#48 修学旅行〜心の崩壊〜
「雫…」
外へ出ると、車の走る音と雨が地面とぶつかる音が聞こえてきた。
声にならないような声で『雫』と発音されている音は雨の音と車の走る音で消されていく。
「雫…」
もう一度名前を呼んだ。
名前を呼んだところで、何も変わらないのは分かっている。
俺に降りかかる雨は涙のように体全体にへばりついていく。
そして傷がついた俺の心の中へと入り込んで、俺に痛みを味合わせた。
その痛みに負けて、涙がどんどんとあふれ出てくる。
「馬鹿野郎」
その声は後ろのほうから聞こえてきた。
声に反応して後ろを振り向くころには俺に降りかかる雨はなくなっている。
「あ…明」
「風邪引くぞ?」
明は持ってきた傘を俺の頭上で差す。
「う…ん」
「ほら、部屋に戻るぞ? 鍵ももらったし」
そんな優しさを持っている明に俺は従うしかなかった。
涙は押さえ切れないまま、声は出さないようにして部屋へと戻っていった。
途中、先生に心配されたが、明がなんとか誤魔化してくれたようだ。
俺は逃げるように部屋へと戻ったから、どうやって誤魔化したかは知らないけれども。
明はドアの奥で倒れている俺に「シャワー浴びろよ」とせかす。
俺は立つ気がしなかったが、明に半ば強制的に立たされ服を脱ぎ風呂場へと行った。
シャワーヘッドから温水が俺に降りかかる。
さっきの冷たい雨とは違い、どこか俺を癒してくれる要素があった。
シャワーから出る水の水圧に耐えられなくなった訳ではないが、俺はその場へと座り込んでしまった。
暖かい水が俺の顔に降りかかる。
そのまま少しボーとしていると、風呂場のドアが開いた。
「飯…食いに行くか?」
当然そこにいるのは明だ。
心配そうな目をしている。
俺は無言で首を横に振った。
「わかった」
ドアが閉まると俺は息を吹き返したかのように、その場にたった。
そしてシャワーの水を止め、体を軽く拭き服を着てベッドへと足を進めた。
部屋全体を見渡しても明がいない。
どうやらご飯を食べに行ったようだ。
ベッドの上でうつ伏せの状態になると、部屋のチャイムがピーンポーンと鳴り響いた。
けど今の俺にはそのインターホンを鳴らす主と会話をするなどの余力は残っていない。
しかし、次に聞こえてきた声で俺は不意に立ち上がった。
「私」
俺はドアの前に立ち、ドア越しで返事をする。
「何?」
「大地、ごめん」
謝るな。
「別に…悪くない」
「だとしても…」
「大丈夫だから」
ドアの向こうにいる人は少し黙った後、こういった。
「顔見て話したい」
それは困る。
今、お前の顔を見たら抱きついてしまう。
そんなことしたら…
「駄目…だよね」
悲しそうな声が、ドア越しに聞こえてきた。
「俺に好きな人いるの…分かってるよね?」
「…うん」
知っていると思ってた。
彼女は昔から、俺の感情のことは一番に気付くから。
「分かってるなら、一人に…してほしい」
その場から離れようとすると「大地!!」と呼ぶ声が聞こえた。
「私がいるじゃない…」
「由梨…」
そうドアの向こうにいる由梨なのだ。
雫じゃない。
もはや、彼女の声は泣いているように聞こえる。
どうしても放っておけなくて、俺はとうとうドアを開けてしまった。
そして、その場に倒れこんでいる由梨を俺は抱きしめてしまった。
その光景を雫に見られていたということを知るのは、もう少し後の話。
本当に、申し訳ない。
こんな展開になってしまって…。
もう少し、辛抱のほどよろしくお願いします。