本当の正義の味方とは、カッコ悪いものなのだ
クリスマス。それはイエス・キリストが誕生したことを祝うために設けられたもの。しかし、今は資本主義に染まり、祝いと称する大量消費を目的とした資本主義の手先に成り下がった道化の日。しかし、国民は『祝い』という概念にのみ囚われてしまい、クリスマスというだけで、興奮し、祝杯を挙げる。最近ではホワイトクリスマスと呼ばれる雪が降ったときだけ発動する言葉もある。国民は更なる感動を抱き、本質を見ようともしない。
我らモテない組にとって、クリスマスは苦しみの日なのだ。理由は明白すぎる。クリスマスに恋人たちがお店によったりしながら、楽しく過ごす。しかし、モテない人間たちはそういった一種の空想に憧れながら一人でその日を過ごす。しかも、それが惨めに思う人間、惨めにしている社会が顕在しながら、誰もそれを正そうとしない。まして、異教徒の誕生日を祝うという意味不明なことをしている始末。
俺にとって、クリスマス、クリスマスイブは『普通の日』なのだ。他の日と何ら変わりもない普通の日。雪が降れば天気の悪い最悪の日。それだけのことだ。だから、俺にはクリスマスに対する思い出はないし、サンタクロースは幼い時からまったく信じていなかった。住居不法侵入で捕まってしまえとさえ思っていたくらいだ。
実に夢がなく、マイナス思考ではあるが、間違ったことは一つも言っていない。俺は正しいのだ。周りが間違っているだけのこと。しかし、間違っていての民主主義は数の多い方を結果的に『正しい』と位置づけてしまう。それは非常に悲しいことだ。
クリスマスはある意味で呪いの日と言ってもいいだろう。だから、俺はこの日を認めない。死んでも認めることはないだろう。
しかし、この日だからこそ俺は行動に移すのだ。
いじめられている加藤を救い、俺という存在を示すために。これが俺からの『クリスマスプレゼント』だ。
俺は昼休みの時間帯でトイレの前の廊下にいた。そこには田辺と比島もいる。しかし、行動を起こすのは俺だけである。
「長岡、本当にやるのか?」
田辺が心配している。
「俺にしかできないからな」
「お前は本当にすげーよ。勇気がある。俺たちには絶対真似できない」
「本当です。相手がカスミならまた違うと思うんですけど・・・・・」
二人は俺を尊敬しているようであった。本当に尊敬されるようなことかは別にして・・・
「これは勇気でも強さでもないよ。二人とも」
その言葉に二人は意味を理解していなかったようだ。
「強さとは何だと思う? 田辺」
「それは・・・・・困難に立ち向かう勇気かな」
「なるほど、正しいが抽象的すぎるな。俺が今からしようとしていることは強さでも勇気もないんだよ。勇気とは失敗する確率が高いことに対する恐怖心に打ち勝つことだ。しかし、どんなに危険なことでも、その仕事が趣味で恐怖心がまったくない場合、それは勇気でも強さでもない。まさに今の俺がそうだ。俺が今やろうとしていることはこの学校の最大の汚点になるだろう。そして、男子だからこそ勇気もいる。しかし、俺には恐怖心そのものがない。俺はそういう価値観を捨てた男だ。だから、俺がこれからやる行動は強さではない」
俺がこの二人を呼んだのは、二人には責任があるからだ。それはいじめを見てみぬ振りをしていたことではない。世間では見てみぬ振りもいじめになるというが、いじめをどうにかしたくてもできないことはある。だから、俺は二人を責めないし、理由がない。しかし、この高校の生徒がモテない組であるということをばらしてしまい、彼女をモテない組というレッテルをつけられたきっかけを作ったからこと。それが二人の責任だ。
そして、俺は二人に敬礼し、いじめられている彼女を救いに旅立った・・・・・・女子トイレに。
そう、俺が向かう場所は戦場でも難民キャンプでもやくざのアジトでもない。女子トイレなのだ。実に間抜けな話に聞こえるが、男子にとって、これは非常に勇気のいる行動なのだ。
二人の仲間に見送られてゆくべき場所が女子トイレとは・・・・非常に悲しい。はたから見れば、ただの変態だ。そんな趣味がないのは俺が一番良く分かっているのだが。しかし、そんな人の目を気にしていてはモテない組という『痛い』言葉を超越した組織を創設し、維持することなどできない。恥を超えるのではない。恥だと思わなければいい。これは強さではない。鈍感さ、価値観の捻じ曲げである。
胸ポケットに隠しカメラを身につけ、俺は女子トイレのドアを握った。すると、中から女子たちの声と水が滴る音がする。そして、俺は勢い欲くドアを開けた。すると、そこには俺の予想通り、加藤が床に腰を下ろし、三人の女子生徒からホースを使って水をかけられていた。その光景をカメラに収められたことは収穫の一つだ。
「あんた、やだ、何女子トイレに入ってるの? 最低、変態!」
いじめの主犯格であるやせこけてギョロ目をしている女子生徒の一人が俺に対して叫んだ。
「何が変態だ! 女子トイレに入ったって便器が隔離されてて問題ないじゃねーか。むしろ、立ちしょんする男子トイレの方がよっぽどあぶねーよ。ってそんな話はどうでもいい。俺はお前たちがモテない組だと言われている女子生徒を救いにきたんだ!」
「はあ、何言ってんの? 変態! とっとと出て行きなさいよ!」
「それができれば、こんな所に入るものか! 変態はお前たちの方だ! 一人の女子生徒をよってたかっていじめるなど、もはや変態の領域を超えている。犯罪だ!」
すると、ギョロ目の女子がホースを俺の方に向けて水をかけてきたのである。俺の顔に水がかかり、制服も濡れてしまった。
「ここから出て行きなさい! 変態! 皆に言いつけてやるわ。学校の変態やろう!」
「だったら、お前はこの地球から出ていけ!」
しかし、どれだけ罵声を送られても、俺は冷静でいられたのだ。これは俺自身も驚いている。彼女たちは自分たちが悪いこと、人が嫌がることをしているという感覚が完全に麻痺している。それが手に取るように分かってしまい、むしろ悲しくなったのかもしれない。この学校にも酷いいじめは無数に存在する。日本だけではない。他の国でも存在する。きっと、彼女たちのように善悪の感覚が麻痺してしまい、周りが見えていないのだろう。そして、何より不幸なことはそれを教えてくれる大人、友人が誰もいないということだ。黙認社会と言っていいだろう。しかも、それが『暗黙の正義』となっている。これを破れば、いじめの次なるターゲットになるのだから、歪んだ社会だ。
「俺は正義の味方としてきたんじゃない!」
「じゃあ、何のためよ。こんなモテない組の女を助けて何のメリットがあるのよ。気でも狂ってるんじゃない!」
俺は右手に拳を作り・・・・・そして、彼女の左ほほにパンチした。彼女は方向に飛び、倒れこんだ!
「何するのよ。最低!」
何だかんだで彼女は涙目になっている。それはそうだ。痛みに弱く、自然と涙が出てしまうのは女性の特権だからだ。しかし、この女の涙はあらかじめ用意されているような一種の罠のように俺は思えた。
「あんた、何者よ!」
「俺がモテない組だ! それを言いにきたんだよ、そして、加藤はモテない組とは一切関係ないことを証明してきたんだ。モテない組の女性はいないからね」
「あなたが、あのサイトの・・・・・」
「そうだ、運営者だ。しかし、お前たちはモテない組を馬鹿にし、名前をいじめという愚かな行為の材料にしてしまった。その罪は償ってもらう!」
そして、俺は残りの二人の名も知らない女子生徒も殴りつけ、泣かせた後、加藤をやさしく立ち上がらせた。
「大丈夫かい?」
その時、俺はあることに気がついた。久しぶりに女子生徒と話したことに。母親以外、異性と話したのは一体いつの頃だっただろうか? もう、遠い過去のことだ。俺は『青春』という概念をトイレの便器に流してしまったのだから。それはもう二度と回収できない、そしてしたくないものとなった。
加藤を連れて、女子トイレを後にした俺は、彼女たちの涙が、ホースから垂れ流されている水と混ざる光景を最後に見たのであった。
この一件はすぐに学校中に広まり、多くの教師たちを巻き込んだ。そして、現在俺は一人、事情聴取のため会議室で生徒指導担当教員や俺の担当教師などが集まり、尋問を受けている。まあ、暴行事件ではあるな。
「どうして、女子トイレに入って暴行を加えたんだ!」
生徒指導の教師が俺に怒鳴りつけた。
「彼女たちはいじめをしていたんです。それを止めただけのことですよ」
俺には異常なまでの精神的余裕があった。高校を退学されるかもしれない可能性があってもだ。
「だからって、女の子に手を上げるやつがいるか!」
「じゃあ、男子だったら良かったんですか?」
俺は屁理屈ではなく、世の中の一種の矛盾をついてみた。
「そうは言ってないだろう」
「そう聞こえましたよ。俺には。教育者なんだから生徒には正しい言葉を使わなければいけませんよ。先生」
「その態度は何だ!? お前は暴行事件を起こしたんだぞ! おまけに女子トイレに入った!」
「なら、男子トイレなら良かったんですか?」
「誰もそんなことは言っていないぞ!」
「そういう風にしか聞こえませんよ。これが生徒指導教師の言い方では生徒は構成しませんよ。怒鳴り声と気合だけでは何も改善はしません。この生徒指導方法ではもはや税金泥棒といわれても仕方がない。まあ、俺は税金を払っていませんけど」
教師たちの努力を完全否定するつもりはない。楽している教師などほとんどいないだろう。しかし、この教育現場に充足してしまっていることもまた事実。
「偉そうなことを言うんじゃない。お前、教師を何だと思ってるんだ!」
その言葉は明らかに話から脱線してしまうため、俺は無視した。
「そんなことはどうでもいいです。今は女子トイレ暴行事件についての話をするべきだと思いますが?」
「お前・・・・・・」
生徒指導教師は一瞬黙りこみ、その後再度話し合いが始まった。
「じゃあ、話を元に戻すぞ。どうして、彼女たちを暴行した」
「加藤さんをいじめから救うためです」
「彼女らは、いじめはしていないと言っているぞ! 担当教師もそう言っている」
「では、クラスの生徒に聞き込みはしたんですか? それに彼女たちはホースで加藤さんに水をかけてたんですよ。それがいじめでないと?」
「水かけしてふざけていたと言っている。それは加藤からも同じことを言っている。皆で水の掛け合いっこをしていたと」
「それを本当に信じるんですか? 真冬に水掛はしませんよ。ましてや女子生徒ならね。男子なら寒さにどこまで耐えられるかみたいな馬鹿な維持の張り合いはするかもしれませんが。それにいじめられている女子生徒が本当のことを言えるはずがないじゃないですか。そうしたら、また陰湿ないじめに遭う。それくらい分からないのですか。それが生徒指導とは実におこがましい。恥を知るべきですな」
「お前、教師に対し、恥を知れだと!」
「いじめをいじめと認めないのはまさに学校の隠蔽体質ですな。それにあなたは加担している。確かに暴行に対する是非はあるでしょう。俺も迷いました。けれど、やってよかった。暴力は必ずしも悪ではない。正しい使い方をすれば、時に正義にもなりうる。そう思いませんか?」
「暴力は間違っている。話し合いで解決できる!」
生徒指導教師は大きな声ではっきりと俺の考えを否定した。
「確かに、暴力は人を不愉快にする。俺だって暴力は決して好きではないです。人を精神的、物理的に傷つけますから。そして、何より恐ろしいのは暴力の乱用です。大半の人間が暴力を間違った使用をするから悪だとされる。けれど、暴力は人を黙らせ、時に異常なまでの即効性を発揮する。今回はそれを体現しただけのことです」
「肯定するんじゃない!」
「では、俺はどうすれば良かったんですか?」
「それだけの覚悟があれば話し合いをすれば良かったんだよ。いじめをやめようと」
非常に甘い。この教師という職業が『社会人』とはかけ離れたものであることを俺は理解した。ここにいる大人たちは、学校が大好きで、学校以外何も知らない人たちなんだと。学校には楽しい思い出があるだけで、裏のことを知らない、見てみぬ振りをしてきた人間。それが教師だ。そして彼らは、勉強はできるがいじめの対処法を学んではいない。話し合いだけでは解決できないことをこの人たちは知らない。こういうある意味で無能な人間が不幸な生徒を作るのだと思う。
「なら、あなた方先生がそれをしてくださいよ。俺はクラスも違う。それでも行動した。しかし、あなた方教師は何もしていないじゃないですか。そういう意味では見てみぬ振りをしていた他の生徒と同類です!」
モテないというコンセプトから何だか外れている気がする。これではただの正義の味方だ。俺には英雄願望には存在しない。かっこつける必要もない。ただ、モテない組を侮辱し、言葉を乱用した彼女らを粛清しただけだ。これはある意味で報復であり、正義ではない。しかし、いじめに関してはメンバー全員否定派なので俺の行動はモテない組の総意でもある。そして、俺のした行動は間違いなく『モテない』 これは絶対的だ。正しいことをしても『かっこ悪い』と判断されれば、この学校では悪と断定される。
しかし、考えても見れば、モテない組たちは一種のいじめを受けている。モテないという言葉で、批難され、劣等感を味合わされ、否定される。これもいじめといっても過言ではない。この社会はモテない人間たちをいじめて、意地悪いモテる人間たちはそうやって歪んだ優越感を得る。この世界は『いじめ』で出来ている。俺たちモテない要素を持った人間たちを土台として・・・・・・これが俺の考えすぎであることを祈るが。
「俺が言っているのは殴ったことだ。それにいじめはなかったんだよ!」
この生徒指導はまだそんな寝言を言っている。生徒の悲鳴を聞き取るべき存在が、聞き取れていない。いじめを隠蔽したくてしょうがないようだ。
「長岡、正直に言いなさい。お前はあの女子生徒たちとはクラスが別だろう。なぜ、別のクラスメイトに干渉したんだ?」
「俺はモテない組というサイトを運営してましてね。加藤さんがそのモテない組の一人ではないかと疑われてしまい、いじめに遭っていたんです。俺はそのようなデマを流したことはありません。ですが、クラスの生徒はそれをいじめの材料にし、加藤さんをいじめていたんです。若干の責任感を感じた俺は彼女に対するいじめを止めるためにやっただけのことです」
「も・・・・・モテない組?・・・・・・ふざけてるのか!」
「真剣です!」
俺ははっきりと答えた。教師とはどこまでも・・・・・・馬鹿だ。
「そのサイトがじゃあ、原因なんだな?」
まるで、俺がすべて悪いと言いたいようであった。
「それが直接の原因かは知らないです。けど、俺のサイトを利用していじめを行うやつらを許せなかった。それにいじめを止めることに理由は必要ないと思います」
「とにかく、暴力をしたことに変わりはない。お前は反省していないしな!」
「いじめを止めるためにしたことです。それを否定するなら、加藤さんへといじめを見過ごせば良かったんですか? それが人の言うことですか!」
俺は正論過ぎることを言っている。生徒指導や担任も所詮この程度。本質がまるで見えていない。本質はいじめのはずだが、暴力と女子トイレ進入が焦点になっている。いじめをそこまで認めたくないのか?
「いじめはなかった! 生徒指導の俺が言っているんだ! 彼女のクラス担任もそう言っている。お前は女子トイレで暴行を加えたんだ。それがすべてだ。いじめと勘違いしてヒーロー気取りで女子生徒を三人殴った。それだけだ。連絡が来るまで自宅謹慎だ! いいな!」
「それは決定事項ですか? それとも、生徒指導の暴走ですか?」
「校長の命令だ!」
「そうなると、思ってましたよ」
俺は予想通りの結果になったことに満足した。もし、ここでいじめを認め、改善する策をしてくれれば、それはそれでよかった。そうしたら、あれを実行することもなかったろうに。しかし、俺はこの学校が大嫌いだ。だから、この結果になったことを俺はどこかうれしく思っている。そして、この高校が生徒も教師も腐っていることを再認識した。あの三人組の女子生徒はいじめを否定し、女子生徒には甘いと噂の生徒指導はクラスでのいじめ調査すらしない。調査すれば、田辺や比島がいじめを訴えるはずだ。いじめが発覚すれば、そのクラスの担任、生徒たちが多大なる迷惑がこうむるわけだ。なら、俺一人を犠牲にし、すべてを解決する。これが学校という所だ。
「今日はもう帰れ!」
生徒指導教師は憎しみを吐き出すかのように言った。
「喜んで!」
俺は会議室を後にした。すると、田辺と比島が会議室の前に俺を待っていてくれていた。
「長岡、大丈夫か?」
「自宅謹慎でございます」
俺は笑顔で答えた。
「本当にすまねぇ」
「なぜ、謝る。モテない会議で決定したことを俺が実行したまでのことだ。まあ、俺が強引に決めたんだけどな」
俺たち三人はその場から離れ、廊下を歩き出した。
「今日は最高のクリスマスイブになりそうだな」
「あれをクリスマスプレゼントにするのか?」
「当然だ。ある意味貴重なものだからね。後は大久保に丸投げでもしますかね。とりあえず、俺は家に帰った振りをして部室にこもって昼寝してるから、放課後に集合だ!」
「分かった・・・・」
すると、今度は比島が質問してきた。
「僕たちがいじめの証言をすればいいんじゃないですか?」
「いや、それでももみ消すよ、教師たちは。学校でいじめがなかったことにする方が何かと楽だからね。しかし、そんな彼らにクリスマスプレゼントを上げないとな。モテない組サンタクロースからの悪意と真実に満ちたプレゼントを」
放課後になり、もう何回目か分からないモテない会議を開いた。まず、俺の処遇について簡潔に説明した。
「おい、まずいんじゃないか? 最悪退学だぞ!」
波野が心配している。
「俺は間違ったことはしていない。だから、あれを実行するまでだ。俺は持ってきていたパソコンとペン型の隠しカメラを大久保に渡した。
「大久保、これをモテない組サイトにアップしていてほしい。そして、モテない人間たちに正義と悪を見せるのだ」
俺は未だにパソコンに弱く、大久保に丸投げする形になった。
「これでいいんだな」
「今までの加藤に対するいじめの映像と俺の痛い活躍をすべてアップするんだ。この学校の腐った部分をすべてあぶりだす。学級崩壊も含めてね。これは俺たちモテない人間にしかできないことだ。彼らの存在を否定する」
そして、今日はこれで解散となった。




