第三章 一節
第三章
1 一九九九年 四月 十六日 (金)
>あのう、俺、CDっていいます。
>俺、この間、FMラジオを聴いてたらさ、いきなり雑音が入ってきて、気味の悪い言 葉が入ってきたんだよ。
>こんな感じのさ。
「一九九九年七月一日午前九時、この世にバーサーカーが次々と現れ、人々を殺戮の彼方へと誘い、世界は破壊と混乱の渦に巻き込まれるだろうーー」
>何か俺、聞いちゃいけないようなものを聞いちゃったかなーー
これは一体どういうことなのだろう?
こんな珍奇な文に、僕が相槌を打って、このチャットの奴らに嘘を本当のことと偽って認識させろっていうことか?
どうしたんだよ、stranger。今までのデマは、アニメとかのフィクションのありもしない、あってもなくても、いいような嘘だったじゃないか。そう、そのデマが流れることによって何かが変わるわけでもない。
でもこれは、現実に起こりそうもないことをあたかも本当に起こったかのように欺瞞している。起きてないことを起きたことのように変えようとしている。
それこそ僕は本当の嘘つきになるんじゃないのか?
風間や羽島、山岸達みたいに。汚職が好きな政治家みたいに。不倫をミサイルを飛ばしてうやむやにしようとしたどこかの国の大統領みたいに。
そこまで考えて僕は固まる。
今までとどう違うのだ?
楽しい嘘?
そんなものが本当にあるのか?
デマを流した奴のみが楽しいって思えただけで、もしかすると誰かしらに傷つけているかもしれないじゃないか!
どうして楽しいなんていい切れるのだ?
結局僕は嘘つきなんだ。嫌いで避けてた、嘘つきの同類なんだ。自分の気持ちを平気で誤魔化す嘘つきなんだ。
お前は前、他人を動かす力が欲しいと願ってたじゃないか。だからstrangerのデマ流しに協力した。そしたらstrangerは友達になってくれたじゃないか。人の付き合いなんてまるで知らない、疎まれっぱなしのガリ勉野郎に。彼は唯一無二の友達なんじゃなかったのか? 友達を裏切るのかよ。もう二度となり手がいないかもしれない友達をさ。
…お前いってたじゃないか。もうこれっきりにするって。これさえ終わってしまえばstrangerにやめたいっていうんじゃなかったのか?
そうだ、これが最後なんだ。
これが終わってしまえばお前はもう嘘なんかつかなくていい。
だから…… …もういい、やってしまえ!!
モニターにはstrangerの打った文字への反応が寄せられている。どれもこれもが「エーッ、マジかよー?」「本当か?」といった否定的なものばかり。
僕は急いで彼の言葉を補足するような言葉を打った。
>すみません、突然割り込みさせて頂きます、<最速エンジン>というものです。
>CDさんの話、興味深く聞かせてもらえました。
>実は僕、もう一人、その放送とやらを聴いたという人物を知っているのです。
>彼は教室中大声を上げていっていたのですが、信じる人間はだれ一人いませんでした 。
>彼は広末涼子のファンで毎週広末のラジオを聴いていたとのことで、彼がいうにはそ の放送中に、突然そんな妙な声が流れてきたのだそうです。
>また、彼がいうには、電波が流れた瞬間、外では車のアイドリング音がしていて、で っけえ音だな、早く向こういけ、と思っていたときにその音がしたそうです。
>彼は急いで窓を開けると、外に街灯に鈍く光る青いワゴン車が通り過ぎていったとの ことでした。
>僕も嘘だと思っていたんですが、まさか同じものを聴いた人がいたなんて本当に驚い ています。
ワゴン車の件は、今僕が咄嗟に考えたものだ。
電波を受信したとなると絶対に発信源がないとおかしい。
それも、ある程度の人数が聴けたというのでなければ困る。だが、そんな大勢の人間が聴けるほどの大きな電波を出すとなるとこれはもう申請が必要であり、無許可だと電波法の立派な法律違反である。そんな怪しいものがあればとっくに新聞記事になってもおかしくないだろう。
となれば、もう、法律圏内の電波で、ということになる。
日本では、十五メートル以内までしか届かない弱い電波であれば法定外なのだ。テレビのリモコンなんかもこの弱い電波の一種といえるだろう。リモコンでは言葉は送れないから専門の機械が必要である。
実はこのようなミニFM中継機、秋葉原なんかでも売っている。
しかしその嵩張る機材を持っている姿は一目で怪しい。仮にその怪電波の発信を実行する人物がいるとするなら、たった一人の人物に受信させるという前提なら自室で運良く受信してくれる人間を待つしかないが、ここでは全く面識のない二人が、ーーまあ二人がたまたま同じ地区に住んでいたともいい切れないのだが、それはこの場合考えないとしてーー少なくとも別々の場所の二人が同じ内容の電波を受信したことになっている。その条件を満たすのならば、これはもう機材ごと移動するしかないであろう。
そこで思いついたのがワゴン車だ。
別に普通のワゴン車でも十分機材をおくスペースはあるのだろうが、ワゴン車のほうがなんだか胡散臭い雰囲気が漂う。
青という色は……ただstrangerがくれた手紙が異様にその色に固執してたからという理由で取り入れてみただけだ。大した意味はない。
しかし、自分でここまで考えてみて一つだけ引っ掛かることがあった。これが一体何なのか、自分で考えていて何も思いつかなかった。仕方なくこれをそのまま送ることにする。
僕はそのメッセージを入れたのだが、やはり皆、疑っているようだ。そうだろう。いくらなんでもそれはおかしいのだ。
何故、いちいちその家の中の人間がスイッチを入れているのかもわからないラジオなんかに電波を発信するのだ? しかも、入れられていたところで、周波数が合っていないとやはり受信されない。大体範囲が狭すぎるだろう。もともと神がかりな確立でしか受信してもらえないのなら、せめて電波を強くして広い範囲に届くようにするしかないだろう。
それに………うんーと、ええと……そうだ、アマチュア無線を使って毎日同じ言葉を繰り返し発信していた方がずっと効率がいいのではないか?
>さてはおまえら面識があるな?
いよいよチャット上で僕らの言及が始まった。
こんな責められっぱなしの状況じゃあ、チャットを降りるわけにもいかない。降りてしまえばそれが嘘だっていっているようなものだ。
>そんなわけないじゃないか。
などという言葉を入れても、全く信憑性がない。自分たちの地名をいったって、そんなのは信じ込ませるだけの材料にはならない。
strangerは一体どうするつもりなのだろうか?
失敗を失敗と認め、諦めてしまうつもりなのだろうか?
>おいちょっと待てよ!
ー何か今聞こえた。
僕は「えっ!?」と思った。
彼はさっきまで散々僕らを馬鹿にしていた、<DH制不採用>であった。
>聞こえるんだよ。ー今試しにラジオをTOKYO FMに合わせてみたらさ、へーー んな声で、さっき誰かがいってたようなことがさ。
>マジだって、マジ!!
…本当だろうか?
僕は一瞬だけ部屋を見回そうと思ったのだが、もともとラジカセやコンポの類は持っていないことに気づく。こんな有様じゃあ調べようがない。
…strangerは今回に限って、本当のことを送ってきたのでは……
まさかと思って僕は無意識に口に手を当てる。
そんなわけがない。strangerは今日のは自信作だっていってたじゃないか。それがこれは嘘だっていう、何よりの証拠だ。
でもそれだと、同じことをいい出したもう一人の存在の説明がつかない。
そうだ、strangerは友達に手伝ってもらったのではないか?
…だって、そうとしか考えられないじゃないか。もしかすると今までのデマ流しがうまくいっていたのもその友達の見えない誘導のおかげだったのかもしれない。
…えっ!? strangerに友達がいる?
じゃあ、僕はなんでstrangerにデマ流しに誘われたのだろう……?
どれもこれも説明がつかない。僕の中で何かいろいろなものが壊れていくような感じがしている。
何なんだ? この胸騒ぎは何なんだ?
どうして今日に限ってこんなデマを流すんだ?
僕はすぐに頭に浮かんだことを必死に否定しようとする。
そんなわけないよな? 今までのは僕に対する単なるお膳立ての前戯で、今日のデマが本番だなんてことは……
モニターの中ではもしかしてその電波は本当にあるのではないかという方向に進み始めている。
僕はすぐさま、キーボードを叩いて「さっきの話は僕が考えた作り話だ」とその場に送り付けてしまいたかった。
でも、strangerは僕の友達なんだ。どんなことをしても裏切れないんだ。
僕は結局最後まで目の前で繰り広げられる会話を見続け、返答の必要があれば、調子の合わせた言葉で繋いで、strangerのデマの片棒を貫き通した。
………
チャットから降りた後、僕はすぐにstrangerのアドレスにメールを送ろうと思った。
今日のあれは一体どういうつもりなんだ!!
彼にそれを僕が納得するまで言及させたい。
…だが、おかしい。strangerのメールアドレスに何度やっても繋がらないのだ。登録してあるアドレス帳から取り出してみただけでなく、実際にそのアドレスを文字で打ってみたのだけどやはり駄目だ。繋がらない。
もしかして、strangerは登録を抹消したのではないか……
そうか、やっぱり僕が考えた通り、strangerは今日のデマのことが目的でしかなかった。strangerにとって僕はただ自分の目的が済むまでの一つの駒に過ぎず、それが終わればあっさりと捨てられる運命にあったのだ。
…何故、僕はstrangerのことを友達だとか思っていたのだろう……?
僕は彼の顔も、住んでいるところも、名前さえも知らなかったのに……
そう思うと、自然と目に涙が溢れた。
家の外、遠くのほうで救急車のサイレンがいつまでもいつまでも鳴り響いていた……




