過暴領域
教官は運ばれてきた紅茶を一口、口にして話を始めた。
「信城寺のことは知っているな?」
「ええまぁ宇甘さんとは歓迎会の時話しましたから」
「ではTriggerを彼が融資してくれていることも知っているだろう」
それも、歓迎会の時話してくれたことなので無言で頷く。
「では、彼が孤児を引き取っているということは知っているかね?」
「いいえ、それは初耳です」
「アイツは孤児の引き取りを行っているんだ。まあ孤児院の真似事みたいなものさ。
昔からお人よしなんだよアイツは」
なんだかその口ぶりからは相当長い付き合いがあったようにうかがえる。
「相当長い付き合いなんですか?」
「そうだな、だがその話はまた今度にしてやろう」
また一口紅茶を飲むと向き直り、ここからが本題だというように真剣な表情へと変わる。
「はっきり言えば彼女らも孤児だ、身寄りもない彼女らを信城寺が引き取った」
「それは…孤児院かどこかからですか?」
「いいや、本部だ」
本部…ということは。
「虚構因数学会…ですか?」
その名前を聞いた瞬間に教官は顔を真っ赤にして
「なんでお前がその名前を!お前もしかして本部の人間か!」
憤ったような表情で僕をにらみつけてくる教官の目は笑ってはいない。
「いやいや!ただ授業見学をした時に冴木さんから名前を聞いただけです。それに名前を知ってちゃまずいことがあるんですか?」
「取り乱してすまない…」
一度大きく息を吐いた教官はまるで情緒不安定な子供のようだ。見た目が8歳にしか見えないのだから、よりそう見えてしまう。
ただ、ここまで教官が取り乱すということはそれだけ深刻で複雑な問題なのだろう。
「一部の職員以外は本部というのは警察か何かだと思っているんだ。なんせ警察と同等の活動ができるライセンス発行ができる機関なんて警察か国かしかないと思うだろう、普通なら。だが実態はそれ以上に黒く大きな組織だ」
そういえば冴木先生はライセンスのことも言っていた気がする。確か、自分たちで独自に自警団としての活動を行えるだとかなんだとか。
「冴木は教師以前に学者だからもちろん学会の存在とライセンスのことはよく知っているんだ。もちろんそれは私もだ」
「どういうことですか?」
「一応本部の人間っていうことさ、私も冴木も信城寺もな」
うーん、わかったようなわからないようなはっきりしてこない。
「少し寄り道してしまったが、学会のやつらは人体実験を行っている。しかも彼女らで」
人体実験?
彼女ら?
この場合の彼女らは十中八九でハッピーガールズのメンバーのことだろう。
「そんなところは見たこともないし、なら止めれば――」
「何度も言わせるな、一度落ち着いてすべてを聞け」
さっきまで感情的になっていたのは教官のほうじゃないか!と突っ込みたいところだがここはそれを抑えておく。
「私たちTriggerというもの自体が実験なのさ」
「は?」
「以前こんな事件が発生したことがある」
教官が差し出してきたのは一枚の新聞のスクラップ。
「暴走能力者による破壊事件…」
それにはこう書いてあった。
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暴走能力者による障害・破壊事件
7月15日正午。
県内の軍事施設にて突然有能者が暴れだす事件が発生した。その時容疑者は異技能の訓練を行っていたとみられている。
容疑者はパイロキネシスを持っていたとされ周囲50メーターの範囲が焼き尽くされたとされている。その後容疑者は射殺された。容疑者はその時平常心を失っており正常ではなかったとの証言もあり、当局は能力の暴走の可能性を視野に入れて捜査中。これより異技能の安全性を見直すべきだとの意見が多く挙げられている。
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「これがいわゆる、過暴領域と呼ばれるやつだ」
冴木さんの授業でこれも聞いた気がする。内容までは聞けていないが。
「一般的に人間は多数の演算を行っている。だがそれ以上に、能力を使うときにはもっと大量の演算を行うことにより制御を可能にしている。この演算量が能力の強さであり、有能者のリミッターとなるわけだ」
それは有能者の僕自身もよく理解しているところだ。
電気系能力の僕でもいくら頑張っても放電はできない。できないというよりも脳が自らストップをかけてしまうのだ。
「ただ、無理にリミッターを外すと過暴領域が発生する。演算が追いつかなくなり自分自身で能力の制御もできなくなってしまう。なにより、体がもたない」
制御できなくなり、自我も忘れてしまうが、パフォーマンスを向上できる…。
「トリガーハッピー…ですか?」
「そうだ、学会の連中はこの一件から過暴領域を制御することを思いついた。トリガーハッピーというのは一種のトランス状態で、その人物の限界以上のパフォーマンスを実現できる。学会はこれを応用した人体実験を繰り返し、トリガーハッピーによる異技能のリミッター解除には成功したらしい。だが被験者の体はついていかず何人もが命を落とした」
「そんなの違法じゃないですか!」
「そう、でもそれが本当の学会の正体だ。被験者は全員孤児だから特に誰も気にしはしない。そして彼女らも被験者だった」
「だった…?」
「彼女らは適合者でね、能力暴走に耐え切った娘たちなのさ。そしてそれを信城寺が引き取ったんだよ。Triggerという軍事部隊を作り、実用実験を成功させることを約束にね。本当に彼らが成功すると思っているのかそれとも、データサンプル程度にしか思っていないのかはわからないが、それでも学会で実験をさせられるよりも何倍もましだ」
「それでも人体実験なんて…そんなのやめさせるべき――」
「もちろんしたさ、だがダメだった。結果を出さない限りTriggerは存続することもできない」
僕はこの発言に憤りを覚えた。
組織のために彼女たちには犠牲になってもらう…そんなニュアンスが含まれているように聞こえたからだ。
「そんなにTriggerという組織が大事なんですか!彼女たちはどうなってもいいと!」
「いい加減にしろ!身寄りのない彼女たちが今この街にほっぽりだされてみろ。それこそ学会の思うツボじゃないか。それにTriggerで働いている人間たちはどうなる。職員は?家族は?社会はお前が思うほど単純にできてはないんだ」
最初だけ強く言うと教官は僕を諭すように言った。
「だから酒々井、頼みたい。彼女らを絶対に死なすことのないように…。彼女らを絶対に殺すことがないように…頼む」
それは泣きそうな、それでも力強い意志のこもった声だった。
突然のことで僕は「はい」と一言しか言うことができなかった。
この時、なぜ教官が僕にこんな事を言うのかはわからなかったが、それは彼女自身の心からの声だということだけは感じ取れた。
ちょっと長く書きすぎたかも…説明的過ぎかもしれませんがなんとか書いています。
わかりにくいかもしれませんが読んでくださりありがとうございます!