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閉店!

「これ程の贅沢は無いな―――」


 入浴の際に安らぐ香りの付いた滑らかな泡での全身の洗濯と、まるで体が溶けてしまうかと錯覚するほど心地よいお湯に浸かり心の洗濯を済ませたベイルーは、風呂上がりの一杯(ビール)をそう評価した。


 いくら家族とは言え、年頃の娘と裸の付き合いをするのを躊躇い。渋々と妻と娘に【湯】の使用を先にさせたベイルーであった。が、二人はお風呂から上がった際に妻はビール、娘は珈琲牛乳をそれはそれは美味しそうに一気に飲み干し、その後。用意された浴衣に袖を通し、洗面台でこれまで体験したことの無い類いの品々を平の説明を思い出しつつ実践し、その品質に戦々恐々とし始めた頃、とうとう我慢できなくなったベイルーはロビーから突入した。


 妻と娘に「遅い!遅い!」と文句を言いつつてきぱきと自身を包む服を脱ぎ散らかし、まるで幼い少年のように浴場へと突入を果たした。そんなベイルーを「仕方ないな」と言う半笑いの気持ちと、「申し訳なかった」と言う苦笑いの感情をもって見送った妻と娘。娘の方にはその二つの感情に加え、『父の裸』への若干の嫌悪感を抱いていたりしたが、今日だけは我慢しようと自分の感情にそっと蓋をしていた。


 ゆっくりと入浴を堪能したベイルーが腰にタオルを巻いただけの姿でビールを一気に煽り、その顔をだらしなく崩す。ふと視線を洗面台に向かわせると未だに何かしらのケアをしている妻と娘が視界に入った。

 どうやらベイルーが入浴を堪能している間も飽くことなくせっせと美容に勤しんでいたようである。


「そろそろ終わりそうか?」

「――――そうですね。もう少ししましたら終わりになると思いますわ」

「そうか。では、終わり次第タイラ殿に【食】を案内してもらおう。――――では、私はもう一杯―――」


 短い段取りの話を妻と終え、いそいそとビールサーバーの前へと移動するベイルー。各種ソフトドリンクや、コーヒー、紅茶、銭湯でのお決まりであるコーヒー牛乳、フルーツ牛乳などには目もくれず鬼気としてビールを煽る。その表情はまるで新しいおもちゃに我慢ができていない子供のようであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「お待たせしました。御用を承ります」

「やぁ、タイラ殿。湯浴みは大変快適だった。次は【食】。食事を頼みたいと思ってな」


 ロビーのカウンターにて呼鈴を鳴らしたベイルー一家。程よく体に熱が残り、その頬はうっすらと赤く色づいている。尤も、ベイルーに関しては入浴の効果でそうなっているのかは甚だ疑問ではあるが―――そんな彼らは初めての浴衣に袖を通し、その肌触りにうっとりとし、入浴によって上がった気分が更に上昇していた。

 そんな彼、彼女等の前にカウンターの奥の扉を潜り平が現れた。次なる『開店』を頼まれ、快く頷き案内を開始する平。


「これはまた――――豪華ではある。――――が、落ち着く造りだ。無駄に輝く綺羅びやかな場所より落ち着いて食事出来そうだ」


 平により案内された戸を潜ればそこには木製のカウンターと畳を敷いたお座敷があった。それらを優しくオレンジの光が照らし出す空間は、『居酒屋』と言える様である。


「こちらのカウンターにてお食事をするか、お座敷に上がっていただき座って食事にする事が出来ます。お座敷は履き物を脱いでいただく事になります。どちらになさいますか?」


「『お座敷』?初めて聞く言葉だ――――異国の文化か?ふむ――――普段とは違う空間、食事だ。この際初めての体験は纏めて受けてみようではないか」

「畏まりました。―――こちらのテーブルに備えてあります『メニュー表』にてご注文を承る事が出来ますが、面倒であるならば此方で選定し、お出ししますが?」


 浴衣と同じ様に初めて履くスリッパを脱ぎ、お座敷に上がる。各々楽な姿勢で座ったベイルー一家は視線を交わし、二言三言言葉を交わし「タイラ殿にお任せしよう」と、返答する。チラリとメニュー表を見たが聞いたことの無い料理名ばかりでとてもではないが『これが良い』と言う見当すら立てられなかった為だ。


 更に平はもう1つベイルーたちに訊ねる。料理の出し方をどうするのかを平自身が決めあぐねていたのだ。

 料理を順序良く、タイミング良く出す『コース式』。

 順序やタイミングなど気にせず片っ端からテーブルに並べる『宴会式』。


 この場の造りや雰囲気で言うなれば『宴会式』だろうが、ベイルーたち貴族の位を持つものや、ある程度の裕福な者たちは(イスに)座って食事する場合『コース式』が主流である。また、『宴会式』とは言わず『パーティー』、『立食』、『ビュッフェ』と言われる物は馴染みがあるが、『立食』とある様に立って食べる形である。


 これらの事柄から平はどちらが良いかを聞いたのだった。


 そして、ベイルーたちが選んだのは『宴会式』。先程ベイルー自らが発言した『初めての経験を纏めて受ける』を変えるつもりはないらしい。



「畏まりました。お飲み物はどうなさいますか?」

「私と妻にはビールを頼む。娘は「お父様。わたしも『びーる』が飲んでみたいです」――――ビールを3つ頼む」


「畏まりました。少々お待ちください」


 頭を下げその場を辞し、ベイルー一家から目に映らない様に厨房に入っていく。尤も、この場を辞した事に意味があるのかは甚だ疑問であるが、平の考えとして「料理は裏から運ばれてくるもの」と言う謎の拘りを持っているための行動である。


『厨房』と言える位置の部屋(カウンターの奥)に移動した平。だがそこには何もない。水道1つなく、ガスコンロもない。更に調理器具1つ置いていないただの部屋であった。


 唯一部屋を飾るのは中央に鎮座するステンレス製の台1つ。

 その台に平は歩み寄る。台の上には魔石が剥き出しのままコロコロと転がっている。


 台の、魔石の前まで来た平は目を瞑る。

 それと同時に再び淡く光ると言う同じ反応が起こり始めた。そうして発行する事数秒。魔石たちが強く発光する。それは『閃光』とも言える程の光量であった。


 そんな光は一瞬の内に収まり、魔石は消失。変わりに台の上に乗っていたのは色とりどりの料理。

 中には冷たい趣向の物もあるが、多くの料理はホクホクと湯気をたてている。


『揚げ物盛』『焼き鳥の盛り合わせ』『チーズ揚げ』『天ぷらの盛り合わせ』『山芋ステーキ』『モロキュウ&梅キュウ』『牛ステーキ』『豚ステーキ』『唐揚げ』『おでん』『お好み焼き』『たこ焼き』『ピザ』『枝豆』『漬物の盛り合わせ』『サラダ&各種ドレッシング』『冷奴』『煮魚&焼き魚』『フライドポテト』


 実に様々なそれらを軽く一眺めし、確認したように頷く。本来ならばこの品々に『刺身』や『馬刺』、『鳥刺し』等と並べたい平であったが、生食の文化のないこの国ではかなり忌避されるため仕方なしに並べていない。

 残念に思いながらもそれを顔には出す事なく、平は台に並ぶ料理の中で一番の大皿である『揚げ物盛』を片手に持ち、もう片手にはビールジョッキを3つ持ち、踵を返した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 次々とテーブルに並べられる料理の品々は一目で自分の知識外のものだと、未知の経験(食事)を出来るものだとベイルーは理解した。


 自分がこれから感じるのは『未知の世界』。

 それを味わう事の出来る幸せ。知る事の出来る幸せ。

 そして、未知への恐怖と期待。


 ない交ぜの感情は興奮となり、若干鼻息が荒くなっており、風呂の熱も酒の熱も覚め始めているにも関わらず頬は上気している。そんな人として些か羞恥を含む行動をとっていても周りからは誰も指摘が来ない。


 平にしてみれば「この人もそう言う性格()だったか」と言う既に何度か見たことのある光景に苦笑するだけ、そして、慣れていない筈の周りの人。ベイルーの妻と娘はベイルーと同じ様に興奮して目線は料理に釘付け。ベイルーと違うのは必死に興奮を隠そうとしていることだが、それが出来ているかどうかはまた別の問題だったりするのは指摘しない方が良いことだろう。


「で、では、いただこうか!」

「ご不明な食べ物があればお聞きください」


 この世界のこの地域での食事開始の合図は本来『祈り』がある。

 特に貴族となるとその『祈り』は必ず行う様に躾られるのだが、今この場にその『祈り』を重要視するものは残念ながら居なかった。


 興奮がほぼ頂点に達していて、目の前の料理以外に思考が働いていない。平の発言すらスルーしている。


「仕方無いかな?」と思いつつ平は物陰に隠れるようにし、ベイルー等3人から見えない位置に移動する。いつ声が掛かっても対応できる様にと平が創った店だからこそ出来る配慮であった。


 普通の飲食店ではいくら見えない位置とは言え、近場に控える事は出来ない。何せ他にも客は居るのだから従業員の手が足りなくなるのは当然だろうし、例え従業員が余っているからと言って各テーブルに一人の従業員を付け、常に側に控えさせていたらうざったく思われる可能性が大だろう。


 ではうざったく思われる様な事をやざわざ平が行うのかと言えば、相手が貴族であるからだ。


 貴族でなくても一定以上の裕福な者たちに『開店』を行う場合は【湯】以外では側に控えるようにしている。それは何故かと言えば、普段の彼ら彼女らの日常には誰かしらが側に控えているからである。その為、近くに居たとしても特に何も悪感情を抱かれることはない。逆に側に控えていなければ「対応が遅い」と文句を言われる可能性の方があるだろう。


 これとは逆にうざったく思われる可能性が高い一般人の場合は側に控える事はない。例外は極たまに居る『貴族の様に食事したい』と依頼してくる場合のみ側に控える様にしてある。


 それはさておき。

 ベイルーらはテーブルに並べられた料理に夢中であり、酒に夢中であり、雰囲気に夢中であるため平の心遣いになど気をやる余裕がない。


 が、


「た、タイラどのぉーー!ビールが無くなった!!代わりを頼むぅー!!」

 視界に写らぬ平は奥へと行ってしまったのだろうと勘違いをし、大声で平を呼ぶベイルーであったが、スッと現れた平に一瞬ビクリと体を浮かせたが、直ぐ様ビールの御代わりを注文する。


「頼めるかな」「わたくしもお願いします」

 ベイルーだけではなくその妻も便乗しビールを催促する。


「タイラ様。他のお酒はありませんか?」

 ただ一人、娘だけはビールをキレイに飲み干してはいたが別のものを欲しがるが、残念ながらメニューにあるお酒の名前では今一つどんな酒なのか判らなかった為、平へと問いかける。


「出来れば甘めでスッキリとしたものが良いのですが・・・・」


 娘の要望を聞いたベイルー夫妻は「何を無茶な」と眼で娘へと問いかける。


 それもそのはずでこの世界にあるのは『葡萄酒』。所謂『ワイン』とビールに似た『エール』、甘いと言えるのは『ハチミツ酒』と『果実酒』。後は地方でチマチマと家庭だけで楽しむ程度にある少々珍しい、又は珍妙な酒の類い。


 これらに共通してある味は『酸味』。

 一件酸味があるとスッキリとしそうな印象を受ける。が、その酸味は『しつこい』と言えるものであり、スッキリとは程遠いものである。


 更に要望である『甘くてスッキリ』とするものとなると『ハチミツ酒』と『果実酒』を候補に挙げざる終えないのだが、先程も述べた通り、酸味がある。―――いや、強すぎる酸味がある。その上、『しつこい』のだ。

 それと同時に甘味も『しつこい』。


 とてもではないが『甘くてスッキリ』した物とは掛け離れていると言わざる終えないだろう。


 それ故にベイルー夫妻は「無理だ」と断じ、娘へと視線を投げ掛けたのであったが――――


「畏まりました。少々お待ちください」


 そんなベイルー夫妻と自分で言っておきながら「何を無茶な」と思っていた娘を置いて厨房(らしき場所)へと消えていった。





「お待たせしました」


 平が持ってきたのは注文のあったビールが2つ。そして、娘が頼んだ『甘くてスッキリ』したお酒は頼んだのが一人にも関わらず2種類の酒を持ってきていた。


「こちらは『梅酒』と言います。そして、こちらは『日本酒』と呼ばれる物になります」


 まずはビールを頼んだベイルー夫妻に素早く配膳し、娘の前に1つのグラスと徳利と杯を配膳しそれぞれの名前を指し示す。


『梅酒』。

 言わずと知れた梅を使った日本の酒。砂糖を使った酒で、当然甘味がある。更に梅の風味が口を、鼻を通り抜ければスッキリした感想を持てる酒である。

 ロックで飲むとその原液の濃さによりスッキリとした味わいは半減、とまでは言わないまでも幾分かは減少する。その為、平は水割りを持ってきていた。


 だが、言ってしまえばこれはこの世界にある酒を水で割れば済む話でもあった。流石に現代技術で作られた(平の創った)梅酒の方が安全性も風味も味も上であるが、ただランクアップしただけと言う感は拭えないだろう。

 勿論それでも娘は満足するだろう。しかし、それでは、それだけ(・ ・ )では平は物足りないと考える。折角の『開店』。心行くまで『未知』を満喫してほしいと思っていた。


 そう考えるが故の『日本酒』。

 お酒を嗜む者、嗜む者でも日本酒を呑まない者は『キツい酒』や、『辛い酒』など思われるだろう。だが、キチンと味わえば甘味も感じることが出来る。勿論『辛口』になれば甘味はその分薄れることになるが――――


 これら2つを前に娘は期待感を高めていた。


 贅沢かつ、美味。更に未知と三拍子揃った食卓を整えた平が用意した2つの酒。

 特に娘が今まで見たことがない『徳利』に入っている『日本酒』。


 常に穏やかで、冷静な表情をしていた平が僅かにではあったが『誇らし気』に出したのに期待感が上がらない訳がなかった。


 そうした期待感を日本酒と梅酒にもち、より多くの期待をもつ日本酒よりも先に梅酒に手を伸ばした。どうやら、『美味しいもの』『好きなもの』を最後に残し楽しむ質であるようだ。


 コクりと一口。

 口に含む前から香っていた甘さと酸味の匂い。今まで感じたことのない香りであったにも関わらず不思議と落ち着くことの出来る匂いに首をかしげながらの一口であった。その一口は未知に対する若干の恐怖を表すように極少量であった。


 が――――――


「!!!!」


 口に含んだ瞬間に今まで香っていた匂いよりも更に強烈な香り。暴力的とまでも言えそうな香りにも関わらず、その香りは彼女の心を体をほんのりと暖めた。


 香りの区分は相も変わらずの甘さと酸味ではあったが、口に含むことでより一層深く感じることとなった。

 口当たりは円やかで甘さをキチンと感じることが出来るのにも関わらず、同時にほのかな酸味も感じることができた。


 その酸味と鼻から抜ける爽やかな香りのお陰で後味はスッキリと、サッパリとしていていくらでも、いつまででも呑んでいられる。そう感じてしまう。


「――――すごく。スゴく美味しいです」

「それは何よりです。こちらもお試ししますか?」

「勿論いただきます」


 娘の返答を聞き、お猪口を渡す。


「不思議なカップですね?」

「こちらは『お猪口』と呼ばれるこのお酒を呑む際の専用のカップになります。普段お使いのものからすると随分と小振りかと思われるでしょうが、こちらのお酒は少々酒精が強めですのでこのくらいが丁度良いかと―――――少々熱目ですのでお気をつけて、どうぞ」


 説明をしながら酌をし、お猪口に日本酒が満ちるとそれを勧める平。酒精が強いと説明を受けたからか恐る恐るチビりと杯を傾ける。ほんの僅かしか口に含まなかったが、その味の強さと酒精の強さに驚く。


 それと同時に確かな甘味とまるで水であるかの様なサッパリとした口当たりを感じて二度驚き。


 喉を通過し、胸を熱くさせるその酒精の強さに三度驚く。


「―――――――ホゥ」

「いかがですか?」


 感嘆の息を吐き、暫し呆ける娘。


「―――――大変素晴らしいと思います。―――――ただ、私には少々酒精が強すぎる様でして、然程量を楽しめそうにないのが残念ですね」

「そうですね。このお酒を大量に呑もうと思うならば、ドワーフほどの酒豪にならねば無理でしょうね。ですので、少量を少しずつ楽しまれるのが良いかと思います」


「仕方のないことだ」と娘にニコリと笑い掛けて日本酒の飲み方を述べる。実際に平もそれほど酒に強い訳ではないが、日本酒は好きであったため、今述べた様な飲み方をしているのだ。


「た、タイラ殿。私たちにも同じのを頼めるか」

「畏まりました。少々お待ちください」


 娘の幸せそうな呑みっプリに俄然興味が湧き、注文をするベイルー。勿論妻の分も頼み結局一家全員が同じ酒を飲むことになった。


 その後娘と妻は梅酒を飲み続け、終わりの頃に日本酒に切り替えて少量を楽しんだ。

 ベイルーは男らしく(?)日本酒をカパカパと飲み続け、妻と娘が日本酒に切り替えた頃には顔をにやけさせて夢の世界へと旅立っていた。







 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「むぅ―――ぅ――――あぁ?あ――――たまが痛い――――」


 モソモソとベッドの上で悶える男。

 相当な頭痛が襲ってきているらしくその顔を盛大にしかめていた。


「私は――――どうしたのだったか―――――?」

「お酒を盛大に飲まれてお眠りになられたのですよ」


 男の―――ベイルーの置かれている現状への問い掛け。とは言えそれはただの独り言。それに答える普段から聞き慣れた声音。

 ベイルーの問に答えたのは寄り添う妻の声であった。


「そう――――だったか。いや、すまんな。労を掛けたようだ」

「然程ではありませんでした。予定よりも早めに【食】が終わったので、余った魔石で【泊】を頼みましたからそれほど労せず貴方を運ぶことが出来ましたし、実際に運ばれたのもタイラ様でしたから」


 事の顛末聞き、納得するように数度頷くベイルー。


「成程。道理で何時もよりベッドの質が良い訳だ。この掛布も肌触り滑らかな上、随分と温かい」

「これは『羽毛掛け布団』と言うそうですよ。何でも布の中に鳥の羽を詰め込んでいるそうです」


「全部か!?」

「ええ」


 ベイルーは朝一番から驚愕する。

 己を包む全てが鳥の羽であると言われ、それを実際に作る際にどれだけの労があるかを考えた。

 布団を手で押し込んでもふんわりとした感触しかない。『はね』と言えば骨の様な芯がありもしそれも使っていたならば何処かに固い感触があるはず、だがこれにはそんな感触はない。と言うことは実際に使われているのは、ほぼ『毛』と言える部分のみであろうと予測する。


 鳥一羽から手のひら程度の量がとれる程度だろう。その鳥一羽から羽を全てとる労力、ここはまだ理解できる。実際に鳥の羽を使った品があるので理解しやすい。が、そのあとが問題であるとベイルーは考えた。


 羽から毛だけを選り分ける労力。更に人一人分を軽く包む程の大きな布の袋にこんもりとする程の量を準備する労力。


 このどちらもが多大な労力が必要であると想像できたのだ。


 これを実際にベイルーが用意したとしても慢性的な品切れを起こしていると用意に考えれる。改めて平の力の素晴らしさを思い知ったのだった。






 名残惜しくベイルー一家は着ていた浴衣から普段の服へと着替え、一家祖揃い踏みで平へと挨拶に向かった。


「昨晩は醜態をさらしてしまったようだ。すまない」

「いえいえ。それも含めて私の仕事になりますので、気にしないで下さい。―――――ところで、昨晩の【食】で予定していた魔石が大分余ってしまいましたが、どうなさいますか?」


 ベイルーと共に当初決めた魔石の使用料は予定していたよりも少なく、およそ3割程が残っていた。


「む?妻から余った魔石で【泊】を頼んだと聞いたが?現に私は何時ものベッドではないベッドで起きたしな」

「確かに奥様からの要望で余った魔石を用意て【泊】を追加『開店』致しましたが、未だ予定数の2割残っています。私から提案させていただけるならば、軽めの朝食を御用意したいと思いますが、いかがでしょう?」


 軽く朝食を―――と言っても普通に一般的な一人分の朝食を3人分用意できる量の魔石が余っている故の平の提案であった。


「おぉ。そうか!では頼もう。――――出来ればサッパリと食べれるものが良いな。恥ずかしながら昨晩の酒が残っているようでな、今一食欲が湧かんのだ」

「畏まりました。では、昨晩【食】を利用された場所に移りましょう。そちらで御用意致します」






 そそくさと移動を完了するベイルー一家。何処かそわそわとしていて落ち着きがなく、楽しみを目前に控えた子供のようである。


 食欲が湧かない等と抜かしていたベイルーも落ち着きなくそわそわと、今か、今かと平が現れるであろう方向へと視線をチラリチラリと向けていた。


「お待たせしました」


 平にとっては直ぐ様準備して出てきたつもりだが、ベイルーたちから見れば漸くであった。だが、そんな事に目くじらを立てたりはしない。

 何故ならば直ぐにご機嫌になったからである。そこに本人たちに怒る気があったかどうかは本人達にすらわかっていなかったりするが、まぁ、どうでもいいことであろう。


「あぁ―――タイラ殿。これはいかんな。うん。これはいかん。ダメすぎるぞ!」

 合間合間にズルズルやゾゾゾと啜るような音を響かせながらベイルーは否定の言葉を口にする。


「お口に合いませんか――――」

「いやいや。そうではない!ただ――――な」


「止まらなくなる」「普段の生活に戻れなくなりそうで、ダメな食べ物」「つまりは美味しいです」と言うことらしい。


「いかん」や「ダメ」と間違った言葉遣いが出てしまうほどにお気に入りなった。と言うことで平は納得し、胸を撫で下ろす。


 今回準備したのは日本人ならば必ず食べたことがあると言って良いほどの庶民的な食べ物。


『お茶漬け』である。


 より細かく言うなれば梅鮭のお茶漬けであった。


 あっさりと食べられるお茶漬けではあるが、鮭は濃厚な魚の旨味を持っている。鮭の旨味を味わえば、梅の酸味が口の中を引き締め、米の甘味が酸味を優しく包み込み口内を落ち着かせる。


 軽く朝食にしたり、二日酔いを起こしている場合等にはお茶漬けは悪くない選択だろう。更に、古来から二日酔いに良く効くと云われている梅干しを使ったのも間違った選択ではないだろう。そこに何故か加わっている鮭は完全に平の好みであったのだが――――まぁ、ベイルーは気に入っているのでこれはこれで別にいいだろう。


 二日酔いに効く等と良くある迷信と思われなくもないが、実際はある程度の科学的根拠も立証されていて、全くの無効とも言えない。尤も梅干しに限った話ではなく、他の『二日酔いに効く』とされる物でも、個人個人での好みがある為、人体的作用としては効果的でも『苦手である』と言う理由から余計に気分が悪くなる可能性もあるが―――――


 多少の博打感があることに配膳した後に気付き、「やっちまった!」っと少なからず不安が胸中に渦巻いていた平であったが、そんな心配は完全なる杞憂で、ベイルーがガツガツ、ズズズーと、妻と娘もスプーンで一口ずつ(すく)い御上品に食していた。


 尤も。御上品に食べているにも関わらず茶碗の中の物の消費スピードはベイルーと遜色ないスピードで消費されていたりする。

 何とも不思議な光景である。


「うんむぅ―――――――真に美味であったが――――もう少し量が欲しい」


 二日酔いはどこへやら―――ベイルーはまるで何も食べていないと、空腹であると訴えるようにお腹を(さす)っている。


「わたくしたちはもう十分です。タイラ殿有り難う御座いました」

 妻と娘は朝からそれほど多くは食べない様で、二人揃ってあたまを下げてきた。


「畏まりました。ベイルー様にはもう一杯御出ししましょうか?」

「うむ―――――頼めるか?」



「問題ありません」

「そうか――――では、頼むとするかな」


 了承の意を頭を下げることで伝えた平は、再び厨房らしき場所に引き込み、己の魔力のみで一杯のお茶漬けを用意した。


 魔石は【買い】で消費予定の分に追加で使い、予定よりも多くの商品を手にとって貰おうと考えていた平は、『梅鮭茶漬け』を己の魔力だけで都合した。


 己が創り出したお茶漬けを眺め、不意にほっこりと笑みを溢す。

 その笑みは、懐かしさを感じなからも何処か悲しい影を落としていた――――――― 



◇◆◇◆◇◆◇◆



 食事が終わり、朝早くから準備が完了していた【買い】の扉まで案内をする平。相も変わらずの木製の引戸を潜れば、またしてもベイルー一家を驚愕させる空間があった。


【買い】とは所謂【ショッピング】のことであるが、平の準備するそれはコンビニ程度の空間だけで、ショッピングセンターや、ディスカウントストアの様な広々とした店舗ではなかった。


 だが、品揃えは普通のコンビニとは打って変わって豊富である。しかし、品目は豊富ではあるが、地球の様に一つの品目に対して複数の種類があったりはしない。つまり、マスクは普通のマスクしかなく、使用された材料が違うマスクであったり、別の会社が作ったマスクであったりするものは置いていない。


 マスクは一種類。缶コーヒーもブラック、微糖などの味の違いが有るものは準備されているがそれぞれ一種類しか置いていない。

 そうする事で他の商品を置くことが出来、普通のコンビニでは置いていない様な実に様々なモノが配置されていた。


 因みに平は事細かに設定すればちゃんと色んなモノが創り出せる。缶コーヒーなど数十種類のものを創ることが出来るのだ。


 が、今回は『色々な物を見て買いたい』と最初のうちにベイルーから要望を聞いており、この様な形をとったのだった。


 実際に店内に置いてあるのは、『食品』『食材』『飲料』『調味料』『酒』『タバコ』『お菓子』『スイーツ』『日用品』『美容品』『化粧品』『便利グッズ』『趣味に必要な道具類』『おもちゃ』『文房具』『雑貨』『掃除道具』『衣服類』『靴』『装飾品』。


 実に様々で、置いていないものは基本的に電気を使用するもの以外は平が思い付いた物を置いてある。


「た、タイラ殿?随分と品数が多い気がするのだが、魔石は足りておるか?まさかとは思うが、これら全てを持って帰って良いのか?」

「残念ながら違います」


 説明なくこの場に来ると皆勘違いされるのだが、そんな贅沢な仕様にはなっていない。


 今この空間に在るのは全部サンプル的なものだ。

 確かに目の前に存在しているし、触れる。唯一損なわれているのは食品関係の味だけでその他は、見た目も感触も(味はしないが)食感もある。けれども、『この空間以外では存在できない』と言う縛りを受けた物である。


『この空間以外では存在できない』と定義することにより創造コストが大幅にカットされる。それを利用してこの空間と一緒に創り出し、お客に対して説明しやすく、理解されやすい。平にとっても説明がやり易い。と言う効果をもたらしたのだった。


 因みに。

【食】で出した料理にこの『存在できない』縛りを付ければ、勿論コストは格段に減るが、飲食を済ました後にその空間から出た途端に空腹になると言う現象が起きる。勿論酒を飲んでいれば酔いも綺麗サッパリと無くなるのだが、長時間その空間に居た後に出てくると、酷い場合は突然の栄養失調や脱水症状を起こしてしまい、下手を打てば命の関わる問題が起きる。更に、いきなり体の中にあるものが無くなると言う現象が身体的に負担となるらしく、先に述べた症状以外に問題が発生したりする。


 そんな危険な事は態々やる必要性はないと考えた平は、当然ながら【開店】の提供内容には入っていない。疑い深い者には味のしない食品を与え、「これでいいならば可能である」と伝えることにしてある。当然ながらそんな物を欲しがる人などおらず、皆納得し潔く引いてくれている。


 と、ここまで詳しく話す必要は無いため、ベイルーには『この空間でだけ存在する物』と説明し、実際に手に取り欲しいものを選んでもらう様に説明を施し、自分はレジ(平の拘りで用意した)に行き、一家の様子を眺め始めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 この【買い】の取引の仕組みは魔石をポイントに換算し、そのポイントを使って買い物が出来るようになっている。当然それぞれの商品に必要な魔力は違うため、10ポイントで買えるものもあれば、10,000ポイントもする商品まである。


 実に様々な商品の前に悩み。ポイント価格を計算し、用意したポイント内で欲しいものをより多く手に入れられるように悩む。直感に従って買いたいものをグッと我慢し、本当に必要か否かを吟味する。


 買い物をするとは、『悩む』事とも言えなくもないだろう。

 そう考えるならば人は『悩む』と言う行為さえも楽しむ事が出来る何とも逞しい生き物ではなかろうか?


 それはさておき。


 瞳をキラキラと輝かせ、真剣に商品を吟味し、用途がわからないものは素直に平に尋ね、ポイントがまだ余っているからとニヤニヤと商品を選び、ポイントが足りなくなったと意気消沈しながら手に取った商品を前にどれを諦めるかと首をかしげる。


 自分の故郷の物を前にこれだけ悩み、嬉しそうに、楽しそうにしてくれている。それを眺めている平は誇らしくなり、胸の奥がポカポカと温かくなるのを自覚していた。


 幾分かの時が経ち、3人はそれぞれが分けたポイント内で買いたいものを平が立つカウンターに広げてきた。


「一応私たちの計算上足りているはずだが、問題はあるかな?」

「確認致します」


 ベイルーが持ってきたものは、仕事にでも使おうと思ったであろう『文房具』、意識を失うまでしてもまだ飲みたい『日本酒』とついでとばかりに小瓶サイズの『酒類』。


 妻は余程気に入ったのであろう『梅酒』。そして、『美容品』と『化粧品』。最後に少量ながら『スイーツ』。


 娘は母と同じ様に『梅酒』を持ってきていたが、『美容品』や『化粧品』は極々少量で、その他は『お菓子』と『スイーツ』で占められていた。若さゆえの余裕と自制が効かない欲望のままの商品選びの様に思えた平は心内で苦笑いを浮かべた。


「確かに丁度ですね。いやはや、ベイルー様たちはお買い物がお上手ですね」


 褒め言葉を口にしつつ、平は少し驚いていた。中々狙って出来るとは思えない用意できたポイントの全消費。『消費税』は勿論の事無いが、それでも平は感心してしまった。


 酷くどうでも良いことではあるが―――――


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「では、これにて【不思議開店】の全依頼を完了します。またのご利用お待ちしてます」


 報酬として幾分かの魔石を貰い、ベイルー一家に別れを告げ、その足で街を後にした平は、再び己の恩人を探す旅に出た。





 平の【開店】の能力。

 正確に言うなれば【創造】と言うべき能力だが、この能力の正式名称は誰も知らない。平自身把握できていない。


 良くある創作の物語では『ステータス表示』を行え、その機能でもって己の能力の力や名称を把握できているが、この世界ではそのようなシステムも、道具も、能力も存在していない。


 よって、己の能力は自分自身で使い、どの様な力を行使できるのかを手探りによって把握し、好きなように名称を決める。

 大まかな能力の分類はこの世界の学者により提示されているが、皆己の力にはやはり特別を夢見る者が多く存在し、ありきたりな分類の名称などは使わない。


 一方の平はと言うと、この世界の学者によって提示されている能力の分類にはどれにも分類出来ず、悩んでいるうちにどうでも良くなってしまい、安直に【お取り寄せ】と呼ぶようになった。


 が、【お取り寄せ】では強力な力(武力や兵力、破壊力)と言える様々な品をも使えることを周知されると考えた。そうなると善からぬ者に狙われ、命と自由の危険があると危惧し、周囲には【不思議開店】と名称を告げていた。


 同じ理由で己が出来る【開店】は『娯楽』や『利便的』な物しかないと流布し、己の身を守ろうとしたが、結果は『一国の滅亡』であった。


 例え『娯楽』や『利便的』な事だけであっても、それを手に入れた国は、他の国に対して圧倒的有利に立てる。更に自国民、歯に衣着せぬ物言いならば、自分達だけは極楽の生活が送れると欲に目が眩む王族や貴族たちによって平はその身を狙われた。


 一般の国民たち、所謂平民たちの中でも平を狙う輩は小数は出てきたが、王族や貴族によって排除させられた。自分達の欲望のためにそれこそ、あらゆる手段を用いて平の安全(・ ・ )を作ったのだった。


 が、より過激に、果敢に平確保に動いた国に対して平はキレた。


 襲ってきた騎士団は、『神への、命の冒涜』として頑なに禁じた【生物創造】にて創り出した『化け物レベルの戦闘能力』を有した生物にて殲滅した。


 陸海空を縦横無尽に行動できるように考え、【龍】としか言えない姿形の小山サイズの者を【リカク】と名付け、自分にしか従わず、自分には絶対服従の縛りを設けて創り出した。

 リカクには常に自分の護衛をさせるために、『透明化』と『縮小』の力も与え、町中では小さくなり、同時に透明にさせて、自分の周辺に居る事にさせた。


 直接騎士団に命を下した王族の城にはリカクでの報復はせずに、ミサイルを城へとプレゼントした。


 これにより、その国の中心人物と言える者たちはたまたま死亡し、国として機能を喪失。その他の貴族が舵取りをしようとしても欲望に負け、平確保を実行し、再びリカクが暴れ、ミサイルのプレゼント。


 三度目のそれらが終わったときには誰もその国の舵を取ろうとせず、国民には愛想を尽かされ離国された。


 結果的に残ったのは小数の貴族だけだった。

 その貴族たちも他国へと渡りをつけれた者は他国へと。どうにも出来なかった者は平民へとなり、ごく一部は自害により、この国は滅亡したのだった。


 これによって平は『手出し無用』、『国が滅びる』と印象づけされ、『依頼』が来るようになり、平和な生活を送れるようになった。





「さて、リカク。次の街まで乗せてくれ」

『ヴルルル』


 発声や念話などの力を与えられなかったリカクは喉をならし、透明化を解除。更に元の大きさである小山サイズになり、平が己に乗りやすい様に頭を垂れた。


 鱗や毛を掴むことでヒョイヒョイとリカクの上に登った平は頭部の(たてがみ)の中に体を包ませ、両の手で毛を掴み落ちないように多少の力を込める。


「じゃ、リカク、出発だ」 


 気負い等微塵もなく、極々自然に発した平の声に従って、リカクはその巨大な体を使い天空へと昇っていった。










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