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ひとの思いはわからない

 初めにその姿を目にしたときは、単なる黒い岩かと思った。

 その後、塊の中に金色の瞳を見つけて。生き物だと悟り、あまりの大きさにユエは仰天した。



 ラガルティハの森はぐるりと断崖絶壁に囲まれていて、人間はユエ達の住むシュトカ村の周辺からしか入ることができない。それは動物たちにも言えることで、大型種の見られないここは植物や小動物たちの楽園だった。


 そのおかげか、他では見られないような特徴を持つものが多く、薬草目当てに集まった薬師たちを中心にいつの間にか森の入口に村ができていた、というのがユエの暮らすシュトカ村の起こりだった。

 まあ森の奥深くで狼に出会ったという噂もあるが、それすらもいつのものか分からない有様で、村人が分け入るような浅い部分は平和そのものだ。



 そういう訳で、黒蜥蜴(ティハ)ほどの大きさの生き物をユエは見たことがなかった。ましてや、自分が腕を広げたよりも大きなトカゲが存在しているなんて、想像もしていなかったのだ。



「森が、霊代たましろを生み出すなんて……」


 翌朝、家の裏でコクチナシの実を並べながら、ユエはぽつりとつぶやいた。

 ちなみにコクチナシはけっこう頻繁に解熱に用いるのでバルバからよく陰干しをお願いされる品だ。


「そうねえ。まあ、他の霊代にだって、会ったことないけどね」


 前掛けのポケットからおたまの部分だけを出したムッカが相槌を打つ。


「そもそも、人間以外が霊代を生むなんて初耳だわ。他にもティハみたいな存在がいるのかしら」


 聞いてない、とぶつぶつ言いながらユエが作業を進めていると、ムッカが笑う気配がした。


「……なあに」


「ユエ、実はかなりティハにびっくりしてたでしょ。まあパニックになったからって、ふつう『鱗ください』は無いと思うもの」


 思い出してしまったユエは、羞恥に顔赤くし頬をふくらます。

 あのときは、そう、混乱していたのだ。よくよく考えれば、いくら予想外の大きさをしていたからって、ふつうは言葉を解さないトカゲに「ください」と言って話が通じるはずもない。鱗にしても、「蛇に薬効がある」とバルバが以前言っていたのが急に頭に浮かんで叫んでしまっただけなのだ。


 ……彼はどう見てもトカゲだったのに。


「もう、忘れて。自分でもちょっとおバカな発言だったって分かってるんだから」


 やめやめ、とユエは手を振って話を強制終了しようとする。

 その仕草に忍び笑いを漏らしていたムッカがふと黙ると、「誰かくる」とささやいて素早くポケットに潜り込んだ。


 あわててユエが居住まいを正していると、それから三秒もしないうちに家の影から一人の少年が姿を見せた。


「あ、ユエ。ここにいたのか」


「レオ。どうしたの」


 幼馴染のレオだ。

 いつも通り表庭から入ってきたもののユエが見当たらず、裏庭まで探しにきたのだろう。彼はその人懐っこい顔に不思議そうな表情を浮かべて、きょろきょろと何かを探すように辺りを見回す。


「今誰かと話してなかったか」


 ぴくり、と肩を揺らしてしまったが、レオはきっと気づいていない。


「……ううん、誰もいないわ。師匠に薬草の試験をするって言われたから、口に出して内容を覚えていたの」


 そのせいじゃないかしら、とユエは微笑んだ。

 ごまかしただけのつもりなのに、何故かレオは少し頬を染め照れくさそうだ。


「そっか。試験、がんばれよ」


「ありがとう。それで、なにかあったの」


 十六歳にもなれば、この村では皆なにかしら仕事を持っている。朝から幼馴染を訪ねることはあまりないし、それをするからにはレオもユエに用があるはずだ。

 そう思って尋ねると、彼の表情がさっと曇る。


「……ああ、うちのばあちゃん、見なかったか」


 レオの祖母、と聞いて思い浮かぶのは温和な白髪の老女だが、今日は姿を見ていない。ユエは首を振った。


「見てないわ」


「……だよな。やっぱり、剣塚けんづかのほうかな」


 憂いた表情でレオがため息を吐く。彼は頭を掻いて、まいったな、と空を仰いだ。

 いっぽうユエは剣塚と聞いてどきりする。


「……剣塚って。どうして」


「……最近、ばあちゃんボケはじめたみたいでさ。じいちゃんが死んだのは霊代のせいだって言って、毎日剣塚に行っちゃうんだよ。そんなこと、今まで一言ひとことも言ったことなかったのに」


 早死したのは霊代のせいか、わかんないのにな、とレオは苦笑する。



 そう、霊代の所為かは、分からない。


 『霊代と契った者は早死する』


 それは因果関係を確かめる術がないだけで、確かな事実として存在する。

 その人の寿命がいくらあるか当然目には見えないため、元々寿命が短い人が霊代と契ることができるのか、はたまた契った為に寿命が縮むのか分かっていない。ただ、大きな力を得た霊代を生んだ者ほど、早く逝ってしまうというのが人々の認識だった。



 レオの祖父の霊代は、ひと振りの剣だった。

 高価な薬草に目をつけた悪党が村を襲い、彼の娘を殺した。怒りに我を忘れた彼は剣を寄り代に霊代を生み出し、娘を殺した者たちへ復讐を果たす――……


 もともと薬師でしかなかった彼が剣を扱えたのかは分からない。霊代が手助けをしたのか、もしかするとムッカのように剣自体が自立していたのかもしれない。

 結果として、村を襲った盗賊達はすべて死亡、村人の犠牲者は数人に留まった。


 そして……レオの祖父はその一年後に死んでしまった。


 村の皆は彼の行動を称え剣塚を築いたけれど、妻だったレオの祖母は心の内で苦しんでいたのかもしれない。

 娘を失い、夫を失い。息子と二人、どんな思いで生きていたのだろう。息子が家族を作り孫すら出来た今でも、霊代を恨んでいたのだろうか。



――霊代を得るとは、そういうことだ。だからこそ。

 残していく家族はもういないけれど、三年前に霊代のムッカを得て以来、ユエは誰にもそのことを言えないでいた。



「じゃあ、俺行くわ」


 目的を果たしたレオがひらひらと手を降る。

 その背に「気をつけて」と小さく声をかけた後、ユエはしばらくその場から動けないでいた。

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