サバイバー
4人の男たちが富士山の登山口にいた。
今は12月中旬これから過酷な冬の富士山にこの4人で挑む。
もちろん装備はばっちりだ。しかし天候が荒れている
「よし用意はできたか?出発だ」
わくわくした口調で藤川勉が3人に声をかけた
「天候が悪すぎないか?今回はやめた方がいいんじゃないか?」
不安そうに吉岡武志が言った。
「引き返すことも大切だが天気予報ではこれから晴れる予報だ安心しろ」
藤川は吉岡の肩を叩いた。
「大丈夫だって吉岡」
田野昌也は言った。
4人とも目を合わせてうなずき青山遼が先頭になり歩き出した。
登りはじめて初めのうちは足元もそこまで悪くなく体力的にも余裕があるので4人とも雑談をしている。
「そういえば藤川は彼女はできたのか?」
田野が笑いながら聞いた。
「残念ながらまだだ。簡単にできたら苦労しないよ」
苦笑いしながら藤川は答えた。
この4人の中で唯一独身なのは藤川だ。それ以外は結婚していて吉岡に関しては二児の父親だ。
一時間ほど歩き続けているが天候は良くなるどころか寧ろ悪化している。
「天候が悪化してるのは気のせいか?」
吉岡が皮肉も込めて藤川に話した。
「天気予報では良くなるはずなんだが・・・」
藤川もさすがに不安そうに言った。
「山の天気は変わりやすい。こういうことは承知の上だろ?」
と青山
三人とも不安そうにうなずいた。
「くそっ!」
「大丈夫か?吉岡」
吉岡が転んだので藤川は手を貸してやった。
「やっちまった・・・手首が痛いぜ。幸いにも左だがな」
4人とも足を止め吉岡の様子を見ている
「おい大丈夫かよ?・・・」
青山が心配そうに言った。
「平気だって」
地面はアイスバーンになっていて凄く滑りやすい。
「気を付けていこうぜ」
青山が歩きはじめ3人とも続いた。
しばらく歩き続けていると。
とてもじゃないが歩けないほどの吹雪が4人を襲ってきた
「だめだこれでは歩けないしばらく待機だ」
青山が吹雪の中叫んだ
「こんなところで立ち往生かよ!」
田野は不機嫌そうに言った。
「提案なんだが天候がましになったらここにテントを張らないか?」
と藤川
「ああ大賛成!」
吉岡も賛成した。あとの2人も賛成している。
20分ほどたつと天候が少し良くなった。
すると一斉にテントを張り始めた。
今回持ってきたのは2人用のテントでそれに2人ずつ入る。
風が酷いが慣れた手つきで4人はテントを組み立てている。
そして2つとも組立てらえれた。
一つ目のテントには藤川と吉岡が入りもう一つには残る2人が入った。
テントで天候の様子を見ながら過ごす。
「ところで吉岡ここは大体どこら辺なんだ?」
「まったく見当もつかない。こんな天候じゃな・・・」
「それにしても寒いな」
吉岡が震える声で言った。
「そんなに寒いか?」
藤川が心配そうに聞いた。
「異常なまでに寒い」
「しっかりと体を温めておけ俺は青山たちのテントに行ってくる」
と言い。テントを出て青山たちのところへ向かった。
「おお藤川、体調は大丈夫か?」
青山が質問した。
「俺は大丈夫だが吉岡が異常なまでに寒いと言っていた。」
「ちょっと吉岡の体調を見てくる。」
と言って田野が立ち上がった。
そして田野が外に出たら隣のテントが無くなっていた。
「おい!2人とも見てくれテントが飛ばされてる。」
田野がパニックを起こしながら叫んだ
「見てみろあそこにテントが飛ばされてる」
藤川が離れた場所を指差して言った。
「今すぐ助けに行くぞ!」
藤川が言い。3人は飛ばされたテントへ向かった。
猛吹雪の中3人はテントへ向かってやっとの思いで向かっている。
天候は今までで最も最悪な状況だ。
そして何とかたどり着き吉岡の様子を確認した。
吉岡は意識がもうろうとしていた。
「おい!起きろ起きろ意識をしっかり保て」
田野が吉岡の頬を叩きながら叫んでいる。
しかしほとんど反応がない。
「早く俺たちのテントに戻すぞ」
田野がそう言い吉岡を担いだ。
あとの2人もそれをサポートした。
やっとの思いでテントに戻り吉岡を温めている。
田野は吉岡に覆いかぶさるようにして温めている。
「すまない・・・迷惑かけたな」
吉岡が聞こえるか聞こえないかくらいの声で話した。
「救助隊を呼ばないとこいつは危ない青山、電話かけてくれ」
藤川が言うと青山はスマホを取り出した
「畜生!圏外になってる」
「そんな馬鹿なここはつながるはずだぞ」
そして藤川は自分のスマホを見ると
「本当だ圏外だ・・・」
田野もやはりそうみたいだ。
「無線を使おう」
田野がひらめいたように言った。
「無線は飛ばされたテントの中だ。さっき取ってくれば良かった・・・」
「取りに行くしかないな」
と青山
「馬鹿野郎!外を見てみろよさっきより尚更ひどくなってるんだぞ外には行けないましてやテントまでなんて!」
藤川は青山に怒鳴った。
「取りに行くしかない。このままでは吉岡は持たない見捨てることなんか俺には・・・」
と言って藤川は立ち上がり周りがとめることなく外へ出て行った。
「無茶を・・・」
藤川はつぶやいた。
「青山が無線を取ってくるのを待つしかない。」
田野が青山に託すように言った。
いつまでたっても青山が戻ってこない。
「どうしたんだ?あいつは様子を見てくる」
と言い藤川は外に出た。
周りは吹雪で視界がゼロに近い。
よくまわりを見渡すとライトが光ってるのが薄ら見えた。
藤川はまさかと思いライトへ向かって進み始めた。
そこには案の定、青山が横たわっていた。
意識はしっかりしている
「おい青山どうしたんだ?」
「足を滑らしてしまいこんなとこまで来ちまった」
「よし、戻ろうぜ」
「戻れないんだ」
「なんで?」
「足をやっちまった。これじゃ立ち上がることもできない」
「心配するな俺が担いでやるから」
「無理だこんな天候で足元も最悪だおまけにテントまで遠いぞ」
「おい俺の力を侮っているのか?」
と言い藤川は青山を持ち上げようとした。
持ち上げることができない足元が滑るために力が入らない。
藤川は信じられなかった。
青山はそうなることをわかっているかのように藤川を止めた。
「すまない兄弟・・・俺としたことが持ち上げられない」
「そう落ち込むなよお前が悪いんじゃない」
青山は信じられないほど冷静に話した。
そして藤川に無線を渡した。
どうやらテントにはたどり着き戻ってくる途中にこうなってしまったらしい。
「藤川、早くテントに戻れ。田野と力を合わせて吉岡を助けてやれ」
「馬鹿言うなよお前も助けてやる」
「おい諦めろ」
「諦めない!天気がよくなるかもしれない」
「それは期待できない。それに無線もつながらない」
「なんだと救助も呼べないのか」
「そういうことだ。分かったなら早く戻れ3人で力を合わせるんだ。俺はあとから行くよ・・・」
「あとからって・・・」
「最後に一つ良いか?」
「何でも言ってくれ」
「無事に戻ったら妻に愛してると伝えてくれ。そしてお前たちとこうやって時間を過ごすことができて良かった。」
藤川は何にも言えなかった。黙ってうなずきテントへと向かっていった。
青山を神の手へと委ねた。
藤川がテントへ戻ると
「青山は?」
と田野が聞いたが藤川は黙っていた。
「藤川、青山はどうしたんだ?・・・」
藤川の態度に勘付いたのか田野はうつむいた。
沈黙の時間が流れた。
「・・・青山は足をけがしていて戻ってくるのが不可能だった。俺が担いで行こうとしたんだが無理だった・・・」
今にも泣きだしそうな声で藤川は言った。
田野はずっとうつむいたまま黙ってる。
「助かることを願うしかないな」
田野はうつむきながら言った。
「青山が取ってきてくれた」
藤川は無線を取り出した。
2人とも嘆いている場合ではない。どうにかして吉岡を助けなければならない。
それが青山の願いでもある。
「それで無線はつながるのか?」
藤川は黙って首を横に振った。
田野は失望した表情に変わった。
「吉岡をこのまま放っておけば100%助からないだろう。救助を呼べればそれに越したことはないが・・・」
と藤川
「無線をもう一度試してみないか?」
藤川は無線で連絡を試みる。
何度呼びかけても応答がない。
テントの中はあきらめムードが漂っている。もうだめなのか?吉岡は助からないのか?
そんな中応答があった。
藤川は今までの経緯を説明し救助を要請した。
しかし答えはノー。
天候が悪すぎて救助に向かえないとのことだ。
期待を裏切られた空気が漂っている。
その場に待機していろという指示だ。
「くそ!」
藤川は無線を放り投げた。
待機をしていたら田野と藤川は助かるが吉岡が助からない。
天気が回復傾向にも向かわない最悪の状況だ。
「天気さえよくなれば・・・」
藤川はぼっそと言った。
それもそのはず、そうなれば吉岡だけでなく青山の命も救えるかもしれない。
藤川の心には青山の存在が消えない。消えるはずがない。
助けに行けるものなら助けに行きたい。しかし藤川には吉岡と田野と協力して乗り切らないといけないという使命もある。青山を助けに行ったところで運んでこれない。
救助隊が来ないなんてどうすれば?
「選択肢は2つ。1つ目は天候が回復するまでここに待機をする。」
「それでは吉岡が助からない。」
と藤川
「2つ目は吉岡を担いで下山をする」
「担いで行きたいところだがこの状況では難しい」
藤川の脳裏に青山のことがよぎった。
2人で判断をするしかない。どちらも難しい選択だ。
本当は待機するのが正しいのかもしれない。だが親友の吉岡が助からない。
しかし担いで下山できる自信もない。道中で何が起こってもおかしくない。
理想は今すぐ天候が回復して救助隊に来てもらうことだ。
2人の頭にはこんな天候の中で登山したことを後悔している思いがある。
多数決も取れない。
どうすれば?青山ならどうする?藤川は思った。
こう考えているうちにも吉岡の状態は悪くなっていく。
「吉岡を担いで下山しよう」
藤川はまっすぐ田野の目を見て言った。
「もちろんだ。異論はない待機なんて馬鹿げてる。」
田野も藤川の目をまっすぐ見ている。
「吉岡は俺に任せろ。お前は持てるだけの荷物を持て」
田野はそういうと吉岡に防寒対策をしっかりとさせ担ぐ準備を始めた。
吉岡の意識はないに等しい。急がねば。
田野は吉岡を担ぎ藤川はありったけの役立ちそうな荷物を持った。
2人はロープで結ばれているそれがあれば片方が滑り落ちても助けられる。
慎重に一歩一歩を進んでいく。
これほど慎重に歩く人がいるだろうか?いやいない。
途中で休憩をした。ロープを外して藤川は青山の元へ向かった。
青山が無事ならば担いで行こうと心の中で決めていた。
吉岡は体型が小柄なためこの状況でもなんとか担げるが青山は物凄くガッチリとしていて体重も重いため担ぐのは容易ではない。だからさっき担げなかった。
しかし今の藤川にはそんなこと関係ない。
青山の元へ行くと息をふき取っていた。
藤川は信じられなかった。
青山の手には結婚指輪が握りしめられていた。
その姿を見ると涙しか出てこない。
「無事に戻ってお前の奥さんに愛してると伝えるよ。ありがとう」
本当は彼が生きているときに「ありがとう」伝えたかった。そんな後悔と自分への怒りが込み上げている。
藤川は青山を抱きしめ田野らが休憩しているところへと向かった。
「青山はどうだった?・・・」
田野は遠慮がちに聞いた。
「だめだった・・・」
藤川はとても青山のことを話せる状況ではなかった。
休憩を終え歩き出した。早くも田野は心身共に限界が来ている。
「そろそろ俺が変わるぞ」
藤川は田野に向かって言った。
「ご心配どうも。まだ行けるぜ」
田野は平気だと言い張っている。
「天気が回復すればな・・・」
藤川がつぶやいた瞬間、目の前で田野が足を滑らせたロープでつながっているため藤川もつられて滑って行った。
「畜生!止まんねぇ」
田野は叫んでいる。
滑り落ち続けているこのままでは下手すれば死んでしまう。
藤川がそう思った瞬間に岩肌が見えうまい具合に手でつかむことができた。
それにしてもこの傾斜はきつい。藤川は何とかつかんだがロープでつながれているため
手にかかる力は増えてしまう何とかしないとまた滑り落ちてしまう。
藤川の手も限界にきている。どうにかして田野らを引き上げなければ。
そう考えていると
「藤川!つないでいるロープを外してくれこのままでは3人ともあの世行きだぜ」
藤川は思った青山に続き田野と吉岡にもこんな決断いや行動をしなければならないのか。
「馬鹿なことを言うな!何とかできる何とかしてみせる」
藤川は声の限り叫んだ。自然と涙があふれてきた。
登山するときのことを思い出した。なんでこんな天候で登ってしまったんだ。
吉岡の言うとおりやめればよかったのか?藤川は自分の無力さに呆れかえっていた。
ロープを外すと俺は助かるが2人はどうなる?
藤川は苦渋の決断を迫られた。
「なにもたもたしている藤川、言うとおりにしろ。」
藤川の手は限界だ。これ以上は耐えられない。
願った2人が助かるようにと・・・
体からロープを外した。2人は滑り落ちていった
吹雪で見えないためすぐに視界から消えていった。
藤川は何とか体勢を立て直し。すぐに2人の元へ向かった。
すごく長い距離だ。やっと2人を見つけた。
2人とも意識がなかった。死んでいいる
俺はこの手で2人を殺してしまった。
そんな思いが藤川を襲う。
青山、田野、吉岡その3人を助けることができなかった。
涙があふれてくる・・・
ヘリコプターの音が聞こえた。
藤川は眠っていたがすぐに目が覚めた。
天候が回復し救助隊が来てくれた。
ほとんど意識がなくそのまま病院へと運ばれた。
窓から明るい日差しが差し込む。
目が覚めた生きている心地はこういうものだったか?
仲間3人のことが頭をよぎった。
警察の方が3人の遺体は回収されたと教えてくれた。
そのあと事情聴取を受けた。
1週間ほど入院し家へ帰った。何とも不思議な感じだ
3人の葬式も執り行われた。もちろん出席をした。
それから遺族にあの日あったことを詳しく説明した。
本当につらかった。
そのあと藤川は自らの体験を記した書籍を発売した。
タイトルは「サバイバー」
その書籍でこう語っている
「今、生きていられるのは彼らのおかげこの恩は一生忘れない。彼らの分までしっかり生きる決して無駄にしない。生きるも死ぬも偶然に近いかもしれない。たった一つの選択が人生を変えてしまうそれはプラスにもマイナスにも。」