないじゃないか!!


 「…怖かったんだ」


 やっと出てきた僕の言葉。先生はその科白に「そう」と相槌を打つ。


 「いじめられる子達がそんなに怖かったのね」


 僕は目を見開き、先生のほうを向く。


 「違う!!」


 思わず叫んでしまった。


 先生は驚いた顔をしている。


 僕は慌てて次の言葉を声のトーンをぐんと落として話し始める。


 「…違うんだ。そう違う。


 最初僕は先生のこと、軽蔑していたんだ。しかも、ただ女の人だからっていう理由で何となく差別してた。女はすぐに人の悪口をいうし、いい男の前ではすぐに媚へつらう。僕は今まで女にいいようにいわれっぱなしだった。だから、女とは距離を置かねばならない、関わってはならないって自分の中で勝手に決めつけてたんだ。


 だけど、先生は違った。僕には悪いことは何にもしないし、それに……僕なんかのために泣いてくれた。


 嬉しかった。でも、そしたら急に今までの自分が嫌になり出したんだ。そんなふうに僕が先生に偏見を持ってたっていうことが先生にわかったらどうしようって怖くなってきた。


 ごめん、ごめんよ……」


 僕はずっと保健室の床に目をやっている。


 そうだ、先生は悪い人じゃなかったのに……


 僕は他人を悪くしか思えなかった。僕にとって先生もその例外じゃなかった。僕は一つの歪み切った物差しでしか物事の判断をできなくなっていたのだ。そんな他人を変な目でしか見ることのできない、他人を信じることのできない人間に誰もついて来てくれるわけがない。


 「ごめん、先生、もう何もしなくてもいいから。僕なんかに何もしなくていいから……」


 僕は先生の方と反対側に体を向ける。


 俯きながら僕は先生が怒って保健室から出ていってしまう姿をずっと想像していた。そうだ、これが僕の罰なんだ。


 だけど、先生は動く様子もない。ようやく聞こえたと思った足音は入り口へと着くほどの長さを必要としないまま途切れる。僕は驚いて顔を上げると先生は目の前にいた。そして僕を抱きかかえると、僕の頭を優しく撫でてくれた。


 「ありがとう。本当のことを話してくれて。


 私もね、河原君に前あんなことをいったけど、本当は不安だったの。私がいくら、心配してるって口に出したって河原君が信じてくれなきゃ意味がない。ずっと私の空回りだもんね。


 ただ……」


 ただ?


 「意味もなく嫌われていたっていうのがちょっとショックだったかな。でも今は平気なのね?」


 僕は小さく頷く。


 「うん、それを聞いて安心した……」


 先生はにっこりと微笑む。僕は恥ずかしくなって頭を下げる。


 「河原君、ありがとう」


 先生は僕の肩をポンポンと叩くと次の授業の準備があるのか急いで保健室を立ち去った。


 先生の笑顔が僕の頭に残る。


 ……なんかスッキリした。


 …そうか、僕は……


 その後の言葉を僕はそっと自分の胸の中にしまった……


 


 次の授業、先生はきっと僕が教室で授業を受けてくれるのを期待していたであろう。


 でも僕は変わらず何故か、保健室に直行していた。


 そんな僕をやっぱり先生は授業が終わると怒りに駆けつける。


 「…なんで授業に出られないの?」


 先生のその言葉が重く伸し掛かる。


 それでも次の現代文、僕は授業を休んでしまう。次の日も、そのまた次の日も、僕は授業を休む。


 すると、先生は当然の如く僕を叱りに来る。


 こんなことが何日も続き、遂に僕は学校をズル休みまでしてしまった。


 そして、その誰もいない家の中で僕はあるものを待つ。


 …トゥ………


 呼び鈴が鳴り始めた途端、僕は即座に受話器をとった。


 その先の相手はパート先の母親であり、僕の昼ご飯のことで電話をしてきただけだったので、僕は怒って受話器を叩き付けた。


 僕がこんな無駄なことをしてまで待っているのは、先生がかけてきてくれるであろう心配の電話であった。


 僕は明らかに岡崎先生に恋をしていた。


 でも、アプローチの仕方が全然わからなかった。今まで人とうまく接してきたことなんてなかったから。


 だからこそ僕は、初めに先生が僕に話しかけてきてくれたときのシチュエーションを必死になって踏襲していた……





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