2
「……」
スタインよりも前に出、背中に担いでいた弓に矢をつがえる。
腰にはベルトで剣がつり下げられている。弓での攻撃が終わったら、これで斬りつけるのだ。
斬りつける。
克己は想像してみた、剣を振りかざして盗賊を斬りつける自分の姿を。
勇ましく、剣で盗賊を打ち倒すその姿を。
……無理。
絶対、無・理。
「……」
絶対に剣での斬り合いになる事の無いように、きりりと弦を引き狙いを定める。
目標を一人に絞る、太った強そうな男だ。
上半身半裸に近い装備で、寒くないのかと、むしろ見ているこっちがうすら寒くなった。
「――っ」
大きく息を吸う。
寒気がひどくなっていく気がする、弓を構えた腕はぶるぶる震えるし、力を込めようと食いしばった歯もぎりぎり揺れている気がする。くらくらと、頭が霞がかかったように思考もまとまらない。
やはりもう一人の男の方、痩せこけた盗賊の方に狙いを絞るべきだろうか。太った盗賊では矢による一撃で上手く倒せないかもしれない。
そう、倒さないと。
そうじゃないとスタインは襲われ、中に避難しているラビとコウも見つかってしまう。
ラビが言ってたじゃないか、女の妖精は珍しいと。こんな奴らに見つかったらどうなるか、考えたくも無い。
きっちり仕留めないと。
ここには私しかいない、私しかいなんだ、戦える人間は私しかいない!!
そんな勇ましい事を考えている内に、二台の馬車は瞬く間に克己の眼前に迫った。
「なぁ~んだ、お前? 勇ましく弓構えてんのはいいが、ぶるっちまってるじゃねぇか! やる気あんのか!?」
太った盗賊が馬車のスピードを下げながら、克己をののしる。
「やめてやれよ兄貴。よく見てみろよ、まだ若い女じゃねぇか。立派なもんつけてても女には違いねぇ。俺等が怖くて仕方ないのさ」
細い盗賊が同じく馬車のスピードを緩めながら、克己を値踏みするように眺め回し、にやにやと笑う。
「ほほう、んー、なら許してやろうじゃねぇか、さっさとその構えてる弓下ろしな、間違って刺さったらえれぇ事だかんな」
「っ!」
弓を下ろせ、との一言に克己の肩はびくりと動き、反動で矢が放たれる。
一瞬緊張が盗賊達の間にも走るが、さくっと軽い音を立て、克己が放った矢はすぐ斜め前の草陰に消えた。
「ぎゃっはっは! すげぇ腕前だなお前!! いいぜ、もう一本やってみな。今度は外すんじゃねぇぞ! 矢だってタダじゃねぇんだからな」
「お嬢ちゃん、そんな物騒なもんはさっさとしまいな。俺達だって鬼じゃねぇ、大人しく従うなら大事に扱ってやるさ。そうだろ兄貴?」
「ああそうさ、俺達は紳士だかんな。言葉が通じる賢い奴らとは取引もするさ。だが通じない獣にどうするかは、見物だぜぇ?」
「……」
二人の盗賊が喋っている間ずっと、克己は深呼吸を何度も繰り返す。
頭はパンク寸前、身体は沸騰直前。寒気もあって、思考はぐちゃぐちゃ。弓を外した後、どうすればいいか分らない。
弓を仕舞い、剣を握るべきか。
しかし二人はまだ馬車に乗ったままで、剣で斬りつけるには距離がありすぎる。
数値にすると三メートル程か。逃げ出すのも無理、ロバンの方がずっと速い。逃げ出す素振りをすれば、すぐに取り囲まれるだろう。
しかし、そもそも克己に上手くスタインを御せるかも疑問だ。生まれてこの方馬など乗った事も無い克己だ。逃げ出す機会がもしあったとしても、途中で捕まっているか、派手に落馬のどちらかだろう。
それに、この地に土地勘のない克己ではスタインをどこに走らせて良いかも分らない。
やはり盗賊達をどうにかしなければ。
弓を握る指に力を込める。
自分しかいない。この場をどうにかするには、叶 克己しかいないんだ。
だから、どうにかしないと。
どうにかするために、動かないと。動かないと何も始まらない。どうにかできない。
どうにも、できない。
「震えちまって、可愛いねぇ……ははっ」
「ぎゃっはっはっは」
「……」
決意も新にした所で、盗賊達の言葉と下卑た笑い声に、克己の震えは大きくなる。
簡単に、心は折れた。
自信なんかない。ただの空の、容器。
使命感という、分厚い殻で覆っても、中身は空っぽ。
衝撃を吸収する芯の強さなどないから、ちょっとした外からの刺激で呆気なく粉々に砕け散る。
砕け散って、使命感もきらきら光るお砂様。ふっと吹けばさっと舞い上がり、遠くからきっとこそっと見守ってくれる。
がしゃん。
鎧がこすれる音。
盗賊達が、馬車から降り立った音だ。
震えながらも慌てて克己は、また矢をつがえる。つがえようとした。
つがえようと矢を取り出す腕は震え、背中の矢筒に派手にぶち当たり、中身がからからと音を立て、辺りに散らばる。
「ぎゃはははは!! 今度は矢まで落としてんじゃねぇか! 傑作だな、お前!! なんでそんな腕で街の外をうろついてんだ? 立派な馬車まで用意してよう! 格好の的じゃねぇか!!」
「笑いすぎだぜ、兄貴。それにそんなに言っちゃあ可哀想だ。今日が初仕事だったかもしれねぇじゃねぇか」
「それにしちゃあ街道から離れすぎだな、嬢ちゃん。これだけ離れてりゃ巡回の兵士には見えねぇし、悲鳴だって聞こえやしねぇよ」
悲鳴すら上げられない。
克己の喉は言葉を、喉を振るわせ音を出す事さえ忘れたらしい。声を上げようとしては、荒い呼吸が繰り返される。
「ほほぅ、近くでよく見りゃなかなか可愛い顔してるじゃねぇか」
「あんた、名前は? 名前くらい言えるだろう?」
「……」
「さっきからずっとだんまりじゃねぇかよ、もしかして声無しか?」
「震えて声が出ないだけさ、兄貴。声無しが冒険者をやれる訳がねぇ」
盗賊達は一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。
にやにやと下卑た笑みを浮かべ、値踏みするかのようにじっくりと、克己を目でなめ回しながら。
一歩一歩。
それはゆっくりとだが、確実にやってくる。
誰も止めてくれない、止めるのは、自分しかいないだ。
「っ!」
弓からぱっと手を離し、腰の剣を克己は抜く。弓は足下に落ちた。
「お? なんだなんだ、やる気か嬢ちゃん?」
太った盗賊が笑みを浮かべたまま、背中に装備した武器に手をかける。細い盗賊も笑みを消さず、
「やめときな、嬢ちゃん。大人しくしといた方が身のためだぜ。傷なんか似合わねぇよ、俺達だって可愛いアンタを可愛いままで楽しみたいしな、あんただって痛いのは嫌だろ?」
むしろ笑みを深くさせながら、克己に笑いかける。
「生傷を舐めるのも、俺は好きだぜ。血とあのしょっぺぇ水が混じった感じがたまんねぇ……あー、想像したらヨダレ垂れてきた」
「……ああ、俺も柔らかい肌舐めるの想像したらやべぇな、これはやべぇ」
「…………」
貧血を起こしたみたいに、気が遠くなるのを克己は感じた。
ナニヲイッテルンダロウ、コノヒトタチハ。
寒気に加え、生理的な嫌悪も猛烈にわき起こる。寒くて気持ち悪くて、滅茶苦茶に暴れ出したくなる、出来ないけど。
10万字はいきそうにないので、応募は諦めます。もう一つの方に集中します。
こっちは週一更新を目指し、週間100ユーザーを目指します。
見ていて下さってる方、多分日曜から月曜に更新していくのでよろしくです。