プロローグ
彼女は、痛む腹を押さえて小さく息をついた。
やつれた細い指が撫でるその腹は丸く膨らみ、出産を控えた妊婦だということを伺わせる。
本来なら赤子のために少しくらい肥えていてもいいはずが、頬は見るものがいれば眉をひそめるほど病的に痩けていた。
――彼は、いつ戻ってくるかしら。
彼女は波のある陣痛の合間に、そう思った。
産気づいた彼女の周囲には家族はもちろん、産婆すらいない。唯一、食糧を探しに出かけた彼だけが、彼女がここにいることを知っている。
誰にも知られず、この子を産まなければならない。
そう決心してから、人に頼ることを諦めた。それでも、いざこの時がくると動揺する。
――はやく、戻ってきて。
彼が出産に際して当てになるとは思っていないが、そばにいてほしかった。
弱った彼女だけでは、産み落とすことすらままならないかもしれない。そう弱気になった心を、いや、絶対に無事産んでみせると奮い立たせた。
自分には、産んであげることしかできない。痛みに歯をくいしばりながら、彼女は思う。
ほんとうは、いっしょにいたい。あなたのそばで、生きていきたい。
それでも。
わたしにはもう時間がないから、あなたを守るものを残そう。
あなたは、好きになってくれるかな。
……愛してくれるかな。
祈りにも似た思いに、彼女の眦から涙がこぼれた。