#55 修学旅行〜最終確認〜
しばらく座り込んだ後、俺は明に肩を貸してもらいながら、自分の部屋へと戻っていこうとしていた。
「大地」
3階へと上がろうとする階段手前。
そこには、俺の名前を呼ぶ声の持ち主は空だった。
「雫はどうだった?」
いたって普通に。
心の傷を負っていることを気付かれないように、雫の事を聞いた。
「今は疲れて寝てる。ちょっとした捻挫だってさ。一週間もすれば歩けると思うって言ってたよ」
「そうか。ありがとう」
空は小さく首を横に振った。
「大地…」
何か言いたそうな顔で俺を見つめる。
「何? なにかあったか?」
「…本当に、俺…雫ちゃんとっちゃうよ?」
え?
「大地、それでもいいの?」
雫を空に取られる?
…いや、今更何を考えているんだ。
雫は空が好きで、空は雫が好き。
俺が諦めればいいだけの話。
難しい話じゃない。
難しい話じゃないけど…。
俺が何も言えずに、その場に立っていると、先に空が口を開いた。
「明日、俺は雫ちゃんにはっきり好きと言う。そこで何が何でも雫ちゃんを手に入れるから!」
空の顔はいつもと違って、真剣な表情だった。
この街に戻ってきてから、こんな真剣な表情を見るのは初めてかもしれない。
「そ、空…」
俺が言葉につまっていると、空は階段を上がっていく。
立ち止まっている俺を見かねて、隣にいる明が「行くぞ」と呟いて歩き出した。
部屋に着くと、さっきまでの疲れがどっと押し寄せてきて、さっきの会話を気にする余裕も無いぐらい、俺は睡魔という悪魔に未知の世界へと引きずり込まれた。
――――――そこは見慣れた町並み。
人がぞろぞろと歩いている中心に俺は立っていた。
立ち止まっているというのに、誰一人として、俺を気にも止めようとしない。
なぜだ? どうしてだ?
そんな中、俺は周りを見渡していると、ある建造物の柱の隣に一人の少女がいた。
その容姿は完璧で、百人中百人が見ても可愛いというだろう。
俺は、その可愛さのあまり、とっさに話しかけようとする。
「おい、君!」
俺がそういうと、ふとこっちを向いて彼女はニコッと笑った。
しかし…その笑みは俺に向けられているものではなかった。
気がつくと、俺の隣には、俺…いや…これは空か?
その空の顔を見るのをやめ、もう一度女の子の顔を見る。
そこには美人モードの雫が立っていた。
何かを楽しそうに話している。
そして、雫と空は手をつないで俺の下から去って…
「うわぁ!」
俺は飛び起きた。
「ゆ…夢かよ」
けど、この夢もそのうち現実になるんだろうな。
「どうした…?」
どうやら明が俺の声で起きてしまったらしい。
「わりぃ、起こしちまったか」
ふと俺は近くにある時計に目をやる。
―――5時半。
普段の俺なら、もう一眠りするところなのだが、目が覚めてしまったようだ。
もう一度、明のほうに目を向けると、どうやら寝てしまったらしい。
ここにいてもすることが無いから、俺はそっとドアを開けて一階のロビーへと向かってみた。
階段を一段一段下りるごとに、太ももに痛みが走る。
どうやら、昨日の出来事で筋肉痛になったようだ。
そんなことを考えていると、ロビーに着いた。
そこには、椅子にゆったりと腰を下ろしている雫の姿があった。
「大地…」
先に声を出したのは雫。
雫の言葉の後に俺は「足、大丈夫か?」と聞いた。
「うん。だいぶ腫れも引いて、全然大丈夫だよ」
ん?
空の話だと、全治一週間じゃなかったのか?
「そうか。よかったな」
「大地…その、ありがとう」
「…おう」
なんだか気まずい雰囲気が流れてしまった。
「今日、行けないんだ」
「え?」
「今日の自由行動。足を捻挫しちゃったでしょ? だから、今日はホテルで大人しくしておきなさいって先生が」
そうだったのか。
「そっか。ゆっくりしておけ。土産買ってきてやるよ」
ありがとう、と微笑む雫を見て俺は心に何か染みるもの感じた。そして、もう俺に向けられることは無いんだよなと考えると、悲しみがこみ上げてきた。
だけど、これを表情に出すわけにはいかない。
「あ、もう皆が起きる時間だね。部屋に戻らなきゃ」
そういうと、雫は一人で立って、捻挫した足を少しかばいながら戻っていった。
俺は、その姿を眺めた後、明が待っているであろう部屋へと足を進ませた。
夢の世界のようなものを、書くのは初めてで、かなり困惑しました。
かなり分かりにくいかもしれませんが、そこのところはお許しください。
次回はちょっとかわった書き方をしました。