#50 修学旅行〜断固無視〜
修学旅行2日目の朝。
昨日とはうって変わって、雲ひとつ無い晴れ晴れとした空になった。
気温もそこそこ暖かくて、カヌーをするにはちょうど良いぐらいだろう。
俺達はホテルを出る準備を終え、バスに乗り込んだ。
バスはクラスごとに乗るのではなく、イベント事に分かれて乗ることになっている。
パッと見る限り、俺が乗るカヌー組みのバスには20人ほど乗っているようだ。
中には雫の姿もあった。
「あ、大地君! 明君!」
そう叫ぶのは、雫の隣に座っている朋子だ。
人目を気にせず、手をブンブン振っている。
不良として恐れられている俺達の名前、しかも『君』で呼ぶ朋子にバスの中の人たちの視線が集まった。
そんなことを気にせず、朋子は俺達に話しかける。
「私たちの前に座りなよぉ! ね?」
いつもどおり朋子はテンションが高そうだ。
しかし、隣にいる雫は…どことなく元気が無い様子。
気のせいか?
…いや、俺と会うことが気まずいのだろう。
「おっはよ、朋子ちゃん、雫ちゃん」
雫たちの前の席に着くと、明がいつもの爽やかスマイルで挨拶をする。
「おはよう! 明君!」
「おはよ」
朋子が返事をし、その後に雫が挨拶をする。
俺も…挨拶を。
「おはよう…雫」
俺は、何故か雫限定だ。
「……」
どうやら、今回は無視のようだ。
前までは、朝の挨拶を無視されることは多々あったが、最近は挨拶をしてくれていた。
なのに、今日は挨拶をしてくれない。
悲しいぞ!
俺はそのあと、何も問わず明が座った席の隣に腰を下ろす。
後ろにいるのは雫だ。
どうしても、神経が後ろのほうに行ってしまって、なかなか心拍数が下がらない。
つまり、緊張しているのだ。
らしくない。
そのまま、目的地に着くまで俺は無言のままだった。
「お〜!」
バスを降りると、明が誰よりも早く声をあげた。
そこは自然という言葉がぴったりあいそうな川と森が見える。
どうやら、ここでカヌーをするらしい。
バスを降りたところから少し進むと、カヌーらしきものが見えてきた。
そこで名前順で整列をさせられて、カヌーを教えてくれる先生の話を聞くことに。
そうすると『イケヤマ』の俺と『イシガミ』の雫。
つまり前後になるわけだ。
前に居るしずくがどうしても気になる。
そんなことを考えていると、先生がよからぬことを言い出した。
「今回は二人一組でのってもらいます! いちいち決めるのが面倒なので、前後の子で乗って
もらうことにしましょうか」
言うのを忘れていたけれども、雫の前には先生しかいない。
つまり、一番前に座っているということだ。
ということは…俺と雫が乗るわけ
「で…えぇ!?」
俺がいきなり発したこの意味不明な言葉により、みんなの注目が先生から俺へと変わる。
「どうしました?」
「な、なんでもねぇよ」
俺は恥ずかしくなって、顔を背けた。
先生の説明も終え、実際に乗ることになった。
雫は前に、俺は後ろに。
危険だからと、熱心に先生があれこれ教えてくれた。
まぁ、前にいる雫が気になって、半分も頭に入っていなかったが。
「じゃあ行くよ」
そう言って、先生がボートを押していく。
そして、少し川の流れに乗ると、手に持っているパドルで水をかき始めた。
この川は普段から水の流れが非常に遅く、学生たちがやるのにはうってつけの場所だという。
気を抜いたら、すぐボチャンらしいが。
無言のまま漕ぎ始めて10分ほどがたったのだろうか?
この沈黙に耐えれず、俺はやっと口を開くことが出来た。
「し、雫…カヌー面白い?」
「……」
「…雫?」
どうやら無視らしい。
この状況で緊張のあまり、昇天しそうな俺にこの扱いはひどいものだ。
勇気を出して話したというのに。
その後も少し話しかけたが、全てスルー。
結局、今日は一言も話してはくれなかった。
…どうして?
無視をするんだ?
空を好きになったから?
やっぱり…やっぱり、俺のことが嫌いになったのか。
俺は、ホテルの布団の中、明にバレないよう声を出さないように泣きながらその日の夜をすごした。
最近、大地が泣きまくってます。
すいません。
男の涙は…ね。