亡き想い出は水にたゆたう
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覚えのあり過ぎる名前に、ユエは目を見開く。ムッカの腕を掴んだ品の良い老女はさっと少女の姿を見て、あわてたように目を伏せる。
「あ……ああ、ごめんなさいね。知り合いのお嬢様に良く似ていたものだから……。いやあね、そんなはずないのに。歳を取るとダメね」
いえ、と小さく呟いたムッカ。老女は手を離すと取り繕うように笑った。
「ご家族の方はいらっしゃるの?ひとりかしら?」
「その……家族と旅の途中で」
「そう。良かったら屋敷にいらっしゃらない?ぜひお茶をご馳走させてほしいの。寂しい老人の相手をするのは面倒だろうけれど、お願いできないかしら」
懐かしげに目を細め、誘いをかけてくる老女。柔和な表情や身なりから悪い人には見えないが、一方的な親しみを向けられてムッカは酷く困惑しているようだった。一方のユエは老女がさきほど叫んだ「ムツカ」という名前にもしかして、という思いを抱く。そう、それはムッカの名前の元になった、ユエの母の名だ。
馬車を降りムッカの側にユエは立つ。老女はユエの姿を見るとまた少し目を見張った。
「あの……私はこの子の家族です。ムツカ、というお知り合いがいらっしゃるのですか」
「ええ……。随分前に行方が分からなくなってしまったけれど、私が働いているお屋敷のお嬢様だったの。あなたは?」
「私は……ユエ・カファロといいます。こっちは妹のムッカです」
ムッカ、と名前を呟いて、老女は僅かに涙ぐむ。「ムツカ」をもじったとすぐに分かる名前だからだろう。
「お母様のお名前は……何とおっしゃるの?」
ユエはごくりと喉を鳴らした。
「ムツカ・カファロ……旧姓は、リームルバと」
その瞬間、老女は持っていた籠を取り落とし目元を覆って嗚咽を上げ始めた。他にも聞きたいことが色々あったユエだが、それどころではなくなってしまう。不思議そうな顔をしたギードが側に来るまで、彼女の丸まった背中を撫でているしかなかった。
*****
泣き伏してしまった老女――リームルバ家に仕えるアルマさんというらしい――とギード、ダミアンが話し合った末、ユエ達一行は今宵の宿を母の生家であるリームルバ家に借り受けることになった。
「ドゥルセの街は比較的ましなんだけど……霊代の件は伏せておいたほうがいいだろうね」
リームルバの屋敷に向かう馬車の中でダミアンがそう提案する。ユエ達は顔を見合わせ、そろって頷いた。
霊代に忌避感を表す人は多い。すでに研究家であるダミアンから「契約者を失った霊代が次の契約者を探したという事例は一度もなく、一般に流布している噂はいわゆる都市伝説だ」とユエ達は教えてもらっていたが、世間はそれを信じている者が大半だ。いちいち正体を晒し誤解を解いて回ったところで焼け石に水だろう。
他にも「リームルバ」と名乗っているティハのことをどう誤魔化すかという問題もあったが、その件についてはどうにかなりそうだった。どうやら「ドゥルセのリームルバ家」といえばかなり昔から続く大きな商家で、交易路の方々に傍系が散りそれぞれが繁栄しているらしい。現当主が把握していない親戚が多少いたとしても不思議はない規模だった。
「お母さま、本当にお嬢様だったのね」
ユエが感嘆のため息をつくと、ダミアンが片眉をあげる。
「僕にはなんとなくそんな気はしていたけどね。第一、田舎から出てきたにしてはユエの言葉は綺麗だし、身のこなしもそこら辺のお嬢さん方より洗練されてる。貴族に引きあわされて淑女の挨拶を咄嗟にできる庶民はそうそういないよ」
ダミアンは「あの時は驚いたね」と笑う。初めて会った時、桟橋で前触れなく現れた彼に旅装のまま丁寧な挨拶をしたのだった、とユエは思いだして苦笑した。
「じゃあ、ムッカはユエの妹ということでいいんだな?……騙すのは少し心苦しいが、致し方ないか」
屋敷に到着し、御者台から顔を出したギードが小さな声で最終確認をする。ユエ達はお互いにボロを出さないようにと目線で注意し合った後、屋敷に足を踏み入れたのだった。
「あれは?」
案内される最中、屋敷の庭に不思議なものを見つけてティハが首を傾げる。庭園の小川から飛び出るように設えられた石造りの像。人の体に魚の下半身を持つ美しい女性がまわりを囲む水を模した淡い色の石を操るような仕草をしている。
同じものに目を向けたダミアンが何でもないように言った。
「ああ。あれは、ドゥルセの街に伝わる霊代を象った像だよ」
「霊代を?」
「そう。この街は百年以上前の大火で一度焼け落ちているんだ。人の手ではどうしようもないほどの火だったらしいんだけど、その時に生まれた霊代が水を操り、残った人々を救ったと伝わっている。だから街のところどころで同じように祀っているのが見られるよ。……まあ、シュトカ村の剣塚と同じようなものさ」
だからこの街は比較的霊代に寛容なんだ、とダミアンは小さな声で付け加える。ユエはそれを聞いてお伽噺を思い出した。母が持っていた本にこの話が載っていた気がする。
「さあさあ、お嬢様方はお着替えをいたしましょうね。その後、主にぜひご挨拶をお願いいたします」
まだ少し目元の赤いアルマはそれでも嬉しそうにユエとムッカの手を引く。綺麗な白髪をひとまとめにした彼女は生まれた時から母の世話をしていた乳母だったらしい。すでに母のムツカが没していることは伝えたので、屋敷に向かう馬車の中でまた泣いたのかもしれなかった。
「お二人とも、ムツカ様に良く似ておいでです。ユエ様のその髪はきっとお父様ゆずりなのでしょうねえ」
母の幼少期を知っているはずもないユエには考えが及ばなかったが、ムッカの容姿は母の幼い頃にそっくりらしい。着替えをするために通された部屋に飾られた肖像画を見れば、確かにその通りだと思った。
ユエは金髪の所為でずいぶん印象が違って見えるので、しゃべり方が似ているね、や、よく見れば顔がそっくりだね、と言われることはあったにしても、並ばなければ母似だと分からない。その点、ムッカは栗色の真っすぐな髪も同じで少し離れたところから見ても肖像画の少女にそっくりだ。アルマが間違えたのも無理はない。
ユエは、やっぱりムッカの『記憶の元』は『母』ではないか、という思いを強くしたが、他人のいるこの場で問いただすこともできず。もんもん悩みつつも、嬉々として動きまわるアルマにされるがままになっていた。
「ユエ様、ムッカ様の準備が整いました。これより主の元へご案内いたします」
アルマがそう口上を述べ、控室に通されていた男性陣が腰をあげる。また矯正下着に苦しめられているユエは青い顔で、慣れない踵の高い靴に思わずよろけた。それを近くに居たダミアンがさっと手を出し支える。その動作はユエの失敗を上手く隠すような滑らかなもので、そのままダミアンのエスコートを受けてようやくユエは歩きだすことができた。
「……ありがとうございます」
深く息をつきながら、さすが貴族だと心の中で拍手する。対するダミアンはちらりとユエの様子を見降ろした後わざとらしく視線を外したのだが、転ばないように必死で足を動かすユエがそれに気づくことは無かった。
ふ ら ぐ 。
おかしい。当主が出るまで辿りつけなかった。むむむ……。
今日もご覧いただきありがとうございます。
来週はちと忙しいのでアップの予定を少しかえるやもしれません。
決まり次第活動報告にあげますm(__)m




