別れ
「この学校で卒業を迎えられなかったのは残念ですが、新しい高校でも私らしく頑張ります。気が向いたときにメールとか電話くれるとうれしいです。今までありがとうございました」
宮下里奈が、クラスのみんなに向かって頭を下げると同時に、クラスから拍手が巻き起こった。
あと一か月で一学期が終わろうとしていたのに、事情が事情なだけに学期途中での転校となる。
「がんばれよ~お前ならどこでもやっていける!!」
「里奈~メールするから!!」
「次の学校では、声デカいからもっと静かにしろよ~」
拍手の中から皆の里奈にむけてのエールと共に笑い声も聞こえてくる。
里奈はそれぞれのエールに対して「ありがとう」「声でかくないし!」など笑顔で返事をする。
その声はいつにもまして、大きく張っていた。
そうしないと涙があふれて、せっかくの貴重な時間が台無しになりそうだった。
すると後ろの席から、森本彩花が花束を持って前に歩いてくる。
無理して笑っている森本を見て、堅く結んでいた涙腺が一気に緩んでしまった里奈は、あわてて黒板に顔を伏せた。
「里奈、こっち向いて……今日だけは泣いたっていいんだよ」
散々泣いていた森本の目からは、涙は一滴もこぼれていなかった。
涙を制服の袖でぬぐい振り向くと、いつの間にかクラスのみんなが里奈のもとへ駆け寄って輪ができていた。
「ほんと……ありがとう。私はほんとに幸せものだわ」
離れるのが、別れるのが、去るのが辛くてつらくて堪らなくなった。
でも、子どもの自分にはどうすることもできないのだ。
割り切って諦めるしか自分にはできないことを頭では理解しているのに、心は思い通りにいかない。
*****
クラスの皆と最後に写真をいっぱいとって、寄せ書きと花束を受け取った後、剣道部の練習場へ向かった。
そこでも、先輩や後輩たちから、寄せ書きと花束をもらう。
後輩の中には行かないで~と先日の森本のように泣きじゃくる子もいた。
先輩からは「連覇かかっているのに、里奈なしでどうしたらいいわけ~?」と嘆きに近いありがたいお言葉を頂戴した。
「先輩、大丈夫ですよ、彩花が私以上に頑張りますから」
そういいながら森本の背中を押して先輩たちの前へ連れ出す。
「里奈!! 里奈にかなうわけないじゃん!!」
「森本~そう言ってられないからね~あんたが、今度は皆を引っ張っていってもらわないとね」
「私なんてそんな無理です…」
「無理じゃない!! 彩花ならできる! 私が保障する!!」
里奈は親指を上へ突出し、森本に笑いかけた。
森本は、「もう…里奈ったら…」と言いながら耳を真っ赤にしていた。
そんな彩花たちと、もう一緒に剣道の練習ができないのかと思ったら寂しくなった。
これ以上練習を邪魔してはいけないし涙腺決壊も危なかったので、里奈は皆に別れを告げ、慣れ親しんだ武道場を去った。
そして最後に職員室へ行き、お世話になった先生へ挨拶を済ませ、今まで通った思い出の高校を後にする。
校門から出る前に、振り返って校舎を見上げる。
ずっと降っていた雨がいつの間にか止み、厚い灰色の雲の隙間から光が差し込んでいた。
校舎をじっと見ていたら、どうしても剣道の強い学校へ行きたくて受験勉強を頑張った昔の自分の姿や、皆との楽しい日々が浮かんできた。
これでは駄目だと自分に言い聞かせ、目を閉じ深く深呼吸する。
(別れは新たな出会い……笑顔、笑顔、きっと明日はいい日になる)
そして、強く一歩を踏み出したのだった。