気が付けば、船の上
大学4年の夏。
香月那智、22歳、フリーター予備軍。
終わらない就職活動に疲れ果て、気がつけば、船の上でした。
そんなフレーズが、脳内で流れる。
あまりの非現実に理解が追いつかない。
「…はあ?」
呆気にとられるのも束の間、ガチャリ、金属音。
目の前にはお前らどこの海賊映画から出てきたと言いたくなるほどの、いかにもな船員。潮の匂い。向けられる銃と刀。
いやだから、ちょっと待て。
私数分前には現代日本の片田舎を歩いていたはずなんだけど。
たしかに歩いていた道路は消えて、靴底は硬い木を叩いている。
ここ、どこ?!?!
蒼天に女の絶叫が響くが、問いに対する答えなんぞ返ってくるわけはなかった。
それは、暑い夏の日だった。
就職活動の遠征で、県をまたいで面接に訪れるも、手応えなし。普段の仕事ではベラベラ売り込みする癖に、なんで面接で話せない!
目指す就職先に拾われない。ならばと幅広く手を出してみても、言葉が薄いからか、どこかで引っかかる。
……何故。
自分が自分でなくなってくようで、歯がゆい思いを抱え、癒しを求めて見知らぬ街を歩いた。
ふと、古書店が目に留まった。レトロな雰囲気のある、けれどオシャレなお店。
「いかにも、な古書店は入りづらいんだよな…」
今日のご褒美だ。そう思い、足を踏み入れてみれば、予想以上に明るい感じのある店で少し驚く。
ひやかしよろしく、並んでいる背表紙達を眺めていく。素敵な出会いを求めて、文字の世界へと入り込む。
背表紙は、本の世界への扉だ。開けてみるか否かは、背表紙にかかっている。…なぁんて。
「…どこのポエムだよ」
不意に浮かんだ文章に、自分自身で突っ込みを入れてみる。
そんな阿呆な事をしつつ、楽しんでいれば、目を惹かれるものがあった。
"The Queen of Pirates"
英語表記のタイトルもだが、何よりその装丁に心惹かれた。
深い、青。それに混ざる黄色に白、様々な青。その中心に、象徴的にいる、ぼんやりした女の人の背中。ぼんやりとしたシルエットなのに、力強さを感じて、思わずその本を手に取った。
「海賊の、女王……すみません、これ、ください」
もともと、ファンタジーは好きだ。中身が気に入らなくても、この表紙に力を貰える気がして、レジへと足を向けた。
磯の香りが、ふとした気がするのは、本の雰囲気にのまれたからだろうか。
思わぬ本との出会いがあった事だし、気分のいいまま帰ろうと、駅に向かっていると、吹いてきた風に磯の香りが混じっている気がした。心なしか湿っぽい。
…この近くに海なんてあったか?
思わず立ち止まって、なんとなく後ろを振り返る。
「……いや、ねえよ」
内地だし、ここ。そう思って、前をもう一度、見た、はずだった。
目の前に広がるものを認識する前に、嗅覚が察知した。
むわりと身体を包んだのは、潮の香り。
視界の先には、空と、空より深い海が広がっていた。
うみ。海。待て。私いつの間に瞬間移動した?立ったまま寝る術でも身につけたか、ついに。
ねえよ。
一人ツッコミをしながら呆然と海を眺めていると、不意に後ろで人の気配がした。
そういえば、よく周りを見てみれば船の上にいるようだ。木の手すりに、木造の甲板なんて、レトロにも程がある。そう、状況を確認しながら、振り返れば、ガチャリ。不穏な金属音がした。
「……はぁ?」
そして、冒頭に返るわけである。
香月那智、就職氷河期どころかどこぞと知れぬ海の上に放り込まれた模様。
…冗談言ってる場合じゃない、誰か、説明プリーズ!