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俺の常識は世界の非常識

 昼休みが終わる寸前で俺たちモテないメンバーすべてにとあるメールが送信されたのであった。送信元は田辺であった。

『孤独死の是非』を問いたいとの内容であった。

 実に現実的で少々ブラックなテーマであったが、避けては通れないものであった。モテないを貫くことは結婚しないことと一致する。つまり、最終的には自然と孤独死に繋がるのである。

 放課後になり、俺は変える準備だけ済ませ、部室へと向かおうとしていた。

「長岡、モテない集まりがあるのかい?」

 波野が聞いてきたので俺は笑みで答えた。

「興味があるなら、参加してみるかい?」

「絶対に嫌だ!」

 波野は大きな声で即答した。

「残念だ。今日は例の店に行くのかい?」

「ああ、今日も男の戦いがあるんでね」

「どうせ、カードゲームだろ」

「お前たちの根暗な集まりよりはましさ」

「それはお互い様だ!」

 そうして、波野は帰っていった。

 俺は荷物を持ちながら、モテない組の部室へと向かっていった。

 部屋に到着すると、すでにいつものモテないメンバーが全員集まっていた。クラスが違うとホームルームの終わり方も異なるため、時間にずれが生じる。特に、俺のクラスは学年で一番うるさいので進行が遅いのだ。

「モテない諸君たち。遅れてすまない!」

 俺は荷物を床に置き、椅子に座り、両腕のひじを机の上に置き、両手を組んで会合を始めた。

「これから、第二回モテない組会合を始める。今日のテーマは田辺が提案した『孤独死の是非』についてだ。それについて、田辺から説明してもらおう。

 すると、田辺は立ち上がり、経緯を説明し始めた。

「俺たちモテない組の理念は恋愛の否定だ。だから、この先も結婚せずに独身生活を送ることになると思うんだ。そして、最終的には死を向かえる。その時、俺たちは孤独死で人生を終えるんだ。それがいいことなのかどうか俺には分からないんだ。やっぱり、誰かに見取られて死にたいし、孤独死はどうなのかなって思って」

 なるほど、俺たちモテない組の末路は孤独死につながるということか。それは話し合う必要があるのだろう・・・・・少なくともこいつらは。俺は孤独死に対し、一切の偏見も抵抗もない。孤独死万歳だ! この信念こそ、世界モテない代表の力量なのだ。

 しかし、この話し合いの方向次第ではこの部活が崩壊することを意味している。もし、孤独死が完全否定されたら、この部活はその瞬間否定されたことになる。そうなってはいけないが、一方的なエゴのごり押しはしたくない。まずはメンバーの意見を聞いてから判断するのが望ましいだろう。

「では、田辺の意見に対し、他のメンバーの意見をうかがいたい。生沼はどうだ?」

 俺は特に理由もなく、生沼に意見を求めた。

「俺にはパソコンにいる彼女がいる。ただそれだけでいい。例え、この偽りの三次元での孤独死であっても、俺の心には二次元にいる神風ちゃんがいつもそばにいるんだ。それだけで十分だ!」

 実に痛い解答であった。俺たち三人は笑いを必死で抑えていたが、生沼は真剣な顔で言っていたのだ。この痛すぎる言葉をただ流すわけにはいかない。

「なるほど、つまり生沼の中ではいつまでも『例の彼女』が心にいるから、三次元の世界での死は孤独死にならないのか」

「そういうことだ」

「では、生沼個人としては孤独死に賛成なんだな」

「そういうことになるな」

「よく分かった。ありがとう」

 実にイケてない会話だ。痛々しい。しかし、そのモテない会話を楽しんでいる俺がいる。

「では、次にサラブレット禿こと大久保よ。発言を許可する」

「次、サラブレット禿、行きます」

 大久保はイケメン禿であることを自覚し、受け入れている。普通、俺の発言で大抵の男子は激怒するだろう。そこで怒らず、冷静でいられる大久保は実にすばらしい。

「まず、孤独死をした時のデメリットを考えてみたのだが、いくつかあげよう。まずは孤独に耐えられるかだ。孤独死の中には孤立ゆえに自殺してしまい、結果的に孤独死となる場合がある。しかし、それはいい。重要なのは孤独死する際の自分と親族の問題だ」

「どういうことだ?」

 俺は少しもったいぶる大久保に質問した。

「まずは個人の問題だ。一人で死ぬのはさびしい人間には孤独死はつらいものだ。つまり、孤独死は悪と断定される。そして、最悪のケースとして不動産会社なんかからの訴訟問題に発展する場合が多いんだ。それも、自分の親族が巻き込まれる。ただ、一人で死んでしまったがために。周りに迷惑をかけることをまずは皆に知ってもらいたい」

「へぇ、そうなんだ」

 俺は孤独死の弊害を何も知らなかった。いや、知る必要などなかったのだ。今までは。

「ただ、メリットもなくはない」

「何だと!」

「孤独死した人の部屋を掃除する業者が儲かるってことかな。まあ、腐敗した遺体を処理するってのは並大抵のことではないからね。腐敗臭やハエが集るから。それでも、孤独死をビジネスにしていることも事実だ」

「で、お前は孤独死に対し、賛成なのか反対なのか?」

 大久保は客観的に物事を見ることができる逸材である反面、どこか傍観者的側面を持っている。

「メリットもデメリットも存在するから俺は答えが出せない」

 いかにも大久保らしい。優柔不断な性格は相変わらずのようだ。

「では、話をまとめると、賛成一人、反対0、棄権が一人だな」

 俺は話を田辺に振った。

「田辺よ。今までの意見で思ったことを言ってみろ。慌てずにゆっくりでかまわないから」

 田辺は慌てる癖がある。小心者であることは分かっている。それが田辺のアイデンティティだ。否定する理由はない。

「俺が怖いのは孤独で生きていくことが心配なんだ。確かに、それを言ってしまえば、この部活の本質を否定することになる。けど、一人で死ぬのはさびしくて怖いんだよ」

「なるほどな。一理ある」

 田辺の言いたいことはよく分かっている。彼の言っていることは決して間違ってはいない。一人で生きていくことはとても辛く、さびしいことだ。

 だが、それは社会の理屈であり、古き常識である。世界モテない組代表である俺はその常識を覆さなければならない。そのためのモテない組なのである。

「俺は常識を超越する!」

 この勘違い言葉を大声で言ったので周りのメンバーたちはドン引きした。

「孤独死や一人で生涯を送ることがさびしいという発想、思い、考えを超越する必要がある。それはこのメンバー全員に対して言えることだ。さびしさを超えるんだ。さびしさなんか吹き飛ばすくらいの楽しみを見つけろ! 結婚しなくたってたくさんの友人を作ればいい。田辺。さびしいと思うのはお前の勝手なんだ。さびしいという常識を捨て去るか、さびしさを打ち消すようなものを見つけるかでお前の人生は大きく変わるだろう。恋愛や結婚など、人生の選択肢の一つにしか過ぎないのだ。そのたった一つの選択肢が絶対であるかのような社会を俺は否定する。田辺、そして皆、はっきり言おう。俺は孤独死こそ究極的に最高の死に方だと信じている。死んでしまったら、さびしいも楽しいもないんだ。周りのことなど気にすることもできない。重要なのは死に方じゃない。生き方だ。もし、ここで孤独死を否定してしまったら、今この時間に孤独死してしまった人の人生を否定することになる。その考えこそ、俺にとって悪なのだ! これが俺の考えだ」

 自分の思っている言葉をすべて吐き出した爽快感は言葉では言い表すことができない。後は、俺の考えに対し、田辺たちがどう考え、言葉にするかだ。

 すると、田辺は重い口を開いた。

「長岡、お前はすごいやつだよ。尊敬する」

「・・・・・ん?」

 あれ、予想外な言葉が返ってきたな・・・・・否定されて激論になるかと思ったんだけどな・・・・・・

「長岡、俺生きる希望を見出した気がするよ。今はものすごい楽しみを見つけていないけれど、大人になってそういうものを必ず見つけるよ。結婚や家庭を作ることだけが人生のターニングポイントだと思っていた俺は馬鹿だったよ!」

 普段、絶望している田辺の笑顔を久しぶりに見た気がしたので、俺は俺で気分が良かった。これでいいのだ。これですべてが丸く収まる。

 しかし、サラブレット禿の大久保は俺の意見に疑問を呈していた。

「長岡の意見は間違ってはいないが、やはり一番の幸せは家族を作ることなんじゃないかな? 好きになった女性と結婚して子供を作る。そして、自分の絶対的居場所である家庭を手に入れる。それがやっぱり正しいんじゃないかな?」

 大久保は最もな意見を言っている。その考えもまた正しいのだろう。しかし、俺はその意見に対し、対抗する義務がある。例え、親友であってもだ。

「好きなもの同士が結婚して子供を作り、幸せな家庭を作る。それが本当にできる人間は世界でどれくらいいるだろうか? 大久保よ。考えたことはあるか?」

「それは、大半だ」

 その解答を待っていた。

「大久保よ。それは嘘だ。実際はほとんど成し遂げられてはいない。この意味が分かるか?」

 俺の言葉に一同は硬直した。ごく当たり前であろうことを俺があっさり否定したからだ。

「結婚して家庭を築くまでは簡単なんだよ。重要なのはその幸せの家庭を維持できるかが問題なんだ。実際にこれが実現している家庭がどれくらいいるか考えれば分かることだ。そんな家庭はほとんど存在しないんだよ。両親の仲が悪くなる。子供が問題を起こす。仕事を首にされる。家のローンが払えなくなる。家庭のために残業してうつ病で倒れる。不倫して家族離散。収入が少なく、貧困生活を余儀なくされる。そんな不完全で不安定な居場所と呼べるかも危うい家庭が大勢存在する。本当の意味で完璧な家族を得る人間などほとんどいないんだよ。そんな中で小さな幸せは得られるかもしれない。孤独死も防げるかもしれない。しかし、そんな賭け事に近い結婚生活などくだらない。孤独死が怖くて結婚など俺には絶対できない!」

 俺の言っていることはネガティブで揚げ足を取っているようなことばかりかもしれない。しかし、間違ったことなど一つも言ってはいない。すべて事実だ。だから、俺はモテないのだ。

「じゃあ、長岡は結婚での幸せは偽りであるというのか?」

 大久保からの質問であった。

「いや、すべてがそうだとは俺は思ってはいない。しかし、本当に自分にとって最高の異性と出会える確率や社会状況、その時の仕事によって変化するものだ。そのすべてを考慮しても、絶対的な家族など作れるはずがないし、仮にできたとしても、離婚や死別とかで結局は孤独死してしまう可能性を秘めていることを言いたいのだ。結婚は絶対じゃないんだよ。しかし、世間はそう考えはしないだろうが、俺は違う。大人になったら結婚して当たり前でその他の考えを否定するこの世間を俺は認めない。結婚で幸せになる保障などまったくないのだから」

 討論会とはエネルギーを激しく消耗させる。例え、それが友人同士であってもだ。人間同士はいろいろと難しい。

 そして、話し合いの結論は自然と決まったのである。

『孤独死は罪ではない』と。


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