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と。
にゅっと仮面の男がTV画面から、上半身だけ這い出る。
「ようこそ我らが王国に! って、アレ? お一人じゃありませんね。困りますよ、ルールは守って頂かないと。私とて万能ではありませんからね、お二人となると王都までは運べませんよ。いくら私が万能の天才魔導師だといってもね」
仮面の男は一気にまくし立て、うふふ、と頬が緩んでいた梓は現実に引き戻される。
「……え、なんか3Dかなんかですか?」
克己に尋ねながらも、梓は分っている。これは3Dでは、立体映像ではないと。
しかし、だったらこれは何だ?
ゲームに関係無いはずはない、TV画面には《はい》と選択された様子があり、しかしこんな機能聞いた事が無い!
「…………なんだろうね?」
問われた克己はコントローラを握りしめたまま、まじまじと仮面の男を凝視する。
男は王国と言った。
仮面の右頬には王国の紋章の一つである、戦乙女のエンブレムが刻まれている。祝福を受けた高価な武具にはよく刻まれている紋章だ。
克己も『王国の秘宝』の中で何度か見た事がある、多分間違いない。
「確かに飛び出てますが、すりぃーでぃーではありませんよ。それよりも困りましたね、お二人でプレイ中とは。これではどちらがマスターなのか分りません」
「……このゲームは、私の物だから」
首をかしげる男を注視しつつ、克己は告げる。
「この子は関係ない」
克己は全く動けないでいた。
男をコントローラとか、手近にあった分厚いゲームの攻略本で殴って画面に押し戻し、TVとゲーム機の電源を切る。もしくは、とにかくダッシュでこの場から逃げ去るとか。
そんな具体的な行動は何一つ起こせずに、克己は口だけ動かす。
「招待するなら私だけにして」
「却下。どちらがマスターなのか分りませんから。私、ギャンブルは嫌いじゃありませんが、仕事にギャンブルは御法度ですかね、私もつらい所ですが」
首をかしげたまま、涙をぬぐう振りをする男。嘘くさいこの上ない。
「さておしゃべりはこのくらいにして、行きましょうか」
パチン。
男の指ぱっちん一つ、二人の周りは暗闇に包まれる。
「きゃっ」
「!」
克己と梓が座っていたソファが消え、二人はバランスを崩して倒れる。
暗闇の中でTV画面だけが光っている。
男はTV画面の両端に手をかけ、
「よいしょっと」
するりとTV画面から抜け出だす。
いつの間にか、男は杖を手にしていた。
杖は錫杖に似ていて輪っかが幾つも繋がっており、その先に真っ赤な尖った宝石がついている。刺されたら痛そうだ。
「向こうに着いたら、まずは王都を目指してください。私はそこに居ますから」
倒れた二人に杖を向け、男は言った。
「だから、この子はっ――!!」
「聞く耳持ちません。悪いのはルールを犯した貴方ですよ、どちらかは知りませんが」
杖の先端の宝石が紅く輝く。
宝石から薄青く光る魔法陣が次々と現れ、克己と梓を取り囲む。
「ちょ、まっ――きゃ!」
慌てて梓は立ち上がると、魔法陣に腕の一部が接触する。触れると、ぴりっと小さな電撃が走った。
「触れると危険ですよ。それは私の魔力が結晶化し、陣を描いているもの。ただの人間が触れるとあっという間に黒カスになっっちゃいます……ん? なってないですね、と言う事は、貴方がマスター?」
「ち、違います!」
電撃が走った腕をさすりながら、梓は涙目で否定する。
「この子は関係ないって、言ってるじゃないですか!」
ゲームの持ち主は克己、プレイしていたのも克己。
男が言うマスターとは、恐らく克己の事だろう。
「まあどちらにせよ、貴方は高い魔力を持っているようですね、それはそれで貴重な人材です。歓迎いたしますよ」
嬉しくない。
全くもって嬉しくない。
あたしは関係ない!!
声にならない梓の叫び。
「ようこそ、我らが王国に」
深く男は一礼し、それと同時に周りの魔法陣が破裂する。
魔法陣は強く輝きながら膨らみ、音も無く強烈な光を放ちながら霧散していく。
眩い光が溢れ、克己の視界は白く塗りつぶされる。
その白さは鋭い痛みさえ伴い、きつく目を閉じていても、涙が溢れる。
梓はまた、ひどい混乱によって涙が溢れる。
今日は憧れの先輩とお近づきになる、大事な第一歩になる、はずだった。
そんなに好きでもなかったゲームを実際に買ってプレイして、なんとか話題について行こうと、頑張った。
ゲーム機なんか持ってなかったから、ゲーム機を買いに行く所から始まった。実際にやってみたら、結構楽しかった。憧れの先輩も同じゲームをプレイして、同じ場面を見たんだと思うと、なんだか嬉しかった。それが――。
ようやくその白さが収まり、痛みがなくなった時。
「……」
恐る恐る克己が目を開けると、そこは青空が広がる草原だった。