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ドラゴンマスター  作者: 杉井流 知寄
オープニング
7/13

 5

「……」

 見開いたままの目を、そっと手のひらで瞼に触れ、閉じさせる。

 よく二時間ドラマとかで刑事とか探偵の人が、見開いたままの死体にこうやって、安らかに眠らせていた。どうか安らかにお眠り下さい。

 口も開いたまま。

 閉じさせようと手を伸ばし、しかしやっぱり怖くて口元は触れない。口の周りには無精ひげが生え、口の中から覗く歯は黄ばんで細く尖っている。舌はだらりと垂れ、涎が口の両端からぬらりと光る。

 指先がぞわぞわ震える。無理はしなくてもいいか、と、早速自分を甘やかして次に移る。

 傷口は綺麗なもので、すっぱりと斬れていて、なんか色々ぶちまけられていない。動かさない限り、きっと綺麗なままだろう。

 足がだらしなく開いているから、閉じさせる。両腕は胸の上に。

「……ええと、」

 ここでは、埋葬は日本と同じく火葬なのだろうか。それとも土葬? 今から一人で穴を掘るのは大変そうだ、でも火葬もすぐには出来そうにない。

「なんだ? さっさと言えよ!」

 ラビの方にちらりと目を向けると、苛ついたラビに一喝される。

「えーとですね、こっちでは、えーと、その、」

 

 シタイハドウ処理スルンデスカ?

 

「な、亡骸はどうすれば?」

「……お前はどうしたいんだ?」

「……普段は、どうしてる?」

 と、聞いて、すぐに後悔する。

「装備剥いで、放置だな」

 分かってる話じゃないか。いつもゲームの中で盗賊を倒した後、お金や武具、薬草が手に入る。さっきラビにも確認された。何度も聞いてるんじゃない! 

「……ええと」

 それは具体的に、誰が?

 気になったが聞くのはやめた。

「埋葬はしないの?」

「街からも離れているしな、わざわざしねぇよ」

「……するとすれば、具体的にはどうするの?」

「こいつは盗賊なんだぞ? お前の世界ではどうか知らないが、埋葬するっていうのは、お前の一族にこいつを迎え入れるって事だ。分かるか?」

「……ううん、全然」

 一族って、家族ってこと? そんな、埋葬するだけで? ちょっと大げさじゃないか?

「お前は着たばかりで馴染みは薄いだろうが、やめとけ。無駄に一族を増やすんじゃねぇ、面倒だ」

「ええと、」

 克己はこの世界に詳しくはない。

 ナビ妖精のラビが言うことが正しいのだろう。

 しかし、でも。

「ごめん、私には放っておけない」

「けっ、なら勝手にしろ」

 すいません。

 ぷいっと顔を背けるラビに向かって小さく頭を下げ、克己は盗賊の死体に向き直る。

 郷に入っては郷に従え、とは言うが、もやもやしたまま従うのは嫌だ。もうあんな後悔はしたくない。

 ……とはいうものの。

「ええと……」

 具体的にはどうしたものか。さっぱり思いつかない。

 火葬は無理だし、土葬も無理。魔法は治癒魔法以外一切習得していないし、スコップなんか積んでない。

 遺体を馬車に乗せ街まで積んで、埋葬してもらう? しかしラビの言い方だと、街ではあまり歓迎されないかもしれない。

 さてどうしたものか。

 克己はしばし考え込む。

 やりたい事ははっきりしているのに、どうすれば良いのかが分からない。

 案内役のラビは反対して、教えてくれない。

 命令すれば教えてくれるだろうか。

 いや、でも、それは……無理強いをするのは、なんだかいけない気がする。

 しかし、なら、どうするか。

 死体を前に、克己は思考の迷路にはまる。

「……」

 ここでも克己は願った、誰か何とかしてくれないかと。

 もう誰でも良い、家出中のお嬢様でもいい。手伝ってくれなくても、しかり飛ばしてくれないか。

 何馬鹿な事をしてらっしゃるの!? 自業自得ですわ、そんな輩放っておきなさい! とか。

 埋葬したい思いと、ラビの言うように放って帰りたくなってきた思いと。

 相反する考えをぐるぐる、どうにか混ざらないかと、こねくり回す。

 多分、多分多分多分多分多分多分多分多分多分多分多分多分多分多分多分きっと、ラビが正しい。

 ナビ妖精なんだから。

 いくら悪魔にしか見えなかろうが、ラビはナビ妖精。この世界についてよく知っている。

 だから。

 だから、なんとか折り合う所を見つけないと。探さないと。

 ラビの為にも、自分の為にも、これからの為にも。

 大事な一歩だ。

 この世界に踏み出す、第一歩……二歩目かもしれないが、まあとにかく。

 後悔しない為に。

 しこりが、残らないように。

 ちゃんとしよう、悔いは一つあれば充分だ。痛みは少ない方が良いに決まっている。むざむざ増やすことは無い。

「……」

 そうしてしばらく考え抜いた後。

 結論は出ず、

「こんな所で、ナニやってんのアンタ?」

 救世主が現れた。

「おー、こりゃあ見事なもんだ」

「これは……君が?」

 救世主は三人居る。

 女と男二人だ。女性は克己よりちょっと年上、男は克己と同じ歳くらいと、三十過ぎのおっさん。

 女性と若い男は金髪碧眼の美人。

 女性は鋭い目をした野性的な美女で、装備も軽装で艶めかしい。ぼんきゅっぼんっ、の抜群なスタイルがよく分かる。髪は肩の辺りで切り揃えられているが、くせっ毛が凄い。

 若い男は人の良さそうな、優しげな好青年だ。白銀の鎧と藍色のマントが恐ろしく似合っている。まさしく絵本から抜け出た王子様。

 おっさんは赤髪緑眼で、装備している革の鎧もなんだかくたびれている。

 三人は向こうの、盗賊が逃げ去った方向から来た。

 克己の横をすり抜け、男二人は倒れた盗賊に近づいて、あちこちつついてしげしげと観察している。女性は興味深そうに克己と馬車を見比べ、鼻をひくつかせ、少し顔を顰めた。

 血の臭いが、まだきついのだろうか。

 克己も気になって、自分の腕や服をつまんでかいでみる。……うん、ちょっと生臭く鉄の匂いがきつい。

「……ええと、」

「ヤッたのはオレだ、お前らこそなんだ?」

 克己が言いよどむと、ラビが近くに居る女性の目の前までふわっと、飛んでいく。

「へぇ……アンタ、フェアリーマスターなのかい。初めて見たよ」

「えーと、」

 ドラゴンマスターなんですが。しかし、そうは言ってもまだ一匹も使役していないけど。ラビはナビ妖精だから、使役しているのとは違う気がする……。

 じろじろと無遠慮な視線に耐えきれず、克己は俯く。

「見りゃあ分かんだろ。見世物じゃねぇんだ、さっさと失せろ」

「そうつれない事を言うなよ。お宅のマスター、なんか困ってるみてぇじゃねぇか。手貸すぜ?」

 おっさんがにやにや笑う。

「余計なお世話だ、困ってね―し!」

「威勢の良い妖精ねぇ、こんなにお喋りなのは初めて見るわ」

 そー、なのか? 

 克己にとって、妖精はラビしか知らないから、妖精とはこんな風に好き勝手に喋るものだと思っていた。だが、女性の言葉からするに、どうも違うらしい。いや、そもそもフェアリーマスターを初めて見たと彼女は言っていたから、また違うのかも。

「うるせー」

「ガラも悪い妖精ねぇ、なんかイメージ違うわ」

「けっ」

「ところでお嬢さん」

 すっくと立ち上がりつつ、若い男がくるりと克己の方を向く。

「は、はい」

 唐突に声をかけられ、克己は上ずった声を上げる。

「あはは、そんなに怯えないで。別に君を責めるつもりはないから。ただ、こんなに丁寧にしてどうするつもりなのかな、って、ちょっと気になって」

「どう、ってお前、馬鹿だな。この死体の状況見たら分かるだろうが」

 両足は閉じられ、両手は胸の上に重ねられ、口はだらしくなく開いているが、両目は閉じられている。

「ええっ、でも、盗賊ですよ? 彼女が襲われたから、妖精がやったんですよね?」

「お嬢様っぽいしなぁ、理屈じゃねぇだろ」

「そうね、鎧も脱いじゃって、不用心も良い所だわ……ま、妖精がなんとかしてくれるんでしょうけど」

 さっくりと、

 その言葉は克己の胸に突き刺さった。

 同時に頭から冷水を浴びせられたかのような、冷ややかな何かが背中から腰へ流れ、ぴしっと克己は背筋を伸ばした。

「あ、あの!」

 見た所、彼らは徒歩だ。女性は荷物を持っていないが、男性二人は大きな荷物を持っている。

 ここから近くの街までは少しある。徒歩では、街に辿り着く頃には日が暮れるだろう。『ドラゴンマスター』では、ゲーム内の時間はリアルタイム制だ。何度か往復したことがあるし、間違いない。スタインならもう少し早く着くのも、経験済み。

「よ、良かったら乗っていきません、か? 街まではまだちょっとありますし……」

「アラ、乗せてくれるの?」

「それは助かるな」

 よっこらせ、と、おっさんは立ち上がり、大きく伸びをした。

「で、アタシ達に何して欲しいの?」

 流石に話が早い。

「ええと、私はちょっとこちらの……風習? に疎くて、その、この人をちゃんと弔いたいんですが、どうすればいいのかと」

「妖精さんに聞かなかったの?」

「……ええと、」

「オレは止めとけって言った」

「その通りだな、賊を弔うのは止めた方が良い。余計な恨みや疑いを持たれるからな」

「どうしてもと言うのなら、」

 誰もが渋い顔をして否定的な態度の中、若い男だけは困ったような、なだめるような笑みを浮かべながら、提案した。

「俺が焼くよ。それで良いかな?」

「お願い、します」

 克己は小さく頭を下げた。

「防具は使えそうにないが、武器は取っとけよ」

「分かってる」

 おっさんは死体から離れ、若い男も死体をさぐった後少し離れ、死体に向かって手をかざした。

 そして呟く。

「炎よ」

 かざした手の、腕輪がきらりと光る。

 よく見えないが、真ん中に大きなオレンジの宝石のような、不透明な石がはめ込まれた腕輪。

 その石が若い男の呟き――呪文と共にきらりと光り、石から瞬く間に炎が上がる。

 炎は緩やかに弧を描きながら、死体に向かって行く。その速さはやけにゆっくりしていて、まるで腕を伸ばして死体に優しく触れるよう。触れた瞬間、死体は炎に包まれた。

 香ばしく焼ける肉の匂いと、生臭い匂い。

 正直、臭い。

「もっと火力上げろ、臭いだろ」

「そんな事言われても、強すぎて周りに飛び火したら大変だから」

「そん時は俺が消してやるよ」

「どうやって?」

「アンタには無理よ、大した魔法持ってないし……でも、臭いわね」

「生焼けって、腹壊しそうな匂いだよな」

 むしろ鼻がもげそうです。

 さっき吐いていて、良かった。

 おっさんの言葉に内心うめきつつ、克己は心からほっとした。

 むかむかするが、吐き気はない。むしろ空っぽの胃が痛い。

「しょうがないなぁ……」

 やれやれとため息一つ。

 それだけで、腕輪から出る炎が大きくなる。先程まで腕の太さくらいだったのが、今では胴体ほどの大きさだ。

 炎は死体をしばらくして焼き尽くした。

 残ったのは黒い、炭みたいなもの。

「スコップってある?」

「……」

 男の問いに、克己は首を小さくふって答える。

「そう、じゃあマシュー、剣貸して」

「断る」

「アンジェラ――」

「イ・ヤ」

「……君、剣を貸してくれないか?」

 回り回って、克己に返ってきた。

 初め、何故剣を必要としているか、分からなかった。しかし、仲間の二人に断られるのを見て、分かった。

 スコップ代わり使うのだ、多分。

「……どうぞ」

 大人しく腰にぶら下がっていた細身の剣を差し出す。

 一緒になって掘るべきだろうか、とも思ったが止めた。差し出がましい真似は止めておこう、と、逃げる。

「ごめんね、ありがとう」

 手伝う素振りすら見せない克己に嫌な顔一つせず、むしろ爽やかな笑みを浮かべながら男は剣を受け取る。

 そして、鞘のまま剣先を黒く燃え残った周囲の地面に突き刺し、軽く土を黒くなった部分にかけていく。

 ざくざくと、一周していく。男の動きは規則正しくてきぱきとしていて、清々しい。克己のすこし落ち込んでいた気分もなんだか晴れていく。

 そして、全体に土をかけ終わった。

「こんなものかな」

「お疲れさん」

「水でも飲むかい?」

 男が一仕事終えると、おっさんと女の声が馬車の方からした。

「勝手に人の馬車ン中漁るな!」

 はっと馬車を見ると、中には寛いでいるおっさんと、勝手に我が物顔で樽の水をコップですくって、差し出す女性。

 少し驚くが、助けて貰った立場上、怒るラビをなだめる。

「まあまあ、そんなに怒らなくても、」

「うるせぇ、お前は呑気過ぎる! ちったぁ危機感を持て!!」

「どうどう」

「このっ……!!」

 ふわっとラビは舞い、克己の目の前に飛ぶ。そして、克己の額を勢いよく蹴った。

 細くて小さい物がぶつかる感覚。

 痛いと言えば痛いが、顔を顰める程度の痛さしかない。しかし、何度もやれるの鬱陶しい。

「痛いって」

「やかましい! 本っ当にお前はっ!!」

 げしげしと足蹴りにするラビを、ぱっと振り払おうと克己は手を振った。振ったつもりだったのが、手に当たった柔らかい感触に思わず握りしめれば、見事にラビを捕らえた。

「てめぇ!!」

 当然ラビは顔を真っ赤にして怒るが、克己は離さない。 

 閉じ込めたラビは小さくて、細い。少しでも握る指に力を込めれば、ぎゅっと握りつぶせそうだ。

「あはは、仲良いね君達」

 男の笑い声で、まじまじと手の中のラビを見ていた克己は、馬車の方に目を向ける。

 そこには馬車でくつろぐ三人の姿がある。

 おっさんは奥に座り込み、こっくりこっくりと船を漕ぐ。女は「ん」と、一仕事終えた男にねぎらいの一杯を差出し、男は晴れやかな笑顔でそれを受け取る。

 なんだかとても絵になる。

 そこに、克己は居ないけれど。


二ヶ月ぶりです! まだまだ序盤です。やっとメインのキャラが出揃いました。

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