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モテなくて何が悪い?

「モテない組に入らないか?」

 すべてはこの俺こと長岡良助の、この痛い一言で始まったのだ。

 高校一年生の男子にとって、モテないことは死活問題であるという悪しき風潮が蔓延している現代。この俺はその悪しき風潮、価値観を変えるためにこの部活動を立ち上げることを決意したのだ。

 俺は決してモテることに対し、劣等感や嫉妬心を抱いているわけではない。

 確かに、この俺はモテない。ああそうさ。俺にはそういった類のことは縁のない人生を送ってきた。それを惨めに感じる者。馬鹿にする者。負け組というレッテルを貼る者など数多くの価値観を持った人々はそのように感じてしまう。

 共通していることは、モテないこと=悪という価値観でまとめられることである。これは極論である。モテない=悪では、すべてのモテない人間、特に全世界の男たちを悪と断定することになってしまう。

 しかし、なぜこの俺がそのような思考にたどり着いたと言えば、モテないことを否定的に見る傾向が世界の人間たちにはあるからだ。否定、つまり間違ったこと=悪と断定しても仮に極論であろうとも、理屈は通っている。

 この世界ではモテないことは悪であり罪なのだ。もちろん、そのような法律、憲法は存在しない。しかし、日本人の大好きな言葉である『暗黙の了解』という裏憲法と言うべき、悪しき伝統が存在する。その裏憲法を守れない人間、理解できない人間のことを日本では『空気の読めない人』というレッテルを貼られ、疎まれる。

 モテないということは裏憲法を犯したことになり、周囲からの叱責を受ける。社会的制裁をされることはない。ただ、人間関係的制裁を受けることになる。

 しかし、そのような現実社会を見てみぬ振りすることこそ、俺にとっては悪であり、この社会そのもの=罪なのだ。

 俺にとって、モテないことは決して罪でも恥でもないと考えている。事実、俺は今までモテたことは一度もない。いや、恋愛というある種の人生の通過儀礼というべきものを俺は体験したことがないのだ。だからだろうか。俺は今までモテなかったことに対して、劣等感や嫉妬心を抱いたことは一度も無いのだ。

 強がりなのではないのだ。では、なぜこの俺がここまで冷静でいられるか? それは、俺には恋愛経験がまったくないからだ。

 男は女を好きになり、女は男を好きになる。それが生物として正しいあり方なのだろう。もちろん、男が男を好きになる、女が女を好きになる。両方の性に好意を抱く、いわゆるマイノリティというレッテルを有した人々がいることが存在することもまた事実。彼らを人くくりにすることは俺としては罪悪感を抱いてしまうがいた仕方がない。その方が分かりやすいからだ。俺はマイノリティと呼ばれる人々を否定するつもりもなければ、否定する理由もない。存在している以上、彼らを否定することは存在そのもの=罪と断定してしまうことに等しい。

 人間の価値観は広く狭い。この矛盾した言葉の裏には環境という存在が見え隠れしている。時に人間は寛大な価値観で人同士をつなげていく。その一例として、人間はDNAの違う他者との友人関係を結ぶことができる。血のつながりがなくとも、互いを助け合い、認めることができる。それはすばらしいことだ。

 そのことは価値観の広さを意味することができる。

 では、その逆である狭さとは何だろうか?

 その一つに人種差別が上がる。外国人に対する差別は根強いものがある。それは見た目や文化の違いによる疑いから生まれるものである。

 そこから価値観の狭さが生まれる。それが正しいかどうかを判断することは難しい。正しい面と間違った面の両方の特質を有していることは確かだ。

 俺は、この価値観と呼ばれる人間特有の思考本能をこのモテないというレッテルに照らしてみたのだ。すると、ある一つの結論に達したのだ

『モテないことに罪は無い』

 それが俺の思考回路から導き出された答えであった。

 まず、モテないことは他者に一切の迷惑をかけないということだ。女性からの好意を得られない。ただそれだけのことだ。年頃と呼ばれる年代に対し、異性から好かれることは気分のいいことらしい。

 そういうものがない俺には一切理解できないことであるが、それは人間の持っている繁殖本能なのだろう。もちろん、それはいい。しかし、重要なことは、俺たちはただ繁殖するためだけに生きている動物とは『違う』ということだ。

 俺たち人間は知能があり、理性を持っている。その本質が動物であろうとなかろうと、理性を持って人生の選択が可能なのである。

 モテないことは異性からの好意が得られない。それは動物的本能が働き、悲しみを生み出してしまう。しかし、そういう考えから抜け出せなければ一生苦しみとしてついてまわることになる。

本能は所詮本能。すべての人間を好きになることができないように、すべての異性を好きになることもまたできないのだ。

 モテないことを恥と考える価値観を変えることが人間にはできるのだ。人間は繁殖だけがすべてではないからだ。

 例え、一生独身で異性の愛を知らずとも、人は生きていけるし、それ以外にも喜びや生きがいを得られる娯楽などは数多く存在する。時代が変化しているにも関わらず、その変化に人がついていけない。その変化を促したのは同じ人間のはずなのだけれど、そのような矛盾する現象は残念だが起きているのだ。

 モテないことを馬鹿にする者。恥を抱かせてしまうこの社会を俺は変えたい。それこそが、この俺がモテない組を立ち上げた理由なのだ。

 例え、他者から馬鹿にされようと、痛いといわれようとかまわない。なぜなら、この俺は間違っていないからだ。

 モテないことで一番悲しいことは、モテないということで自分自身を否定し、惨めな気持ちを抱いてしまうことだ。

 モテないことの何がいけないのだ。二人として同じ人間は存在しないのだ。すべての人間がモテるということはありえない。

 モテることに対して、優越感を抱き、モテない人間を見下し、馬鹿にする時代を変えなければならない。人間はそれができると俺は信じている。なぜなら、価値観は常に変化していくものなのだから。善悪は別としてだが・・・・

 特に、学校生活でモテない、女友達がいないというのは死活問題らしい。俺は一切気にしないが、そのことを引きずっている人間、また学校を卒業しても恋人が出来ず、その記録を更新し、自身の人生を悲観してしまう人々。それはモテないことが原因ではなく、モテないという言葉をネガティブに捉えてしまい、モテないという言葉に執着してしまった結果なのだ。

 このような社会を救済する必要がある。それができるのはこの俺だけなのだ!


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