モテない昼下がり
国語の授業が終わり、昼休みになった。昼食を取る時間になったので大勢の生徒たちは仲のいいグループになってお弁当を取り出す生徒や、売店でパンや飲み物を買いにいく生徒。俺は家から持ってきた弁当を食べる。
そして、青春の風を感じながら、屋上に上がって幼馴染の女の子と二人きりで甘い食事を楽しむ・・・・んなわけねーだろろーが。大体、屋上は自殺防止のために鍵がかかっていて誰も入ることはできないんだ。どうして、青春ドラマはいつも屋上シーンがあるんだよ。ふざけやがって!
俺は前方にいる波野隆と向かい合って二人きりの男同士で食事をするのが俺の日常であり、運命である。
波野も含め、モテないメンバーは中学時代からの友人たちである。それぞれ、違うグループに所属していることもあり、毎日いっしょにいるわけにもいかないが、それはいい。俺は波野に向かってあることを言い出した。
「波野、モテない組に入らないか?」
すると、波野は即答した。
「誰が入るか! そんなのに!」
「そんなのって何だ? そんなのとは! この俺と全世界のモテない男たちに謝れ!」
「何で謝らなくちゃーいけねーんだよ。お前、本当に作ったんだな。メンバーはどうせあいつらしかいないだろうけど」
俺はモテない組を作ろうと考え、最初にオファーをかけた相手が波野であった。その時もこのように即答で断られたのである。しかし、それ以前にこいつは俺たちモテないメンバーを裏切っていたのだ。
「中学卒業前だったな。お前に彼女がいたのがばれたのは。俺たちにとって、それは裏切り行為で散々糾弾されたもんな。あの時のお前のいじられかたはとてもおもしろかった」
「長岡、人の古傷をえぐるんじゃない!」
「だって、おもしろかったんだもん!」
俺は悪ふざけの笑みを浮かべている。
「あの時は散々攻められたけど、一人だけおかしなことを言ったよな」
波野は俺の顔をにらみつけている。
「だれか、いたっけ?」
「お前だよ。お前!」
波野は大きな声で言った。
「この俺が何を言ったっていうんだよ。俺はいたって普通の生徒だったぜ・・・・一応」
「何が普通だ。他のメンバーたちが嫉妬で俺を非難しているのは別にかまわなかった。しかし、お前の発言は一生のトラウマになったからな!」
「何の話だ?」
俺はとぼけた。
「お前はこう言ったんだよ。『波野、お前は本当にかわいそうにな。恋愛という病気にかかってしまって、最初は歪んだ意味の分からない喜びを味わうが、後に正気を取り戻し、数倍の絶望を抱いてしまうあの病気にかかってしまうとは・・・・かわいそうに、治療法がないのが残念だ』てな!」
「そーんなこといーたーけー?」
「言いました。お前はどうしてそう恋愛に対し、ネガティブなんだよ」
「この俺は、事実を述べただけだ。恋愛など病気だよ。思考回路が鈍くなり、目覚めた時には後悔しか残らない。そして、奥さんから最後はこう言われるんだ。『どうして、あなたと結婚したのかしら?』ってな。お前も、そういう末路をたどっていくなんてかわいそうに。そして、お前はこう言うんだ。『どうしてあの時、長岡の言うとおりにモテない組に入らなかったのか?』とな。波野よ。今のお前は病気だ。しかもとてつもないやっかいなものだ。これがガンに匹敵する恐ろしい病だ!」
「何馬鹿なことを言っているんだ、お前は。だから、お前はモテないんだ!」
「それは褒め言葉かい?」
「お前をけなしているんだよ!」
「この俺には、そうは聞こえなかったけどな。モテない組は楽しいぞ。金もかからないしな。面倒ないざこざもないし。気楽気楽。俺は人生の勝利者なんだよ」
人生に勝ち負けなどないことは俺は自覚している。しかし、そこは笑いを取らなければ。
「お前のどこが勝ち組なんだよ!? 底辺のさらに下にいるようなお前が!」
「何、この俺が底辺以下だというのか?」
そんなはずはない。俺はそんなに落ちぶれてなどいないはずだ!
「自覚がない時点でお前はもう終わっている。友人として、一人の人間としてお前を哀れむよ。同情はしないけど」
波野は泣く振りをして笑っていた。
「おい、何笑ってるんだよ!?」
「いいや・・・・別に」
波野はわざとらしく、顔を背けた。
「この全世界モテない組代表の俺を愚弄する気か!?」
「何で、お前が世界代表になっているんだよ。まあ、その素質はあると思うけど」
「素質は完璧だ!」
俺のその発言に対し、波野は鼻で笑った。
「そんなこと言っているからモテないんだぜ!」
「モテないは男のロマンさ!」
俺はなんて幸せなのだろう。人類の価値観を超越した人間が言える言葉なのさ。
「長岡、痛い、痛すぎるぜ!」
波野が呆れ顔で言っている。しかし、この俺は気にしない。
「別にどこも痛くないけどな?」
「うわぁ、それすら気がつかない所がますます痛いぜ。痛すぎて痛みを忘れてしまったか?」
「何を言っている? それじゃあ、まるで俺が激痛男にでもなったとでも言いたいのか?」
「高校生だぜ、俺たち。少しは異性とかに興味を持てよ」
「そんなこと言われても、興味がないものは仕方がない。それに、そういう自分が大好きなんだ!」
「何て痛くて幸せなやつなんだ・・・・・」
「どうだ、うらやましいだろう!」
すると、波野の首が下に傾いた。
「ある意味、うらやましいよ、ある意味な!」
「何だ、ある意味って?」
俺は波野の言ってる意味が理解できなかった。
そんな会話をしながら、互いに弁当の取り出し、中身を口にほお張っている。
「そういえば、例の彼女とはうまくいっているのかい?」
俺は波野が苦しんでいないかなと歪んだ気持ちで聞いた。
「うまくいっているよ」
波野はいたって普通に答えたので嘘はついていないようであった。
「何だよ。つまらないな。恋愛はこじれるからおもしろいんじゃないか! しかも、それを見物するという楽しみがある」
これが傍観者としての娯楽であり、モテない人間の楽しみの一つである。
「お前、最低なやつだな。だから、モテないんだぞ!」
「この俺、世界モテない組の頂点にいる俺には、その言葉はむしろ光栄だよ。ふふふ」
「どう育てれば、お前のような変態が生まれるんだよ!?」
「変態と言うな、せめて変人と言え!」
変人、それは普通と呼ばれる集団から鼻つまみ者として排他される存在のことである。別名で言えば、マイノリティ。この学園ヒエラルキーで考えれば低下層の人間のことである。底辺のさらに向こう側にいる俺にとってそれはもはや、屈辱ではないのだ。そんなレッテルごときで俺の精神は崩壊したりはしない。
「病院行って来い、いい精神科を教えるから」
波野から、まさかの発言であった。
「おい、その発言聞き捨てならぬ。俺がまるで心を病んでいるかのようじゃないか。精神科を進めるなら、むしろ数多くの告白による心的外傷ストレス障害PDSTの田辺に進めろ!」
俺はただ、ネガティブという理由だけで田辺を精神疾患というレッテルを貼ってしまったが、あらかし間違いでもない。むしろ、本当に進めるべきかもしれない。
「確かに、田辺は病んでいるさ。けれど、お前だって通常の何倍もネガティブじゃないか」
「この俺と田辺が同類だとでもいうのか!?」
俺は憤慨した。あんなやつと同類などと。
「ネガティブの種類が違うかな。田辺の場合は悲観して絶望しているじゃん。何事に対しても不安で。でも、お前のネガティブはなんていうか・・・・・・歪んでる!?」
「何、歪んでいるだと。この俺が!」
そんなはずはない。俺はいたって正常だ!
「だってさ。普通モテないことを肯定するやつはお前くらいしかいないぜ。しかも、お前は本来肯定するはずの恋愛とかを完全否定する。普通ならただひねくれたやつで終わるけど、お前はひねくれてなどいない。気にしてもいない。ひねくれているを通り越して歪んでいるんだよ。お前は」
「おい、この俺を否定していないか?」
「いいや、別にぃ」
しかし、波野の顔は明らかに笑っていた。
「やっぱり、否定しているだろ!」
「だってさ・・・・・そこまで堕ちたんだなぁと思ってさ」
波野はニヤニヤしている。明らかに俺を馬鹿にしている顔であった。
「人生堕ちてなんぼの世界だ。しかし、楽しみだなぁ、波野がこっちの世界に来る時が」
今度は俺がやつに対してニヤついて見せた。
「悪意に満ちた顔だな。お前」
「そんなこと、あるわけないじゃないか、ははは・・・・・」
「まあ、いいや。俺は今の彼女と幸せになってみせるから」
波野は自身満々であった。
「そうだな。人の幸せはそれぞれさ、まあ、がんばりたまえ!」
俺は悟ったかのような顔で波野の肩を叩いた。
「なんか、引っかかるな。お前の発言?」
「そうかい」
波野の言う彼女と幸せになるという意味は、最終的に結婚して家庭を築くことである。しかし、この俺にとって『結婚』とは史上最大の罠であると考えている。その罠に自ら堕ちようとしている波野に対し、俺は歪んだ愉快さを感じているのだ。
「波野は結婚して子供を作りたいとか思っているわけ?」
俺は弁当の米を食べながら、話しかけた。
「まあ、すぐにでも結婚したいとは思わないけどね。いずれはそうしたいだろ。普通は」
「ふ~ん、そんなもんか・・・・」
「長岡は本当に結婚したくないのか?」
「両親を見ているとそうだよ。つまらないことですぐけんかしてさ。楽しいこともそれで全部台無し。今は自活できないからいっしょに暮らしているけど、早く家を離れて一人気ままに暮らしたいよ。それで、二度と実家には戻らない」
「おいおい、それはないだろう」
「年末とかお盆に戻れって言うのかい。勘弁してくれよ。俺はそういうのが嫌いな男なのは知っているだろ」
この俺にとって、祝日はただの一日に過ぎないのだ。
「けんかするほど仲がいいっていうじゃないか。モテない組なんて止めちまえよ!」
「俺にモテないを消したら他に何が残るって言うんだ!?」
その発言自体、この社会では『痛い』のであろう。波野からそういうオーラが出てきているのがよく分かった。
「そうだな。お前は何もない人間だったな。まあしょうがないか」
「おい、この俺を否定するな」
「勉強、運動、見た目、性格、何もかもが駄目駄目でよくここまで生きてこられたな」
「おい、何勝手にこの俺を完全否定しているんだよ!?」
「おまけにモテない組を本当に結成してしまって・・・・・痛い、実に痛すぎるぜ! お前はどこまで痛さを極めるつもりなんだ!?」
「それを痛いと考える社会が間違っているんだ!」
「うわぁ、引くわ・・・・」
「引け引け、どんどん引いてしまえ!」
なんだか、社会の底辺にいすぎて、鈍感すぎる人間になってしまったようであった。しかし、それは一種の精神的無敵状態を引き起こし、俺に勇気と希望を与えてくれる。そして、何より俺にアイデンティティを生み出してくれる。これほど低下層にいて希望を見出している人間は世界でこの俺だけであり、俺にしかできないことなのだ。
そして、そのためのモテない組である。
普通なら、モテないメンバーが集まり、どうしたらモテるかを研究するのだろうが、俺たちはそんなことはしない。モテないものはモテない。それでいいのだ。モテないことを恥じる必要のない世界を作る。そのためのほんの小さな礎になればいいのだ。
世界を大きく変化させてきたのは優等生でも、エリートでもない。マイノリティで変人と言われてきた人間だ。
仮に俺が目標を達成できなくても、俺以外の人間がいずれやってくれるはずだ。それは決して簡単なことではないし、時間もかかるであろう。一度築かれた価値観を変えることはその一人ひとりの考えを根本的に否定することにつながる。アイデンティティの崩壊を促すことになるだろう。価値観を一方的に変える一番いい方法は戦争である。戦争の歴史、死体を土台として今の日本、世界が築かれたのである。しかし、そのために大勢の人の血を流してきたこともまた事実。俺は罪の無い人々が犠牲になるのは嫌いだし、戦争など起きてほしくはない。違う方法で変化を促すしかないのだ。
そのための、モテない組なのだ。
このいかがわしい部活で何ができるか俺にも分からない。もしかしたら、何も変えることはできないかもしれない。何もできず滅びる運命だってあるはずだ。
しかし、世の中を変えるのは凡人でも秀才でもない。変人と呼ばれている人間たちだ。
「長岡、頼むから俺をそっち側の世界に引きずり込むのはやめてくれよ」
「その言い方、気にいらないな。まるで、俺がダークサイドに引きこもうとしているような言い方」
「立派なダークサイドだと思うけどな!」
波野は再び鼻で俺のことを笑った。
「今、この俺を笑ったな?」
「別にぃ、ただお前は本当に痛いやつだと思ったからさ」
「この俺を馬鹿にしているな!」
「ああ、かなり馬鹿にしている。人間にとってもっとも大切なものを欠落しているお前を見ているとな・・・ははは」
「この俺が欠落している・・・・馬鹿な。そんなはずはない。俺は正常な人間だ!」
「それすら気がつかないとは・・・・長岡も底辺のさらにさらに向こう側まで落ちている最中というわけか・・・・・実に哀れだ。同情はしないけどな」
「おい、今落ちていると言ったな。それは現在進行形って意味か?」
「その通りだ。よく分かったな。ほめてやる。一応な!」
俺は恋愛ごときに心を奪われている波野に馬鹿にされている。
「貴様、俺は底のない低下層を永遠に堕ち続けているとでも言うのか!?」
「分かっているじゃないか。長岡。お前は人間的に言えば世界規模で見ても底辺の頂点に立っているんだぞ! ありがたく思うんだな!」
波野は手作りのサンドイッチを食べながら、この俺を愚弄し続ける。
「まあ、それは認めよう。俺はどこまでも堕ちていく男だ!」
「ほら、すぐにそうやって開き直る。だから、モテないんだよ!」
「これが俺のアンデンティティだ。それを否定することは神すら許されない!」
よし、決まったぜ!
「痛い、長岡、痛すぎるぜ。これ以上俺を苦しめないでくれ!」
そう言いながら、波野は笑いを止めない。
「そういえば、彼女にあの話はしたわけ?」
「話って?」
「お前がトレーディングカードにはまっていることだよ」
「ああ、いいや話してないな」
波野はとあるカードゲームにはまっており、店の大会にしょっちゅう参加している。俺も一度見に来たことがあるが、何をしているのかさっぱり分からなかった。また、彼らカードゲーマーたちは独特のオタクオーラを放っており、周囲の一般人を受けつけず、独自の世界観を作っていたのである。しかし、俺は何の苦もなく、その世界に入ることができたのである。その時、波野からは『お前、平気な顔してよく溶け込んでいるな』といわれたことがある。通常とう言葉を使いたくはないが、凡人たちは普通、その空間に近寄れないらしい。恐怖とドン引きを掛け合わせた感情が起こり、その場を去るのが凡人と態度と波野は言っている。
「話せよ。そして、振られてこっちの世界に来るがいい。俺たちはいつでも歓迎しているぞ、ははは」
「誰がそっちの世界に行くものか! 俺はモテない組じゃない!」
「しかし、モテない要素を持っているじゃないか、そのカードゲームの趣味を。トランプやウノ、花札でもない。その美少女キャラばかりのカードが詰まった君のデッキが。そのデッキを所有していることこそ、お前はモテない証のようなものだ。女子はドン引きするぞ。さあ、すべてを彼女に告白し、ダークサイドへ誘おうじゃないか」
「いつかは話すよ。でも、そっちの世界には絶対に行かないぜ! お前は『恋愛の強さ』を理解していない」
「どういう意味だ!」
俺は彼女いない暦=実年齢であり、恋愛未経験者であるため、恋愛の短所は知っていても、長所を知らない。これが世界モテない組代表である俺なのである。恋愛で傷ついたことすらない男が恋愛を否定すること自体が間違っているのかもしれない。
「愛ってのはな。その相手のすべてを受け入れることができるんだよ。長所だけじゃなくて短所もな。人のすべてを好きになり受け入れることが恋愛にはできるんだよ。それをお前は分かっていない!」
波野から指を指され、この俺を圧倒した。
「何だと!」
俺はどこかわざとらしく対応した。
「それが分からないお前は一生底辺のさらに下を永遠にさ迷うことになる。恋愛なき人生などつまらないさ。長岡、お前は何を生きがいにして生きていくのだ?」
その問いに対し、俺は言葉が詰まった。しかし、ここで何も言わずにはいられなかった俺は何も考えずに口を開いた。
「モテない自分を死ぬまで続けることが俺の生きがいだ!」
その言葉に対し、波野は絶句していた。
「長岡、お前は一体何者なんだ?」
「おい、何だ急に?」
「どうして、そう痛い人生しか送れないんだ!? しかも、お前はそのことをまったく自覚していない。俺は悲しいよ。お前にも女の良さを知ってほしい」
その言葉に『冗談』は含まれてはいなかった。しかし、そんなことはどうでもいい。
「俺は生まれつきの去勢体質なんだよ。だから、気にするな!」
俺は本当に気にしてはいなかった。なぜなら、これが俺なのだから!
「しかし、波野。お前は逆に欲張りだと思うけどな」
「何でだよ」
波野は最後のサンドイッチを口に入れた。
「お前は三次元の恋人がいながら、二次元にも手を出しているだろ。そこんとこどうなんだよ!」
こいつはアニメが大好きで生沼と同様に深夜アニメにはまっている。しかし、生沼と違って二次元コンプレックスにまでは堕ちていない。普通の連ドラも見るし、見た目も普通の学生だ。しかし、アニメの知識はオタクの生沼と同等のレベルを持っていて、美少女キャラが大好きだ。
「二次元は二次元、三次元は三次元で割り切っているんだよ」
「お前こそ、真の変態だ!」
俺はそんなモテない会話を昼休み中続けたのであった。