第三話 ~出会い、出会い、そして出会い~
イヴァンの助け舟で事なきを得た、折り曲げ無効の書類の受理事件から一夜明けた。結局見学に行くことも忘れ、ロアとしては苦々しい思い出ではあるが大して気には留めていない。そんなことよりロアには気になることがある。ディアゲラのことは勿論だが、今日は初の仮任務なのである。今朝、仮任務の配属先も無事戦神の矛に決まったとの手紙が自宅に届いた。ロアの実家はサンティレアの隣町のキアブラーニという小さな町にあるが、イヴァンが国家魔法士になったと同時に二人でサンティレアに引っ越した。昨年まで兄のイヴァンと二人暮らしをしていたが、ロア自身が試験を受けるのとほぼ同時期に一人暮らしを始めた。現在はペスタ外壁近くの小さなアパートに住んでいる。
「・・・いつもよりかなり早いな」
自分自身でもそう思った。普段ですら5時半に起きる早起きっぷりだが、今の時刻は4時半。夏至の頃といえど、さすがに4時半はうっすら明るいだけで日は上っていない。しかし、不思議と眠気は全くなかった。
「ちゃっちゃといつもの鍛錬だけ済ませてしまうか・・・」
ロアはストレッチをしていると、何やら外が騒がしい。部屋の窓から外を見た。
「・・・ん?」
この地域はヘイグターレの首都と言えど街灯すらまばらである。そんな中、男女の会話が聞こえる。普段なら気にも留めないだろうが、明らかに様子がおかしい。目を凝らして見てみると、ひとりの女性を複数人の男性が取り囲んでいる。ナンパのような雰囲気には見えない。
「・・・。行くか」
ロアは家を出て、先ほど見かけた場所に向かう。4人の男たちはまだ女を取り囲んでいた。ロアがすぐ隣に来ても気づかない。しばし聞いていたが、どうやら男たちは女の借金の取り立てをしているようだ。
「・・・おい」
ロアは男たちに声をかけた。
「なんだ?」
「こんな時間にここで大声上げないでくれないか。まだここ一帯の住民は寝てるんだ。借金取りならよそでやってくれ」
「あ?」
「こいつの肩持つってのか?」
男たちは口々にロアに食って掛かる。
「借金したかどうかは知らん。返済が滞ってるのも知らん。ただ関係ない俺たち他の住民を巻き込むなと言っているだけだ」
「うるせえ。こっちだって生活がかかってんだ。こんな女一人の取り立てに時間割きたかねえんだよ」
「そうだ。なのにこいつさっきから”ごめんなさい”しか言わねえんだ、おい。何とか言ったらどうだ」
男の一人が言うように、女はずっとごめんなさい、ともう少しだけ待ってください、を繰り返している。
「だから騒がしいんだ。よそでやれと言うのが分からんか」
「あっち行っててくれ兄ちゃん。これは俺たちとこのアバズレの問題だ。話が片付きゃすぐいなくなるさ」
男はロアをうんざりした目で見た。うんざりしているのはこっちだ、と言うのをロアはこらえ一歩下がった。すると、
「おい、いい加減にしないとこっちにも手段ってもんがあるぞ?」
言うや否や、男の一人がそういうと別の男が女に向かって手をかざす。すると女は力なくその場に倒れ込んだ。ロアはその場で男たちが何をしたのか分かった。魔法で女を眠らせたのだ。
「おい。何する気だ」
「あ?簡単だよ。ちょいと労働してもらうだけさ」
「まあ、無事に帰ってこれるかはこいつ次第だけどな」
大方奴隷と言ったところだろうが、女性の場合多くは性奴隷となる。見ず知らずの女性だが、ロアはなんとなく許せなかった。
「・・・そいつの借金はいくらだ?」
「ん?どうした?兄ちゃんが代わりに払おうってのかい?」
「額によるが」
「6000ニクルだ」
「うっ・・・」
「やめとけ。こんなやつのために払う金なんてねえよ。こいつにはあっちで思う存分働いてもらう」
「騒がしくして悪かったな。とりあえずこいつにはしっかり対価を払ってもらうさ。こんな時間だ、兄ちゃんも家に帰ってもう一眠りでもしな」
ロアは一つ嘆息し、再び男たちに声をかけた。・・・すべてが分かった、否、ロアには分かっていたのである。
「なああんたら」
「なんだ兄ちゃん。こっちも仕事だから早く帰らせてくれよ」
「なに、一つだけ聞きたいことがあってな」
「なんだ」
「”金融取扱責任許可証”は当然持ってるんだろうな?」
男たちの表情が固まった。ヘイグターレでは、金融業を営む者たちは不当な金利や営業をしていないことを証明する”金融取扱責任許可証”を常に携帯する、若しくは国定金融業者のバッジを縫い付けた服を着用している義務がある。それは金融業者をあらぬ疑いや噂から守るものであると同時に、債務者の権利を守るものでもある。万一返済が滞った場合、業者は央神の光に申請すれば事実確認を経た後にいわゆる”取り立て許可証”なるものが下りる。取り立ての際にはこの取り立て許可証も必要となるのだが、男たちはそれらしきものをひとつも携帯しているようには見えなかった。男たちは黙ってロアを見つめている。ロアも見つめ返す。やがて男たちが痺れを切らしたのか、ゴキゴキと首を鳴らし始めた。
「兄ちゃんやるな。それを見抜かれちゃしょうがねえ。・・・ここで消えてくれ」
女を抱える男以外の3人は、それぞれの掌に淡く光を宿す。どうやら一戦交えることになりそうだ。
「おいお前ら、やれ」
魔法を使う際は必ず体のどこかしらに魔法陣が形成される。また、魔法の強さは魔法陣の緻密さに比例する。今男たちが使おうとしているのはまだまだまばらで、下等の魔法であることが見て取れた。
「輪炎に翠風刃、蒼廻波か・・・」
ロアは内心の笑いをこらえるのに必死だった。どの魔法もロアには5歳で扱えていた魔法だからだ。
「・・・格の違いを見せてやるよ」
そういってロアは左手の掌に男たちとは比べ物にならないほど緻密な魔法陣を浮かび上がらせる。それと同時に右手には左手ほどではないが十分細かい魔法陣を浮かばせる。
「お、おい!こいつやばいぞ!」
「なんだあの魔法陣、見たことねえ!!」
男たちは次々に戦慄し、顔から血の気が引いていく。それもそのはず、今ロアが両手に宿している魔法陣はどちらも識神の杖では教えられることのない魔法だからである。左手に宿しているのは”牢槍颶戟”という風属性の上級魔法だ。空中に無数の電流を帯びた圧縮空気の矢を作り出し、中心めがけて一気に飛んでいくという派手な魔法で、その様子がさながら牢に突き立てられる槍のように見えることから牢槍颶戟という名前が付いた。一方右手に宿した魔法は闇属性の魔法の黤幕と呼ばれる魔法で、一定範囲を触覚以外で”遮断”する魔法だ。
「に、逃げるぞ!!」
男たちは魔法陣を収めその場から走り去ろうとする。しかし、ロアがそれを許すはずがなかった。先に右手を動かし、女を抱えた男を周りの空間ごと黤幕で覆った。忽ち男と女の姿が消え、視認できるのは男3人とロアだけになる。
「・・・愚かな。自分たちの行いを恨むんだな」
続けざまに左手から魔法を撃ち出す。ロアの放った無数の空気の矢は男たちをズタズタに引き裂いた。鮮血が咲くとは言い得て妙で、男たちの体を隠すほどに血しぶきが飛び散り、四肢がちぎれる。文字通り肉を切り骨を断たれ、白目を剥きながら男たちはその場に倒れ込んだ。ピクリと動くこともなく男たちのパーツが無残に転がっている。
「・・・ちとやりすぎたか」
言葉とは裏腹に、ロアは表情一つ変えずに呟いた。悪人とはいえ、死体を見て気分がいいわけがない。それを待っていたかのように最後の男と女が現れる。物理的にバラバラになった仲間を見て男は戦慄していた。
「な、なんだ・・・これは」
「お前の未来だ」
男が驚嘆した時には既に男の首は男の体から分離されていた。同じ翠風刃でも魔法適正の高いロアが使うとなると威力が桁違いになる。追風で加速しながら翠風刃で男の喉を掻っ切り、気を失った女を肩で抱きかかえる。
「さて、片付いたが・・・この子をどうしたものかね・・・」
身長はロアより頭4つ分ほど低く、リカよりは確実に低いと言える。女も男共の屍もこのまま路上に放置するわけにはいかない。大きくため息をつくとロアは男たちの死体を魔法で焼き払った。
「上からの命令だろうが・・・悪であることに変わりはない。俺が恨まれる覚えはないからな」
そういってロアは追風を使いながら猛烈な速度で自宅へと帰る。
*
「・・・ん」
女が目を覚ましたのはそれから3時間後のことだった。
「ここは・・・どこ・・・?」
自分の知らない部屋にいる。こじんまりとした部屋だが、余計なものは置いておらず、結構広く感じる。
そして見覚えのないベットで寝ていたようだ。
「まだ・・・夢?」
「夢じゃないぞ」
「ひっ!?」
「ようやくお目覚めか・・・あれほどに堕眠が効く人間も珍しいけどな」
「あ、あなたは!?」
「この家の主だが」
「・・・え?」
女がいまいち状況が飲み込めてないと分かり、ロアは一連の流れを説明した。借金取りの件は「追っ払った」と大雑把にごまかした。
「あ、ありがとうございます!なんとお礼をしたらいいものか・・・あ、申し遅れました。私、ミリーナ・ゲルトレッドと言います」
「ミリーナか。俺はキドロア・セルエイクだ。ロアって呼んでくれ。お礼などは要らん。それより気になることがあってな」
そういってロアは机の上にあった紙をミリーナに渡した。それは戦神の矛の仮任務のお知らせの手紙だった。・・・そう、ロアのもとに届いたものと同じものをミリーナは持っていたのだ。渡された手紙を見てミリーナは顔を赤らめた。
「まさか戦神の矛を目指す女に出会うとは思わなかった」
「ですよね・・・私ぐらいですよ、戦神の矛に入ろうと思う女性なんて・・・」
「実際俺の知り合いに女性軍官は何人かいるぞ」
「え、知り合い!?」
「ああ、親が軍神の矛出身でな。俺が幼いころ、親父についてって色んな人に会ったもんだ」
「すごい・・・早く会ってみたいです・・・」
「会えるといいな」
「はい」
二人の間にしばし沈黙が流れる。ミリーナは気まずそうな顔をしているが、ロアは特に気にしていない。
するとふとロアが口を開いた。
「なあ」
「はい!」
「そんなにかしこまらなくて良いって・・・」
「すいません」
「まず敬語を使わなくていい」
「は、はい・・・」
「おい」
「う、うん・・・」
「腹減らないか?」
「え?あ、うん・・・言われてみれば・・・」
「ちょっと待ってろ」
そう言うとロアはキッチンへと向かい、お盆をミリーナのもとへ持ってきた。柔らかそうなパンとバター、鶏肉と根菜が入ったスープが乗っている。ロアにお礼を言い、食べようとしてミリーナは一つの疑問にぶつかった。
「あれ、料理のにおいがしない・・・?」
「仕方ないな、堕眠の副作用だ。人間が気を失っている時でも一番敏感に働くのは嗅覚だ。そこで不用意に目が覚めるのを防ぐために堕眠には嗅覚を麻痺させる効果もあるんだ。多分食べても味はほとんど感じないだろうが食べないよりはマシだ」
言われるがままにミリーナはスープを口に運ぶ。言われた通り、肉の味もスープの塩味もしない。
「確かに・・・味しない」
「食べづらいかもしれないが、今日は仮任務だ。食べないと途中でぶっ倒れるかもしれんぞ」
かすかにするパンの甘味を頼みに、ミリーナはロアの供した朝食を食べきった。その間ロアは「ちょっと出かけてくる、家から出るなよ」と言い残し、外出してしまった。皿をキッチンに持って行ったところで完全に暇になったミリーナはロアの部屋を見回り始めた。家具は必要最低限しか置いておらず、質素というより殺風景といっても差し支えないかもしれない。そんな中、背の低い棚の上に一枚の写真を見つけた。サンティレアの外壁と思われる大きなレンガを背景に、小さな子供を挟むように男女二人が立っている。真ん中はおそらく幼少期のロアで、向かって少年の左側に立っている男はグアジェド・バーリュクス。現軍事総官である。しかし、ミリーナが一番気になったのは右側に立っている女性である。
「え、これって・・・」
その時、ちょうどドアが開く音がして、ロアが帰ってきた。
「お、食べ終わってたか。・・・どうした?」
ミリーナは棚の上の写真を指差した。ロアは”ああ、これか”と言い写真を手に取る。
「ちょうど10年前・・・俺が10歳の時の写真だな。場所は・・・メイガー外壁だったかな。左はグアジェド・バーリュクス軍事総官。そして右が・・・」
「ディアゲラ・フィスドナーク・・・ですよね」
「・・・さすがに二人とも知ってるか」
「はい!私の憧れの人です!ディアゲラさんに憧れて戦神の矛に入ろうと決めたんです!」
「なるほどな」
「はい!・・・でも今どこにいるんだろう・・・」
ロアの表情が険しくなった。
「・・・知ってるのか、師匠の行方不明のことを」
「し、師匠?」
「ああ、すまん。俺の親父は俺が幼い時に亡くなってな。代わりに師匠、ディアゲラさんに魔法を教えてもらっていたんだ」
「え!?すごい!!師弟関係!?・・・でも、それなら今回の事件は」
「ああ、確かに衝撃だが師匠なら必ず無事だと信じてる」
「もちろん、私も信じてます。・・・いや信じてるよ」
「でもなんでそのことをミリーナは知ってるんだ・・・?」
「なんでって・・・」
ロアの怪訝そうな顔に、ミリーナは臆することなく答える。その発せられた言葉に、ロアは更なる衝撃を受けることとなる。
「ディアゲラ・フィスドナークは、私の”伯母”ですから」
10月に入り、途端に寒くなりましたが皆さまいかがお過ごしでしょうか。体調を崩された方もいらっしゃるかもしれません。自分はびっくりするほど元気です。あ、名前ですか?申し遅れました、soraboです。
というのは置いといて、早速第三話の投稿です。今までで一番多い文字数となり、5500文字ほどとなっております(それまでがかなり短いというのもあって長く見える)。ようやく残酷描写がでましたね(喜ぶべきことではないと思う)。文字数に妥当な話の進み具合かな、と思いきや説明が多々ございます。異世界ものですからね。読者の皆様のご想像にお任せするのもいいんですが、ある程度内容は決まっておりますので、「想像と違う!!」と一憂させてしまうのもどうかと思い説明は気持ち多めです。
書き手は船頭。船の進行方向は示さないとお客様は乗船してはくれません。
そうじゃなくてもどう見ても説明しないといけないところとかたくさんありますので仕方ないんですが。ネタバレになりますが、ディアゲラは書き始める前から女性と決めてて、適当に引っ張りつつどこかでさらっとカミングアウトする予定でした。個人的にタイミングはここしかなかったと思ってます。名前や文脈から察せた人はお見事です。そして新しく登場した女の子、ミリーナちゃん。リカちゃんだけでは今後華が少なすぎるのでもう一輪。この子も最初から構想に入ってる子です。
読者の皆様には関係ない話ですが、この作品、ルーズリーフに20ページほどアナログで趣味で書いていた作品なんですが、だいぶ展開変わってきてます。プロットを書くには書くんですが書いていると気分などで展開が前後したりそもそもなくなったり、新しいのがぶち込まれたりしてます。そこも船、水の赴くままでございます。
これからもマイペースに、のんびりと、不定期に。失踪はしません!必ず完結まで更新してまいりますのでどうぞよろしくお願いします。それでは第四話でお会いしましょう。