#53 修学旅行〜強制連行〜
「雫か!?」
俺はそういいながら、急な坂をゆっくりと下りていった。
一番下まで行くと、少し大きな石に腰をおろしている雫がいた。
「大地!」
「雫!」
そう叫んで、俺はギュッと雫を抱き寄せた。
「大丈夫か?」
「う…」
その反応からすると、どうやらどこか怪我をしているらしい。
「どこだ?」
雫はもう一度石に腰を下ろし、そっと右足のズボンを少し上げて、足首を俺に見せてきた。
「ひでぇな」
そうとう腫れている。
骨折とまでは行かないが、どうやら捻挫をしているらしい。
「だ、大丈夫!」
そう言う雫の足をギュッと握ってやると、小さく『痛ッ』と呟いた。
「馬鹿か。無理するな。今、助け呼んでやるからな」
そう言って、俺は右ポケットに手を突っ込んだ。
…あれ?
「無い」
確かに朝の山登りの時には入れていた携帯が、ポケットから消えていたのだ。
「馬鹿じゃないの」
どうやら、俺が携帯を忘れてきたことに気付いたらしい。
「せっかく助けてやったのに、馬鹿よばわりは無いだろうが」
「別に、助けてなんて言っていません」
そう言って雫はそっぽを向いた。
こんの…。
「そうかい、そうかい! じゃあ俺は一人で帰りますよ! 空でも呼んで、この人目につかない場所でイチャイチャしていればいいだろうが」
「だ・か・ら・なんで、大地はいつも空の名前を出すのよ! 大地なんか、早く由梨さんの下へ帰ってあげたほうがいいんじゃないの!?」
「そうさせてもらいますよ!」
そう言って、俺は立ち上がって去っていこうとした。
その時、再び雫の『痛ッ』という言葉が耳に入った。
くそっ。
なんてお人よしなんだ、俺は。
「早く、乗れ」
俺は再び雫の下へ寄って、腰を下ろしおんぶが出来る格好になった。
「ば、馬鹿じゃないの!? 恥ずかしいじゃない!」
「恥ずかしいのか、ここで死ぬのかどっちがいい?」
「死ぬほうがマシよ!」
はぁ、この女はどこまでも…。
俺は雫の手を持って、強制的におんぶの格好になった。
「な、何するの! 降ろして!」
「却下」
「も、もう…」
諦めたのか、俺の腰の上で暴れるのをやめた。
とりあえず、この急な坂を上るしかないのか。
一歩踏み出してみる。
…なんか無理そうだぞ。雨でドロドロになった地面に足がとられそうだ。
俺は別ルートが無いか探してみる。
…無い。
はぁ、と大きく息を吐いて俺は意を決した。
急な坂に挑戦だ。
雫の重さプラス地面の不安定な坂を、この強靭な太ももでなんとか上りきった。
そして、あたりを見渡すと真っ暗になっていることに今更気付く。
周りで何も足音がしないということは、どうやら捜索をしていないようだ。
そのまま正規ルートに戻り、俺はもう一度雫を背負い直した。
「大地…」
俺の背中で何か言おうとしている。
「…何?」
「あ…」
「何だよ」
俺がもう一度聞くと、大きく息を吐いて「ありがとうね」と呟いた。
この言葉を聞けるのも、あと何度あることか。
こいつをホテルまで連れて行ったら、多分保険の先生が雫の面倒を見るのだろう。
そして、そのあとは今までと同じ、空のもとへと行ってしまう。
…今度から学校へ行くときは、電車の時間を変えなきゃ駄目だな。
俺はそんなことを考えながら「気にするな」と答えた。
そして、雫を背負って歩くこと1時間、なんとかホテルまで着いた。
そこには、先生と明、朋子、そして空が立っていた。
「雫ちゃん! 大地!」
そう叫んで一番に、俺達に近寄ったのは空だった。
「大丈夫?」
そう聞くのは空。
雫は小さく頷く。
その光景が、なんとも羨ましくて…まぶしくて。
「空、雫を保健室に連れて行ってやってくれ」
俺はそう言って、雫をそっとおろした。
空は大きく頷いて、雫に肩を貸し歩いていく。
それに朋子はついていった。
俺はというと、雫の姿が見えなくなった後、その場にどっと座り込んだ。
さて、最終話まであとこれを除き3話となりました。
最後までお付き合いお願いします。