#49 修学旅行〜二人の夜〜
「ごめん…」
抱きついた後、俺が最初に言葉を発した。
「抱きついて、ごめん」
由梨は涙を流しながら驚いた表情で顔を横に振っているけど、やっぱり駄目なものは駄目なのだ。
…けど、抱きついたことによって、なぜか心が少し軽くなった気がする。
少し沈黙をおき、俺は話し始めた。
「俺、好きな人いるんだ…」
だから由梨とは、もう戻ることは出来ない。
そう言おうとしたとき、由梨の言葉が俺の言葉を遮った。
「石上雫ちゃん…でしょ? 3組の」
そこまで知っていたのか。
…なんという情報収集能力だ。
「…昔から大地は顔に出やすいの。」
涙も止まったのか、ニコッと由梨は笑った。
「だけど、私は…諦めたくない。大地の事が好きだから」
俺は何も言えず、ただ黙って由梨の言葉を聞いていた。
「…心配だったの。今日ずっと大地おかしかったから」
「由梨…」
「余計なお世話だよね。ごめん…」
そう言って、下を向いてしまった。
悪くない。
由梨は悪くないんだ。
「謝るなよ…」
「うん」と頷いて由梨は無理やりニコッと笑いながら俺に「元気出してね!」というと、走り去って行ってしまった。
ドアを閉め、俺はベッドの上で寝転んだ。
しばらくすると、ドアの開く音がした。
どうやら明が帰ってきたようだ。
「大地、起きてるか?」
「おう」
俺が返事をすると「そうか」と呟いて、何かを机の上に置いた。
「飯、少し無理言って持ってきてもらった。ちょっとは食え。元気でねぇぞ?」
「ありがとう」
素直にお礼を言って、ご飯にありついた。
「大地、雫ちゃんだけどな…」
「大丈夫だから」
雫の事は聞きたくない。
せっかく、心が少し軽くなったというのに。
「大地…」
「そ、それよりも、ご飯やっぱり豪華だったな! うめぇ。持ってきてくれてありがとよ」
俺はできるだけ笑みを作って明にそういった。
しかし、明は真剣な表情で俺を見ている。
「何があったんだよ?」
「いや…その…」
明、唐突過ぎるぞ。
少しは前置きというものを持ってこようよ。
「なんで、お前は黙ってんだよ…俺達、心友って言ったじゃねぇか」
「明…」
拳にグッと力をいれて、明は腕を振り上げた。
殴られる。
そう思って、俺は目をつぶった。
コツン。
その音は、明が俺の頭を殴った音。
いや、つついた音といったほうが正しいか。
「正直に話せ、この野郎が」
ニコッと笑う明は、いつもの明だ。
「あのさ…」
俺は、空が俺に告白してくる話から、さっきの空が雫に告白するところまでを順を追って話した。
「そっか…」
大体の内容を理解したであろう明が一番初めに発したのはこの言葉だった。
そして、続ける。
「けど、その話だとまだ雫ちゃんは返事をしてないんじゃないか?」
「でも! …でも、あの表情は…」
あの表情は、恋をしている顔だった…。
「大地、少し落ち着け。雫ちゃんは空に好きだと言ったか? お前のことを嫌いと言ったか? もし、お前の言うとおり、雫が空を好きだとしても、奪い取ろうとは思わないのか? そんなネガティブな思いを捨てて、一回しっかりと雫ちゃんと話してみろ。今日の飯の時だって、わざわざ雫ちゃんが俺に『大地、大丈夫?』って心配して聞きにきたんだぞ? 望みを捨てるなよ」
明はそういい終わると、俺が食べ終わったご飯の皿を手に取った。
「明日は、イベントがあるんだ。雫ちゃんと一緒にカヌーを選択したんだろ。この関係を打開するいい機会じゃねぇか」
ニッと笑った明に俺は「ありがとう…」と呟いた。