3
太った盗賊がせせら笑う。
「ほらよ、そんな物騒なもんはさっさと仕舞いな」
ラビの言葉を思い出せ!
あのナビ妖精は、今の克己の腕前ならこんな奴らは問題にならないと、そう言い切った。
克己は、ぎゅっと剣を構える腕に力を込める。
『ドラゴンマスター』の戦闘はターン性のコマンド入力式だが、『傭兵の掟』と同じくレベルという概念はない。すべてスキルで表され、例えば武器では短剣、剣、槍、両手剣、戦槌、弓の六種類。防具では軽装備、重装備、ローブの三種類。盾を装備していたら、盾のスキルが上がっていく。
スキルの熟練度が上がっていくとより効率的にそのスキルを使用でき、攻撃の速度、威力も上がっていく。
克己の状態は弓が46、剣が43、軽装備が39。
街の訓練所では、大体30前後で一人前と認められる。一人前と認められると、より難易度と危険度の高い依頼が受けれるようになる。
街の周辺での薬草採取から、更なる奥地での希少な薬草の採取、別の街への配達などだ。
ちょうど克己は初めて、隣の都市へ荷物を配達し終えた所だった。それから拠点としている街へ帰る道の途中、薬草等を採取しつつ、半分ほど進んだ所でセーブして、昨日はゲームのプレイを止めた。
ああ、ちょっと面倒になったからって、こんな中途半端な所で止めるんじゃ無かった。昨日の自分を殴りたい。
しかし、今更後悔して嘆いても仕方ないし、どーしようもない。
それよりは今、目の前にある危機。
克己のこれまでの人生の中で一番、身の危険を感じている瞬間だ。
下らない事ばかり考えて、現実逃避している場合ではないのだが、克己のおめでたい頭は、未だに実感が足りてなかった。それに都合の良い望みも捨てていない。
本当は、これは現実じゃない。
現実じゃなくて、現実と見紛う夢。夢な気がする、TV画面から仮面の男が現れて、ゲームの中の世界に入るなんて、夢以外に何がある? 多分、きっとおそらく今にも画面がフェードアウトして、次の場面で自分はベッドの中で目が覚めるか、部室でうたた寝しているか。
それか。
それかそれか、白馬に乗った王子様が通りかかって助けてくれるかも。白馬の王子様とまでは行かなくても、誰か通りがかって助けてくれるかも。
街と街を繋ぐ街道には一定の距離毎に兵士の詰め所があり、兵士達が街道の巡回を行っている。
この場所は昨日近道をしたため、街道から外れているが、騒ぎを聞きつけた誰かが通報してくれるかもしれない。
それか、直接駆けつけてくれるかも。
よくあるパターンだ、誰かのピンチにカッコよく登場するヒーロー。助けられたのが女の人なら、その女性はヒーローに恋をする。
「さ、大人しくきな。危ない物は仕舞ってな」
太った細い盗賊が笑いながら見守る中、細い盗賊がぺっと、克己が構える剣を籠手ではじき、片方の手で肩を掴んだ。
「っ!」
はじかれた剣は大きく震え、ぎゅっと握りしめた手の中で暴れる。
痛い。
それは、痛かった。
捕まれた肩も、近づけられた顔も、痛いし気持ち悪いし怖かった。
「っ」
身体が動く。
恐怖に、嫌悪感に、痛みに抗うかのように。
捕まれた肩を振り洗い半歩後ろに下がり、剣を構え直し――だが、その動きも次の一瞬で浮かんだ、血だまりの光景で止まる。
吹き出す血。
溢れ出す血。
草をぬらす血。
剣を汚す血。
鎧を汚す血。
笑いながらも、血まみれの盗賊達。
声は聞こえないが当てるなら、げへげへととかそんな頭が悪い感じの笑い声を上げながら、血まみれになる盗賊達。
異様で、怖い。
血まみれのまま、盗賊達は――……。
そこで克己の思考は一瞬切れる。
「うるせぇ、糞虫共が」
また別の男の声がしたからだ。それも、克己のすぐ後ろで。
「なんだ、てめぇ、は」
細い盗賊は最期まで綺麗に物を言えなかった。
喋っている途中で、克己の後ろの男が飛ばした見えない斬撃を受け、血しぶきを上げながら倒れこんだから。
びしゃあああっと、血は克己にもかかった。
温かく、生臭く、暖かく。
ダイジナコトナノデニカイイイマシタ。
水とは全く違う、妙に暖かくて酷い匂いを放つ、真っ赤な液体。
「ひ、ひぃいいい!!」
絹を裂くような甲高い悲鳴を上げ、太った盗賊は自分の馬車に飛び乗って逃げていく。
呆然と、克己はその後ろ姿を見送った。
「ケっ、やられて逃げるくらいなら最初からちょっかいかけんじゃねぇよ、面倒くせぇな」
毒づく男の方も見れない。
すぐ後ろに居るのは感じる。
さっきまではまるでなかった、強烈な存在感。
「お前も、あんな糞虫共に好きにやれてんじゃねぇよ。いつもやってんだろうが」
いつもやってんだろうが。
男の言葉は聞こえない聞こえない、聞きたくない。
戦えるなんて、嘘だ。嘘っぱちぱちぱちぱちぱち拍手!
こんなにも覚悟はできてないし、そもそも知らなかった。画面の向こうの世界の事を。
画面の向こうは、ゲームの世界。
ゲームの世界は架空で、それは決められた世界で、一か二で出来ている世界で。
「……おい」
何も言わず、微動だにしない克己に苛立ったのか、男は克己の肩に手をかけ、強引に振り向かせる。
そこには見慣れた、だが初めて見る美形の男が立っている。
年の頃は二十代後半から三十代前半。
身長は約190センチ、細いが筋肉質な身体つきで、いわゆる細マッチョ。
根元は黒く、毛先になるにつれ紫がかる不思議な髪。前髪の分け目あたりには一本の白い角。
鋭く光る金色の瞳。目を引かれるが、見つめているとひゅっと吸い込まれそうで、落ち着かない。
「何か言え」
不機嫌な様子だが、心配をされているのが分った。
目は口ほどにものを言う、というのは本当で、男の瞳は真っ直ぐ睨め付けられているようで、揺れている。
なにを不安に思うのだろう?
盗賊達を蹴散らし、これ以上なにを怖がる?
なにも、誰も彼を傷つける事なんかできないだろうに。
「おい」
ええと。
言葉は思いつかなかったが、なにか言いたかった。
大丈夫、なんて思ってもないが、とにかく、なにか言いたい。言わなければ。