学校行事とは、人を憂鬱にして楽しむものである
学校に通っていれば必ず訪れる放課後の時間がやってきた。俺は球技大会が始まってしまう憂鬱を取り除くためにモテない部室へと急いで向かった。まるで、ゾンビが歩いているかのようにのろのろと歩いている姿は本当に挙動不審であったためか、すれ違っていく生徒たちは俺を変な目で見ていた。しかし、他者の目などどうでも良かった俺は自分のペースで歩き続けた。そして、俺の居場所である部室にたどり着いた。そして、ドアを開けた。
「皆今日はすまない。俺のわがま・・・・・」
俺はメンバーを甘く見ていた。彼らもまた、モテないオーラを身にまとった戦士たちである。机の上に顔を沈め、死んだような顔をしていたのだ。
「お、お前ら・・・・・」
ここにいるメンバーでゾンビでないものなど誰もいなかったのである。全員、球技大会が嫌でうつ状態になっていたのである。
「お前ら、皆死んでいるぞ!」
と言っている俺も椅子に座り、ぐったりしてしまった。
「ああ、欝だ、死にてぇ、最悪だ!」
メンバー内随一のネガティブ高校生の田辺はつい本音を漏らしてしまった。
「田辺何があったんだ?」
俺は癒しを求めにここに来たはずだ。それがこの様とは・・・・これもまた、モテない男の宿命ということか。
「俺サッカーやることになったんだよ」
それを聞いて俺は安心した。
「そんなことか。適当に立ってればいいじゃん。俺はソフトボールだからどうしたってプレーせざるをえない。俺よりマシだよ!」
しかし、その考えは実に甘かったのである。
「俺、ゴールキーパーなんだよ」
俺は一瞬自分の耳を疑ってしまった。サッカーの知識はほとんどないが、ゴールキーパーが最も難しく、非常に重要なポジションと聞いたことがある。それを運動神経皆無でメタボリックシンドローム進行中の田辺にさせるなど自滅することに等しい。デブがゴールキーパーをするのは小学校で終わりであると信じていた俺は夢を見ていたのであろうか?
「なぜ、お前なんかがゴールキーパーなんだ?」
俺は冷たい言い方で質問した。
「それが皆攻撃したいからって言う理由で暇な俺がゴールキーパーになっちまったなんだよ。メンバー全員得点入れたいんだろ」
なるほど、そこで攻撃が絶対出来ないゴールキーパーの役目を田辺に丸投げしたわけか。
「じゃあ、メンバーたちは全員体育会系かい?」
「ああ・・・・」
田辺はテンションを下げて解答してくれた。
「どうしてそんなくそみたいな連中といっしょに組んだんだよ」
俺は体育会系の人間が生理的に嫌いなのである。それは妬みや嫉妬心とはまったく違う何かである。その一つがそういったおとなしい生徒に対する態度なのかもしれない。
体育会系の人間は基本的に調子に乗っている。授業中も朝会での整列ができないもの大抵はそいつらである。俺はそういったやつらの勝手なペースに巻き込まれるのを嫌っているのだろう。特に、野球部はしょっちゅういっしょにいる。同性愛者じゃないかと思ってしまうくらいである。本当に同性愛者なのなら、それはそれでかまわないが。否定したり、差別するつもりはまったくない。しかし、トイレにたまるのだけは勘弁してほしいものだ。それは野球部に限ったことではないが。小学校時代の野球はそういった不愉快な感じがまったくなかったから良かったが、中学時代になれば先輩後輩の上下関係は一層厳しくやくざの集まりじゃないかと疑ってしまう。
「どのスポーツもできない俺は気がついたら余っちまって、枠がサッカーしかなかったんだよ。しかし、誰も友達がいないからチーム内でもアウェーだよ」
「何、自虐的だけどうまいこと言っているんだよ」
「ああ、死にたいわ~」
モテないオーラ全開の田辺を哀れむ一方、改めてモテない組の仲間であることを実感させられ、それはそれでうれしかった。仲間が増えた的な歪んだ喜びに浸っている時間はほとんどなかった。
「ああ、どうしよう。絶対オンゴールしちまう、そうしたら、皆から攻められる」
だから球技大会は嫌いだ。田辺みたいに究極的な運動音痴は惨めな思いしか生まれない。それが個人戦ならともかく、団体種目ならなおさら責任感を感じてしまう。これは一種の虐待であり、トラウマすら植え付けてしまう。
そんなことを教師たちは分からない。学校大好き人間が教師になるのだから、俺たち見たいな人間たちの苦悩を理解することなどできやしない。だから、学校は何も変わらないのだ。成長も変化もしない空間。ヒエラルキーの底辺の生徒を踏み台にして成り立っていることを見てみぬふりする建物。こんな無意味で馬鹿な空間が他にあるだろうか? 高校というくだらない肩書きを手にするためだけにこの高校にいる俺はいつか完全に壊れてしまうのではと考えることがある。
だから、俺は壊れないためにこのモテない組を作ったのだ。そうとも、俺たちは何も間違ったことなどしていないのだから。
「田辺、もし大きな失敗をしても気にするな。もし、罵声が飛んできたら、受け流すんだ!」
「受け流す?」
「そうとも。お前はまじめで純粋だから、言葉をすべて受け止めようとするんだ。俺は開き直るという特技があるから問題ないが、お前にはそれはできないだろう。なら、受け流すしかない。罵声を川の水だとイメージしてそれを左右に受け流すイメージをするんだ。うまくいく保障はないけど、やってみる価値はあるさ」
これは俺が考案したモテない組の一種の技である。田辺はこれを使えるかは分からない。きっと、難しいだろう。その時はまたこうやって集まればいい。
そして、俺は自分より不幸な人間を見ることができたので、逆に元気が出るという歪んだ精神安定方法を身につけ、あることを提案した。
「落ち込んでいる大久保よ。こんな時に悪いが、お願いがあるんだ」
「願いとはなんだ? この薄い頭皮に誓って言え!」
大久保にしかできない自虐ネタはメンバー全員の笑いと笑顔を取り戻した。
「インターネットのサイトを作ってほしいんだ。俺たちモテない組のサイトをな」
その言葉にメンバーたちは驚きを隠せなかった。
「サイトを作るのはかまわない。俺には毛髪以外のすべてがそろっている」
運命を受け入れ、それを笑いに変えている大久保を見ていると、心が落ち着く。それは不幸を見ているからではない。不幸を別の何かに変換したことにだ。さすがはモテない組だ。俺の境地に、大久保は一歩近づいてきたようであった。
「しかし、モテない組は秘密結社であり、公にはしないという協定があるが、どうする?」
さすがは大久保である。このメンバーの中で一番頭がいい。その代わり、毛根の本数は誰よりも少ないが。そんなことを今は口にするわけにはいかないか。
俺は自分の欲望を抑えて話を続けた。
「だから、存在だけは公にするけど、メンバーの名前や写真は公開しない。そろそろ、俺たちの存在を少しは明かしてもいいと思ってな。もちろん、俺の独断での話だ。このモテない組は独裁主義ではないから、皆で話しあおうと思うんだ。掟を一つ変更することは小さいことであるが、俺たちからすれば、大きなことだからな!」
そして、俺は一呼吸置いて話を続けた。
「しばらく、時間を用意するから各自で考えてほしい」
学校の表では、決してリーダーにはなれない俺がここではトップに立っている。それはとてもすがすがしく、気持ちのいいものであった。自分の好きなことをしていることがこれだけ幸せなのかと俺は生まれて初めて学んだのであった。
もしかして、これが青春というやつなのか?・・・・・そんなはずはない。俺に青春は必要ない。青春という悪しき考えを撲滅し、多くの底辺に追いやられた人間の精神を救うことが俺の最終目的だ。俺の過去に青春という記憶は必要ない。モテない人生こそ、俺のすべてであり、正当化することのできる俺の価値観である。功績も恋愛も学力も必要ない。俺に必要なのは、新しい社会価値観なのである。
ゆっくり、時間をかけて話し合い、結論を出す。そして、掟を変えるかどうか決定する。これは俺たちにとって、『憲法』に匹敵するものなのだ。
すると、予想外の出来事が起きた。
「いいんじゃない」
「異議なし」
「俺もサイト作ってみたかったしいいと思うぜ」
三人の意見がバッチし一致してしまったのである。
「ちょ、お前ら、簡単すぎるだろ、少しは悩めよ、リーダーである俺が言っているんだからさ」
その一言で俺は衝撃的な事実を知らされることになった。
「いつお前がリーダーになったんだよ?」
「そうだそうだ!」
「創設者=リーダーではないぞ」
全員からの言葉に俺は一瞬凍りついてしまった。
「おい、どう考えたって俺だろう。世界モテない組代表はこの俺を置いて他にいないだろうが!」
今になって、こんな話になるとは夢にも思わなかった。
すると、生沼が俺に対抗してきた。
「確かに、お前は世界で最高にモテない男だ。それは列記とした事実だ。しかし、それとこのモテない組のリーダーとはまた違うだろう。俺たちはお前をリーダーに迎えたことはない!」
普段、物静かでやさしい二次元コンプレックスの生沼が自らのエゴをむき出しにするとは思わなかった。しかし、考えても見れば、自己顕示欲を抑えて生活している。そのはけ口としてこの場所があるのかもしれない。学校は人間関係と階級制度で成り立っている空間であり、このモテない組はそういったものから完全に外れた居場所なのである。
「この俺がリーダーで何が悪い! 俺が代表だ! 異論は一切認めない」
この実にくだらなく、モテない不毛な争いがただ、ひたすらに自身のエゴを主張し続け、何十分も経過していった。こんなくだらないことでここまで熱くなれるとは思いもよらなかった。モテない組での活動はまだ始まったばかりであり、何も成し遂げてはいない。唯一、『孤独死の是非』を決めただけである。けれど、この不毛な時間がどこか楽しく、居心地の良さを実感できる。このまま、この会話が永遠に続けばいいと馬鹿なことを考えている自分がいる。しかし、物事には必ず終わりが存在する。永遠など存在しない。いつか、終焉を迎えるのが人間の性である。
「なら、あれで決着をつけるしかないな!」
俺は大きな声で言ったので皆、真剣な顔で俺の方を向いた。
「じゃんけんだ!」
すると、メンバー全員が体制を崩した。
「おい、結局古典的な方法かよ」
「だって、もうどうしようもないじゃん」
俺の頭の中にはもう、じゃんけんでの勝利以外考えられなかった。俺の知能指数ではこの方法しか思いつかないのだ。それは悲しく、そしてモテない!
俺の身体はもうじゃんけん体勢に入っており、他のメンバーも準備が整っているようであった。こいつら全員本当にモテない。こんなくだらない部活での部長争いの中でじゃんけんという安易で短絡的な手段しか使えない。他の部活なら、絶対に部長にならない人間、なろうと思わない人間、なれない人間たちの集まりの部活にはある意味ふさわしい決定法なのかもしれないな。
「いいか、最初はグーだからな!」
普段、真剣にならないだけにこの痛い男たちの戦いが今始まろうとしている。
「ああ、最初はグーだ」
「勝ったやつが部長だな」
すると、田辺から余計な提案をした。
「いや、負けたやつがリーダーだ」
「おい、何でだよ!?」
俺はすかさず突っ込みを入れた。
「俺はじゃんけんが弱いんだ! だから、負けた人間が部長になる」
「却下!」
俺と大久保、生沼の三人が同時に答えた。
「分かりました・・・」
田辺はあっさりと引き下がった。
そして、全員がじゃんけん体制へと入った。
皆、真剣な顔をしている。どこまで本気なんだ一体?
「最初はグー」
全員の拳が前に出された。タイミングもぴったりである。この集中力を他の事に使えればいいのにと俺はつい思ってしまった。
「じゃんけんポン!」
そして、決着がついた・・・・かと、思ったが俺がグーで生沼と大久保がチョキ、田辺がパーであったため、仕切りなおしになった。
「アイコでしょ!」
しかし、またアイコであったため、その後も不毛な争いが続いた。
「お前ら、いい加減負けろ!」
俺は三人に言った。
「そうはいかないな」
「むしろ、お前が負けろ」
「まだまだ」
全員、本気のじゃんけんをしている。これはもう、不毛な戦いではなくなっている。真剣そのものである。油断したら負ける。この俺をここまで本気にさせるなんて。
俺たちは本当にモテないんだなと改めて実感させられてしまった。しかし、それでいい。モテないことを悲観する必要はないのだ。俺たちはそんな価値観など超越するために集まったモテない同盟のメンバーなのだから。そして、この不毛な争いを楽しんでいる自分がいる。もしかしたら、この展開を俺はどこかで望んでいたのではないかと自問自答している。この現状は俺の居場所となっているのだから。
「アイコでしょ!」
そして、俺たちモテない組に決着の時が訪れたのだ。こんなにも真剣で緊張感のない戦いが今だかつてあったであろうか。
俺はグーを出し、残りは全員チョキという結果になったのである。
「やはり、モテないキングに輝くのはこの俺を置いて他にはいないようだな!」
「長岡なんかに負けた」
「こんなやつに」
「俺たちはこの程度の男に・・・・・・」
悔しさを完全に、俺に対する悪口に変換している。
「お前ら、何されげなく俺を馬鹿にしているんだよ?」
「それは、長岡だからさ」
「異議なし」
「異議なし」
「お前らぁ!」
しかし、改めてモテない組代表の地位を取り戻した俺はそれで満足であった。
「まあ、いい。ではモテない組絶対的代表である俺の命令だ。大久保よ、モテない組のサイトを作るのだ!」
俺たちは再び、元の話し合いに戻った。
「それは構わないがどんなサイトにしたいんだ?」
大久保の切り替えは非常に早い。いや、本当はサイトを作りたくてしょうがなかったのかもしれないな。モテない掟の一つである存在を知られてはならないに束縛してしまった結果だったのかもしれない。それは学校の束縛と同じなのかもしれない。そう考えると、俺のしていることを全否定し、自分を追い詰めることにつながる。
・・・・・まあいいや。あんまり難しいことを考えたって俺の知能指数では限界がある。努力でもどうしようもないことは諦めるに限る。気にしない、気にしない。
「俺は、全世界のモテない組である人間たちを救済するためのサイトがいいな」
「フレーズとしては?」
「重要なのはそこだな。大久保。ここはまた意見が別れるところだ」
この部活は、表向きは反恋愛主義で成り立っている。それはいい。俺は恋愛に興味がないのだから。しかし、それだけでは恋愛をしている人間に対し、嫉妬心を抱き、反骨精神をむき出しているだけだ。不毛な怒りを超えてこそのモテない組である。恋愛をしたいやつはすればいい。しかし、恋愛をしていない人間を馬鹿にし、社会の負け組みというレッテルを貼ることだけは止めてほしいのだ。恋愛しない幸せな人生があって何が悪いというのだ。そんな小さなことで人を追い詰める社会は間違っている。
「そろそろ、俺の本音を話す時が来たようだな」
俺は緊張感を漂わせた。
「ついに、カミングアウトするのか、長岡」
「ああ、そうだ」
「やっと決意したんだな。聞かせてくれ。お前の本気を」
「では、話そう。俺はモテない組を結成した本当の理由は恋愛の否定ではない。恋愛していない人間。モテない人間たちを救済するために、結成したんだ。これは傷の舐め合いによる救済ではない。モテないことに対し、悲観する必要性がないことを世界に示すためなのだ。つまり、『自分、モテないですが何か?』というモテないことを決して悪く言わない、負け組みであるとは思わない世界の構築を実現するためにこの部活を立ち上げたのだ。だから、本来なら、恋愛を完全禁止にすることは間違っているのだが、もし肯定してしまえば、モテない人間たちに示しがつかないし、説得力を失う。だから、俺は恋愛を禁止したのだ。その上でモテないことが決して恥ずかしいことではない、罪でも何でもないことを世に示すためにここにいる」
俺は心のこもった演説は皆に届いただろうか・・・・・・
しかし、今日の俺の運勢はいいのか悪いのか、分からなかった。波野的に言えば、今日の運勢は『歪んでます』になるだろう。
「おい、せっかくお前にカミングアウトが聴けると思ったのにな」
「俺たちの興奮を返せよ」
「訴えてやる!」
俺は何を言われているのかさっぱり分からなかった。
「ちゃんと話したじゃないか!」
すると、生沼が俺に説明してくれた。
「俺たちはお前が『ゲイ』であることをカミングアウトするとばかり思っていたからがっかりだったんだよ」
「ああ、そういうことね・・・・・・って、俺がゲイだと?」
なんということだ。俺は皆からそう思われていたというのか?
「どうして、俺がゲイだと思うんだよ?」
「だってさ、長岡って女ッ気がまったくないからさ」
田辺がまじめな顔で言った。
「お前たち、今まで俺をそういう目で見ていたというのか?」
「ああ!」
全員から同じ解答を受けた。
俺は同性愛者などのマイノリティと言われている人々を否定するつもりはない。彼らの存在を否定してしまえば、恋愛自体することのできない俺もまた否定の対象になってしまうからだ。しかし、どのような形であれ、誤解されるのは不愉快だ。
「そんなことはもうどうでもいい。とにかく、大久保よ。サイトの件は丸投げするぞ!」
「分かりました・・・・って丸投げかよ!?」