まさかの誘拐
里奈は歩いた――
悪態をつきながら、ひたすら歩いた。
靴下しかは履いていない足で、舗装されないない道を歩くなんて拷問に近かった。
道にはガラスこそ落ちてはいないが、ごろごろと大小の石ころが転がっているし、硬い木の根っこのようなものも埋まっていたりして、靴下はもうボロボロになった。
(いつになったら人が現れるのよ……私、どれぐらい歩いたんだろう?)
剣道を小さいころからずっとやっていて、体力にも自信があった里奈だが、さすがに日照りの道を裸足に近い状態かつ、水分補給もなしで歩き続けるのは、限界があった。
手ぶらならまだしも、たくさん教科書やら参考書やらが詰まった大きな鞄を持っているのだ。
なお厳しい状況である。
里奈は、鞄を椅子代わりに休憩をとる。
「この中身……捨てていくべきかな……」
そんなことを考えながら、どこまでも変わりのない景色が続くこの道を眺め、溜息をつく。
どんなに歩いても、相変わらず景色だけはよかった。
気温も幸い、日本の春のような暖かさなので、半袖のシャツでもなんとか我慢できるのだが、身体が水分を欲していることだけは、このまま我慢できそうにもない。
しかし、見回しても川や池らしきものは見当たらない。
今はまだ、太陽は高い位置にあるが、このままでは真っ暗闇の中、野宿しなければいけない。
こんな自然にあふれたところでは、野生動物に襲われることも有りうるだろう。
里奈はこの先のことを色々想像しただけで、泣き出しそうになった。
泣いたって状況は改善されない!
むしろ貴重な体内の水分が涙として放出されてしまう!!
そう自分に言い聞かせ、立ち上がりトランクを持ち上げ、再び歩き出した。
「大丈夫、大丈夫、私は強い! こんな悪夢だっていつか覚める!! 頑張れ里奈!!」
呪文のように、自分に大丈夫と言い聞かせながら、前だけ向いて歩く。
なぜ自分ばかり、こう災難が降りかかってくるのか……
今まで勉強も剣道も家事もすべて頑張ってやってきた。
どんなに皆がカラオケにいったり、買い物にいったりと楽しそうにしていても、おじいちゃんの言いつけを守り、家の道場の掃除も抜かりなくやってきた。
それなのに、この待遇はあんまりだ!
少しぐらい、楽させてくれたっていいじゃないか!
里奈はもはや、心から湧き上ってるく怒りを原動力にして、足を前にひたすら動かしていく。
するとそこへ、馬のひづめの音が背後から聞こえてきた。
振り返ると一台の荷馬車が、里奈の方向へ走ってくる。
(やった! あの荷馬車の人に聞ける!!)
里奈は、馬の手綱を引いている人間に向かって大きく手を振り、叫ぶ。
「助けてください~!! 道に迷ってます!!」
すると目の前で荷馬車がとまり、手綱を引いている男が里奈の頭から足元までじろじろと、見まわしてきた。
(何この人……気持ち悪い……)
里奈は一歩後ろに下がり、男と距離をとる。
「お前、どこの者だ?」
「日本の東京から来たんです。帰りたいんですけど、帰り方がわからなくって。あの、ここどこですか?」
里奈は、その男に尋ねた。
その男をよく見ると、中年ぐらいで、深々と黒いローブを頭からかぶりかなり怪しげな雰囲気の男だ。
そして、人間の目をモチーフにしたような幾何学模様が描かれている、金のネックレスを首からかけていた。
(やば……見るからに怪しげな人に声をかけてしまった)
その男は里奈の質問には答えず、後ろの荷台に向かって叫んだ。
「こいつを連れていけ!!!」
「え!? 何で?! ちょっと、うそでしょ?!!」
里奈は、急いでトランクを抱え無我夢中で走ったが、荷台に隠れていた男二人にすぐ追いつかれ、取り押さえられてしまい、荷台に押し込まれた。
そして、手足をロープでぐるぐる巻きにされ自由を奪われる。
「なんなの一体! 離しなさいよ!! あんたたちこれ犯罪だから!! 叫んで警察呼ぶわよ!!」
「うるさい、黙ってろ! そのかわいい顔を傷つけられたくはないだろう!?」
里奈を捕えた男の一人が、ナイフを懐から出し、チラつかせる。
強気だった里奈だが、それ以上叫ぶのをやめる。
(ほんとになんなのよ~、私これからどうなってしまうのよ――!?)
里奈の思いは届かず、荷馬車はどこかへ向かって動き始めた。