思い出の家
親戚が迎えに来るあと二日で、住みなれていた家を離れる準備を完了させねばならない。
宮下里奈は朝早く起き、段ボールへ必要最低限なものをひたすら詰めた。
そして、自分の部屋がある程度片付いてきたので、一階へ行き昼食をとることにした。
「この家こんなに広かったっけ?」
改めて見るとおじいちゃんとずっと暮らしてきたこの家は、今とても広くがらんとしていた。
そして、至るところにおじいちゃんとの思い出が刻まれている。
台所には「いつみても里奈の成長が分かるように」とおじいちゃんが毎年誕生日のたびに里奈の身長を書いていた柱があるし、和室の障子は小学生の頃おじいちゃんと大喧嘩して破いた当時のままになっていた。
そして里奈は、そっとおじいちゃんの部屋の襖を開けた。
今でも「おじいちゃん!」と呼べば、「どうした~?」と陽気な声が返ってくるような気がした。
「おじいちゃん?」
いくら待っても返事はない。
静けさだけが部屋に立ち込めている。
里奈の目から自然と涙があふれた。
(誰も見てないから泣いたっていいよね……おじいちゃん……)
ポタポタと涙が畳にこぼれた。
おじいちゃんとの大切な思い出が詰まったこの家を、もうすぐ手放さなければならない……
おじいちゃんが大切にしていたタンスや、置物、掛け軸、おばあちゃんとの思い出の着物なども、もうすぐ買取屋が来てすべて持っていってしまう……
里奈は、その場に崩れ声を上げて泣いた。
気が済むまで泣いた。
*****
「は~お腹すいた~」
どんなに辛くて悲しくてもお腹は空く。
仰向けになって大の字で転がっていた里奈は、ごろんと横に転がった。
「お腹すいた~何かあったっけ~」
ごろごろごろごろ転がる。
転がっても何も誰も用意してくれないのだが、ひんやりと冷たい畳が心地よいのでしばらく転がっていると、タンスの上に何やら鞄みたいなものが置いてあることに気づいた。
「あれ? おじいちゃんってあんな洋風なカバン持ってたっけ?」
里奈に和服を着ろだの、和食を作れ、だの散々言ってきたおじいちゃんが、洋風なものをもっているとは!
里奈は椅子を引っ張り出し、タンスの上にのっている鞄へ手を伸ばす。
「ゴホゴホッ、げっ、すごいホコリ~」
鞄を下ろした瞬間、部屋にホコリが舞う。
その鞄はかなり年期がはいっている革製のトランクケースで、二本のベルトが巻いてあるアンティーク調のものだった。大きさも小型のスースケースぐらいだ。
「何か入ってるのかな?」
トランクのベルトを外し、取っ手側についている二か所の留め具のボタンをスライドさせてみる。
すると、カチッと開く音がした。
ゆっくりトランクケースの蓋を開けてみる。
「なんだ~何にも入ってないんだ。てっきりエロ本とか入ってるかと~」
まぁエロ本が入っていても困るが、自分の知らない特別な思い出の品が入っていてほしかった。
里奈は溜息をつく。
「これ、まだ使えそう」
里奈はトランクを閉じ、それを持って台所へ向かった。