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鱗は禿げません

 木漏れ日が降る森の中。

 その日、黒蜥蜴くろとかげは微睡みの中にいた。


 少し開けた湖のほとり、暖かな陽光を求めて寝そべっている。

 黒く艶やかな鱗はキラキラと反射して黒曜石のように輝き、狼ほどもある蜥蜴にしては大きな体躯はじゅうぶんに太陽の光を浴びてすっかり温まっていた。


 ぱちり、と蜥蜴の薄いまぶたが上がる。何かを探すかのように、縦長の瞳孔を持つ金の瞳がじっと湖の淵をなぞった。


 その視線は、水際で彼と同じように甲羅干しをしている亀を過ぎ、湖面に流れ落ちるように咲き乱れる美しい花々を通り過ぎて、すぐそばの獣道で留まった。


 しばらくすると、蜥蜴が見つめる道の奥から何かがサクサクと下生えの草を踏み分けながら現れる。


 黒蜥蜴の瞳と同色の金の髪を、おさげに結った人間の女。


 女は湖面に反射する光にまぶしげに目を細め、手をかざしている。反対の手には籠のようなものを持ち、下履きのスカートには前掛けがついていた。

 彼女は景色に感動したかのようにほぅ、と息をつき、ゆっくりと辺りを見回す。そして、おのれの側面まで頭をめぐらせたところで、視界に入ったのだろう、蜥蜴を見て硬直した。


 目が合ったのが分かったが、黒蜥蜴は動かない。


 正面からみた女は輪郭も丸く、少し幼く見えた。大きな目を見開かせ、籠を持つ手は心なしか震えているようにも見える。


「あ……」


 桜色の唇がわななく。


 黒蜥蜴は嘆息した。

 叫ばれたら、とっとと消えてやろう。十数年に一回は人間に出会うこともあるし、このような反応には慣れている。この湖もしばらく使えまい。日光浴に最適だったのに。


「あ……あの……」


 続く音を聞いて、おや、と思った。叫ばないのか。

 顔を真っ赤に上気させた女は、何かを掴もうとするかのように手を黒蜥蜴に向け、一歩前に出る。


 そのまま目を爛々させ――……


「……あのっ、鱗、くださいっ!!!」


 今にもひっくり返りそうな声で叫んだ。



 黒蜥蜴は目をぱちぱちする。

 うろこ、うろこ。脱皮時ならまだしも、今は。


 鼻息荒くこちらに近づこうとする女に、無理やり全身剥がれてピンクの身になった自分を想像し。


「む、むりだ!」


 後退り、全力で拒否した。



「あ、主様ぬしさま、しゃべるんですね」


 興味津々といった様子の女に。

 黒蜥蜴が自分の失態に気づくまであと少し。

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